COLUMN

田内万里夫 SUB-RIGHTS

田内万里夫 SUB-RIGHTS
11: State of The Village Report

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海外の本を自国で刊行する翻訳出版には、契約を成立させるための業務を担う「版権エージェント」という職種がある。このテキストは、一般社会ではあまり聞き慣れない職種「版権エージェント」の仕事、またそこから見聞きすることになった知られざる翻訳出版小史を伝える自伝的小説になっていく予定だったが、どうだろうか。連載タイトルの「SUB-RIGHTS」とは、著作権の二次的使用を意味する用語である。日本と海外の架け橋となったスコットランド人の版権エージェント、師であったウィリアム・ミラーへ追悼の念を込めて書き綴っていく。
※この物語は、概ね事実を元にしていますが「フィクション」です。登場する個人名・団体名の一部は架空名、もしくはプライバシー保護の観点から仮名にしています。
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「新卒採用した若い編集者でさ、いつもトンチンカンな企画を出してきて、それで案の定さっぱり売れない本ばかり作るのがいたの。いや、真面目でいい子なのよ。でもなんていうか、根拠のない信念みたいなのが固くってさ、言うことはいちいち立派なんだけど……、その本うちでやるのって本ばかり作りたがるんだよね。ほらうちメインはビジネス実用書の版元でしょ? そこでサブカルみたいなの出されてもねぇ……」
「なんでまたそんなことに?」
「うちが出してるようなライトなビジネス実用書って、競争めちゃんこ激しいじゃない。月々の出版点数、ものすごいことになってるでしょ。それで社長が、うちも新たな分野をひとつ切り開くんだ、なんて言い出してさ。……で、看板著者が教えてる大学から、その先生の肝煎りで入ってきたのがその子だったの」
「……たしかにビジネス書の点数やばいよなぁ。あのコーナーに立つと、俺もめまいと吐き気がするもん。こんなに本が出てるなかで、一体なにを新しく出せば売れるんだ!? って頭を抱えるよね」
「新規路線の開拓が必要なのは、俺だってそう思うよ。でもせめてビジネス書のラインナップと地続きのところから始めるべきだろ? じゃなきゃ営業だって対応できないし。……しかも作るにしたっていつまで経っても要領が悪くてさぁ。そんな状態に我慢しながら4年間だよ。編集部のみんなでサポートして、うちらしい企画を任せてみては、手取り足取り教えて、手伝いながらさ。たまにはその子の希望だって受け入れて、好きな本も作らせてきたんだよ」
「ああ、もしかして、面接のときに“自分はこんな本作りがしたいです!”なんて、目をキラキラさせて入社してきたタイプ?」
「そうそう。典型的な情熱先行型。でも不器用な子でさ。掛け算ができないっていうか、足し算もおぼつかない感じで。この本いったい何部売れるの? どこに読者がいるの? って、そんな企画ばかり出してくるんだよ。落としても落としても出してくるわけ。次から次へと、毎度々々の企画会議に。……他社ならとっくにクビか、少なくとも他部署に移されてるでしょ。でもそこはご存じ、うちの社風っていうのかな。粘り強く、辛抱強くが信条でね」
「もしかして、この数年、御社から出てる“○○の文化史”みたいな本がそれ? なんか御社らしくない斬新なことするなぁって思って見てたんだよね。図解・寄生虫ガイドブックみたいな、変わった本も出してたじゃない」
「あ、そうそう。そういうのとかね。あれも製作費そこそこ高くついたねぇ。図版が多いから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど」
「ま、面白い書評なんかは出てたよね。俺もそれで知って驚いたんだし。……でも、やっぱりそんな売れなかった?」
「そうだねぇ。で、そんな本ばっかり持ってくるから、次第にさ、社内でも“あいつどうにかしろよ”って声が大きくなってくるわけだよ。営業だって困るでしょ。みんなせっせとビジネス書とか自己啓発書を作って、自転車を回してるわけだしね? わかるっしょ?」
「うーん、ま、しょうがないわな、それは。……本人も浮いちゃって、居心地が悪くなるだろうけど、周囲だってなぁ」
「……ところがさ、その彼女が入社4年目にして、ついにヒットを飛ばしたの!」
「おお、おめでとう! よかったじゃないですか。育てた甲斐がありましたね。うん、4年目でヒットなら大したもんだ」
「そしたらその子さ、なんとその実績だけを持って、他社へ移籍しちゃったんだよ。信じられる?」
「……なんてこった! これから会社への御恩返しが始まるんじゃなかったの?」
「普通はそう考えるよねえ。俺達の世代だったら、なおさら。……はっきり言って、俺は心配してるの。まぐれ当たり一発の実績だけで、足し算だってできないような編集者がさ、他社で果たして通用するか? 難しいと思うなあ。うちみたいな、良くも悪くも悠長な版元ならともかくね? うちはほら、社長がああだから」
 ――酒の入ったベテラン編集者たちの口さがない会話と秋刀魚の刺身を肴に、ちびりびちりと冷酒を舐めながら、日本に帰ってきたんだなと思う。
 フランクフルト・ブックフェアで、ミーティングの通訳を任された中堅出版社の編集長に面白がられ、帰国したら「情報交換」の席に混ぜてやると言われた。業界らしい酒飲み話にただ耳を傾けながら、転職を決めた見知らぬ若い編集者の気持ちを察し、無言のエールを送る。
 編集者たちは、それでいて、中堅クラスの奴らはどいつもこいつも売れた本の二番煎じ、三番煎じの、見たことがあるような本ばっかり作って、さっぱり新しさがないとか、だから思い切った勝負ができなくて困るとか、そんなことをボヤき合っている。
「……自縄自縛」
「え?」
「あ、こないだ呑んで印象にのこった酒の銘柄です。あれ何県の酒だったんですかねぇ」と、僕は慌ててメニューを見ている振りをする。

 版権エージェントとして、初めて参加したフランクフルトのブックフェアから帰国した僕達を待ち構えていたのは、ロンドンとフランクフルトから持ち帰った企画や新刊の情報を求めて、次から次へとオフィスを訪ねてくる翻訳書の編集者達だ。
 現地で会ってきた海外の出版社や出版エージェント……、数十社におよぶ権利者とのミーティングのフォローアップのやりとりが帰国直後の最も重要な作業で、時間がいくらあっても足りない。メモやカタログ、ライツリストなどをひっくり返してチェックして、扱うべきタイトルを漏らさずにリクエストしてしまわなければならない。原稿やプロポーザルや見本など、こちらからリクエストをしないことには忘れ去られて、送付されて来ないものも多い。現地で日本の出版社が興味を示したタイトルも、メモを見返しながら記録を整理してしまわなければ、あっという間に、どの出版社の編集者が、どの本に興味を示していたのか、思い出せなくなってしまう。
 出張中の三週間、情報の竜巻が吹き荒れるなかを過ごし、そしてその嵐の通り過ぎた跡地には、アルファベットや漢字、ひらがな、カタカナ、そのいずれかの判別も困難な手書き文字などが、ごちゃ混ぜになって撒き散らされていて、目の前の吹き溜まりは悲惨な状況だ。ただ呆然とその景色を眺めながら立ち尽くしているわけにもいかず、消耗しきった時差ボケの頭と、ドイツビールとヨーロッパのワインの抜けきらない重い体を持ち上げて、その片付けに着手する。
 フィーロン・エージェンシーについて言えば、英語圏の出版エージェンシーのなかでも最大手の部類に属するICMや、日本の版権エージェンシー他社との競合関係の激しいRandom Houseなどの大手出版社、やっとミーティングの機会を得て食い込むチャンスの巡ってきたPenguin Booksとの仕事を、先ず確実なものにしてしまう必要がある。それから付き合いの深い権利者の企画や、散発的に現れる話題作など、優先順位の高いタイトルの扱いを確実なものにして、一刻も早く日本の出版社と結び付けてしまわなければならない。こちら側だけで片付く作業ではなく、海の向こうの権利者たちとの共同作業だ。実務的なやりとりを重ねるなかで、個人的に相性の合う相手、合わない相手というのが少しずつ浮かび上がってきたりもする。
 当然のことながら、このような状態にあるのはフィーロン・エージェンシーばかりではなく、同業の他3社もまた海外から持ち帰った大量の企画を翻訳出版契約に結び付けるべく、つまり出版社に売るべく、営業活動を加速させている。翻訳出版権の主要な売り先となる出版社に対しては、版権エージェントが殺到する。しかし売り込みをかけられたところで、個々の翻訳書編集者があらゆるタイトルに目を通すことなど不可能だ。手元に30も40も企画候補が集まれば、検討の段取りを整えるだけでも一仕事にちがいない。
 翻訳書に力を入れている出版社は、たいてい“リーダー(readers)”と呼ばれる人々を外部に抱えている。英語なら英語、フランス語ならフランス語の原書や検討資料を彼等に読ませ(“リーディング”させ)、そのレポート作成を依頼する。リーダーの多くは多少なりとも時間に余裕のある翻訳者や、翻訳家の卵といった人達だ。彼等、彼女等によって整えられる資料は“リーディング・レポート(reading reports)”や“レジュメ”、または“シノプシス”と呼ばれ、出版社の企画検討のための重要資料となる。場合によってはそれが決め手ともなり得る。普通の本なら一本のレポートあたり3万円というのが2000年を目前にした当時の相場だった。ただし、ひとつ引き受ければ二日や三日で片付くようなものではないので、対価の高い仕事とは決して言えない。リーダー達がどのように生計を立てているのかは分からない。評価の定まった翻訳者のもとには名指しで依頼されてくる有力タイトルが集まるようだが、海の物とも山の物ともつかないタイトルもむしろ多く、そのような企画も、誰かがとりあえず目を通してみないことには検討の俎上にだって載せられない。お宝が紛れていることもめずらしくないので、無視することはできないのだ。そんな、とりあえず誰かが読んでみなければならないタイトルが、手の空いている人々のもとに次から次へと回されていく。
 生活資金の不足をアルバイトで補いながら翻訳を兼業とする訳者も少なくないと聞くが、一度納期が決まれば待った無しで、まとまった時間を作れなければ成り立たせることが難しい翻訳作業をしながら、どのようなアルバイトに就いているのだろう。
 僕達のような版権エージェントは、出版社勤めの編集者を相手に商売する立場にあり、企画を預けてしまった後は、その先にいる人々の顔を知る機会も、その必要もさほど無いというのが実際のところだ。20から30もの作品を売り込んで、やっと1本の翻訳出版が決まるかという仕事だ。一通り紹介してしまった本や、ましてや翻訳権を売ってしまった本がその後どうなってゆくのかなど、いざそれが日本語になって出版されてしまうまで、確かに気にする時間も余裕もない。
「私達は、本の通過点に過ぎないのよ」と、僕の教育係の鈴木さんが自嘲気味に言う。「しかも大量の本が通過していくから、視界から消えた本のことは、もうよくわからなくなっちゃうのよねぇ」

 とにかく、出版社の企画検討を手伝うリーダーにとっては、英語やその他の言語を読みくだす力が必要条件であり、例えば300ページ、400ページに及ぶ一冊の本を数枚のシノプシスに要約するだけの読解力、それから対象とする本のテーマやジャンルなど周辺事情に関する知識やリサーチ能力も求められるだろう。僕達を経由した本が、具体的にどのようにして日本語の翻訳書として生み出されていくのか興味が湧くが、すべては対岸でおこなわれていることであり、こちらからは窺い知ることのできないことが多い。
 リーディング・レポートに話を戻して時代を少し進めてみると、リーマンショックが日本にも大きな衝撃を与えた2008年あたりを境に、出版業界の景気の低迷もいよいよということになり、リーディング料についても1万5千円や1万円など珍しくないほど下落した。「リーディングしてもらったタイトルが企画会議を通れば、そのときは訳者として採用するから」などと丸め込まれて、つまり無料でレポート作りをやらされるという、リーダーが頭を抱えるような状況も珍しいものではなくなっていた。「やりがい搾取」などという言葉が流行りはじめた頃だから、きっとこのような話は翻訳出版業界に限ったことではなかったのだろう。それから更に10年余りが過ぎ2020年を目前に控えた今、状況が改善されているということはなく、またその兆しもなさそうだ。
 ミステリーやSFで有名な東京創元社の優秀な若手、と紹介された小峰さんという7年目の編集者によると、彼女は入社以来の過去6年で、約350本のリーディング・レポートを発注したのだそうだ。1本3万円とすればそれだけで1千万円超の経費が支払われた計算だ。年間にすれば200万円に満たない予算だが、でも同社に仮に8人の編集者がいるのだとすれば、リーディング依頼だけで少なくとも年間1,500万からの経費ということになる。ちなみに小峰さんの場合、リーディングに出したタイトルのうち、その後、本になって出版されたのは約15%ほどと言う。だとすると、出版社は年間1千万円近い金額を、出版に結び付かないリーディング料に捨てていることとなる。宝を見つけるための必要経費だが、軽くはない。
 3万円の相場を半額、更に3分の1にまで値切りろうとする出版社の心理も、そう考えれば分からないでもない。しかし、安かろう悪かろで、額を下げればアテにならない投げやりなシノプシスが届くことも少なくないという。

「これ、うちは降ります。ええ、見送ります」
 出版社から返送されてくる検討用見本にリーディング・レポート、シノプシスが挟まれてくることがたまにある。
 版権エージェントが外部にリーディング依頼することなど滅多にないことなので、シノプシスを目にすると、自分の推した本が、外でどのように評価されたのだろうと覗き見するような興味が湧く。「残念ながら企画が通りませんでしたが、その理由はこれを読んでみてください」という編集者の顔を思い浮かべながら目を通す。シノプシスの内容と編集者の判断に納得のいくこともあれば、腑に落ちないこともある。「手に汗握る冒険活劇。ページをめくる手が止まらない」とか、「文章が格調高く美しく、作品の空気感がとても良い」とか、評論家でもないリーダーの主観による印象ばかり、内容の説明とは無関係なところばかりが強調されたシノプシスを見せられたところで、編集者だって判断の材料にはできないだろうと思う。こんなレポートじゃ確かに決め手にならないよなと、がっくり落ち込む。
 しかし、版権エージェントが出版されるべき本を選ぶ立場にない以上、出版社の判断を尊重し、結果に納得するほかない。余程の思い入れのある作品や、権利者との関係上どうしても契約に結び付けねばならないタイトルなら、こちらも食い下がりもするが、一度「却下」となった出版社の結論が覆ることは、まず無い。
「うちは降りるけど、ポテンシャルがある本だと思うから、次のサブミッション(紹介)に役立ててもらえれば……」という編集者の優しい声が、見事な出来栄えのシノプシスから聞こえてくることもある。優れた作品だからといって、必ず出版されるわけではない。内容や設定の似通った別の本の企画が既に通ってしまっていれば、そちらが優先されてしまう。「結構おもしろくて、行けそうな気もするのですが、実は監禁物のサスペンス、1本契約してしまったばかりで……。それがまた極悪非道な素晴らしい作品で……」と申し訳なさそうなメモが添えられている。
「……リーディングには一応かけたけど、正直なところまったくの期待外れでした。せっかく金を払って作ったレジュメだけど、手元にあってもゴミになるだけ。本を送り返すついでに入れておくから好きにして。次こそちゃんと、うちに合った本を寄越してくれないと困るよ」などと、ぞんざいな口調で断られることもある。
 こちらだって内容をぼんやりとすらつかまずに、半信半疑どころか、売れればラッキーといった気持ちで紛れ込ませているタイトルもあるので、返す言葉もない。具体的になにが書かれている本なのか、さっぱり見当もつかないまま、もしくは理解できないままに、「――ハーバード大学の経済学博士が、この先20年のグローバルエコノミーについて警鐘を鳴らしまくっている内容で、日本にとっても他人事ではないと思うんですよ」などと、わかったような口ぶりでいい加減な紹介をすることも珍しくないのだ。ハーバードの博士ならそのすごさがなんとなく分かる気もするが、略歴を見ても一体なにが特別なのか、さっぱり想像つかない著者だっている。

 ところで、そんなシノプシスを見ていると、おなじような書式のものに定期的に遭遇する。
 ライバル会社の日本ユニ・エージェンシーが運営しているユニカレッジで教えている書式みたいやねと、紛れ込んできたレポートを斜め読みしながら三輪さんが呟く。
 そういえば、ユニは有名翻訳者たちを講師に招いて翻訳者の育成をおこなっているのだと教えてくれた編集者がいた。ユニカレッジで翻訳を学んで、訳者としてデビューする人は多いらしい。版権エージェンシーは海外からの企画が先ず集まる場所だし、それを目当てに編集者たちも通ってくる。講師役の、名の通った翻訳家たちは当然のことながら、それぞれに翻訳書の編集者たちとの充実したネットワークを持っている。そんな彼等の教え子たちは、リーディングや下訳の経験を積んでゆくなかで、出版社との関係を作ってゆく。能力を認められた人から自分の名前で仕事をする機会を得る。
「訳者に必要なのは、なにをおいても締め切りを守る能力だね!」と、ある編集者が笑う。「ユニカレみたいな翻訳学校は生徒に実用的な仕事の仕方を叩き込んでくれるから、俺達にとってはありがたい存在だよ」
「リーダーだって下訳者だって、特に仕事の早い人はいつでも重宝されるし、仕事としての勘どころのある相手にしか、こっちだって安心して任せられないからね」と編集者氏は続ける。「……むしろ能力の高い独学の人達だって、実は相当いるんだけどね。仕事の運び方が独特過ぎる人もいるから、特に初めての相手には気易く発注できないのがリーディングだね」
 彼等がそれを仕事として継続できるかどうか、訳者として独り立ちしていけるか否か、最終的にはセンスや人柄がモノを言うから、ただ翻訳のテクニックさえ身につければいいということではないと、編集者氏は困ったような顔をする。
 試訳をしてもらったら思いのほか出来が良かったから、仕事として一冊預けてみたはいいけど、ページが進むごとに訳文が明らかに荒れてくるような人もいるらしい。一冊をやり切るだけの体力というか、集中力や精神力が培われているかどうかが問われるのだそうだ。
「ちょっと文章が達者でセンスがあるように見えても、本は一冊まるごとでなんぼだからね。……誤訳や意訳はもってのほかだし」
「でもまあ、仕事のできる人が多く育つに越したことはないよ。忙しい有名翻訳家の先生たちだって優秀な下訳者やリーダーと、教師生徒の関係で出会える機会はありがたいはずだよね。翻訳者の仕事はある意味で水物だけど、翻訳学校の講師を引き受ければ定期収入になるんだから、助かるとも思う。ま、この仕組みを作り上げたユニの会長のミヤタさんっていうのはとにかく偉い人だよ」
 そのミヤタさんとは、1928年の生まれ、若くして戦後の焼け跡の東京に立ち、生気を取り戻しつつあった日本の出版のなかでも、特に翻訳出版の復興と再建に力を注いだ偉人だそうで、仕事をはじめて間もない僕でさえ何度となくその名を耳にしてきた人物だ。『翻訳出版の実務』(日本エディタースクール出版部/現在〈第4版〉)という、その名の通り翻訳出版の実務に関するあらゆる知見が一冊にまとめられた専門書があるが、その著者がミヤタさんであり、版権エージェンシーの仕事に携わる者の「指南書」として、ユニ以外においてもひっそりと重宝されているのだ。
 そのミヤタさんの若き日々を綴った回想録、『戦後「翻訳」風雲録――翻訳者が神々だった時代』(本の雑誌社・2000年)という随筆集も出版されている。それを読めば、戦後に復興しようとする日本社会の熱気が、翻訳出版にまつわるエピソードを通じて、鮮やかに甦ってくる。まるで土の地面を驚くべき勢いで緑に染め上げてゆく雑草の生命力を見るかのようだ。若かりし日のミヤタさんが、ときに横丁の酒場のカウンターで安酒をやりながら、西へ東へと駆け回り、意気軒昂な同時代の出版人たちと知的な議論を闘わせつつ、その後の日本の出版文化の礎を築いてゆく様が活き々々と回想されている。大きな敗戦を喫した日本という世界の場末から、豊かで眩しい欧米の出版文化を仰ぎ見つつ、早川書房の若き編集者だったミヤタさんは翻訳物のミステリーや文芸小説などの出版に情熱を注ぐ。あのハヤカワ・ポケット・ミステリを立ち上げたのが当時のミヤタさんだったと知って驚く。そのようにして翻訳書の版権を扱ってゆくなかで、当時のタトル商会(後のタトル・モリ・エイジェンシー)への、成り行きとも運命的ともいえる転職をし、更に深く翻訳出版の実務に身を捧げてゆくことになる。そのような仕事に従事していれば必ず突き当たる、翻訳著作権をめぐる海外とのトラブルや版権使用料のやっかいな金額交渉などを、驚くべき強靭な意志と、実務家肌の明晰な頭脳とを頼りに、ひとつひとつ実に丁寧に解決へと導いていく。道なき道を切り開きつつ、這うように前進してゆくその姿は、暑苦しいほどの迫力に満ちていながら、同時に清々しい開拓精神に溢れてもいる。田村隆一、加島祥造、鮎川信夫、北村太郎、福島正美、田中小実昌といった名が同朋として登場し、ときに破天荒で乱暴な議論を繰り広げ、そして互いを頼りに友情を育んだり、喧嘩別れをしてみたり……。しかし、自分はあくまで裏方であるという、そんな矜持の現れだろうか、回想は実に淡々となされ、ともすれば味気ないほどあっさりとしており、武勇伝めいた厭らしさが少しもなく、彼がどれほどの深慮遠謀の人、抽象的で大きな視点と使命感とを備えた滅私の人であったのかがよく分かる。同時に、表舞台は華々しさを増してゆく出版の世界にあって、苦労ばかりを背負い込む黒子のやるせなさも随所に滲み出ており、それがまた彼の人物を、おそらく意図せぬところでよく描き出してもいる。
 戦後の日本社会の上昇気流に乗るようにして需要の増えた海外の児童文学小説の翻訳出版においても、ミヤタさんとその仲間たちが大活躍したという話で、内田庶というペンネームを用いて、自ら執筆や翻訳をおこなった児童書なども数多いそうだ。
 ミヤタさんはタトルでしばらく勤めた後、60年代終盤に独立して興した日本ユニ・エージェンシーの代表者となり、高度成長期の日本の出版を影で支える存在となってゆく。
 版権エージェントとしての一線を退きつつあった1991年には、日本ユニ著作権センターという、著作権問題を専門に扱うコンサルティング・ファームを立ち上げ、その分野に特化した弁護士や、出版社で版権や法務の実務に携わってきた専門家たちと共に、日本の出版社を悩ませる様々な事案の解決を引き受けるようになる。出版各社の版権担当者を集めての勉強会にも力を入れているそうで、戦後日本の出版史を語る上では見過ごすことの許されないレジェンドだ。
「翻訳出版で困ったことが起きたら、真っ先に相談にいくべきところかもしれないね。うちもちょいちょいお世話になってるよ」という編集者や版権担当者は少なくない。
「東アジア諸国のベルヌ条約の加盟に際しても、実はミヤタさんが陰に回って難しい調整を引き受けたって噂を聞いたけど、あれ本当かねえ」と、酒の席で聞かせてくれたのは、河出書房新社の定年間際のベテラン編集者だ。聞けば“ベルヌ条約”とは、あのヴィクトル・ユーゴーの発案により定められた文学や美術などの著作権保護に関する国際基準だそうで、「エージェントのくせに、そんなことも知らないの? ダメだねぇ」と、いじめられた。政治家としてのユーゴーの、フランス国会における席は今なお欠番のまま保持されているという話もその編集者から教えられ、そんな話だけでワインのボトルが数本空く。
「なんか困ったことがあったら、あんたもユニの著作権センターに行けばいいんだよ。あ、でもフィーロン・エージェンシーは会員じゃないから無理か。競合他社だしな」などと、幼いエージェントをからかいながら、ワインのグラスをまた空にする。そうして新宿三丁目の夜が更けてゆく。「いいじゃない、タクシーで帰れば。豪徳寺でしょ? ここは私が持つからさ」と、僕が帰宅しやすい場所に、最後の酒場を選んでくれている。

 そういえば、2001年に出版されて日本でベストセラーとなった『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス)という本がある。
 その本の出版に際しても、ミヤタさんの日本ユニ著作権センターが、一般読者の目には見えない所で活躍したのだという噂話を、何年かの後に聞いた。世界の人口分布を抽象化し、そのうえで人種や宗教の分布、富や資源やパワーバランスの不均衡について分かりやすく抽象化した例え話で、問題提起の本として話題になった。
 元はといえばインターネットで拡散されて流行った匿名ネタだが、その内容を一冊の本として書籍化しようとすれば、著作権の扱いを無視するわけにいかない。
 遡って探ればかならず誰か、その原典や原案となるものを生み出した人物が存在するからだ。そして、そこには知的財産権や著作者人格権などが認められるというのが、著作権のルールだ。
 ……つまり、インターネット上で顔の見えない人々を介して広まるネタであったとしも、それを本の形にして出版し、商業的な利益をあげようと目論めば、後になって著作権を主張する誰かが現れる可能性を無視することはできないのだし、そこに生じ得るリスクに対しては予め手を打っておかなければならない。
 『世界がもし100人の村だったら』の出版に関して言えば、ドネラ・メドウスというイリノイ州の環境科学の研究者が1990年に書いた「State of The Village Report(村の現状報告)」という短いプレゼンテーションが元となり、それが日本語を含む様々な言語に抄訳され、勝手に改編されたりしながら、チェーンメールとして広まった。「日本語版」という顔で、あたかも原書が存在するかのように出版されたその本だが、原書など実際には存在していない。つまり、日本国内で作り起こされた一冊だ。巻末の解説文には、その創作寓話がどのように広まり、世界に拡散されていったかの経緯などが、持って回った言い方で、しつこいくらいに言葉を尽くして記されている。
「あれはさぁ、出典やら、それが広まった経緯なんかを、まるで解説のように記しておくことで、一見誠実なようではあるけど、その実はどこからつっこまれてもいいように予防線を張っているんだよな」と、主婦の友社の若き花形編集者として勢いの盛りにある定林さんが、いつもの吐き捨てるような口調で言う。口は悪いが面倒見の良い兄貴分といった存在だ。「もちろん、元ネタを作った学者だかなんだかには、ちゃんと手当てがされているはずだけどね……。手当てって、金だよ、金。じゃなきゃ、問題が起こるだろう。知らねえけどさ」
 確かに、言われてみればコピーライト表記にあるのは、“再話”という耳慣れないクレジットの池田佳代子――『ソフィーの世界』(NHK出版)などで既に有名な訳者――の名、それから“対訳”としてクレジットされているC.ダグラス・ラミスの名でしかない。肝心のメドウズの名は、「Original Text by(オリジナル・テキストは)……」として申し訳程度にちょこんと記載されているに過ぎず、つまり著作権者としては位置づけられていない。
 オリジナルからの「再話」を元に「対訳」のテキストが添えられたのがこの本、という説明なのだろうが、その意味するところは不明瞭だ。
「ああいうメッセージの本だから、売り上げの一部は多分どこか然るべき団体に寄付されていたりもするんだろうけどさ……、仮にそうだとしたって、そりゃ著作権問題を追及された際に、自分たちの善意による出版を証明するための方策とか、そんなところじゃねーか? 知らねえけどさ。まんまとベストセラーになったけど、マガジンハウスはうまいことやったな、というのが俺から見る現実かな」と、定林さんは苦笑する。「まったくプロの仕事だね……。いったいその売り上げを、100人の村の何人で分け合ってるんだろうな? ま、お前もそれくらいの離れ業ができるエージェントになれば、そのときは一人前だよ。……機会があったら一度、ミヤタさんに会ってみてもいいんじゃないか?」
 戦後の出版業界を冒険し、ミステリーやSF小説、児童書に至るまであらゆる文芸作品、そして多種多様なジャンルのノンフィクションに至るまで、現代日本の翻訳出版文化を黎明期から支え、その基礎を作ってきたミヤタさんなる偉人の仕事が、そのような形で「プロ」と評されていることに、僕は驚かざるを得ない。
「エージェントは、とにかく裏に回って、なんでもやらなきゃいけない仕事なんだよ、マリオ。よく覚えとけ」と、好き勝手に憶測しながら無邪気に笑う編集者の横顔を眺めつつ、ミヤタさんの回想録に交じる苦々しさの理由が、少し分かる気がした。
「ま、版権エージェントは表向きには存在しない人間ってとこだな。だけど、おまえらがいないと、俺達が困るんだよ」
 出版の世界がもし100人の村であったなら、版権エージェントはそこに1人も存在しない。

To be continued…


PROFILEプロフィール (50音順)

田内万里夫(たうち・まりお)

1973年生まれ。埼玉県出身。版権エージェント(現在はアルバイト)。マリオ曼陀羅の名義で画家としても活動、国内外で作品発表をおこなう。主な展示として『LOVE POP! キース・ヘリング展 アートはみんなのもの』壁画プロジェクト【キースの願った平和の実現を願って】(伊丹市立美術館・2012年)などがある。著作に『心を揺さぶる曼陀羅ぬりえ』(猿江商會)。本書はイギリス、台湾、イタリアでも刊行。訳書に『なぜ働くのか』(朝日出版社/TED BOOKS)。


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なぜ、不満を抱えながら働く人がこんなにも多いのだろう? 問題は「人間は賃金や報酬のために働く」という誤った考え方にある。今こそ、仕事のあり方をデザインしなおし、人間の本質を作り変えるとき。新しいアイデア・テクノロジーが必要だ。そうすれば、会社員、教師、美容師、医師、用務員、どんな職務にあっても幸福・やりがい・希望を見出だせる。仕事について多くの著書を持つ心理学者がアダム・スミス的効率化を乗り越えて提案する、働く意味の革命論。

「本書は、AI時代における僕たち人間のサバイバルそのものを根源的に問う一冊でもある」解説冊子より
松島倫明(WIRED日本版編集長)