某出版社にて、翻訳書編集、法務をへて翻訳権輸出に関わる冨田健太郎が、毎月気になる海外の出版事情を紹介する「斜めから見た海外出版トピックス」。コロナウイルスの影響で外出禁止が続いていたアメリカの中で、今回は主に独立系書店の現場の状況をレポート。小規模ならではのエピソードや、出版社からの支援策も紹介します。
第34回 コロナウィルスとアメリカの独立系書店
前回、アメリカの独立系書店をささえる新たなウェブ展開についてご紹介しましたが、今回はじっさいの書店の現場の様子を考えたいと思います。
▼コロナ禍と書店
まず、前回と重複しますが、アメリカの状況を振りかえっておきましょう。
ウィルスへの初動対応に遅れを取ったアメリカでは、当初は書店も営業をつづけていました。
家で暮らすためには本が不可欠、ということで、むしろ書店には客が集まっていたといいます。
3月中旬、アマゾンが医療関係や生活必需品を優先品目に指定し、本の発送があとまわしにされてからは、地元の書店のニーズが高まりました。
しかし、そのころから、ニューヨークやカリフォルニアを筆頭に、州単位でロックダウンがはじまりました。
こうなると、書店も営業をつづけることはできなくなり、環境は一変。
そんな書店の状況を伝えるリポートがあります。
「終焉(The End)」とは、おだやかではないですね。
▼独立系書店の実情
ここで取りあげられている、カリフォルニアのベイ・エリアの書店の様子を見てみましょう。
3月14日の土曜日には、まるで年末のホリデイ・シーズンのように客が集まり、通常の3.5倍のセールスを記録したといいますから、たしかにこの時期、書店には吸引力があったようです。
そんななか、店主は閉店を決めます。
店内で、客は本をつぎつぎさわっては、パラパラめくって立ち読みしていきます。
また、店もせまいため、客と客は肩が触れあうぐらいの密接な距離になってしまいます。
いうまでもなく、感染症対策を考えると、避けなければならない要素ばかりです。
じっさいに実物の本に触れ、買い物を決めることができる、という書店のメリットが、ウィルス禍のなかではすべてがマイナスに働いてしまうという、まさに予想外の状況となったのです。
じっさいには、週明けにカリフォルニア州が自宅待機命令を出したため、いずれにしろ閉店せざるをえなかったわけですが。
じつはこの書店では、そのあともわずかな客をなかに入れていたそうです。
たとえば、週に3、4回来店してくれる80代の男性がいて、そういった常連客を断わりきれなかったということのようです。
このへんも、地域に根ざした書店ゆえの悩みといえますね。
もちろんそのような客は例外で、オンラインでのオーダーに対応するのがメインの業務になりました。
ところがそれもたいへんでした。
なぜなら、仕事量が倍になったから。
なにしろ、注文が入ったら、商品をそろえてすべて梱包し、郵送に出さなければなりません。
通常の店頭販売にくらべ、たいへんな手間がかかるのに、利益は半減したそうです。
街場の小さな書店でこのような状況ですから、ニューヨークのストランドやマクノリー・ジャクスン、ポートランドのパウエルズといった、独立系書店としては大きめなところは、従業員の大規模な一時帰休を選択せざるをえませんでした。
むしろ、中規模書店のほうが、店舗・在庫・人材等々、かかえているものが多いぶん、よりきびしい対応をせざるをえなかったようです。
こうして、好調といわれてきたアメリカの独立系書店が、思わぬ苦境に立たされることになったわけです。
▼独立系書店の苦難の歴史
独立系書店は、これまで多くの苦難に見舞われてきました。
いちばん悲惨だったのは、やはり1929年の大恐慌のあとで、数多くの書店が淘汰されたそうです。
比較的最近も、独立系書店にはきびしい時代がつづいてきました。
きっかけは、1980〜90年代にさかのぼります。
バーンズ&ノーブルやボーダーズといった巨大チェーンが、国内に店舗を急激に増やしていったのです。
大規模店舗の品ぞろえとサーヴィスの前に、街場の書店は顧客を奪われていきました。
もうひとつ、書店業界に大きな変化をもたらしたのが、ご存じアマゾンの登場。
これによって、書籍の購買スタイルが激変しました。
わざわざ店へ足を運んで、棚を見て歩かなくても、膨大なバックナンバーのなかから検索で簡単に、しかも安価に本を選んで、家に届けてもらうことができるようになったのです。
街の小さな書店はいよいよ追いこまれます。
2000年〜07年のあいだに、1000店以上の独立系書店が閉店したといいます。
08年、そこにリーマン・ショック(およびサブプライムローンの金融危機)が襲います。
11年には、独立系書店を圧迫してきたはずの大手チェーンのボーダーズが経営破綻。
全米第2位の書店の破産は、出版業界にとって大きな衝撃でした。
しかし、ここから独立系書店の復権がはじまります。
それについては、このコラムでも何度も触れてきました。
より地域に密着し、顧客へのサーヴィスを充実させ、2009年〜19年に、独立系書店の数は1.5倍になったといいます。
今回の記事で興味深いのは、アメリカでも地域コミュニティは解体したわけですが(ロバート・D・パットナム/柴内康文訳『孤独なボウリング』)、そんななかでも書店は人びとが集まる稀有な場所として残った、という指摘ですね。
書店が、読書会や作家を招いての朗読やサイン会などのイヴェントを実施しているのはご存じのとおりです。
しかし、ふだんから書店では、買い物のために顧客と店員が会話をかわすといったことが行なわれてきました。
通常の店舗では、客が必要な商品を買って帰るのがふつうですが、書店は例外的だというのです。
店員と言葉をかわして買い物をするというのは、昨今の店頭ではあまりやらなくなりましたが、書店では店で本の話をして、質問に答えてもらったり助言を得たりしながら、買う品を選ぶことが行なわれているのです。
それは、大都会の本屋さんであっても変わらないというわけです。
さらにここに、前回お話しした「Bookshop.org」という、独立系書店にとってアマゾンに対抗する枠組が登場したところで、世界はコロナウィルス禍に見舞われてしまったのです。
▼独立系書店はいかに生きのびるか
先ほどもすこし触れたように、人が集まることを避けなければならないという感染症下の世界では、地元の書店の最大の強みである交流の場という機能が奪われることになりました。
店頭でのイヴェントについては、ネット会議システム「Zoom」などを使っての試みもはじまっています。
これであれば、店舗から遠くに住む作家も呼べるし、どこの客でも気軽に参加できるというメリットもありますが、しかし、書店の場で時間と空間を共有し、顔をあわせて話をし、そして本を売買するといった本来のありかたにくらべると、二歩も三歩もたりないのが実情です。
オンラインでのセールスに力をふりむけている書店もありますが、ウェブの構築をともなうだけに、それもまだまだといったところ。
さらには、クラウドファンディングで資金をつのる書店も増え、成果をあげている例も多いようですが、これも危機を乗りきる一時的な救済策といえそうです。
そんな独立系書店の支援に動きはじめたのが、大手出版社です。
出版社もまた、アマゾンの圧倒的な力に対抗すべく、その一環として、独立系書店をサポートしてきました。
著者が書店をまわるツアーに積極的に対応することなども、その現われでしょう。
ウィルスの影響で経営基盤が危うくなった独立系書店にむけて、出版社はさまざまな対応策を打ちだしています。
代表的なものは、書店に対して支払いの猶予を設定するといった施策です。
大手のアシェットなどは、独自の書店対策プログラムを提供、6月から来年までの長期にわたる値下げを設定する支援態勢を表明しました。自社グループのみならず、流通を請け負っている出版物についても適用されるとのことで、ディズニーやロンリー・プラネットやモレスキンなども含まれるそうです。
マクミランなども、これに呼応するプログラムを発表しており、このような動きが広がることが期待されます。
出版社としては、最終的に読者の手に商品を届けてくれる書店の存在は必須です。
広大なアメリカでは、末端の地方書店こそが消費者への窓口になります。
今年は、書店向けの最大の商談の場であるブックエクスポも中止となり、出版社と書店のビジネスの重要な機会が失われました。
たんに金銭的な面だけではない対応がもとめられることになり、その努力は今後ますます重要になることでしょう。
5月下旬現在、多くの州が自宅待機を解除し、書店もふたたびオープンしはじめています。
ようやく経済復興の段階へ入ったわけですが、しばらくはイヴェントもやりにくく、ウィルス対策ももとめられるでしょうし、不自由な経営がつづくものと思われます。
正念場は、これからです。
[斜めから見た海外出版トピックス:第34回 了]
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