クレイグ・モドを知っていますか? ある時は、自らの立ち上げた出版社で飽くなき実験を続けるパブリッシャーであり、ある時はFlipboardをはじめとするプロダクト開発に携わるデザイナーであり、そしてまたある時はメディアについての鋭い著述を発表する作家でもあり……多彩かつ輝かしい経歴を持つ彼は、一体どのようにしてそのチャンスを得てきたのか。今後の出版・メディア業界における世界的重要人物の一人と言っても過言ではないクレイグ・モドの人となりを、近日DOTPLACEでスタートする連載に先駆けて尋ねてきました。
【以下からの続きです】
1/3「初めて紀伊國屋書店に行ったとき、日本のブックデザインに感動して。」
2/3「一冊本を出すことで、仕事は5年も10年も回すことができる。」
[2014年〜]場所×人×物語のWebプラットフォーム「Hi」
――「Hi(ハイ)」のようなWebサービスもクレイグは作っていますが、その話もちょっと聴きたいです。
クレイグ:「Hi」は、2007年に立ち上げた「Hitotoki(ひととき)」というサイトを原型にしたサイト。「Hitotoki」は、東京/ロンドン/パリ/上海/ニューヨークのそれぞれの都市に関するWeb雑誌で、「街の中でこういうことが起こったよ」みたいな、いろんな人のプチ物語を集めて載せていました。運営には場合は編集する人の存在が必要で、たくさんの人から寄せられた短編のテキストから良いものを選別したりする編集作業を自分たちで行なっていたんだけど、例えば記事1ページを作るだけでもおよそ10時間もの時間を費やしていたんだ。
だけど、その頃TwitterにはちょうどGPSデータの送信機能がついていたし、さらに写真も載せられるから、この仕組みを利用すれば「Hitotoki」の投稿プラットフォームが作れるんじゃないか?というアイデアが浮かんだ。それ以降は「Hitotoki」のbotのアカウントを作って、そこにリプライを送ると自動的に写真とともに投稿がマッピングされていくシステムを作ったんです。それが「Hi」のベータ版みたいなもの。
「雑誌」とはいっても昔ながらの紙の雑誌の形態を真似するんじゃなくて、プラットフォームを利用して作った場合にどういう形でできるかを考えていたんですね。Webの良いところは誰でも参加できるところ。その頃はスマホも普及していたし、大体の人がTwitterのアカウントを持ってたから、自分で新しくアプリを作る必要はないんじゃないかなと思ったんだ。今はもう制限がかけられてしまったけど、その当時はTwitterのAPIを使って自由に新しいものを開発してください、みたいな自由な雰囲気があったしね。だけどTwitterの研究を始めた矢先に僕はシリコンバレーから呼ばれて、その開発の現場からはしばらく離れてしまった。正直言うと、「(シリコンバレーにいる間に)絶対に他の誰かが街・場所と物語に関する『Hitotoki』のようなプラットフォームを作るんじゃないかな」「一体誰が作るんだろう」って期待していたんだけど、結局誰も作らなかったから、その後に少し投資してもらったりしつつ「Hi」の開発を本格的に始めました。
――「Hi」の特徴はどんなところにあるんですか?
クレイグ:作品を執筆するときと日記を書くときで書き方が違うように、ライティングのプロセスにも様々なレベルがありますよね。「Hi」をスマホで使うときもあればタブレット端末で使うときもあり、パソコンで使うときもある。あるいは、ものを書くインスピレーションを受けた一番最初の段階から、作品が出来上がって出版(公開)されて、その上で人と話をする一番最後の段階まで、全ての流れを「Hi」の中でカバーできるように研究しながら作ったんだ。旅行中や散歩中に美しいものや面白いものを発見して、それをスマホで写真に撮り、GPSの情報をつけて「Hi」に記録する。そして後からデスクトップ上で長い文章を足せるようにして、公開された時にはデバイスを問わず簡単に美しい状態で読めるように設計したんだ。ある意味、TwitterとWordPressの中間にあるのが「Hi」。Twitterは感じたその瞬間にツイートできるのが利点なんだけど、その反面ツイートした後にそのツイートについてもっと長く補足したいと思ったときには、全く別の場所で書かなきゃいけないでしょう。
3年前の東日本大震災のことにも関係してる。あのとき、みんな必死になってTwitterに自分の状況を書き込んでいたけれど、非常に悲しいことに、それらの情報が今では検索しても見つけにくくなっているし、ほとんどが読めなくなっている。だから「Hi」では、分散してしまいがちなテキストの場所を1か所に集約できたらいいな、っていう哲学も入っているんです。「Hi」のシステムはもうほぼ完成したので、今はユーザーたちがどんな風に使っているのか観察しながら、「Hi」をもっと広めるためのテキストを書いています。
[現在〜これから]新刊エッセイに向けて
――小説の執筆や「Hi」の運営と並行して、今は他にどんなことをされているんですか。
クレイグ:例えば世界のいろいろな都市に呼ばれて、今書いている小説や「Hi」についての講演活動をしたりしてる。他には家電製品を作っているGeneral Electricという会社をはじめ、数社分の打ち合わせにデジタル分野のアドバイザーとして参加したり、あとは今まで自分が投資してきた会社を少しずつ手伝ったりもしてます。もう結構いっぱいいっぱいで、これ以上のことに手を出したら多分死ぬと思う(笑)。
――本当に忙しいんですね(笑)。その中で、これまでクレイグのサイトやKDPなどで個別に発表してきた「『超小型』出版」や「“iPad時代の書籍”を考える」といったエッセイやコラムを一冊の本にまとめて出版する準備も進めているそうですね(※編集部注:『ぼくらの時代の本』2014年9月にボイジャーより刊行予定)。もともとその構想があった上で執筆していたんですか。
クレイグ:うん。内容的にも、もう少し時間が経つと読んでも意味がなくなってしまう内容なんじゃないか、少しずつ書いた内容が古くなってきているんじゃないかと危惧していて。最初、この本は英語で出そうと思っていたんだけど、発表した段階でもう日本語には翻訳してあって、もったいないから日本語でも出すことにした。でも実際は、日本の出版業界とアメリカの出版業界の間にはタイミング的にズレがあって、ある意味日本で出すには実は今が一番ちょうどいい時期だと思っているんです。日本ではiPadをようやくそこそこみんなが持つようになってきたし、Kindleはつい最近上陸したばかりだし。出版業界のの現状のまとめとして、ちょうどこの本の内容が今の日本にはピッタリなんじゃないかな。
――どんな人に読んでほしいですか?
クレイグ:とにかく、インディーズや小さな出版社の人には読んでほしい。大規模な出版社の場合、もはやこれ以上体制が変わったりすることは難しいのかもしれないけど、インディーズや小さな出版社だったら、この本に書いてあることに影響を受けて実行に移すことができるだろうから。もうちょっと新しい切り口で本の表紙を考えたいとか、電子だったらどういう形で出すべきなのかとか、そういうことを考えている出版社や作家に届いてほしいです。
――簡単に説明するとしたら、今回の本はどんな本ですか?
クレイグ:本の魂をできるだけ守るための、“説明書”みたいな本かな。本の形をカタく考えるより、もうちょっと柔らかく捉えるイメージ。今までの本に宿っていた魂を殺すんじゃなくて、どうしたら内容にふさわしい形を持たせることができるのか、そのための本なんじゃないかって思ってる。
――今まで本を作ってきた人たちの魂を、電子の時代になってもどういう風に引き継ぐか、ということですよね。
クレイグ:そうそうそう。今までの考え方はもちろん捨てなくてもいい。むしろカタく考えると、本の最終的な形だとか、いろんなところを間違えてしまうと思う。それを防ぐために、そしてこれまでの本の素晴らしい部分を殺さないために、これからはどうやって考えていくことができるのかをテーマにした本かな。
おわりに:日本の出版業界だけに唯一残されているチャンス
――クレイグとしては、日本の出版業界、あるいは日本の電子出版をどんな風に見ていますか?
クレイグ:そうだねえ…(しばらくの沈黙)。
今、日本は出版の世界の中において、アメリカよりも少しだけ特別なチャンスに恵まれていると思う。アメリカではAmazonが勝って、もうほとんど電子書籍ストアの競争は終わったと言っていい状況です。アメリカ人はすでにみんなクセになってAmazonで本を買ってる。なぜなら、もっとも簡単に買えて、すぐ手元に届くのがAmazonだから。電子の本に対してみんなが期待しているのはとにかく「簡単に買えて、簡単に読める」という一点に尽きるし、それさえクリアしていれば、実はもう溝の8割くらいは越えていると言っていい。
一つ例を出すと、かつてあった「Read It Later」というアプリはiPhoneやiPadの画面上で見るインターフェースにおいてはすごく美しかった。それなのに、Dropboxに負けて撤退してしまった。なぜなら、Read It Laterは購入した本をDropboxに格納する方法を用意していなかったから。その一点で間違ってしまったんです。やっぱりそういう部分はすごく大事だと思う。
とはいえ、AmazonはAPIを公開していないから、Amazonの情報を使って何かを開発したりすることはできない。そのせいで今のアメリカは何か新しいことをするにも結構難しい状況です。
だけど日本にとっての電子書籍はまだ比較的生まれたばかりのものだし、Amazonも参入してきたばかり。だから、まだチャンスはあるんです。アメリカのようなAmazonの一人勝ちとは別の未来が生まれるように日本のスタートアップが頑張ればいいなと思ってるし、そういう企業が僕のエッセイを読んで、影響を受けてくれたら嬉しい。
別にAmazonが悪者というわけではないし、Amazonはすごく面白い会社です。だけど一つの会社だけが市場を独占していては、今のKindleの形態は今後大きく変わっていかないと思うし、アメリカではもうその部分はほとんど覆らない気がする。特に最近はソーシャルの機能が少ない、電子書籍の上で人と会話しづらい形式に固まってきたなと思っていたところで……でも、電子書籍のフォーマットの上で何ができるのか、新しいことを試すチャンスが日本にはまだある。
――アメリカだともともと「読めればいい」という雰囲気がある故に、「Kindleでいい」という追い風があるのかもしれないですね。だけど日本は「本を読む」ということに関するベースがそもそもちょっと違う。例えばクレイグが初めて日本に来たときに紀伊國屋書店に行って、手の込んだ美しい本が多いことに感動したように。
クレイグ:シンプルに、Amazonが一番最初の参入者だったからというのもあるよね。2007年からすでにアメリカで電子書籍をやっていた。一番最初に発売されたKindleは今見るとかなり不思議な形なのに、確か5万円ぐらいしていたはずで……今は6000円でKindle本体が買えちゃうんだから、ありえないよね。変な形のKindleが5万円もしたとしても、それが一番の先行者だったというだけの理由で、今では完全にAmazonが勝ってる。
それに、アメリカではiPadの発売が2010年の4月――つまり最初のKindleが出てからKindleのcompetitor(競合者)が出てくるまでに3〜4年もの長い時間がかかっています。だけど日本の場合はiPadもKindleも他のスタートアップも、みんな同じ時期に始まってるから、頑張れば状況は変わるんじゃないかと思ってる。Kindleが勝つ可能性はもちろん高いと思うんだけどね。日本はそのチャンスを活かせば、アメリカや他の国での電子書籍よりも面白い状況を作ることができるんじゃないかと思う。
――ちゃんとAmazonのcompetitorになれるものが出てくるんじゃないか、ということですよね。
クレイグ:そう。やっぱりcompetitorがいないといけない。だって、もしもiPhoneだけがあってAndroidが出てこなければ、多分iPhoneもそんなに今ほどうまく進化していないでしょう。competitorがいるからこそ、お互いが頑張って、その作用でみんなが勝つ。そういうことが実現できるはず。
タイミング的にも、ちょうど今準備している僕の本を通して、日本の出版業界には頑張ってほしいというメッセージが伝えられるんじゃないかなと思ってます。ある意味、本のタイトルも『ぼくらの時代の本』というよりは『日本頑張りなさい』みたいなタイトルとかにしてもいいと思うぐらい(笑)。だから、(このインタビューを読んでいる人は)頑張ってください、本当に! この状況にいるのは日本だけなんだから。
――なるほど、いい話で終わりましたね。クレイグ、今日はありがとうございました!
[クレイグ・モドインタビュー 了]
聞き手:内沼晋太郎 / 構成:後藤知佳 / 編集協力:秋山史織、安倍佳奈子
(2014年4月25日、株式会社ボイジャーにて)
COMMENTSこの記事に対するコメント