COLUMN

廣田周作 この話はタイムラインに流そう

廣田周作 この話はタイムラインに流そう
第2回「夢の値段と、決断のセンス(前編)」

hirota_new0430

第2回 夢の値段と、決断のセンス(前編)

□そのアイデアの価値は、まだ誰にも分からない

あなたが、1980年のある日、こんな夢を見たとする。

あなたは、奥行きを欠いた奇妙なフィールドにいる。
頭上には、4つの正方形で構成された不思議なブロックがあり、それは、ゆっくりと地面めがけて落ちてくる。
あなたは、そのブロックから逃れるため、必死で念を送る。すると、ブロックはゆっくりと下降をしつつも、左右に動いたり、場合によっては回転する。あなたは、自らの念でブロックを操作出来ることに気がつく。
やがて、ブロックは地上に収まる。ほっとして、あなたは頭を上げる。すると、さらに他の形状をしたブロック(それも4つの正方形で構成されたもの)が現れ、先ほどと同じように降ってくる。あなたは見よう見まねで、ブロックを左右に動かしたり、回転させたりしながら着地させる。それを繰り返していくうちに、あなたはあることに気がつく。あなたのいるフィールドに降り積もったブロックが一列に並ぶと、すっと消えてしまうのだ。4つの正方形で構成された7種類のブロックは無限に落ちてくるが、横一列に並べれば消えてくれる。ブロックが消えた瞬間、あなたは清々しい快楽を覚える。そこであなたは、「この仕組み」を理解する。

さて、もし、あなたが「テトリス」という存在のない世界でこの夢を見たとして、この夢に値段をつけるとしたらいくらくらいの値付けをするだろうか?

あなたはそれを、価値に変えるために企画書を書くかもしれない(その時代には、まだパワーポイントがないので、手書きになるかもしれない)。それとも、ブロックを組み合わせたモックアップを作って、その動き方を誰かに説明するかもしれない。いずれにせよ、相手にその価値を伝えることは、とても難しいことだと思う。

「聞いてください! すごいことを思いついちゃったんです。頭上から4つの正方形で構成された7種類のブロックが次々と落ちてきて、それを回転させたりしながら並べ、うまく消すというスポーツのような、パズルのようなものを考えました。消えた瞬間に快楽があるんです! とにかく、やみつきになるんですよ! やれば分かります」

もちろん、その話を聴く上司や、投資家は、すでに皆が知っている「テトリス」のことを未だ知らない。それが、その後の世界で、どれだけ多くの人を熱狂させるかを知らない。後の時代の人たちから見れば、テトリスは大きな価値であることは火を見るより明らかだ。でも、そのアイデアの価値は(当時)誰も分からない。値段のつけようがない。過去に似たような事例もないので、他の成功事例から推測することだって出来ない。ゲーム文化だって浸透していないのだから。

実際、このテトリスを思いついたアレクセイ・パジトノフという人は、ソビエトの官僚であったため(ソビエト社会主義共和国連邦科学アカデミーのコンピュータ部門で働いていた)、特許を取ることが認められなかったらしい(つまり、彼はアイデアをきちんとお金に出来なかった)。噂では、ソビエト政府からの報酬は、テレビ2台だけだったと聞いたことがある(これは、誰に聞いたかもあやふやな記憶なので、もしかしたら違うかもしれないのだけど)。ちなみに、Wikipediaによれば、彼はその後、アメリカへ渡って、マイクロソフトの社員となっている。
※テトリスの著作権を巡っては、いろいろと深い歴史があるようなので、興味がある人はネットを漁ってみると良いだろう。

いずれにせよ、世界を変えてしまうような革新的なアイデアは、それが生み出された瞬間は、その価値の大きさを誰も測定することは出来ない。そこに、アイデアを「ビジネス」にするということの難しさと崇高さ、そして恐ろしさがあると思う。正確な値段なんてつけようがない。ある時は、どうでも良いアイデアに莫大な投資がされて失敗することもあれば、素晴らしいアイデアでもお金にならない場合もある。もちろん、良いアイデアをお金に変えることに成功する人もいるけれど。でも、アイデアが「正当に」評価されるのって難しいのだ。そもそも、新しい価値の物差しを作ること自体がアイデアの役目だったりするわけだし(アイデアによって、価値観を変えてしまうと、アイデアが生まれる以前の価値観の尺度では、当然、その後の「価値」は測れない)。

ところで、前に、僕はこれからの広告のビジネスは、コミッション(手数料)のビジネスから、アイデアのビジネス(フィーのビジネス)へと変わっていくということを書いた。しかし、そこには、アイデアに価値をつけるという、とても難しい問題が存在するということを「覚悟」しなければならない。

そう、今、僕は「覚悟」と書いたけれど、これからのビジネスは、決断すること、覚悟することが重要になってくるのだと思う。

その話をする前に、少し今の広告会社のビジネスモデルのことを整理しておこう。

後編に続きます


PROFILEプロフィール (50音順)

廣田周作(ひろた・しゅうさく)

1980年生まれ。2009年電通入社。コミュニケーション・デザイン・センターを経て、12年からプラットフォーム・ビジネス局開発部。ソーシャルリスニングの知見に基づき、企業のソーシャルメディアの戦略的活用コンサルティングから、デジタル領域における戦略策定、キャンペーン実施、デジタルプロモーション企画、効果検証を担当。ソーシャルリスニングのソリューションとして「Sora-lis」「リスニングプラス」などの分析メソッド、ツイッター上での話題の拡散度合いを測る指標の開発にも関わる。社内横断組織「電通ソーシャルメディアラボ」「電通モダン・コミュニケーション・ラボ」などに所属。2013年、自著『SHARED VISION』(宣伝会議)を出版。


PRODUCT関連商品

『SHARED VISION』

廣田周作
単行本(ソフトカバー): 208ページ
出版社: 宣伝会議
発売日: 2013/6/4