映画『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』
ダニエル・レイム監督インタビュー(前編)
「自分は映画産業の中の知られざる個人に
焦点を当てていくということに興味があります。」
聞き手:土居伸彰/文:小林英治
映画を観てもクレジットはされていないが、ハリウッドの映画人なら誰もが知っているストーリーボード・アーティストと映画リサーチャーの夫婦がいた。『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』は、そんな巨大な映画産業の中で埋もれている優れたプロフェッショナルの仕事と人生に光を当てた優れたドキュメンタリー映画だ。スペクタクル巨編『十戒』(1956)のモーゼが海を割るシーン、ヒッチコックの名作スリラー『鳥』(1963)で逃げ惑う生徒たちを鳥が襲うシーン、青春映画『卒業』(1967)主人公をミセス・ロビンソンが誘惑するエロティックなシーンなど、誰もが知る名作で絵コンテを描き巨匠たちにインスピレーションを与えたハロルドと、『史上最大の作戦』(1962)や『ゴッドファーザー』(シリーズ/1972~)『フルメタルジャケット』(1987)など数々の映画のリサーチャーとしてフィクションの土台を支えたリリアン。ハリウッド全盛期に誕生した100作以上の映画に関わり、映画を愛し、映画人に愛された2人の知られざる物語を掘り起こしたダニエル・レイム監督に、インディペンデントのアニメーション研究で知られる土居伸彰氏がインタビューを行なった。
公私ともにお互いを補完し合うハリウッド・カップル
―――このドキュメンタリーは、誰もが知ってるような映画の秘密を明かして知的好奇心を満たすと同時に、ハロルドとリリアンのラブロマンスの物語としても観ることができる、非常に豊かな映画だなと思いました。なぜ今回この2人の関係というものをドキュメンタリーとして作ろうと思ったんでしょうか?
ダニエル・レイム監督(以下、DR):いつもこの質問を聞かれる度に答えるのが難しいなと思うんですけども、ひとつは自分の中にあった「これが作りたい」という、本能的なフィーリングというものがありました。そしてハロルドとリリアンの間にある物語をしっかりつかむということを、サムネイルみたいな細かいスケッチみたいなものから長編にしていくことができないかという制作上のチャレンジがありました。
―――映画の中では2人の人生の様々なエピソードが、ストーリーボードのような画とナレーションを使って紹介されていきますね。
DR:そうなんです。そして、僕が大学で映画を学んでいた頃、彼らは当時ドリームワークスで働いてて、そこのスタジオに招待してもらって、ランチを食べながら3~4時間いろいろな話を聞かせてもらったり、何者でもない自分に映画界への扉を開いてくれました。そういう人たちがこの映画で紹介したような数々の素晴らしい仕事をしていながら、例えばヒッチコックの映画ではクレジットもされていなかったりと、世間にまったく知られないままでいる。一番最初にこの映画を作ろうと思った理由には、このまま彼らを忘れさられた存在にしてはいけないという思いがやっぱりありました。
―――2人の関係性が非常に興味深くて、お互いを補い合うような感じですよね。仕事上では、ファンタジーを膨らませるストーリーボードアーティスト(ハロルド)と事実を調べるリサーチャー(リリアン)。そして性格的には、ハロルドの方はちょっと古風なタイプだけどリリアンは進歩的なタイプだったりと、2人の関係性が上手くマッチしていて、ハリウッド的なハッピーエンドを迎えるラブストーリーだなと思って、そのあたりのヒューマンなストーリーにも感銘を受けました。
DR:ハロルドはちょっと古風なタイプとおっしゃいましたけど、2人の関係において愛を注ぎ続けたのはハロルドの方です。リリアンは孤児だったこともあって、家庭での愛情を経験したことがなかったので、ハロルドからの圧倒的な愛を受けて、どう反応していいか分からないようなところもあったりして、そこがまたこの2人の面白いところですね。
映画産業の中の知られざる巨匠たち
―――個人的に私はインディペンデント・アニメーションを扱っているんですけど、そういう人間にとって、ハロルドの制作スタイルというのはすごくインスパイアされるものがありました。映画の中でも彼が、「自宅のスタジオにいながら巨大な映画を作れる」ということを言ってると思うんですけど、個人の想像力が発揮されて、それが誰もが知ってる名画のシーンに影響を与えているところ、そこにすごい興奮を感じました。あなたのこの映画というのは、非常に大きな映画産業の中での小さな個人というものに焦点を当てていると感じたんですけど、そういったところに監督の関心というものがあるんでしょうか。
DR:おっしゃる通りだと思います。やっぱり自分は映画産業の中の知られざる個人に焦点を当てていくということに興味がありますし、これからもそういう映画を作っていきたいと思っています。中でも特にこの2人には学生時代からお世話になって、すごく温かく自分を迎えてくれた恩があります。例えば絵コンテなんかも目の前で描いてくれたり、まさに手取り足取り教えてくれてたんです。そして2人はプロフェッショナルとしての才能だけではなくて、優れた人間性の持ち主でした。世界をどのようにとらえるかという彼らの物の見方から私自身とても教わることが多く、この映画の中で彼らのそういった面が上手く描けていれば嬉しいですね。
―――何かこの映画を観るとホッとするというか、心温まる瞬間と言うものがあって、それはハロルドとリリアンだけじゃなく、彼らを語るコッポラやデイヴィッド・リンチなど、誰もが知ってる有名な監督のパーソナルな部分が引き出されてるからだと思います。そういったところも意図としてあったんでしょうか。
DR:そういう意図もあったんですけども、ハロルドとリリアンの知り合いだった人たちに話を聞いていくと、とにかくすごく面白い話がどんどん出てくるんですね。ダニー・デヴィートやメル・ブルックス、コッポラもこの映画のために出てくれて、それはとても嬉しいことだったんですけど、彼らの話がまた面白くて、特にメル・ブルックスはハロルドのことをべた褒めしてますよね。「ハロルドがいたから俺があるんだ」くらいな言い方までして、彼の功績を手放しで讃えています。それはやはり2人の人間性によるところなんだと思います。
[後編「一流のスタッフに囲まれてたからこそ、ヒッチコックのような偉大な監督も良い仕事ができたんです。」に続きます]
写真:後藤知佳(numabooks)
(2017年4月19日、都内某所にて)
『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』
http://www.harold-lillian.com/
監督・脚本:ダニエル・レイム
エグエクティブ・プロデューサー:ダニー・デヴィート
出演:ハロルド&リリアン・マイケルソン、フランシス・フォード・コッポラ、
メル・ブルックス、ダニー・デヴィート、アルフレッド・ヒッチコック、スティーヴン・スピルバーグほか
公式サイト:http://www.harold-lillian.com/
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