第11回 社会を映すロマンス小説
▼ロマンス小説とは?
今回は、ロマンス小説をテーマに……というと、関係ないなあと思われるかたも多いかもしれません。
しかし、全米での売上高は11億ドル弱(すこし古いデータですが)で、これはミステリーとSF/ファンタジイを足したぐらいの市場規模であり、すべてのフィクション・マーケットの1/3強を占めるというと、その重要性がわかっていただけるのではないでしょうか。
とはいえ、ロマンス小説というと、読者は女性ばかり、ストーリーは色恋沙汰で、どうせめでたしめでたしで終わるんでしょ、という大ざっぱな印象を持たれていたりしますね。
まず最初に押さえたいのは、たしかに読者の82%は女性ですが、男性読者が2割弱にのぼるという事実です。
全米ロマンス作家協会の見解からロマンス小説を定義すると、
1)恋愛がプロットの中心にあり、
2)ドラマ的にはハッピー・エンディング=「感情的に満たされた、オプティミスティックな結末」、
ということになりますので、上のような印象はけっしてまちがってはいません。
が、この場合の「恋愛」とはじつは男女にかぎった話ではなく、さまざまな形がありえます。じっさい、読者のうちヘテロセクシュアルは86%で、同性愛やバイセクシュアルの読者が1割以上いるのだそうです。
さらにロマンス小説は、設定や物語の様相で細かいサブジャンルにわけられ、多様な作品が生みだされています。
現代を舞台にした「コンテンポラリー・ロマンス」での流行は、ヒーローの職業ものでしょう(消防士とかスポーツ選手とか)。
日本でも人気が高いのが「ヒストリカル・ロマンス」(歴史もの)で、とりわけ「リージェンシー」と呼ばれるわずか10年ばかりの摂政期(1811〜20年)の英国を舞台に、集中して大量の作品が書かれています。
ヒストリカルをしのぐほどの人気といわれるのが「パラノーマル・ロマンス」で、文字どおり超自然的要素が入るもの。ヴァンパイアやシェイプ・シフター(動物に変身する人間)が登場したり、完全にSFだったりします。
また、ミステリー要素で物語を引っぱるのが「ロマンティック・サスペンス」で、これはスリルや犯人探しも入ったりするので、作家の腕が試されます。
ほかに、宗教やスピリチュアルな要素を持つ「インスピレイショナル・ロマンス」や、これは説明はいらないと思いますが、「ヤングアダルト・ロマンス」や「エロティック・ロマンス」など、まさに百花繚乱。
人気が高いジャンルだけに、才能もまた集まっているのです。
日本におけるロマンス小説受容についても説明したいところですが、キリがないので、とりあえずご存じないかたは、本屋さんの翻訳文庫の売り場で、外国人女性(ほとんどが白人女性)があしらわれたデザインの商品を探してみてください。それが日本でのロマンス小説の目印です。
▼ロマンス小説界の変化
邦訳も多いベストセラー作家サラ・マクリーンは、2016年11月はじめ、いつものように書きすすめてきたヒストリカル・ロマンスの最終盤にいたって、トランプ当選の報を聞き、自分が手がけてきたようなヒーローは「もうこれ以上書けない」と思ったといいます。
彼女の作品は、他人に内心を見せない強引な公爵(ヒストリカル・ロマンスにおいて「公爵」は鉄板のヒーローなのです)が、愛を育むなかで人間的成長も遂げていく、というよくある筋書きだったのですが、このような男性像がトランプ大統領を生んだという思いにかられたというのです。
ヒラリー・クリントンが「女性たちがつかまって馬の背に乗せられ、遠くへ連れて行かれる」ような、と表現したロマンス小説は、たしかに存在します。
ジャンル的には、アルファ・メイルと呼ばれるヒーロー像です。「Alpha Male」とは、動物の群れを支配するオスのことですが、そこから転じて、他人を強く牽引する、権威のある男性的なボスを指します。ロマンス小説では、そのようなオレサマ的ヒーローがときに暴力的にヒロインを自分のものにしていくタイプが長年人気をたもってきました。
1972年に出版されたキャスリーン・E・ウッディウィス『炎と花』(野口百合子訳)は、ヒーローがヒロインを最初からレイプするという衝撃的な展開で、ロマンス小説を一変させるほどの大きな影響をあたえたといわれます。世界的にヒットしたボンデージものの『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(池田真紀子訳)も、まさにこの流れですね。
しかしながら、現代の政治やジェンダー状況を考えたときに、このような男性像に疑いが生じているわけです。
サラ・マクリーンは、自分がかつて書いてきたアルファ・タイプの男性にはもう耐えられない、魅力的ではないと感じ、けっきょく新作を全面的に書きなおし、人生をやりなおそうとする新たなヒーロー像に作りかえていったといいます。
そして、これはマクリーンだけの例ではなく、他の作家や編集者たちが同じような思いをつのらせ、それによってロマンス小説界に大きな変化が起きているのです。
▼ロマンス小説の効用
読書サイト「Book Riot」に、こんな文章が載りました。
書き手は教師でもある女性ですが、おもに文学作品を読んできた彼女は、トランプの登場以降、ロマンス小説好きに変わったというのですね。
その理由は、
1)ヒーローがヒロインの同意をいちいち得ながら事を進めていく(濡れ場であっても!)
2)人種的に多様な作家たちの作品をもとめやすい
3)女性たちの声が、物語の中心となっている
4)最後は「幸せに暮らしました」で終わる
とのこと。
逆にいえば、現実社会では、1)ムチャなトップが勝手に物事を決め、2)人種差別が横行し、3)女性たちはさまざまな格差や抑圧にさらされ、4)人びとはさまざまな葛藤から逃れられないわけですが、ロマンス小説ではそういった問題が(ある程度)解消されるというわけです。
サラ・マクリーンのような変化があるいっぽうで、そもそもロマンス小説が読者にあたえる影響は、たんに「逃避」としてかたづけられないような側面があるといえるのではないでしょうか。
▼ロマンス小説のこれから
ロマンス小説のダイヴァーシティについては、こんなリポートがあります。
大手出版社のロマンス・レーベルでは、白人作家が9割以上にのぼっています。そのため、ロマンス小説の表紙は、多くが白人男性のイメージで占められているのが実情です(日本のロマンス小説では、これが白人女性ばかりになります)。
たしかに、まだまだ白人が主流なのですが、ロマンス小説専門書店が興味深いデータを出しています。
まず、この店の2017年のベストセラー10冊のうち、6点は白人以外の作家であり、多様な人種の作家の作品が読まれているという事実があります。
とはいえ、有色人種作家の作品の割合はまだまだ少ないので、ジャンルの成長を考えれば今後のびる余地は大きいといえます。
さらに、小説の質だけを問題にするなら、人種やジェンダーにしばられず、多様な作品が生まれてくるはず、という主張です。
じっさいに、アフリカ系作家が新たな潮流となっている面もあれば、
インド系の勃興もあるとのこと。
今後は、ますます多様なロマンス小説が期待できるところですが、残念なニュースもあります。
大手版元サイモン&シャスターの「クリムゾン・ロマンス」レーベルの終了が発表されたのです。
大手のレーベルにはめずらしく、有色人種の作家の作品が3割近かっただけに、これはいささか心残りです。版元によると、読者の傾向やマーケットが変わり、継続が難しくなったとのことなので、これがダイヴァーシティからの揺りもどしだとしたら、すこし気がかりです。
しかし、ここまで来た流れは簡単には止められないでしょう。
ひるがえって見るに、日本のロマンス小説市場はとても保守的といわれていますが、こういった新たな作品が紹介されて、業界が活気づくようなことになればよいのですが。
[斜めから見た海外出版トピックス:第11回 了]
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