メキシコを代表する女性画家、フリーダ・カーロ(1907~1954年)。画家として評価されただけでなく、身体の不自由やメキシコ近代化の荒波に翻弄されつつも、ひとりの女性として力強く生きたその人生は、現在でも世界中の人々の共感を呼んでいる。2012年、フリーダの死後50年を経て封印を解かれた彼女の遺品が、メキシコ人のキュレーターの発案により写真家・石内都によって撮影された。映画『フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように』は、その3週間に渡る撮影に密着取材し、写真家が遺品を見つめ、これまでのイメージから解き放つようなフリーダ・カーロ像を発見していく過程を丹念に映像に収めるとともに、遺品の背後に広がるメキシコの風土や文化、引き継がれる伝統や現在を生きる女性たちの姿をも捉えたドキュメンタリーとなっている。石内都の写真に大きな影響を受けてきたという小谷忠典監督は、彼女のまなざしを通してこの映画で何をとらえようとしたのか。
インタビュー・テキスト:小林英治
【下記からの続きです】
1/3「『2週間後にフリーダの遺品を撮りにメキシコに行く』と電話で聞かされて、そこからお金をかき集めて。」
死を作品の中でしっかり受け止めること
―――撮影を通じて監督がこれぞ「石内さんのまなざし」と感じたものはどんなところですか?
小谷:やっぱり石内さんの最大の魅力は、死というものを断ち切らないで、死を死で終わらせない写真を撮ることだと思います。そういったまなざしを通して、僕も映画として「死と再生の物語」というものが作れたかなと思っています。
―――映画の中では、国際電話で石内さんに友人の訃報が飛びこんできて、ショックを受けてカメラを避ける石内さんの姿を回りこんで撮影しているシーンもあります。広場の賑やかな景色との落差も際立っていましたが、あれは撮るのに覚悟が必要だったと思います。
小谷:撮られるのは嫌だろうな、でも監督としては撮らないといけないなと、心の中ではせめぎあっていました。本筋とは関係ない場面だったので、最終的に映像を使うのも慎重になりましたが、フリーダと石内さんという、死を作品の中でしっかり受け止めている2人の作家を相手に今回の映画を作っているので、これは自分もきちんと受け止めないと再生への表現にならないなと思って使いました。
―――そのあと、カメラ目線の女の子が凧を持ってカメラの周りをぐるぐる回るシーンに繋がっています。
小谷:同じ広場で撮影したんですが、「私、凧を飛ばすから見て!」っていう感じでカメラに気づいて寄ってきたんですよね。あの女の子が個人的な死からメキシコの死生観というところにブリッジする導線になってくれました。
―――そういえば、監督のこれまでの作品は、ほぼカメラは固定でしたが、今作では手持ちで寄っているショットがかなりありますね。
小谷:おっしゃるように『LINE』も『ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ』[★2]も、相手が動いているものを追いかけて撮るということはまったくしていなくて、今まではどちらかというとこちらで作りこんだ画面に入ってもらう形をとっていました。だから、いわゆる普通のドキュメンタリーの手法としての撮影は今回が初めてだったんですが、やってみていろんな発見がありました。
映画は運動こそがリズムであり生命
―――石内さんの撮影では、フリーダの遺品をライティングなしで自然光で撮影しているのが印象的でしたが、メキシコの光や色彩について、監督自身はどう感じましたか。
小谷:個人的にはわりとモノトーンが好みなのですが、メキシコで撮影しているといろんな色がグチャグチャ入ってきて、この画面でどうやって1本の映画として成立できるのか、最初は不安でした。ただ、遺品を撮影した場所はフリーダが生前住んでいた家で、現在博物館になっている「ブルーハウス」という建物なんですが、その壁の青を見たとき、この青を基調にすればひとつの世界観になるかなと思いました。日本で青というとわりと冷たかったり悲しいイメージを持っていたんですけど、向こうの光を受けた青は全然印象が違って、むしろ温かくて神々しいくらいでした。実際、メキシコでは青は幸運を呼び込む色とされているみたいで、それからはこの青を画面に点在させて作っていこうと意識して撮影していきました。
―――モチーフとしてもうひとつ重要なのは、フリーダが愛用していた民族衣装とそこに施された色彩豊かな刺繍です。映画の中では、フリーダの母の故郷であるオアハカ地方に現在も息づく刺繍家たちの手仕事の様子と生活が映しだされています。
小谷:映画は運動こそがリズムであり生命なので、写真とは違って服そのものを撮っても映画にはならないんです。そこで、動きという時間をどう捉えられるかと考えた時に、服を縫っているところ、刺繍を施しているところを見たいなと思って調べて、あそこにたどり着きました。
―――刺繍をしているのは現在ですが、同じように何百年と続けられてきた彼女たちの時間と歴史の厚みが同時に表れているようです。
小谷:そうですね。刺繍をやっている方々はもとは奴隷の家系で、結局、征服したスペイン人の貴族が着るものとしてやらされていた仕事だったんです。だから自分では一度も着たことがないという人がたくさんいるんですが、その中でも自分たちの身近にある花をモチーフにして柄にしたり、喜びを刺繍で表現したりと、絶対に消されない、侵されないものとして、仕事そのものがアイデンティティになっているんですね。それは実際現地に行って撮影をする中でも実感しました。
[3/3「大事にしたのは、最終的にこの作品をメキシコで終わらせるということでした。」に続きます]
注
★2:『ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ』
小谷監督2作目のドキュメンタリー映画(2012年)。100万回死んで100万回生まれかわった「ねこ」の数奇な運命を描いた絵本『100万回生きたねこ』。監督は、絵本の作者でありガンを患い余命を宣告されていた佐野洋子を、顔を映さないという条件で記録することを許される。撮影中に亡くなった佐野の葬儀を見届けたカメラは、生前彼女が話してくれた思い出の故郷、北京へと旅立つ。
『フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように』
2015年8月、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
出演:石内都
録音:藤野和幸、磯部鉄平/撮影助手:伊藤華織/制作:眞鍋弥生/編集:秦岳志/整音:小川武/音楽:磯端伸一/アソシエイト・プロデューサー:光成菜穂/コ・プロデューサー:植山英美/プロデューサー:大澤一生/宣伝:テレザとサニー
助成: 文化庁文化芸術振興費補助金/後援:メキシコ合衆国大使館
製作・配給:ノンデライコ
http://legacy-frida.info
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