INTERVIEW

10年続くリトルプレスの秘密 ――『歩きながら考える』って?

10年続くリトルプレスの秘密 ――『歩きながら考える』って?
谷口愛(『歩きながら考える』編集長)×内沼晋太郎×後藤繁雄 2/3「1号1号がピンチなんです。」

2004年に創刊して以来、およそ年に1冊のペースで10年間こつこつと発行を続けている稀有なリトルプレス、『歩きながら考える』。時々、空白期間も挟みながらも「この10年間で辞めようと思ったことは一度もなかった」と編集長の谷口愛さんは言います。一つのリトルプレスを長く続けてこられている理由とはいったい何なのでしょう? 谷口さんと旧知の仲であるDOTPLACE編集長・内沼晋太郎を聞き手に、途中からは二人の師でもある編集者の後藤繁雄さんも加わって、『歩きながら考える』の唯一無二な編集方法について語りました。
★2014年6月6日、本屋B&B(東京・下北沢)で行われた『歩きながら考える Step7』刊行記念イベントの第一部「リトルプレス“歩きながら考える”って?」のレポートです。

【以下からの続きです】
1/3「その時々の、自分たちの気分を煮詰めていく。」

言葉にならないものを拾い上げたい

内沼:そういう積み重ねの結果が、10年間の7号なんですね。改めて10年間を振り返ってどうですか。

谷口:本当は季刊にしたいんですよ(笑)

内沼:季刊! じゃあ10年間で40冊出ていた方がよかった。

谷口:そうそう。本当はたくさん出したいんです。でもメンバー全員、他に仕事もしていますし、人数がたくさんいるわけではないので。

内沼:なぜ季刊がいいと思うんですか。

谷口:継続している雑誌として、その方が覚えてもらいやすいですし、置いていただいている書店さんにも申し訳ないんです。刊行からあまり間が空きすぎると、精算も大変になりますし。定期的なペースで刊行できていればもっとフレキシブルに対応できるのかな、と思います。

内沼:でもタイトルを決めるのに1年かけちゃうんですよね(笑)。それはやっぱり、定期的に刊行するよりも、出したいものを出すことの優先度の方が高い、ということなんですか。

谷口:やっぱりそうなんでしょうね。今関わっているメインの3人は普段の仕事でも編集をしているんです。だから『歩きながら考える』では、そこからこぼれ落ちるもの、言葉にならないものを拾い上げたいという思いがあるんです。

内沼:「こぼれ落ちるもの」というのは、普段の仕事ではなかなか形にできない内容、ということなんですか。

谷口:テーマや話を聞きに行く相手のチョイスが自由にできる。商業出版では実現できないことでも、リトルプレスなら自分たちの好きなように実現できる、という気持ちがあるんだと思います。

内沼:じゃあやっぱり、季刊で出すことの優先順位は低くて、それよりも自分たちの出したいものを丁寧に作る、ということに優先順位があるんでしょうね。

谷口:そうですね。季刊で出すと薄まっちゃう可能性はありますね

内沼:『歩きながら考える』の内容を考えると、3ヶ月単位でこのレベルのものを定期的に出していくなんて、なかなかできることじゃないという気がしますね。

谷口:そうかもしれません。まだまだ未熟なリトルプレスですし。

内沼:何年先かはわからないですが、おそらく8号も出ますよね。改めて考えて、何のためにやっているか、続ける理由みたいなものはあるんですか。例えば、お金のためにやっているわけじゃないですよね。

谷口:お金のためではないですね。お金に関しては、むしろやらない方がいいくらい。時間もないですし。でもなんだろう……。『歩きながら考える』を続けることで、会いたい人に会いに行けたりするんです。それはすごく大きなことですね。例えば5号の取材では、作家のいしいしんじさんに会いに行ったんですけれど。

内沼:でもそれは普段の仕事でも、普通にいしいしんじさんにオファーすれば会えるわけですよね。

谷口:確かに会えるかもしれません。

内沼:じゃあそれは、「会い方」が違う、ということなんですか。

谷口:「会い方」……。確かにそう。『歩きながら考える』なら、個人的な興味と思い入れで会いに行くことができるんです。仕事の時は「みんなが聞きたいことは何だろう」という理由で伺うんですが、『歩きながら考える』だと、「私が聞きたいことはなんだろう」という気持ちで会いに行けるんですよ。

内沼:会いに行きたい人がいるかどうかが、続ける力になっている。

谷口:意識してはいませんでしたが、まさにそうですね。私が他のことで忙しくて、個人的に聞きたいことが考えられない時は、刊行までに間が空くんです。

内沼:極端な話、谷口さんが聞きたいことがなくなったら『歩きながら考える』は終わる、ということなんですか。

谷口:でもそこは編集者が3人いる強みがありますね。私が会いたい人が1人しかいないという時でも、他の2人が全然違う個性のものを上げてくれる。そういう意味では、話題に事欠かないですね。

『歩きながら考える』Step5より

『歩きながら考える』Step5より


 

毎号が「ピンチ」

内沼:それでもやっぱり10年続けられるというのはすごいことですよね。よくある話ですが、一般的にリトルプレスってまず1号、あるいは3号までは出るんですが、それ以上続くものはすごく少ないんですよね。『歩きながら考える』が創刊した2004年から今でも続いているリトルプレスはほとんどないですよね。

谷口:たしかに。でも、続けられたから偉いってことでもないとは思いますが。

内沼:なぜ自分たちは続けられたと思いますか。

谷口:リトルプレスを作ろうと思うとおそらく、1号1号、毎号が「ピンチ」なんですよ。予算がないとか、キーマンが結婚して地方に引っ越してしまったとか、『歩きながら考える』だと、1~2号の頃にメンバーが大量に辞めた、とか。いろんな「ピンチ」があるわけですよね。その中でも特に私たちの場合は「デザイナーが定着しない」ということが大きな「ピンチ」だったんです。1冊分のデザインをほとんどボランティアのような価格でやってくれる人なんてなかなかいなくて。私たちメンバーの中にはデザインの専門家がいなかったんです。それが4号の時に米山菜津子さんという素晴らしいデザイナーに巡り会うことができて、実はこの号からデザインが統一されているんですよ。そこから大船に乗ったと気持ちというか(笑)。すごい安心感が生まれて、気持ち的にも楽になった部分がありますね。

_MG_6503_

内沼:じゃあデザイナーさんが見つかったことが、大きな出来事だったんですね。

谷口:大きかったです。他にもコアメンバーが一度お休みしたこともありました。記事をほぼ全て自分ひとりで書かなきゃいけないような窮地に陥ったのですが、その時は新しいメンバーが入ってくれて「ピンチ」を乗り切りましたね。それにお金のことはいつも「ピンチ」です。

内沼:そういう「ピンチ」でなくなっていたかもしれないけれど、その度にいい出会いがあったことで今まで続いているんですね。

谷口:いろんな人に助けられています。私自身、編集と記事執筆以外のスキルは何もなくて、一人では何もできないことが、結果的に良かったのかもしれないですね

内沼:谷口さん自身が辞めたくなることはないんですか。

谷口:それはあまり考えないですね。10年間、辞めようと思ったことは一度もなかった。刊行時期が決まっていないことが逆にいいのかもしれません。

内沼:刊行時期が決まっていないから、あえて「辞める」と言う必要がない。気持ちが高まった時に、出せばいい。

谷口:そう。仮に今から10年休んだとしても、10年後に「8号できました!」と言って出してもいいわけですからね(笑)
 
 

紙の媒体には区切りと第二の人生がある

内沼:『歩きながら考える』はずっと紙の雑誌として発行していますよね。紙にこだわっている理由はあるんですか。

谷口:いくつか理由があるんです。まず「自分たちにWeb制作の技術がない」ということ。二つ目は「Webだと私たちはマネタイズができない」こと。今は前号の売上で次号の資金を稼いでいるんですが、Webだとマネタイズに不慣れですし、手間もかけられない。それに一番大きな理由は「Webだと終わりがない」ということですね。Webでやるとすると、ある程度定期的に更新する必要がありますよね。でも私たちは他の仕事もしているので、毎日Webを管理することができないんです。紙媒体なら校了して、印刷して、刊行して、みんなでお祝いしたら一度「終わり」になりますよね。区切りがあるということが、紙でやっている一番大きい理由ですね。仮に『歩きながら考える』を専業でやるのであれば、毎日更新した方が面白いものが作れると思うんです。でも今の私たちにそれはできない。だとしたら1号ごとに区切りがある方がいいですね。

内沼:お金についてはどうですか。一口にWebと言っても様々な形があるとは思うんですが、技術がなかったとしても、今ならほとんどお金をかけずにメディアを立ち上げることもできますよね。ブログサービスを利用する、とか。初期費用の低さを理由に、紙ではなくWebを選択するという話もよく聞きます。『歩きながら考える』は、最初からお金を稼ぐことを目的としていないですよね。そうなると逆に、紙の方が印刷代がかかったり、在庫スペースが必要だったり。紙のほうがリスクが高いという考え方のほうが、むしろ一般的でもあると思うのですが。

谷口:私たちに伝えたいことがあって、それを発信するためだけにやるのであれば、Webでもいいと思います。でも、本であればそれから書店という場所があって、そこで人が手に取る。さらに誰かの本棚にある本を、友達が見るかもしれない。本にはそこから始まる「第二の人生」があるじゃないですか。作ったことで終わりにしたくなくて、それがどういうふうに人に届くか、人と出会うかに興味があるんです。作っただけのワンステップで終わりたくないという気持ちがあるんですね。だから装丁もかわいくしたい。すぐ捨てられるような簡単な中綴じのものにもしたくない。それに、本屋さんであまり見たことがないリトルプレスが売っていると、楽しいじゃないですか。

内沼:本屋での出会いに重きを置いているんですね。

谷口:そうですね。自分たちの手を離れて広がってもらいたい、というか。

内沼:どうですか。あと何年続けるつもりですか。

谷口:何年続けるんでしょうね~。内沼さんが以前、「一生続けなよ」と言ってくれたんですが、覚えていますか

内沼:え、そうでしたっけ(笑)。

谷口:だから一生やるのかなって。60歳くらいになったら、ものすごく渋い装丁で、芹沢銈介的な布装とかにしようかなー、と妄想したり。

内沼:そういうビジョンもあるんですね。その時は何号出ている予定ですか(笑)。

谷口:わからないですね。そんなにたくさんは出てないでしょうね(苦笑)。

『歩きながら考える』Step7  裏表紙

『歩きながら考える』Step 7 裏表紙

3/3に続きます

(2014年6月6日、本屋B&Bにて)
構成:松井祐輔


PROFILEプロフィール (50音順)

内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)

1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。2013年、著書『本の逆襲』を朝日出版社より刊行。「DOTPLACE」共同編集長。

谷口愛(たにぐち・あい)

1983年生まれ。文学・アート・社会学を中心にしたリトルプレス『歩きながら考える』の編集長。2004年の創刊以来、編集やデザインに携わる30代の有志とともにマイペースに活動を続けている。現在、同誌は全国約30店舗の書店で展開中。最新刊は2014年5月に刊行した「歩きながら考える Step7」。 http://www.arukan.net (WEB注文も受付中) @arukinagara_jp