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冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス
第25回 アマゾンの“無法地帯”

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 某出版社にて、翻訳書編集、法務をへて翻訳権輸出に関わる冨田健太郎が、毎月気になる海外の出版事情を紹介する「斜めから見た海外出版トピックス」。今回は最大の小売店、アマゾンでの模造品問題を追います。日本でも今後巻き起こる課題、かもしれません。

第25回 アマゾンの“無法地帯”

 NYタイムズが、こんな記事を配信しました。

(アマゾンの独占支配が完成したあと、なにが起きているのか?)

▼模造書籍の問題

 記事は“The Sanford Guide to Antimicrobial Therapy(邦訳『サンフォード 感染症治療ガイド』)”という本の話から書き起こされています。
 医師には必須のガイドブックのようですが、この本の模造品が米アマゾンにあふれ、出版社が困っているというのです。

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 著名な専門書の模造品が作られ、それがアマゾンでおおっぴらに売られていて、しかもその多くは印刷も悪く、読めないような代物だというのだから驚きです。

 海賊版といえば、アメリカでもおもに電子書籍が大きな問題になっています。

(米国の出版社は電子書籍の海賊版でいまも年間3億ドルの損失)

 しかし、プリント・オン・デマンドによって、紙版の書籍の模造にまでひろがっていたのです。

※「プリント・オン・デマンド」は、印刷用データを使って、専用の機械で1部ずつ印刷・製本する手法。アマゾンのほか、ネット書店や実店舗、流通業者でも導入が進んでいます。印刷所で作成したものにくらべると質は落ちますが、在庫を持たずにロングテイルで販売できるため、出版社にとっても著者にとっても、また読者にとってもメリットが大きいのです。

『サンフォード・ガイド』の場合、「よごれて読めないページがある」「写真コピーのように見える」「文字が不鮮明」といったカスタマーレビューがあってもなお、30種類もの模造品が売られているのだそうです。
 そういった商品を買い、正規版の出版社に苦情を言ってくる顧客も多いそうで、この出版社は「これは多くの患者にとって脅威だ——われわれのビジネス全体にとっても」といっています。

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 上は、アマゾンで売られている、Danielle Trussoniの著書“Falling Through the Earth,”の模造品。
 著者の名のスペルがまちがっていますが、このようなものがおおっぴらに売られているのです。

 過去の作品も標的になっています。
 アーサー・ミラーやホルヘ・ルイス・ボルヘス、さらにはアガサ・クリスティーの『オリエント急行の殺人』のニセモノも売られていたそうです。

 小説よりも被害が大きいのが、価格が高い専門書です。
 自社の模造品を売られていたコンピュータ関連書の出版社によると、ある業者は模造商品を代表的な書籍流通業者であるイングラムの子会社に納品し、それがアマゾンをとおして販売されていたそうです。
 そういった模造品を調べると、著者略歴がディーン・クーンツ(もちろんあの作家の)のものを剽窃していたり、正規版が28ドルのところ7ドルで売られたりしていたとのこと。これでは、安いほうがよいと思ってフェイク版を買ってしまう人もいることでしょう。

▼セルフ・パブリッシングの模造問題

 模造品問題は、なんとセルフ・パブリッシングでも横行しているというのですね。

 ジェイミー・ランディーノ氏は、1980年代のアタリのコンピュータ・ゲームについて本を書き、みずからアマゾンのプラットフォームで出版しました。
 この本『ブレイクアウト』は、1200冊以上売れたといいますが、1年後、スティーヴ・S・トーマスという人物が、『アタリの8ビット・コンピュータがいかにして時代を作ったか』という本をセルフ・パブリッシングで売りだします。
 これは、中味はランディーノの本のまま、サブタイトルを書名につけ替えた代物だったのです。
 似ていることに気づきながら両方の本を買ったアタリ好きの読者によって、事態が判明しました。

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 しかもこの模造品を売っているスティーヴ・S・トーマスは、おなじように他人の本を作り変えて出版していることがわかっています。
「模造品を作るなら、ダン・ブラウンやニール・ゲイマン(といったベストセラー作家)を選ぶでしょう、40年前のコンピュータについて書いた技術屋の本なんかではなく」とランディーノ氏。

 さらにおかしなことが起こります。
 ランディーノの妻が、アマゾンで夫の伝記が出版されているのを発見したのです。
 どうやらそこは、AIを使ってインターネット上のデータをかき集めて本を作っているらしく、3000点あまりを売っていたといいます。
 彼女は、さっそくその本を注文しますが、届くことはありませんでした。
 夫の訴えによってスティーヴ・S・トーマスの本がアマゾンから消えるのと軌を一にして、この伝記も販売停止になってしまうという、怪談めいたオチがついたのです。

▼アマゾンの「無法状態」

 NYタイムズは、こういった問題は出版におけるアマゾンの独占状態が直接的に引き起こしたものだ、といいます。
 アマゾンは、出版社やサード・パーティ、セルフ・パブリッシング等々さまざまな売り手のプラットフォームとなっていますが、商品についてまったくチェックをしていないのです(内容だけでなく、製品の質についても)。
 その結果、このような模造品があふれ、「一種の無法状態」になっている、とNYタイムズは批判します。「無法状態」とはいささか強い表現に思えますが、実在する本とまったくおなじタイトルの書籍が正当な手続きを踏まずに作られ、売られているというのですから、大げさとはいえません。

 模造品ではなくても、元値が10ドルの本を100ドルや1000ドルで売るといった書店もあり、これがマネーロンダリングに使われている疑惑もあるそうです。

 もうひとつ見のがせないのが「要約本」です。
 注目が高いベストセラーについて、その中味を短く要約した商品が作られ、売られているのです。もとの本を読むより早くて簡単、というわけです。
 場合によっては、それが何種類も出されています。
 作家にとっては、まさに営業妨害ですし、自分の作品のエッセンスで勝手に商売をされるのですから、ひどい話です。
 しかも、その要約版を、あたかも正規版のように見せかけて売る例もあるとか。
 ある要約版には、「実際の小説に含まれている無駄な情報をすべて排した、このすばらしい作品を読んでほしい」といったカスタマーレビューがついているそうで、噴飯もの。

 そして、このカスタマーレビューも問題になっています。
 読者の評価が高ければ売り上げに結びつきやすいので、フェイクの書きこみが横行しているというのです。
 すでに、金を払わせて絶賛レビューを書きこむビジネスが存在することがわかっています。カスタマーレビューを参考にする人は、最初からだまされてしまうわけです。

▼模造品問題の仕組み

 NYタイムズは、こういったさまざまな問題は、アマゾンの過失というより、ビジネスモデル自体に原因があるといいます。
 アマゾンは売買の場を提供して利益を得ますが、その商品が著作権や商標やプライヴァシー侵害等々のさまざまな面で適法であるかどうかは、出品者に委ねられています。
 アマゾンはガイドラインを作っていますが、責任はあくまで売り手側にあるのです。
 eコマース全般に力を入れているアマゾンでは、このような模造品問題はさまざまな商品ジャンルにひろがっていますが、書籍の場合は市場でのアマゾンの独占が強いぶん、影響が大きくなっています。
 先にあげたセルフ・パブリッシングにおけるフェイクなどは、アマゾンのシステムだからこそできたビジネスでもあります。

 出版社だけでなく、オーサーズ・ギルドのような作家の団体も模造品を問題視していますが、彼らはこのような現状を訴える場がないといいます。アマゾンがこういった問題に対処するのは、ユーザーから苦情が寄せられたときにかぎられるのです。

 最初にあげた『サンフォード・ガイド』の正規版の出版社は、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾスに直接書簡を送ったそうですが、2週間後に販売チームの担当者から、あるサード・パーティを排除したが、そこが不服を申したてている旨を説明した返信が来ただけで、「彼らは本気でこの問題に対処しようという気がないようだ」と語っています。

 先の『オリエント急行の殺人』の場合、読者から「フェイクではないか」という書きこみがされていたにもかかわらず、アマゾンが販売を停止するまで、1年半かかり、そのあいだ模造品が売られつづけたのです。

▼アマゾンによる模造品対策

 じつはアマゾンが、模造品の問題を公式に認めたのは、今年2019年2月のことでした。

(アマゾン、収益報告のなかで、はじめて模造品への警告をくわえる)

 投資家向けの報告のなかで「リスク・ファクター」として模造品を取りあげたもので、逆にいえば、アマゾンはここまで、この問題をおおやけに認めていなかったわけです。

 これを受けて、アマゾンは「プロジェクト・ゼロ」という計画を発表しました。
 文字どおり、模造品をゼロにするプロジェクトで、機械学習を用いて疑わしい商品を発売前に差し止めたり、模造品をアマゾンへ報告することなしに排除できたり、製品にシリアル番号をふることで模造品を発見して顧客へ届くのを防いだりといった仕組みを作るとのことです。

 これは「各ブランドに対し、模造品をゼロに抑える権限をあたえる新たなプログラム」だと説明され、各方面から前向きな反応を得ているとしています。
 しかし、あくまで模造品を排除するのはブランド側、つまり被害を受ける側であることから、版元は反発しています。
「なぜわれわれがフェイク商品を取り締まる責任を負わなくてはいけないのか。それはアマゾンの仕事だ」

▼アマゾンの反論

 今回のNYタイムズの記事は反響を呼び、アマゾンはさっそく以下のような反論を掲げました。

(模造書籍に関するNYタイムズの記事への回答)

「NYタイムズは、アマゾンが模造品を放置している、というが、われわれは模造品の販売をきびしく禁じている」と書き起こし、プロジェクト・ゼロをはじめとした対策を講じていると説明しています。
 アマゾンが出版業界の競争を阻害している、とされたことにも反論し、独立系書店の数が10年で50%以上成長したという数字を引いています。
 そして、「われわれはつねに、地上でもっとも顧客を重視する企業であることを目指している」というモットーを繰りかえし、「タイムズ紙が取りあげたのは少数の不満であるが、そこではまだわれわれの仕事が行き届いていないことを認識した。それをゼロにするまで手を止めない」と締めくくっています。

 このなかでアマゾンは、2018年だけで不正取引を防ぐシステムの構築に4億ドルを投じており、100万以上の悪質なアカウントを事前に差し止め、30億以上のアイテムを発売前にブロックしたといっています。
 ということは、毎日、3000弱のアカウント、800万以上のアイテムを取り締まっている計算になります。
 おそろしい数です。

 しかし、それでも模造品問題が増大しているというのが、NYタイムズの記事の主張だったわけです。
 システムを整えても、それをかいくぐる不正がはびこるイタチごっこは、どこででも見られることではありますが、このままでは著者や出版社の利益が損なわれ、出版物が違法にあつかわれる状況は変わらないでしょう。

 アマゾンについては、市場の専有が強まったために当局や政治家がきびしい目を向けはじめています。NYタイムズも触れていますが、自由競争を阻害するような行動がなかったかどうか、議会下院や連邦取引委員会が調査に乗りだしています。
 また、カスタマーレビューにフェイク情報が書きこまれる件については、連邦取引委員会がすでに対処に動いています。

(連邦取引委員会が、独立した小売ウェブサイトでの有料フェイク・レビュウに初の措置)

 アマゾンで売られる商品も、たびたび物議をかもしています。
 チャールストンでの銃乱射事件を機に、かつての南部連合旗をはじめとする商品が差別を助長するとして問題視された際も、アマゾンはなかなか販売を停止せずに批判されたことがありました。

(アマゾンでなにがホットな売れ筋商品になったか)

 最近では、同性愛を「治療」するという疑似科学的な書籍が売られていたことが明らかになり、アマゾンはガイドラインに反するとしてこれらの商品を排除しましたが、共和党の連邦議員たちがこれを、アマゾンによる「検閲」だとして、書籍を売りなおすようにもとめるといった、ひじょうにねじれた、ややこしい問題も起きています。

(共和党議員団、同性愛に対する転向療法の本を売るようアマゾンに圧力)

※もちろん、性的指向は矯正できるようなものではなく、上記の書籍は誤った危険な思想ということになります。

 日本でも、似たような問題は起こりはじめているように思います。
 いずれにしろ、ひとつの企業がかつてないほどに巨大化した市場を作りあげてしまった現実に、まだまだわたしたちは対処できていないということなのでしょう。
 一方的な法的規制が有効ともいえませんが、それではアマゾン側がなんらかの方法を生みだすことができるのか、まだまだ先は長そうです。

[斜めから見た海外出版トピックス:第25回 了]

※編集部注
こちらの原稿を受領したのち、ニューヨーク・タイムズに再び海賊版に関するレポートが上がりました。

(ビッグブラザーからの呼び出し、アマゾンでオーウェルが書き換え)

やはり、まだまだ先は長そうです。


PROFILEプロフィール (50音順)

冨田健太郎(とみた・けんたろう)

初の就職先は、翻訳出版で知られる出版社。その後、事情でしばらくまったくべつの仕事(湘南のラブホテルとか、黄金町や日の出町のストリップ劇場とか相手の営業職)をしたあと、編集者としてB級エンターテインメント翻訳文庫を中心に仕事をし、その後に法務担当を経て、電子出版や海外への翻訳権の輸出業務。編集を担当したなかでいちばん知られている本は、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(門田美鈴訳)、評価されながら議論になった本は、ジム・トンプスン『ポップ1280』(三川基好訳)。https://twitter.com/TomitaKentaro