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冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス
第15回 北京国際ブックフェア

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 某出版社にて、翻訳書編集、法務をへて翻訳権輸出に関わる冨田健太郎が、毎月気になる海外の出版事情を紹介する「斜めから見た海外出版トピックス」。
 今回は8月に行われた北京国際ブックフェアのレポートをお届けします。ライツビジネスの最前線をお楽しみください。

第15回 北京国際ブックフェア

8月下旬の暑い東京を離れて、これまた暑い北京に行ってきました。
目的は「北京国際ブックフェア」です。

▼ブックフェアとは……

 ブックフェアとは、出版界の大イヴェントです。
 といっても、ご存じないかたにはイメージしにくいかもしれません。
 日本では、毎年、東京国際ブックフェアが開かれてきましたが、残念ながら2017年、18年と開催されず、19年も予定はないようです。
 東京ではビッグサイトが会場でしたが、このように大きなフェア会場を使って、版元が自社の出版物を展示するのがブックフェアです。文字どおり、書籍の見本市というわけです。

 東京のブックフェアに参加されたことがあるかたは、「出版社が本を安売りしたり、作家のサイン会があったりしたな」といった印象をお持ちかもしれません。
 たしかに、出版社が出展して、自社の商品のプロモーションを行なっています。それは一見、読者に向けた催し物に見えますが、じつはそれだけではないのです。

 まず第一に、ブックフェアは出版社と書店のビジネスの場です。
 日本では、取次システムによって本が書店に届けられますが、この場で何度かご説明してきたとおり、海外では書店がみずから選んで出版社から本を仕入れるのがふつうですから、出版社は自分たちの商品を書店に買ってもらわなければなりません。
 そのための重要な機会がブックフェアで、出版社がここで自社商品を(今後のラインナップもふくめて)書店に紹介し、仕入れてもらうのです。
 ブックフェア=「書籍の見本市」とは、まずはこのことを意味します。
 もちろん日本でも、あまり知られていない比較的小規模な出版社にとっては、書店にアピールして注文してもらうチャンスということになります。

 もうひとつ、大事な側面が、ライツ・ビジネスです。
 エージェントや出版社が、自分たちが持っているタイトルについて、さまざまな展開をするための商談の場でもあるのです。
 ブースを出展して、そこにビジネス相手を呼ぶ場合も多いのですが、それなりの予算がかかります。
 そこで、ほとんどのブックフェアには、会場の一角に「ライツ・センター」という、ライツ・ビジネス専用のスペースが設けられます。センターといっても、テーブルがいくつもならべられ、入口に事務局の担当者がいるだけ。参加者はそのテーブルを予約し、ミーティングを重ねるのです。

 東京国際ブックフェアでも事情はおなじで、近隣諸国の出版社やエージェントがやって来て、日本の出版社の本の翻訳出版権を取得するためのミーティングをやっていたものです。
 しかし、最初にも触れたように、いま東京ではブックフェアが開かれなくなってしまいました。
 その反面、近年勢いを増しているのが、北京国際ブックフェアなのです。

▼フェアの概要

 2018年の北京国際ブックフェアは、8月22日から26日まで、北京郊外の国際展示場で開かれました。
 会期は水曜日から日曜日までですが、ビジネスはほぼ金曜までで、土・日は一般の読者むけになっています。
 会場は「国際展示場新館」と呼ばれ、北京中心部からだと地下鉄(途中で高架鉄道になりますが)で数十分かかります。
 展示場は10万平米あまりで、いわゆる「東京ドーム2個分」。

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(国際展示場新館)

 全部で8ホールありますが、そのうち1つが、海外からの出版社と、先ほど説明したライツ・センターに割りあてられています。
 それとはべつに、国際ブック・フェスティヴァルと名づけられたホールがあり、ほかにゲスト国(今年はモロッコ)の特集が行なわれているホールもありますし、児童書やデジタル出版のホール等々がありますが、そういったなかにも海外からの出展社が数多く入っています。
 昨年の数字だと、90近い国や地域から出展社は2500強とのこと。しかも、出展社数の6割が国外からだそうですから、まさに「国際ブックフェア」の名にふさわしいといえます。

 もちろん、国内の出版社用のホールもあり、各省からの出展がならんでいるホールもあります。
 国内外からの作家を呼んでのイヴェントなども数多く企画されていますし、料理書のホールにはキッチンが併設されて、観客を集めて調理をしていたり、ワインを買えたりもします。

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(料理書コーナーのキッチン)

 児童書のホールもありますし、中国共産党肝いりの、習近平の本がずらりとならべられたスペースもあります。

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(ずらりとならんだ習近平の本の各国語版)

 来場者数は30万人とのことで、これは、ブックフェアとしては歴史的にも規模的にも世界一といわれるフランクフルト・ブックフェアをしのぐ数になります。

▼海外出版社の動向と、ライツ・ビジネス

 海外出版社のホールでまず気づくのは、欧米の主要な版元がのきなみ出展してきていること。
 これは、東京国際ブックフェアではまず見られなかった光景で、錚々たるものです。

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(アシェットのブース)

 しかも、よく見ると、たとえばペンギン・ランダムハウスやスカラスティック、ワイリーなどは、中国企業としてエントリーしていたりします。つまり、中国や香港に現地法人を置いているわけです。
 アシェットのように中国の企業と合弁会社を設立しているところもありますし、大手出版社は、ブックフェアを待つまでもなく、すでに中国国内に展開しているのですね。
 日本をかえりみれば、かつてはランダムハウスが講談社と合弁企業を作って進出を試みて撤退、現在ではピアソンやハーパーコリンズ、アシェット等が法人を置いていますが、中国においてはもっと大規模です。裏を返せば、日本では国内の出版社が強く、海外勢が入る余地が限定されているということでもありますが、それはそれとして、世界の出版界にとって、中国がどれだけ市場として重要視されているかがわかるところです。まあ、当然といえば当然ですが。
 大手の総合出版社だけではなく、オクスフォードやケンブリッジ、ハーヴァードやコロンビアといった大学の出版局も出展しています。学術書の需要も多いことが察せられますし、独立系の出版社のブースもならんでいます。

 欧米のみならず、中東やアジアからの出展もあります。国がバックアップして文化輸出に力を入れているところも多いようです。
 台湾の出版社が海外からの出展ホールに置かれることも多いようですし、そうそう、北朝鮮のブースもありました。

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(北朝鮮のブースにならべられた金日成関連の出版物)

 ブースを出すほどではない出版社やエージェントが集まるのが、ライツ・センターです。こちらは、海外出版社のホールのいちばん奥の区画を仕切っていて作られています。
 受付があり、基本的には一般の来場者は入れないことになっていますが、いちいちチェックをしているわけではないので、じつは誰でも入れます。ただ、テーブルをならべて商談しているだけですから、ふつうのお客さんが来てもおもしろくもなんともないでしょうけども。
 今回は、ライツ・センターのほかに「ライツ・クラブ」というスペースが設けられていました。ここではライツ関係のイヴェントが行なわれていましたが、あいている時間は関係者に開放されているようで、カーテンで仕切られた個室も用意されていました。係の人がコーヒーも淹れていました。

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(ライツ・クラブ)

 こういうあたりにも、運営側が版権ビジネスに力を入れていることが見て取れます。

▼日本は……

 日本の出版社は、毎年、国際ホールの入口近くの目立つ場所に集められています(日本とならんでいるのが韓国)。
 先ほど述べたように、ブースを出すにはそれなりの予算が必要になるので、複数の出版社が共同で出しているスペースもあります。日本の出版物を海外に紹介する事業に関わっているトーハンが取りまとめ役となって、多数の出版社で大きなスペースを確保したり、大学出版会などがブースをかまえたりしています。
 そこでは、テーブルが置かれ、さかんに商談が行なわれます。とはいえ、壁に出版物をならべていますので、それに惹かれて、一般の入場者もずいぶん訪れていました。

 日本からの参加社は、ほとんどが自社のタイトルを中国へ売りに来ていますが、国内での出版状況が頭打ちの昨今、中国は有望な市場です。
 なかでも強いのは、児童書、実用書、専門書、それに文芸でしょうか。

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(中国の出版社主催のパーティ会場に展示された日本の出版物の翻訳書)

 長年、統制が強かった中国においては、自国内ではなかなか多様なコンテンツをそろえることができず、どうしても日本などからの輸入に頼らざるを得ない状況があります。
 実用書などでもそれは顕著ですが、とくに児童書では、そもそも絵本(全面に絵が描かれていて、読み聞かせたり、子供が自分で読んだりできるもの)という形式が中国にはなかったため、一度受容されると、普及のスピードは早く、ひじょうに広範だったと聞きます。
 さらに、北京とは別に上海では児童書専門のブックフェアも行なわれており、まだまだ市場はひろがりそうです。

 日本の現代小説も人気で、世界的作家である村上春樹はもちろん、東野圭吾をはじめとするミステリーもベストセラーになっています。
 日本の出版界で最大の輸出品目といえば、なんといってもマンガですが、しかし、中国においては事情が異なります。当局の許可がおりにくいため、圧倒的に数が少ないのです。そのため、日本で人気のマンガのノヴェライゼーションがもとめられるといった、ちょっとねじれた話もあるそうです。つまり、マンガでは許可がおりないけれど、小説なら比較的容易なので、人気のあるコンテンツなら小説版を出そう、というわけです。

 ただ、バラ色の市場とばかりいえないのがむずかしいところです。
 ここ数年でも、当局が児童書分野について海外書籍の割合を抑えつけようとしたりするなど、政治の影響を受けやすい側面もあります。
 また、中国国内のコンテンツの質も向上しており、自国内でまかなえるようになってきています。
 日本のコンテンツが買われる状況はまだまだつづくと思いますが、将来的には揺らいでくることもあるかもしれません。

 このように、北京国際ブックフェアを見るたび、中国の出版ビジネスの勢いを感じるとともに、ブックフェアそのものが開かれない日本の現状が心配になってきます。
 ただ、出版社が集まって、東京国際ブックフェアのかわりに、ライツ・ビジネスの会を行う「東京版権説明会」が企画されたりしています。
 中国という巨大市場のまえで、出版先進国としての日本の力は、これからも試されていくでしょう。
(写真は筆者が撮影したものですが、一部、昨年のものも入っています)

[斜めから見た海外出版トピックス:第15回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

冨田健太郎(とみた・けんたろう)

初の就職先は、翻訳出版で知られる出版社。その後、事情でしばらくまったくべつの仕事(湘南のラブホテルとか、黄金町や日の出町のストリップ劇場とか相手の営業職)をしたあと、編集者としてB級エンターテインメント翻訳文庫を中心に仕事をし、その後に法務担当を経て、電子出版や海外への翻訳権の輸出業務。編集を担当したなかでいちばん知られている本は、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(門田美鈴訳)、評価されながら議論になった本は、ジム・トンプスン『ポップ1280』(三川基好訳)。https://twitter.com/TomitaKentaro