クレイグ・モドを知っていますか? ある時は、自らの立ち上げた出版社で飽くなき実験を続けるパブリッシャーであり、ある時はFlipboardをはじめとするプロダクト開発に携わるデザイナーであり、そしてまたある時はメディアについての鋭い著述を発表する作家でもあり……多彩かつ輝かしい経歴を持つ彼は、一体どのようにしてそのチャンスを得てきたのか。今後の出版・メディア業界における世界的重要人物の一人と言っても過言ではないクレイグ・モドの人となりを、近日DOTPLACEでスタートする連載に先駆けて尋ねてきました。
【以下からの続きです】
1/3「初めて紀伊國屋書店に行ったとき、日本のブックデザインに感動して。」
[2008年〜2010年]出版×デジタルへの興味
――最初の出版社(Chin Music Press)を辞めた2008年頃から少しデジタルのことが気になるようになって、そっちにシフトしようとしていって、最初に始めたのはどういうことだったんですか?
クレイグ:出版社を辞めてから最初の1年ぐらいの間は、まったく出版のことはやらなかったんです。だけどやっぱり1年ぐらい経って、本にまつわる仕事をしていないとなんだか気が済まないなと感じるようになってきた。
もう1回出版のことをやるんだったら、「出版するべきもの」と「出版しない方がいいもの」を、はっきりと分けたほうがいいんじゃないかな、と考えていました。せっかく紙で出版するんだったら、ものとして——それこそ『Kuhaku』ぐらい凝っていないとあんまり意味ないんじゃないか、という強い哲学が出てきたんです。
それからは、紙じゃない場合にどうやって電子で“出版”していけばいいのかということに関するエッセイを書き始めた。それが2009年の9月頃です。……アメリカでKindleが発売されたのは2007年だったよね? それから既に2年ぐらいが経過していたから、そのことも視野に入れて書くことができた。Kindleで電子出版をするか、あるいは紙で本を作るか。その選択について強く思っていたことを綴ったエッセイが「“iPad時代の書籍”を考える」という記事としてまとまって、2010年の2月末頃に発表されたんです。
――それが、クレイグが今準備している本の第1章になると聞いています。
クレイグ:2009年9月から2010年の3月までそんなエッセイを少しずつ書いていたら、それをきっかけに出会いがあって、いろいろな会社のコンサルティングの仕事を始めたんだ。その流れで、2010年の10月からはFlipboard(※1)とも一緒に仕事することになったんだけど、これはそれまでのフリーランスとしての活動とは全然違った。完全にFlipboard社のメンバーになって、チームで一つの作品(=アプリケーション)を作るというのは初めてだったし、すごくいい経験だったよ。
(※1:AndroidとiOSに対応する、ソーシャルネットワークアプリケーションソフト。ソーシャルメディアのコンテンツやその他のウェブサイトを収集、雑誌形式で配信し、ユーザーはページをめくる感覚でSNSやウェブサイトのフィードを読むことができる)
――Flipboard社での仕事はどのくらいの期間やっていたんですか?
クレイグ:15ヶ月間。本当は、最初は2、3ヶ月だけの契約だったんだけど、あまりにも楽しく仕事できてたからそこの社員になったんだ。そのチームと一緒にiPhone版のFlipboardを作って、完成してから僕は会社を辞めた。
Flipboard社のことは大好きだったんだけど、広い意味での“出版”についてすごく先進的なことを考えている会社だとは言えなかった。もちろん、あるニッチな部分での出版や広告のことは考えている会社なんだけど、僕はもっと広い意味での出版の世界について考えて、世間にインパクトを与えたいと思っていた。会社に所属していると文章もそこまでたくさん書けなくなってしまうし、会社の外側のことについて書いたり言ったりすることがあまりできないということもあって、ちょっとだけ刑務所にいるみたいな気持ちになっていたんです。なぜって、人生はものすごく短い。あっという間にみんな死ぬし、明日死んでもおかしくない。短い人生の中で、どうしたら最も気持ちの良い形で世の中に影響を及ぼせるか、どうしたら自分の経験を作品にできるか。そういうことを僕は毎日考えているんです。
[2011年〜]“IT起業家のアカデミー賞”を受賞して
クレイグ:その後は、「TECHFELLOW AWARDS(※2)」っていう章を受賞して、賞金としてもらった10万ドル(≒1000万円)を、スタートアップへの投資に使った。シリコンバレーでしか知名度があんまりない不思議な賞なんだけど……(笑)。
(※2:「革命的な業績を挙げた起業家にスポットライトを当ててイノベーションを支援する」ことを目的として、Founders Fund、TechCrunch、NEAの共催で年に1回開催されるアワード。「IT起業家のアカデミー賞」とも称される。マーク・ザッカーバーグやショーン・パーカーなどがこれまで審査委員に名を連ね、受賞者には10万ドルの事業資金が授与される。クレイグ氏は2011年度にProduct Design&Marketing部門の優秀賞を受賞)
――「TECHFELLOW AWARDS」は、どんな経緯で受賞が決まったんですか?
クレイグ:(審査員の中に)僕のエッセイをずっと読んでくれていた人がいて、そのおかげでノミネートされたらしい。その賞金を元にスタートアップへの投資活動を始めたんだけど、今は出版関係のスタートアップだけに絞って、10社ぐらいに投資しています。
――投資は主にアメリカの会社に?
クレイグ:アメリカの会社と日本の会社。あとはイタリアにも1社。その頃は、投資の活動を始めるのと同時にいろいろな企業の電子に関するアドバイザーの活動も始めたり、MacDowellColonyっていう機関から執筆に関する賞をもらったりしました。そこからの支援もあって、エッセイだけでなく小説もこの2年ほど書き溜めてていて、ようやく完成しようとしているところ。
――ちなみにその小説はいつ頃書き終わって、いつ頃出版する予定なんですか?
クレイグ:もう何回か書き終わってる(笑)。
――何回も(笑)。
クレイグ:この間3回目を書き終えて、今は4回目で……まあ、文章を書くときはいつもそんなペースなんだけど(笑)。あんまりはっきりとは公言しないけど、できれば来年(2015年)の秋ぐらいには出せるといいかなと思ってます。
――ブログの記事を書くような感覚で、ハイペースで文章を書かないように意識していたりはするんですか?
クレイグ:いや、書けない。頭がそんなに動かないし、ゆっくりと何度も文章を磨いたり、考え直したりすることが好きなんだ。
――その小説は、例えば紙に印刷して出すとか、Kindleで出すとか、どんな方法で刊行するかは考えていますか?
クレイグ:これは(今までのエッセイとは違って)いわゆる普通の、文芸作品としての小説だから、画像とか写真はまったく載せずに言葉だけの本にするつもり。あと、こういう本はできるだけ大人数に読んでもらうことが重要になってくるから、歴史がある大きな出版社と契約して出版したいなと思ってる。今まで自分でもインディペンデントな出版活動をしてきたから、その大変さは分かってるしね。
本っていうのは、一冊を気持ち良く作ることができれば、その一冊をプラットフォームにして5年も10年も仕事を回すことができると思う。今書いている小説の内容はこれからの5〜6年間のことで、その一冊を元に新たにエッセイを書いたり、喋ったりすることを5年間かけてやっていければいいな。だからあんまりハイペースで仕事を回しすぎないようにして、できればその年数を死ぬまで伸ばすことができれば完璧。
それに、昔ながらの出版業界の内部の細かい仕事に僕はこれまで触れたことがなかったから、この本を作りながら一つ一つ観察していきたいんだ。例えば、小説を書いているとエージェントの客観的な目が必要になる。その時はエージェントの世界に触れるチャンスですよね。あるいは著作権を海外に売ったりすることだって僕はやったことがない。だから、この小説で出版の世界を一通り細かく知ることができるんじゃないかな。それに、どうしたら電子デバイスでよりきれいに書籍を動かせるのか、さらに具体的なアイデアを提案できるんじゃないかとも考えてます。
[2012年〜]研究・実践のための出版社「PRE/POST」
――2つ目の出版社「PRE/POST」を立ち上げたのもその頃ですよね。
クレイグ:そうです。今はほとんど活動していないんだけど、出版社という立場で研究してみたいことが当時いくつかあって、PRE/POSTを立ち上げた。2008年にChin Music Pressから出版された『ART SPACE TOKYO』の著作権をPRE/POSTが買い取って、Kickstarter(クラウドファンディングサイト)経由で250万円ぐらい集めて印刷したり、他の電子書籍の研究をしたり。それからスガワラの詩集(菅原敏著『裸でベランダ/ウサギと女たち』、2012年)もここから出すことができたしね。そういう実験をするための会社がPRE/POSTだった。
――そのときに研究したかったことで、一番興味があったのは何だったんですか?
クレイグ:クラウドファンディング。寄付を募る側は実際どういう気持ちで進めているのか、やればどれぐらいの金額が入ってくるのか、そういうことがはっきり知りたかった。それに、そういう活動は自分個人の名前ではなくて、また別の傘の下でやるべきなのかなって思ったんだ。
[3/3に続きます]
聞き手:内沼晋太郎 / 構成:後藤知佳 / 編集協力:秋山史織、安倍佳奈子
(2014年4月25日、株式会社ボイジャーにて)
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