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冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス
第24回 アメリカ最大の書店チェーン買収劇〜バーンズ&ノーブルの苦闘part2

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 某出版社にて、翻訳書編集、法務をへて翻訳権輸出に関わる冨田健太郎が、毎月気になる海外の出版事情を紹介する「斜めから見た海外出版トピックス」。米国最大の書店チェーン「バーンズ&ノーブル」。苦境が伝えられる大型書店の買収騒動と、(本連載読者には特に)驚きのCEO人事について、最新状況をリポートします。

第24回 アメリカ最大の書店チェーン買収劇〜バーンズ&ノーブルの苦闘part2

 もう1年前になりますが、アメリカ最大の書店チェーン、バーンズ&ノーブル(B&N)の迷走ぶりを取りあげました。

 そのB&Nについて大きな動きがあったので、今回はそれを見ておきたいと思います。

▼これまでのB&N

 まずは、ここ数年のB&Nの流れを振りかえっておきましょう。第13回と重複しますが、ご容赦ください。

 B&Nは、さかのぼれば19世紀に創業した歴史ある書店ですが、大学向けの書店を創業したレナード・レッジオが1971年に買収して以来、拡大路線を歩みはじめ、ついに全米最大の書店チェーンとなりました。
 しかし昨今は、インターネット書店のあおりなどを受けて経営はきびしくなるいっぽう。ご存じのように、2011年には全米第2位の書店、ボーダーズが破綻します。
 B&Nの場合、アマゾンに対抗して独自の電子書籍リーダー、Nookを投入したことも足かせとなりました。
 さまざまな施策を打つものの劇的な改善は見られず、ついに14年には歴史あるNYフィフス・アヴェニューの店を閉める事態となります。
 15年には、百貨店シアーズのカナダ部門を統括していたロン・ボーアをCEOに招きますが、彼は書籍以外の物品販売に注力した結果、取締役会と対立し、1年後に解任されます(その際、高額の退職金が支払われたことも問題視されました)。
 やはり流通業界からCOO(最高執行責任者)に抜擢されていたデモス・パーネロスが、17年にCEOに昇格。彼は、書籍に注力する方向で立てなおしをはかりますが、売上はさらに落ち、ネット部門も下落に転じるなど、状況は悪化します。
 パーネロスCEOは、急激な業績回復はむずかしいとしていましたが、1年後になんと彼も電撃解任されてしまいます。B&Nは当初、会社に対する背信行為というだけで、くわしい理由を明らかにしませんでした。しかも今回は、退職金もなし。

 と、ここまでが本コラムの第13回でご紹介した内容でした。
 このあと、事態はさらに展開します。
 まずパーネロスが、契約違反と名誉毀損でB&Nを訴えます。
 これに対し、B&N側はパーネロスを反訴。なんと、女性社員に対するセクシュアル・ハラスメントがあったというのです。当初明らかにされなかったパーネロスの解任理由はこれだったのです。
 パーネロス側はハラスメント行為を否定していますが、両者の対立は泥沼の様相を呈します。

(バーンズ&ノーブル、ハラスメント疑惑で解任したCEOを訴える)

 一時は引退を表明していた中興の祖レナード・レッジオが経営の指揮を取ることになり、人員削減をはかるとともに、会社の身売り話が取り沙汰されるようになります。
 そして今年2019年6月はじめ、ついにB&Nの買収が発表されたのです。

▼買収の舞台裏

(エリオット・マネジメント社、B&Nを4億7500万ドルで買収へ)

 5億ドル近い買収額ですが、負債をふくめると総額で6億8300万ドルにのぼるといいます。
 このエリオット社は、アメリカの有名なヘッジファンドで、出版界にとっては、前年に英国の書店チェーン、ウォーターストーンズを買収して名をとどろかせたハゲタカ・ファンド。
 つまりエリオット社は、米英の2大書店チェーンを傘下におさめたわけです。

 しかしながら、B&Nの買収には、先客がいました。
 イリノイ州の書籍流通業者、リーダーリンク・ディストリビューションです。
 業界で確固たる地位を占めてきていたリーダーリンク社は、以前からB&Nの買収に関心を示していたのでした。
 エリオット社による買収が発表された直後、そのリーダーリンク社がカウンターオファーを進めているという情報が入ります。
 エリオット社の買収価格が1株6.50ドルだったため、それを上まわる金額を出せばリーダーリンク社がひっくり返せる理屈です。
 じっさい、落ちこんでいたB&Nの市場株価は上昇し、エリオット社の提示額をこえていましたし、期限までにB&Nが第三者と契約を結べば、エリオット社は買収額を増額しなければならない条項が入っていたとのことで、リーダーリンク社の介入は現実味を帯びていました。

(B&Nをめぐり、買収合戦か?)

 ヘッジファンドよりは国内の流通業者による買収に期待を寄せる向きもあったようですが、どのような判断がなされたのか、けっきょくリーダーリンク社はオファーを出さずに期限を迎えました。
 こうして、エリオット社による買収が確定したのです。

▼B&Nの新体制

「アクティヴィスト=物いう株主」であるエリオット社は、B&NのCEOに、ジェイムズ・ドーントを指名しました。

 ドーントはもともと、みずからの名を冠した独立系書店、ドーント・ブックスを興して成功をおさめ、その後、ウォーターストーンズのCEOに選ばれていました。
 ウォーターストーンズでドーントは、個性的な店作りを進めるとともに、注文した書籍が翌日には届くシステムを構築して顧客満足度をあげ、そのかげで人員削減とコスト・コントロールを断行します。
 そんなドーントの戦略が、ウォーターストーンズ店員による労働条件改善の運動につながったことは、本コラムでも取りあげました。

 こういった手腕を見こまれたドーントは、ウォーターストーンズをはるかにこえる規模のB&Nの再建をまかされることになったのです。
 では、ドーントはなにをすべきなのでしょう。

 ブルームバーグによると、アメリカの書店業界について絶望的な数字が出ています。

(アマゾンが市場に占める莫大な数字)

 アマゾンは紙の新刊書籍の42%、電子書籍のなんと88.9%を売っているというのです。
 こんな相手とどう戦えばいいのでしょうか。

 それについて、フォーブズ誌がB&Nへの提案というべき記事を書いています。
 じつはB&Nは、アマゾンを抑えて、アメリカでもっとも信頼できる小売業者に選ばれているのだそうです。

(バーンズ&ノーブルの未来への2つのカギ)

 だとすれば、顧客にそのブランド力に見あう体験を提供することが重要です。それは、アマゾンでは経験できないような人と人との触れあいだ、とフォーブズはいいます。
 そして、そのブランドを顧客に経験させることこそリーダーの役目であり、つまりB&Nのブランド力は、CEOであるドーントにかかっている、というわけです。

 さらに、作家リビー・スターンバーグが、ジェイムズ・ドーントに宛てた公開書簡を発表しています。
 スターンバーグは、ドーントがウォーターストーンズでやったのと同様に、B&Nを立てなおすことを期待して、以下の提言をしています。

1.本を売る
おもちゃや小物を売るのもにぎやかでいいが、販売の中心はやはり本であること。

2.商品の宣伝をする
むかしのような、大々的な本のプロモーションを試みて読者の注目を呼んでほしい。

3.書店での経験の宣伝をする
書店へ行くというのは、他の小売店へ行くのとはまったく異なる体験であり、そのこと自体を顧客に宣伝してほしい。

4.顧客が本を探すのを助ける
親切な店員を置くばかりではなく、アマゾンに対抗できるぐらいのスピード感で、もとめる商品が入手できる態勢を取ってほしい(プリント・オン・デマンドなどもふくめ)。

5.書棚をミックスする
カテゴリーわけされていると本を探すには便利だが、読者はかならずしもシステマティックに本を見るわけではない。ドーントが最初に成功させたドーント・ブックスでやっているように、本を地域によって分類するなど工夫をする(トルストイとロシア旅行のガイドがならんでいるような)。

6.作家は顧客であると認識する
アマゾンのようなセルフ・パブリッシングの道を作ることで、より多くの著者を引きつけることができる。

 もちろんこれは、B&Nにかぎらず、大手書店チェーンだからこそもとめられる要素でもあるでしょう。
 こう考えると、ウォーターストーンズでドーントがやってきた、個性的な店作りと顧客満足度をあげるという方向性はまちがってはいないことになりそうです。
 なんといっても、B&Nは全米一の書店です。復活を望みましょう。

 以上の原稿を書いたあと、エリオット社によるB&N買収について、ペンシルヴァニアの法律事務所が集団代表訴訟(class action suit)が起こしたというニュースが入ってきました。

今回の買収について不満を持つB&Nの株主を集めて差し止めようというもので、M&A流行りの昨今ではよくある動きですが、展開によっては事態が長引くこともあるかもしれません。

[斜めから見た海外出版トピックス:第24回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

冨田健太郎(とみた・けんたろう)

初の就職先は、翻訳出版で知られる出版社。その後、事情でしばらくまったくべつの仕事(湘南のラブホテルとか、黄金町や日の出町のストリップ劇場とか相手の営業職)をしたあと、編集者としてB級エンターテインメント翻訳文庫を中心に仕事をし、その後に法務担当を経て、電子出版や海外への翻訳権の輸出業務。編集を担当したなかでいちばん知られている本は、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(門田美鈴訳)、評価されながら議論になった本は、ジム・トンプスン『ポップ1280』(三川基好訳)。https://twitter.com/TomitaKentaro