INTERVIEW

映画『草原の河』ソンタルジャ監督インタビュー

映画『草原の河』ソルタルジャ監督インタビュー
「人生における喜怒哀楽が、河の中にすべて象徴されている。」

映画『草原の河』
ソンタルジャ監督インタビュー(前編)
「人生における喜怒哀楽が、河の中にすべて象徴されている。」

取材・文:小林英治

映画『草原の河』より ©GARUDA FILM

映画『草原の河』より ©GARUDA FILM

チベット人監督による映画として日本で初めて劇場公開される記念すべき作品『草原の河』。海抜3,000メートルを超えるチベットの高原で生活する一家を主人公に、大自然の中で織りなされる暮らしと家族3代の心の葛藤を鮮烈な映像とともに描いた本作は、観る者の心を大きく揺さぶることに違いない。主演の少女を演じたヤンチェン・ラモは、2015年の上海映画祭で最優秀女優賞を最年少(撮影当時6歳)で受賞し、昨年の東京国際映画祭の上映(原題「河」)でも大きな注目を集めた。来日したソンタルジャ監督に、作品に込められた特別な想いと、近年興隆するチベット人によるチベット映画製作の状況を聞いた。

仕事でかまってあげれなかった娘へのプレゼント

―――日本人にとってはチベットというと山岳地方というイメージで、この映画の舞台のような草原地帯があることを知らない人も多いと思います。

ソンタルジャ:日本だけでなくヨーロッパでも、チベットに対するイメージというのは、高い山々や、ポタラ宮をはじめとした寺院といった固定的なものです。ですが、実際チベットは、アムド、カム、ウー・ツァンという3つの地区に分かれていて、中国の行政区分では5つの省の中にチベット族が住んでいます。この映画のロケ地は、主人公の女の子ヤンチェン・ラモの家族が実際に放牧をしてる地域(アムド地方/青海省)であり、私が生まれ育った故郷でもあります。

ソルタルジャ監督

ソルタルジャ監督

―――この地域では、一般には映画の一家のように放牧と農業で生活してるんでしょうか?

ソンタルジャ:チベット人の伝統的な生活の形態というのは2つに分かれていて、ひとつは農業だけをしている地域、もうひとつは放牧だけの地域があります。私の家系は代々放牧を営んでいて、この地域はもともとは遊牧民で牧畜だけのテント生活をしていましたが、今は麦を蒔いたり農業をしながら放牧もするというような、半農半牧の生活になっています。

―――この映画の成立には、見事な演技を見せているヤンチェン・ラモとの出会いが大きかったとのことですが、そもそも監督は子どもを主人公にした映画を作りたいと考えていたそうですね。それは何か理由があったのでしょうか。

ソンタルジャ:自分はこれまで監督になる前には他の監督の作品のカメラマンをしてたり仕事が忙しくて、家であまり子どもたちのことをかまってやれなかったんですね。なので、2作目では自分の子どもへの贈り物として、父親が携わっている映画をプレゼントしたいと思ったわけなんです。

映画『草原の河』より ©GARUDA FILM

映画『草原の河』より ©GARUDA FILM

―――当初から具体的な物語というのは考えていたのですか?

ソンタルジャ:実は私には2人の子どもがいるんですが、下の子が生まれた時に、上の娘が何か紙にメモを書いて土の中に埋めていたところを私の妹がたまたま見かけたんですね。それには、「下の弟が生まれて、お父さんとお母さんは私のことより弟を可愛く思ってると思う。誰か助けて!」と、電話番号と自分の名前を一緒に書いてあったんです。その紙を見て初めて、娘はこういうふうに考えていたんだなと気づいて、その気持ちに応えてあげたいと思いました。そのことが物語のきっかけになったんです。

河の中には人生の中に含まれている喜怒哀楽がすべて象徴されている

―――一方で、この映画はヤンチェン・ラモの父親と出家したその父親という、もう一つの親子の話でもあります。父親は文革の時代にかなわなかった出家を、時代が変わって比較的自由になってから改めてしたという設定ですが、これはチベットで実際にあったことなんでしょうか。

ソンタルジャ:やはり文化大革命ということがあって、修行が続けられずに還俗せざるを得なかったという人はかなりいました。ただ、そういう歴史的なことがなかったとしても、父親と息子というのは往々にして衝突があるものです。幸い自分自身の父とはああいうわだかまりはありませんが、親族であっても心が通い合うことが難しいシチュエーションというのはどこの国でもあることですよね。

―――しかもお互い口下手で言葉で自分の気持ちを伝えるのが苦手という。

ソンタルジャ:そうですね。父親の立場からすると、仏教徒で特に修行僧というのは、俗世と一線を引くというのは当たり前のことなんです。でも息子はそれが受け入れられない。それぞれの立場が違えば、過ちや正しさというのは逆転する可能性がありますし、だからどちらが正しいとか悪いというのは言えないんです。

映画『草原の河』より ©GARUDA FILM

映画『草原の河』より ©GARUDA FILM

―――タイトルにもなっている「河」(原題)は、地理的にこちら側とあちら側で修行僧の世界と俗世の境目にもなっていますが、チベットにおいて河というものは、何か特別なイメージや意味が含まれているのでしょうか。

ソンタルジャ:「母なる河」だったり、「人生はまるで河のように」という喩えもありますが、それは特にチベット人の間で特別だということでなく、万国共通のイメージだと思います。私の河に対するイメージというのは、凍る時もあれば、溶ける時もある。それは人間の感情と同じようなものだというものです。人生の中に含まれている喜怒哀楽いろんな感情が、河の中にすべて象徴されているというイメージですね。

―――他にも、映画の中で鏡の使い方がとても効果的でした。

ソンタルジャ:最初は自分の顔しか見えてないんですけど、最後の方になると別の人が映ってますよね。河と同じく鏡も人間の心を映すわけです。

映画『草原の河』より ©GARUDA FILM

映画『草原の河』より ©GARUDA FILM

後編「『将来チベット人スタッフだけの映画を撮ろう』と仲間で相談し合って……」に続きます

撮影:後藤知佳(numabooks)
(2017年3月8日、岩波ホールにて)


『草原の河』
http://www.moviola.jp/kawa/


2017年4月29日(土・祝)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開

監督・脚本:ソンタルジャ 
撮影:王 猛 
出演:ヤンチェン・ラモ、ルンゼン・ドルマ、グル・ツェテン ほか
原題:河|英語題:River|2015年|中国映画|チベット語|98分|DCP|ビスタサイズ|ステレオ
配給:ムヴィオラ
公式サイト:http://www.moviola.jp/kawa


PROFILEプロフィール (50音順)

ソルタルジャ(そるたるじゃ)

1973年生まれ。「草原のチベット」ともいわれるアムド地方、行政区では青海省海南チベット族自治州の同徳県に生まれ、牧畜民の中で育つ。父に教えられた伝統的な仏教画“タンカ”を学ぶとともに、少年の頃に移動映画で見て以来、映画に憧れる。青海師範大学の美術科で学んだ後、小学校の美術教師や美術館のキュレーターとして働き、1994年から2000年までの間に、美術家として"Life Series"、 "Red Series"など50以上の絵画を制作。その後、北京電影学院で学べる奨学金を受け、幼い頃から夢見た映画の世界に踏み出す。2011年、初監督作『陽に灼けた道』を発表。世界中で高く評価され、バンクーバー国際映画祭、ロンドン映画祭、香港国際映画祭などで多数の映画賞を受賞した。本作『草原の河』が長編第二作となる。

小林英治(こばやし・えいじ)

1974年生まれ。フリーランスの編集者・ライター。ライターとして雑誌や各種Web媒体で映画、文学、アート、演劇、音楽など様々な分野でインタビュー取材を行なう他、下北沢の書店B&Bのトークイベント企画なども手がける。編集者とデザイナーの友人とリトルマガジン『なnD』を不定期で発行。 [画像:©Erika Kobayashi]