INTERVIEW

空海とソーシャルデザイン番外編「空海をもっと身近にする方法」

兼松佳宏×井野英隆×太刀川英輔 空海をもっと身近にする方法
2/2「それぞれの高野山が、日常の中にある。」

「空海とソーシャルデザイン」番外編

兼松佳宏×井野英隆×太刀川英輔
「空海をもっと身近にする方法」
〈後編〉

2014年4月18日 @リトルトーキョー

DOTPLACEで連載中のコラム「空海とソーシャルデザイン」。その筆者である兼松佳宏氏と同じく、空海の考え方・生き方にそれぞれ魅了され、普段の仕事にそのエッセンスを取り入れているという二人――デザインファーム「NOSIGNER」を展開する太刀川英輔氏と、高野山をはじめ日本各地の美を切り取ったムービーの制作を手がけるaugment5 Inc.の代表・井野英隆氏――が集まり、空海の魅力を語り合うイベントがリトルトーキョー(東京・虎ノ門)で行われました。
今後の連載本編を深く読み解く手がかりが散りばめられた鼎談の模様をお送りしていきます!

【以下からの続きです】
兼松佳宏×井野英隆×太刀川英輔 1/2「コンセプトを立てることは『縁』を見通すこと。」

高野山で感じた気持ちを、たどってみる

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兼松:では 3つ目のキーワードをお願いします。

会場:近所の高野山を見つける」というキーワードが気になっています。私もよく高野山に行くんですが、空海って偉大すぎてなかなか身近に感じられない。高野山のような場所も、なかなか他にないと思うんですが。

兼松:ありがとうございます。このキーワードは僕です。高野山だけじゃなく、世界中にいろいろなパワースポットがありますが、それぞれの場所の力は本当だとして、「そこに行かないとダメ」ってなっちゃうのは違うんじゃないかなと思っていて。それよりもそこで感じてしまった何とも言えない大きな気持ちを、普段の暮らしのなかでたどってみる。それも大切じゃないかと思うんです。空海の話も、もちろん高野山に行かないとわからないことはたくさんありますが、「いつも高野山に行かないとダメ」というメッセージにしたくない。
 例えばそういう場所って、僕にとっては温泉なんです。風情のある温泉宿を巡るとかではなくて、温泉に行ってただ瞑想をしています。僕は今鹿児島に住んでいて、贅沢にも近所の銭湯が源泉掛け流しの温泉なんです。岩風呂で座禅を組んで、湯気の出る水面を見ているだけで気持ちがいい。何百年も前に降った雨が、桜島で暖められて、この時代に僕と出会った。その何とも言えないありがたい気持ちは、僕が高野山で感じたものとちょっと似ているんですよね。もっと踏み込んでいうと、「宇宙とひとつである」感覚というか、怪しいですが(笑)。そういう場所がそれぞれの近所にあれば、きっとチューニングができると思うんです。

太刀川:僕にも「いいアイデアが出るコンディション」というものはあります。僕の場合は散歩。空海も修業時代に、室戸岬の御厨人窟(みくろど/※編集部注:高知県室戸市室戸岬町にある、弘法大師伝説の残る海蝕洞)から見える空と海を見て、自ら「空海」と名乗ったというエピソードがあるんですが、やっぱり散歩って大事。身体を動かすこととアイデアを出すことは似ている、むしろ同時に起こっている気がしているんです。僕の会社は横浜にあって、自然環境が良いわけじゃないんだけど、港まで風を感じながら歩いていると、いいアイデアが出てくることが多いんですね。それが僕にとっての高野山かな。

左から、兼松佳宏氏、太刀川英輔氏、井野英隆氏。

左から、兼松佳宏氏、太刀川英輔氏、井野英隆氏。

井野:そもそも「高野山」という山自体はないんですよね。地域全体で高野山と呼ばれているだけ。だから高野山も、精神的に捉えられている場所ということになるのかな。僕は一度高野山に行って、「聖地」と呼ばれる場所を見て、それから日常に戻ってきたときに初めて高野山を感じることができるようになるんじゃないかと思います。一度高野山に行って、そこでは特別なことをしなくても、普通に朝起きて、ちょっと散歩をするだけでいろんなことに気づけるんじゃないかと思うんですね。言葉にすると陳腐かもしれないけど、「こんなに朝日ってきれいなんだ」とか、「明け方の新鮮な空気ってこんなに良くて、いろんなインスピレーションを与えてくれるんだ」とか。実はそれぞれの高野山って、もともと日常の中にあって、それが高野山という場所の体験とつながると、東京の日常の中でもちょっとした瞬間に“開放”されることができるんじゃないかな、とも思います。僕は都内にある「林試の森公園」や、「庭園美術館」とか。そこに行くのはもともと好きで、日常の中になんとなくそういう場所は持っていたんですけど、一度高野山に行って、改めてその場所を大切に感じることができるようになりました。

会場:「林試の森」、是非行ってみたいと思います。
 
 

あなたもすごい人になりうるし、その為の道は開かれている

兼松:4つ目のキーワードです。

会場:理想に自分を投げ込む」をお願いします。理想の自分って何なのか。「理想」と「自分」との距離感について聞いてみたいです。

兼松:これは太刀川くんが出したキーワードですね。

太刀川:さっきの近所の高野山の話につながるのかもしれないけど、要するに「お前の中に、神、inside!」ってことで(笑)。

兼松:もう入っているぞ、と(笑)。

太刀川:もう最初から入っているから大丈夫なんです。理想の自分や、自分の一番大切な存在に自分自身がなれる可能性があるって、なかなか考えないですよね。
 例えば、就職活動中の学生に言ってあげたいんです。就職活動っていう大きな流れの中では「俺は理想的な人生なんか送れないんだ。だからできる範囲で就職しよう」っていう仮説を与えられてしまうわけですよね。だけど密教では、自分の中に可能性が潜んでいるって言っているんです。「ほしい未来は、つくろう。」っていうグリーンズのキーワードにも共鳴するんですけど。空海は「歴史の中にはいろんな偉大な人がいるけど、あなたもその偉大な人と変わらない人間である」と言い切った。だけど、空海が密教を広める前に広がっていた仏教観ってもう少し厳しくって、「神への道は来世までずっと修行していくと、ひょっとしたら開かれるかもしれないな」ぐらいの感覚だったと思うんです。でも、空海の場合は「もう“居る”」。最初から持っているけど、今は眠っているだけなんじゃないのか。これは希望がありますよね。
 少なくとも今、クリエイティブの分野で生きている人たちにはすごく可能性が開かれていると思っています。デザインの分野でも、インターネットの誕生によって一番いいデザイン賞でも参加費を払えば誰でも応募できるので、誰にでもその賞に入選する可能性は開かれている。すごい人になりうるし、そのための道は開かれているんだけど、やったことがないだけ、という状態の人も多くいるというか。そういうのって大体、確率論なんですよね。応募したら入選しちゃうかもしれない。でも出さないから、なっていない。そういうのって、空海的に言うと「即身成仏しているけど、気づいていない」という状態だと思うんです。「お前自身が憧れのあの人なんだよ」、「お前が自分の行きたい未来そのものなんだよ」と。そういう考えってすごく大事だと思います。僕はデザインは独学で、グラフィックデザインとかもろくに学んだことはなかったんだけど、一番いいデザインの賞に応募してみる、みたいなことは一時よくしていて、その経験がすごく役に立った。想像しうる限りそこが一番だと思ったら、もう門は開かれているし、それで外れても気にしない。応募しなければ、そもそも受かることは絶対になかったんだから……ということに気がついたら、それからが楽になったんです。

兼松:有名な賞のような「外側にある理想」だけじゃなく「自分の中から出てくる理想」も大事ですよね。自分で自分に制限をかけないということも大事だけど。

太刀川:その通りです。結局、自分が今見えているものなんて、狭いものでしかないから、自分がこうなりたいなと思っているビジョンも、ゴールじゃなかったりする。とはいえそこにも未練を残すのは良くないと思うので、成功するかどうかは確率論みたいなものだから、納得するまでやってみればいい、という話です。
 でも、そこを超えたら多分もっと大きな“問い”が必要だと思うようになると思うんです。自分に対する問いかけやボーダーラインが大きくなっていけばいくほど、そのボーダーラインは世の中に存在しないものになっていって、その存在しないボーダーラインを理想から逆算するようになるんですね。どうやりたいか、どうあってほしいのかというところを逆算すると、俺は今こうなければいけないと思うようになる。自分なりに確信を持てる“問い”が見つかると、そうなっていくんじゃないかな。それさえも一時的な仮説に過ぎないんですけど。結局、持っているレンズを拭いて、その先にあるものを見ることでしかないのかな、と。

会場:“居る”ことに気づくか気づかないかなんだと思いました。目が曇っているとか、目を背けているとかじゃなくて、周りを見たり、視点を変えたり、狭いところから広いところに出てみたり。そうやって理想に気づけるのかなと思いました。
 
 

「空海とソーシャルデザイン」のこれから

兼松:そろそろ時間ですね。井野さんもおっしゃっていましたけど、空海や高野山は人それぞれの意味を持っていて、これが正解だということはないと思っています。皆さんの中にどう響いたか、これが一番大事なんじゃないかなと思います。お二人は今日お話してみて、いかがでしたか。

井野:すごく不思議な時間だったと思いました(笑)。自分の中で湧いた物事に対する小さな問いをどう解釈するのか、安易に正解を求めずに時代を注視してずっと疑問に持ち続けるのが大切なんだと思いました。答えをすぐに出そうとすると、一つ答えが出てもすぐに別の疑問と答えを探そうとしちゃう。でも自分と向き合って、本当に何がしたいのか見つける。その生き方に対するヒントが空海や高野山にあると思います。高野山が困ったときに思い返してもらえる存在になったらいいんじゃないか。僕も、今の時代に合った形で自分のことを実践していけたらいいなと思っています。

太刀川:個人的にすごくいいタイミングで今日の話があったと思っています。今度、ある企画会議でこの話をしようと思っていたんです。日本の美意識を発信するときに、こういう軸をもってやりたいと思っていたので、すごくいいタイミングでした。まさに「縁」ですね。
 空海は本当にすごい人なんですよ。経営者やデザイナーとしても相当すごい。そういう視点で空海を学んでみると、もっと新しい発見があるんじゃないかな。

兼松:今日を振り返って、多分、一番ラッキーだったのは僕なんだと思います(笑)。自分が空海にすごく衝撃を受けて調べてみていたら、ちょうど「DOTPLACE」で連載しませんかという依頼があったり、同じような仲間が見つかったり、今日のイベントも皆さんとできて本当にうれしく思っています。僕はグリーンズで人を応援することを普段しているんですけど、そろそろ自分も応援されたい、という気持ちもある(笑)。今は僕にとっても大切な時期で、人生をかけてこれに取り組んでいるところです。これからも「空海とソーシャルデザイン」の連載でどんどん空海を紹介していくつもりですし、高野山でソーシャルデザインについてのカンファレンスも開きたいと思っているので、これをきっかけに高野山に行ってみようと思う人がいたら、そこでもお会いできたらうれしいです。今日はありがとうございました!

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[空海をもっと身近にする方法 了]

構成:松井祐輔
(2014年4月18日、リトルトーキョーにて)

 
 

空海をめぐるトークを経て、不思議な一体感に包まれた会場。
会の終わりに交換された、来場者の方々からの感想の一部をご紹介します。


美意識についての話が興味深かったです。
スティーブ・ジョブスも美意識を元に今のiPhoneを作ったと聞きました。
美意識は動物でも、虫でも本能的に持っているものなんだと思いました。


印象に残ったのは「論理よりも直感が早い」という言葉です。
散歩に行ったりして精神をリフレッシュする、
心の余裕を日常的にも作っていきたいと改めて思いました。


「目に見えない部分に気を配る」という話。
目に見えている部分だけでコミュニケーションをしようとするとうまくいかないんだな。
元になるビジョンを共有すると、もしかしたら、
来週はもっといい仕事ができるのかなと思いました。


理想の自分についての話が面白かったです。
僕も仕事をする中で外から見られている理想と、それに追いつけない自分という意識があります。
「もともと自分の中にあるんだよ」と言われると気が楽になるし、
楽に生活できるような気がしました。


いろんな問題を、いろんな次元で「そもそもこれは問題なのか?」と問い直しをするのは
密教らしい考えだと思いました。1つの話が絶対なのではなく、押し付けがましくなく伝える。
この発想は印象的でした。


PROFILEプロフィール (50音順)

井野英隆

1983年9月11日生まれ。augment5 Inc.代表取締役。これまでにデジタル領域を中心に多くのプロモーションの企画・制作を手がけながら、主に政府機関のメディア戦略、大企業内の事業コンサルティングや海外新規事業に携わる。近年augment5 Inc.で独自に制作を進めていた日本各地域の映像が話題となり、同映像は全世界で約300万回以上の視聴を記録し、約150か国からのトラフィックを集めている。 http://augment5.com

兼松佳宏(かねまつ・よしひろ)

勉強家/京都精華大学人文学部 特任講師。1979年生まれ。ウェブデザイナーとしてNPO支援に関わりながら、「デザインは世界を変えられる?」をテーマに世界中のデザイナーへのインタビューを連載。その後、ソーシャルデザインのためのヒントを発信するウェブマガジン「greenz.jp」の立ち上げに関わり、10年から15年まで編集長。2016年、フリーランスの勉強家として独立し、京都精華大学人文学部特任講師、勉強空間をリノベートするプロジェクト「everyone’s STUDYHALL!」発起者、ことば遊びワークショップユニット「cotone cotône」メンバーとして、教育分野を中心に活動中。著書に『ソーシャルデザイン』、『日本をソーシャルデザインする』、連載に「空海とソーシャルデザイン」など。秋田県出身、京都府在住。一児の父。 http://studyhall.jp

太刀川英輔

1981年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。同大学院在学中の2006年に「見えないものをデザインする人」という意味を持つデザインファームNOSIGNERを創業。現在、NOSIGNER株式会社代表取締役。Design for Asia Award大賞、NY ADC Young Guns 7、PENTAWARDS PLATINUMなど受賞。IMPACT JAPAN fellow、University of Saint Jpseph (マカオ)客員教授、クールジャパンムーブメント推進会議コンセプトディレクター。 http://www.nosigner.com/