2010年、新潟市で開業した「北書店」。地域の中でも独自の存在感を持つ“街の本屋さん”をほぼ独力で切り盛りする店主の佐藤雄一さんが2月上旬、下北沢の本屋B&Bに来店しました。
“街の本屋”はこれからどんな場になっていくのか? “街の本屋”とはそもそも一体何なのか? 本屋B&Bのプロデュースを務める内沼晋太郎との“街の本屋”談義は白熱していきます。
★2014年2月7日、本屋B&B(東京・下北沢)で行われた「『本の逆襲』のための全国本屋ツアー」の一環のトークイベント「北書店×B&B 街の本屋の逆襲」のレポートです。
【以下からの続きです】
第1回「本屋なんてやめておけ、という人たちに囲まれても。」
第2回「安易な“街の本屋”礼賛に、少しだけ反論しようと思いました。」
第3回「もっといろんなやり方で、“本を売る店”は作れる。」
「本屋」にとって、「競合」とは何か
内沼晋太郎(以下、内沼):今回はたくさんお客さんもいらっしゃっているので、質問も多く受け付けたいと思います。どなたか質問のある方はいらっしゃいますか。
質問者1:新潟出身です。北光社があった古町には自転車で行ける距離に住んでいました。今は上京して、もう10年くらい東京に住んでいるので、今の新潟の経済状況とかはわかりません。佐藤さんが感じてこられた新潟の景気や本屋さんの変遷をお聞きしたいです。
佐藤雄一(以下、佐藤):私は元々上越地方の出身で、1992年に新潟市に来たんです。その頃は街の盛り場みたいなものが古町にもあって。誰にでも開かれているのだけど、おいそれとは踏み込めないような領域があったり、そういう街の懐の深さってあるじゃないですか。その街が持つ特有の喧騒というか。それがどんどん郊外型になっていって街そのものの求心力も弱まっていった。私が北光社に入った1996年って、出版物の販売額がピークで、それ以降はずっと下がり続けるっていう変わり目の年でしょ。ベタですけど、特に変化を実感したのはイオンですね。2007年に「紀伊国屋書店 新潟店」が新しい大きな商業施設に移転して、300坪だったものが600坪という規模になってオープン。その翌日に、新潟駅前に「ジュンク堂書店 新潟店」もオープンした。ある時を境に1500坪くらいの本の売り場が繁華街にできたんです。
でも、それは意外と悪くなかった。本に対して能動的なお客さんの顔が見えてきた気がしていたんですよね。「ジュンク堂、行ってきたよ。あそこもいいけど、北光社も違った良さがあるよね」ってお客さんに言われたり、ジュンク堂の方とも仲良くなったりしました。でもその年の秋に「イオンモール新潟南」ができてからは、そもそも商店街にいる人の数があからさまに少なくなったし、北光社にとっては週末の売上に大きく響いてきたんです。
ただ、確かに本は売れないんだろうけど、新潟市全体で考えたら、東京から送られてくる出版物の量は増えているんじゃないかと思うんです。もともと古町周辺には北光社があって、同規模で北光社と同じように長い歴史もある「萬松堂」っていう本屋もあるんです。萬松堂は今もあります。そこと紀伊国屋書店と、他にも数十坪の、それこそ郷愁の中で語られるような本屋さんがいくつもあった90年代初頭くらいから、だんだん郊外に大きな店ができて、駅前のジュンク堂書店や地元企業のトップカルチャーが運営している「蔦屋書店」のFC店が増えていった。新潟には「コメリ」というホームセンターがあるんですが、そこも「コメリ書房」っていう本屋を始めたりして。「本が売れない」とはよく言われるんだけど、そういう状況でもあって、あまり説明がつかなくてね。
内沼:こんなに本屋が増えているのに、って事ですよね。
佐藤:小さな本屋はなくなったかもしれないけど、大きな本屋はたくさんできたんですよ。その辺の説明がつかないんです。むしろ景気がいいんじゃないかとも思うもの。街の衰退と反比例するように本屋の面積はどんどん増えていった気がする。
内沼:そういう大型書店がたくさんある事は、北書店にとって脅威じゃないんですか。
佐藤:どうなんだろう……ちょっと想像できないな。
内沼:今、北書店周辺の書店環境はどうなっているんですか。
佐藤:一番近いのは萬松堂かな。あとは「コメリ書房新潟NEXT21店」が380坪。そこのコメリ書房は北書店を開いた翌年にオープンしたんですよ。それは嫌ってわけじゃないけど不思議な気がした。
内沼:その影響で北書店の売上は下がったんですか。
佐藤:別に下がらないですよ。そういうわかりやすい状況って、本屋さんだとあまりないんじゃないですか。北書店は市役所前にあって、新潟駅からちょっと距離があるんです。駅南のジュンク堂書店、万代の紀伊国屋書店、古町の萬松堂とか、いろんな書店を飛ばして北書店に来てくれる人もいるから、そういうお客さんもなかなか得られないものだと思うけど。でもお客さんからしても、そんなモチベーションはなかなか続かないだろうと思うんです。継続して来てくださる人もいるし、だんだん来店頻度が少なくなる人もいる。それは人間ですからね。でも、その人が「他の店に取られた」という感覚もない。
内沼:「近くに本屋ができたからって、すぐにお客さんを取られるものじゃない」っていうのはやっぱり、ちゃんと棚に手を入れている本屋だから、という前提があるような気がします。
佐藤:「お客さんが取られる」っていうのは大きな本屋さんの理論でしょうね。
内沼:逆に言うと、昔から街にあったけど、雑誌とコミックと文庫がほとんどで、配本されたものを機械的に並べて、という風にやっている本屋は、大きな本屋さんが近くにできればできるほど、厳しくなるんだと思うんですよね。そうやって、小さい本屋はどんどんなくなっていった。だけど、北書店のように並べる本を選んでいたり、お客さんに「ここに行くと自分の欲しい本が見つかる」っていう特別な経験を与えている本屋は、もちろん少しは影響があるかもしれないけど、近くに大きな店ができたくらいで、全部持っていかれる事はないという事ですよね。
佐藤:そうそう、そういう事。
内沼:とはいえもちろん、本屋は他の業態と比べると、競合店の影響は大きいと思います。原宿に「文鳥堂書店」という、品揃えも素晴らしい小さな新刊書店があったんですが、真向かいに大きなブックオフができて、品揃えも全然違うにもかかわらず、その影響で売上が下がり閉店したと言われています。そのブックオフも、今はもう撤退してしまったんですけどね。もちろん他にも要因はあったかもしれないので事実はわからないですが、そういう例もある。
だから、いいお店をつくっているからといって大丈夫だとは言えない。けれど、必ず即座に影響するというものではないのかもしれないですね。
佐藤:自分自身もあまりそういう事は考えないですよ。全部自分のせいだと思うので。
例えば、今ここで内沼さんと喋っているけど、お客さんの客注品を手配し忘れているかもしれない。イベントしたり、展示したりとやっていれば、ベタな商品――例えば、時代小説の佐伯泰英さんの新刊をちゃんと注文したかとか、毎日来るお客さんのニーズに合うものを忘れちゃったりする事も、当然人間だからあるわけですよ。
実際、時間はないわけ。でもイベントをやらないかというとそれはまた別の話で、常に自分の中でそういうバランスの取り方の問題を抱えている。「よその店がどうこうじゃなくて、自分が至らないんだよな」っていうのは綺麗事じゃなくて本当に思いますよ。自分の仕事ぶりって、自己採点すると0点だもん。
内沼:でも本屋って、実はそういう仕事かもしれないですね。
佐藤:内沼さんも自分の仕事に満足した事ないでしょ。
内沼:ないない。まったくないです。
佐藤:私もまったくないですよ。
内沼:本当はそういう仕事のはずなのに、本屋がつぶれると「近くに大きな店ができたから」とか「人が本を買わなくなってきたから」とか、外部要因のせいにしがちだと思うんです。でも本当はそれだけじゃない。例えば珈琲屋だったら「俺の珈琲が一番うまければお客さんは来てくれる」とか、一方で肉屋だったら「一番いい肉を出していたらウチにお客さんが来てくれるんだ」とかいうような、「自分との戦いをちゃんとする」って事に尽きるんですよね、本当は。
佐藤:そもそも、「良い棚を作っているからお客さんがつく」とか、現実はそんな綺麗事じゃない。実際は厳しい。でもその幻想はまったく捨ててないんです。だって何百坪の広さを持った店をやっているわけじゃないんだし、毎日自分が全部の棚を作りながらやっているわけですから。「“最高の棚”が作れたら」って言うとものすごく青臭いけど、そこへの諦めはない。そこが最重要だと思っているので。だから他の書店の影響とかは考えないです。
取次に求める事
質問者2:今大学生で、4月から取次で働きます。書店から見て、出版社や取次はこうしてほしいという事があったら教えてください。
佐藤:単純に思えるような日々の業務を丁寧に、シンプルに、しっかりやってください。くらいしかないかな。例えば、私が発注したものは速やかに届けてください、という事。すごく単純な事だと思うけどね。それがなかなかできないんですよ。取次には大きな倉庫があって、在庫があれば2~3日くらいで全部入荷するんです。だから取次は便利。便利っていう前提で言っているんだけど。取次の倉庫に在庫がなくて、お客さんから注文された本――そこには通常の物流作業、流れ作業では処理できないような定形外の本もあるわけです。そうすると一旦仮置きになって、なかなか来ないんですよ。それで営業担当者や物流倉庫にいろいろ問い合わせをしていると、翌日に入荷したりする。そういう事をなんとかしてほしい。だから、革新的な事とかじゃなくて、求めているのはすごくシンプルな事なんだよ。
内沼:それって取次としては、少ない本を毎日送っていると送料で赤字になっちゃうから、ある程度本がたまるまで出荷できないとか、そういう事情はありますよね。
佐藤:何度訊いてもそういう事がよくあるから「担当者を教えてください」って言ったんだけど、倉庫ではいろんな人が持ち回りで作業しているから、なかなかつながらない。もっと顔が見えてもいいんじゃないかと思う。私はあらゆるお客さんの注文に対応しているわけで、やってやれない事はないと思うんです。
内沼:お互い優しくなろうって事ですよね。ちゃんと顔を見せ合って、わかり合う。
佐藤:ほんと、担当者一人でずいぶん違うし、いいところもいっぱいあるんだよ、取次って。
内沼:愛されキャラみたいな人が担当だと、いい店になるでしょうね。
佐藤:北書店の担当者も、手弁当で搬入の手伝いとかもしてくれるわけ。なんだかんだでいいヤツで。だから私は会社全体にどうこう言いたいわけではないんですよ。結局、個人の付き合いなんで。
内沼:たとえばシステムを効率的にするといったことは、それはそれで物流の会社としてしっかりやってもらえばいいという事ですよね。質問者の方みたいに、個人としてできる事だと、そういうパーソナルな部分になりますよね。
佐藤:あとは意識的に、データ管理について疑う部分も持っていてほしいかもしれない。そこに完全にどっぷり浸かってほしくないんです。「今これが売れています」っていうデータに基づいて動くのは当たり前なんだけど、そうじゃない部分に目を向けてほしい。「売れてないけれども、一人のお客さんに向けて届ける」っていう仕事のしかたもあるじゃない。それを意識しているだけでも全然違うと思う。
「エロ本」のイノベーション
質問者3:東京の小さな出版社で働いている者です。人妻とかエロスとかヤクザものとか、小さいながらもそういうニッチな市場でやってきました。でも最近はもう少し女性向けの企画を立てていて。もともとエロスが得意だった出版社が、たとえばB&Bとか、長くやってきた街の本屋さんに一目置いてもらえるような本作りをするにはどうしたらいいのか、悩んでいるんです。
★この続きは、DOTPLACEの書籍レーベル「DOTPLACE LABEL」から発売された
電子版『街の本屋の逆襲』からお読み頂けます。
[第5回に続きます](2014/03/11更新)
構成:松井祐輔
(2014年2月7日、B&Bにて)
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