●「ファッションは更新できるのか?会議」とは?
2012年9月から約半年、全7回にわたり実施されたセミクローズド会議です。消費者のソーシャル化、知的財産権への意識の高まりといった社会状況の変化は、現在のファッション産業に避け難い変容をもたらすと同時に、新しい創造性を獲得する契機をもたらしています。この会議では、他分野における現状とファッション界の状況を対比し、社会の「設計」や「構造」=アーキテクチャと向きあって試行錯誤を行っている実践者(デザイナー、メゾン関係者)、販売店、批評家、メディア関係者、ウェブデザイナー、研究者、法律家などを招き、ファッションの更新の可能性について議論しました。
※本連載は、2013年8月に刊行されたZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』から抜粋し掲載しています。
Vol.2 対価の改新! ——インターネット時代の新しい販売(後編)
日時:2012年11月17日(土)15:00~17:00
場所:エスモードジャポン 東京校[東京都渋谷区]
登壇者(ゲスト)=岡瑞起(東京大学知の構造化センター研究員/SPYSEE技術顧問)、重松泰斗(iichiディレクター)、山本憲資(Sumallyファウンダー、CEO)
登壇者(実行委員)=永井幸輔(Arts and Law/弁護士)、金森香(NPO法人ドリフターズ・インターナショナル)
モデレーター=水野大二郎(慶応義塾大学環境情報学部専任講師/『fashionista』編集委員/FabLab Japanメンバー)
※登壇者の肩書きなどは、ZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』掲載当時のものとなりますのでご注意ください。
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★前編からの続きです
[プレゼンテーション3]山本憲資
共感に基づくゆるやかな場の構築
山本──私自身が提供するサービス「Sumally(サマリー) 」の紹介からお話ししていきたいと思います。
Sumallyのコンセプトは「モノのWikipediaをつくりたい」という点にあります。私は学生時代から〈モノ〉に対する関心が非常に強く、たとえばナイキのスニーカーの既存のモデルが一覧できるウェブページのように、生産/消費され、埋もれてしまうモノのデータを可視化するアーキテクチャの需要を感じていました。スニーカーやカメラなど、モデルチェンジの激しいモノのみならず、フィギュアや家具、ワインなど、あらゆるジャンルのモノのデータを整理することがSumallyの基本的な理念としてあります。サービス名である「Sumally」という言葉には、「すべてを積み上げる」という意味が込められていて、「sum(足す)」と「all(すべて)」をつなげた造語です。
Sumally のトップページは、モノの写真とキャプション、販売/製造元といった基礎的な情報に加えて、「誰がそれを欲しがっているのか」「誰がそれを持っているのか」という情報を表わす 「Want」と「Have」のアイコンによって構成されています。Sumallyでは、ユーザーは、特定のモノに対して、「Want」か「Have」のアイコンをクリックすることでそのモノに対する自分の関心を表明します。すると、そのモノは、そのユーザーをフォローするすべてのユーザーのトップページに、「誰が関心を表明したか」という情報とともに表示されます。それを見たほかのユーザーは、その情報に対してさらに「Want」か「Have」で関心を表明し、情報がどんどん拡散されていく仕組みになっています。Sumallyはモノのリストである以上に、モノとつながり、その後ろにいる人ともつながり、そしてそのつながりからまたあらたなモノとつながるといったコミュニケーションの連鎖を引き起こす設計 ☆5 です。たとえば時系列に個人のアクションが流れていくFacebookと比較すると、 Sumallyではアイテムが累加的に増えていくのに対して、アクションは指数関数的に増えることになります。つまり、リストされるアイテムや人物以上に、そのうえでどのようなコミュニケーションが生まれるかに重きが置かれているということです。Sumallyには、現在60万点以上のアイテムが登録されており、ユーザーが85,000人、月間PVが1,500万人、「Want / Have」の数は1日平均6~7万回増加し、総数では1,000万回を超えています(2012年11月現在)。Sumallyでは、過去に登録されたアイテムが「Want / Have」されることによって再びトップページに上ることがあります。これは興味深い現象で、「ストック・アンド・フロー」と呼んでいます。TwitterやFacebookなどの情報拡散機能のついたプラットフォームでは、「現在の出来事」に焦点があてられるためか、過去の情報が拡散されることは多くないと思います。しかしSumallyでは、特定のアイテムが雑誌や他の媒体などで取り上げられるたびに、そのアイテムが再浮上して拡散される ☆6 ことになります。一般のメディアが情報の新規性を求めるのに対して、モノのデータベースの役割をもはたすSumallyは、むしろ同じ情報が反復されることであらたなコミュニケーションを生成する情報空間といえます。 さきほども言いましたが、アイテムが累加的に増えるのに対し、アクションが指数関数的に増えるということは、Sumallyではモノ自体の情報だけでなく、所有や関心を表明する主体間のコミュニケーションを主たる情報として提供しているということです。FacebookなどのSNS上のユーザー間のコミュニケーションは、友人の近況や食べ物の話を中心とした「学校」でのコミュニケーションに近く、ユーザーが買い物をする場としては機能しにくいと思います。実際に買い物がおこなわれるのは、緩やかに趣味を共有した人々が集まる「街」であり、その価値観の共有に対して店がつくられ、人が集まるわけですが、そのような仕組みがウェブ上には少ないのではないでしょうか。
水野──人は街で買い物をするわけですが、森川嘉一郎さんが「趣都」と呼んだように、街は趣味を共有する人々によってゆるやかに構築されます。さきほどは実空間が固有性を持っていると言いましたが、Sumallyは、価値観を共有することでネット上にも街の界隈のような場をつくる試みと理解しました。
[討議]
新しい欲望と消費の創出
3名によるプレゼン終了後の意見交換の時間では、会場の横山泰明氏(『WWD ジャパン』記者)から、他者の欲望をWant / Haveとして可視化し、コミュニケーションや消費を生むSumallyのシステムは、消費活動でもあるファッションとの親和性も高く、今後の展望が期待される、といった発言があった。他方で、池上高志氏(東京大学大学院教授)からは、ビッグデータのパターンをマイニングしてマーケティングに利用するといったビジネス偏重のファッション観への懸念と共に、ビッグデータの運用による、人間の予測や意図を超える創造=(Art)☆7 としてのファッションの創出の可能性が指摘された。また、ファッションはある意味で〈怖さ〉のようなものを持っているはずだったが、お金やコミュニティを中心に設計するファッションには〈怖さ〉や意外性を感じず、他方〈怖さ〉を扱っているはずのファッションに関わる人々が、逆にWebを怖がっているようにも見えるとの指摘もあった。池上氏の発言を踏まえ、水野祐(NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン事務局)からは、ビッグデータの運用によって生じる新しいスタイルのEコマースは、消費活動を誘引するアーキテクチャとして設計されているが、そのような「消費を煽るプラットフォーム」は作家のあらたな創造性を刺激しうるのか、という問題提起があった。
また、アートディレクターの加藤賢策氏(東京ピストル)からは、ファッションの消費形態が「買う(=顕示的消費)」から「つくる(=顕示的生産)」に変わること、つまり、これまで「エンド・ユーザー」としてとらえられてきた消費者が「生産消費者(prosumer)」と移行することで、「見ること」「着ること」「買うこと」に限定されない、むしろ積極的に「参加すること」に根ざすようなあらたな欲望 ☆8 が生まれつつあるのではないかという指摘がなされた。これに対して、「ファッションは更新できるのか?会議」実行委員の金森香は、情報環境の変化から生じるそのようなあらたな欲望や、それを実現するための商品やファッションのフォルム、コミュニケーションのあり方ついての検討と実践がまさに重要であり、データの解析によるマーケティングやビジネスの効率化を目的とした情報環境の活用は、そのための手段のひとつではないかと応答した。
一方で、水野大二郎は、ビッグデータの利活用やユーザーの欲望の可視化が「商品」の企画へ帰着することで、「作品」をつくるデザイナーにとっては創造性の発揮が拒まれる可能性もあると述べ、そのなかで唯一無二の作品に価値を見出すiichiのようなサイトにおけるデザイナーの新たな可能性について議論が展開された。[実行委員によるまとめ]
[対価の改新! ——インターネット時代の新しい販売:了]
◎補足
☆5:iichiが等身大のコミュニケーションを介して製品に価値を付与するのに対してSumallyはデータベースの消費を介して反復されるコミュニケーション自体の価値に特化したアーキテクチャであるといえるだろう。
☆6:Sumallyのシステムはたんにつながりの欲望を満たすのみならず、副次的に商品の価値を生成するような「他者の欲望」の可視化という機能を備えている。そこでユーザーと商品はフラットな形で一時的なノードを形成し(ユーザーが関心を寄せるのは、多くの人が「Want / Have」する強い商品のみならず、多くのフォロワーを有する強いユーザーでもある)、特定の主体はデータベースの内部に溶け、匿名的な「他者の欲望」が立ち上がる。以下のディスカッションで横山が指摘するように、ファッションは「他者の欲望を欲望する」という構造のもっとも顕著なケースだと言えるだろう。その意味でSumallyは確実にファッションのひとつの本質をとらえている。
☆7:ビッグデータの運用により可視化される人間の行動パターンはわれわれが通常考える以上に機械的な構造を持っている。このようなパターンを運用すれば、マーケティングはこれまで以上に精密且つ円滑なものとなるだろう。しかし、そうした実践はともすれば予測可能性の余白を切り詰め、欲望を切り出された型に嵌めるような危険なものになりかねない。創造性を真に高める様な情報技術の運用が求められる。また、そこで人間の予測や意図を越えて立ち現れる創造性が、われわれ個々の主体の自由な創造行為とどのようにして両立可能なのか(あるいは不可能なのか)も併せて考えてみたい。問われているのは、普遍的なパターンと主体の自由との〈あいだ〉だろう。
☆8:実行委員の金森が手がけるファッションブランドであるTHEATRE PRODUCTSは、このような実践として、“THEATRE, yours”を展開している(ZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』所収のインタビュー「『THEATRE, yours』とはなにか ——プロセス・デザインの実験」参照)。ここで述べられている「顕示的生産」が、他者の欲望を欲望するような従来の顕示的消費の欲望の構造のなかで実装されるには、技術的な障壁の緩和と同時に、つくることそれ自体に自律的価値が付与される必要があるだろう。
★この会議Vol.2の総括や関連インタビューなどは、2013年8月に刊行されたZINE『ファッションは更新できるのか?会議報告書』に掲載されています。このWeb版と合わせてぜひお楽しみください。
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