INTERVIEW

池澤夏樹電子出版プロジェクト 特別対談

池澤夏樹電子出版プロジェクト 特別対談
池澤夏樹×萩野正昭 3/3「今の世代に向けて訳し直す、それもまた“翻訳”の在り方なんだと思います。」

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去る7月、自身の作品の電子出版プロジェクトをスタートさせた作家・池澤夏樹氏。紙での出版から時を経て初めて電子化される数々の過去作品や、新たな書き下ろし作品を次々とリリースしていくこのプロジェクトは現在も着々と進行しています(2014年9月18日現在、14作品が刊行済み)。電子化のパートナーをつとめる株式会社ボイジャーのプロジェクト室室長・萩野正昭氏を迎え、池澤氏とボイジャーがともに挑戦してきた過去のさまざまな試みについて、そして池澤氏が近年編集に携わる「世界文学全集」「日本文学全集」(ともに河出書房新社)と「個人全集」としての性格を持つ今回のプロジェクトの共通項についても語って頂きました。

【以下からの続きです】
池澤夏樹×萩野正昭 1/3「コンテンツがメディアを要請する瞬間。」
池澤夏樹×萩野正昭 2/3「『文学全集』って、たぶん日本だけの出版形態なんです。」
★この対談の直前に行われた、池澤夏樹電子出版プロジェクトの記者発表レポートはこちら

“翻訳”することで未来につなぐ

――少し話が外れるのですが、今回池澤さんの始められた電子出版プロジェクトが個人全集的な意味合いを持つ一方で、河出書房新社の『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』や、今度から始まる『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』の編集作業もされていますね。記者発表の冒頭にも、「古事記を現代語に訳し終えたところです」というお話をされていましたが、それらの全集のラインナップの中には現代人が原文のままではなかなか読みにくいものがあると思っていて、それを翻訳(現代語訳)することによって“読める状態にする”ということをされている。それらは非常に近い意図のもとに行われているのではないかなと思ったのですが、いかがでしょうか。

池澤:そうですね。ぼくは本や文学作品というものが好きで、自分自身が本を読んで幸せになってきたから同じ思いを伝えたい――つまり本を読む人が増えてほしいし、増えるといいだろう――と思うんです。人間は知性の動物ですし、知識を共有して次の世代に伝えることでここまで生きてきたわけですから、その手段として、メディアとしての本の力は強かったと言えます。もちろんこれからも強いのだろうけれども、そこにはいろいろ障害が出てくる。その障害を越えて次の世代にぼくたちがこれまで培ってきた遺産を受け渡さなくてはいけないという時に、例えば“現代語に訳す”という方法があるならそれを使ってみようと思う

 ところで、イギリス人はかわいそうという半ば冗談のような説がある。なぜなら彼らはシェイクスピアを原語でしか上演できないから。

――そうなんですか。

池澤:基本的にはね。あれを現代語訳すると、非常に非教養主義的なことになって、子ども向けの劇みたいになってしまう。しかしぼくら外国人はそれを自分の言語に翻訳できる。歌舞伎にもアレンジできるし、いろいろな形で活用できる。翻訳というのは後進的なメディアなんです。日本の古典作品の現代語訳もこれまでたくさん世に出てきました。しかしそれを改めて今の世代に向けてやり直す、それもまた“翻訳”の在り方なんだと思います。翻訳は何回でも繰り返し行うことができる
 本の電子化についても同じことが言えます。次の世代の人たちはもう紙では小説を読まないかもしれないけれど、それならば新しいメディアに対応しておく。紙の本で残してほしいとも今は思うけれども、タブレットが普及して紙の教科書を使わなくなった時に子どもたちが本を借りに図書館に行くのか、と考えると状況は大きく変わるだろうと思います。それに対する策としても、電子版を出しておく意味があります。
 そういった観点では、今作っている『日本文学全集』とぼくの作品の電子出版プロジェクトの話は繋がってくるかもしれません。つまり、ぼく自身がメディア・オリエンテッド(メディア志向)なんです。長年いろいろとこういった試みをしてきたのは、メディアというものに対して関心が深いからだと思います。

池澤夏樹氏

池澤夏樹氏


 

“絵の出るレコード”になってはいけない

――現時点での、電子版の主なメリットとしては、保管の場所を取らないこと、いつでもどこでも買えること、何冊でも軽々持ち運べること、などがよく挙げられると思うのですが、作家として池澤さんが望まれている、「未来の出版物の形」はありますか?

池澤:いろいろなものを付け足して面白くなることでしょうか。写真はディスプレイで見る方が綺麗ですよね。他にも音楽を聴けるとか、そういうことで一冊の本がチャーミングになるし、おもしろいと思うんです。ただ、今のぼくは「電子の形で出ることでみなさんの手に届く」ということでとりあえずは満足しています。近未来SFみたいに「こんな風になったらいいな」というのがぼくの中にたくさんあるわけではありません。そうは言うものの、ボイジャーのBinBなり、新たな技術の中からそういったアイデアは出てくるもので、ぼくはそれを楽しみに待っています。

萩野:昔、レーザーディスクという“絵の出るレコード”とも言えるメディアがありました。例えば、「田園交響曲」のレーザーディスクでは、オーケストラの絵が画面に映って、その中に指揮者がいて、そのうちにカメラは外に出て本物の田園風景が映るのですが、それが実につまらない(笑)。新しいメディアについて考える時、そのことをいつも思い出します。新しいメディアが出てきて「◯◯ができる」となった時に、だからこそやってはいけないことというのが必ずあると思います。その典型が、“絵の出るレコード”で見た「田園交響曲」であり、現在の状況のように思います。メディアというものにどうトライしていくかということは非常に慎重に考えなければならない。もちろん失敗を恐れてはいけないし、いろいろなことをやらなくてはと思うのですが、ボイジャーは過去に馬鹿げた試みも数多くやってきた上で、今はやるべきこととやらないことを見極めたいと思います。

池澤:真面目なインタビューが雑談化していっているけれども(笑)、過去に見たレーザーディスクで本当に感動したものがぼくは1枚あります。ランドサット(NASAなどが打ち上げた地表観察用の人工衛星)が宇宙から撮った地球の写真が1万7千点くらい収録されているものです。ただ1枚1枚スライドショーで出てくるだけなのに、それがすばらしかった。地表の写真の1枚1枚、意味がないんです。何の意味もない。自分が衛星に乗っているような感じで陶然となって見続けました。その感覚は後にも先にもなかった。

萩野:1枚1枚すべてを綺麗に見せられるというのも、レーザーディスクの一つの強みなんですよね。

――DVDだと圧縮されて飛ばされてしまうようなところが、コマ送りで見られるため、一部にまだ根強いファンがいます。

池澤:尊敬する先輩である日野啓三さん(※編集部注:小説家。1929年〜2002年。代表作に『あの夕陽』、『夢の島』など)もこういうものが好きだったから、「これ、おもしろいですよ」と言って貸したことがあります。だけど彼の使えるレーザーディスクのプレイヤーは、赤坂で奥さんがやっていたバーにあるカラオケの機械だけ。そこにディスクを入れてみたものの「映らないよ」と言われたので、仕方ないから車に自分のプレイヤーを積んで持って行ったんですが(笑)、繋いで見せたら彼も感動していましたね。
 レーザーディスクを振り返って「あんな変なメディアを」と言われることもありますが、あれはあれで凄いものも中にはあったんですよね

萩野:かつては、新しいメディアの開発というのは何でも自分たちですべてやらなくてはいけなかったんですが、今はインターネットを見ていればわかる通り、それぞれにいろいろなことをやっている人たちがいて、かつみんながオープンな考え方に立つようになってきていますよね。そこからお互いに強みを利用し合うことで、これからの展望が開けていくのではないかと思います。

――ボイジャーの今後開発するものも、特殊な技術力が必要な場合は外部と連携していく、といったことになるのでしょうか。

萩野:今回の電子出版プロジェクトに使っている「Romancer」という電子出版ツールもそうですが、まず始められるものから作り始めておけば、他の進んでいっているものとの融合を図ることができる。それが今の状況なんじゃないかと思います。これはさんざん失敗してわかってきたことなんですけれどもね。

――池澤さんとしても、先ほどのお話のなかでボイジャーが他のところと違うと感じたのは、そういう部分もあったのでしょうか。

池澤:「イノベーション」という言葉に対する姿勢でしょうね。新しいものを構想して、技術的にそれを実現させ、世の中に出していくというイノベーションを長年やってこられたのを見ていますが、その中には失敗も多いけど、先端のところで怠けず欲張らず動いてきた。ボイジャーの、そういう会社としてのイノベーターの姿勢が好きなのかな。「とりあえず金を儲けられればいいや」ではないし、はじけたことをやりすぎて自滅するわけでもないし、これまで続いてきている。次々と変わるシーンの中でも、ボイジャーは日本の会社としては珍しくアメリカ西海岸的な会社なのかもしれない。ぼく自身、文学だけやっていると飽きやすいんです。次々と違うことをやっていきたいという思いがあります。ぼくの中にもイノベーター的なものがあると思うんですが、その辺が共感を生んでいるんでしょうね。

――電子出版プロジェクトの今後、非常に楽しみにしています。ありがとうございました。

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[池澤夏樹電子出版プロジェクト 特別対談 了]

聞き手:内沼晋太郎 / 構成:後藤知佳 / 編集協力:隅田由貴子 / 撮影:祝田久(ボイジャー)
(2014年7月1日、国際文化会館にて)

 
 
 

【池澤夏樹電子出版プロジェクト最新刊】
『イラクの小さな橋を渡って』
9月18日発売

 
2002年秋、米軍の攻撃が開始される直前、池澤夏樹はイラクにいた。豊かな文化を物語る遺跡を巡り、陽気な人びとと出会い、滋味深い食べ物に舌鼓を打った。
どうして私たちと同じ普通の人びとの頭上に爆弾が降ってしまうのか……?
著者が見た、ありのままのイラクを写真と文章で綴るエッセイ。◎ボイジャーの公式ストア「BinB Store」ほか、各種電子書籍ストアにて販売中。
◎池澤夏樹の電子本「impala e-books」特集ページはこちらからどうぞ
(全14タイトル配信中、今後も続々刊行予定)


PROFILEプロフィール (50音順)

池澤夏樹

作家。1945年北海道帯広市に生まれる。小学校から後は東京育ち。以後、多くの旅を重ね、3年をギリシャで、10年を沖縄で、5年をフランスで過ごして、今は札幌在住。 1987年に『スティル・ライフ』で芥川賞を受賞。その後の作品に『マシアス・ギリの失脚』、『花を運ぶ妹』、『静かな大地』、『キップをなくして』、『カデナ』など。東北大震災に関わる著作に長篇エッセー『春を恨んだりはしない』と小説『双頭の船』がある。最新作は小説『アトミック・ボックス』。2011年に完結した『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』に続いて、この年末から『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』を刊行の予定。 http://www.impala.jp/

萩野正昭[ボイジャー]

1946年東京都生まれ。株式会社ボイジャー取締役。「DOTPLACE」発行人。映画助監督をふりだしに、ビデオ制作、パイオニアLDCでのレーザーディスク制作等を経て1992年にボイジャー・ジャパンを設立。著書に『電子書籍奮戦記』(2010年、新潮社)、『木で軍艦をつくった男』(2012年、ボイジャー)。