INTERVIEW

小さな出版社と編集者の大きな夢:川崎昌平×下平尾直×小林浩
【後編】「作りたい本」と「売れる本」のせめぎ合い

jyuhanmitei_2

 弱小出版社に勤務し、出版業界の荒波に翻弄される編集者を主人公に描いた、川崎昌平氏によるマンガ『重版未定』。本サイトDOTPLACEでの連載から人気に火が点き、2016年11月に河出書房新社から第1巻が、2017年5月には第2巻が出版されました。
 本ページでは、『重版未定』第1巻の重版出来(!)を記念して2016年末に開催されたトークライブの模様を、1年半の時を経てお届けします。物語の舞台である出版社「漂流社」を実際に立ち上げるのが野望だという川崎氏の前に立ちはだかる、圧倒的に素朴かつリアルな出版社経営に関する疑問。それらを月曜社取締役・小林浩さん、共和国代表・下平尾直さんという二人のゲストとともに紐解きながら、ひたすらニッチな出版トークが繰り広げられた前例のない一夜でした。
 “リアル漂流社”はその後1年で果たしてどうなったのか? イベント後の動向も予想しながら最後まで読み進めてみてください。連載の最後には、2018年現在の漂流社について、川崎氏のレポートも掲載します。
※当記事は、2016年12月27日(火)に本屋B&Bに於いて開催された「川崎昌平×下平尾直×小林浩 小さな出版社と編集者の大きな夢 『重版未定』重版出来記念」トークイベントを再編集したものです。

●前半の記事はコチラ

「作りたい本」と「売れる本」のせめぎ合い

川崎:ここからは会場の方の質問に答えながら進めていきたいと思います。

Q1. 「いい本・作りたい本」と、「売れる本」とのせめぎ合いについて教えてください。

川崎:特に作りたい本――編集者が「僕はここに興味がある」「僕はこの著者にこれを書いてほしい」みたいなところ――と、読者のパイに齟齬があるときが往々にしてあって。これが一致していると幸せなんですけれども、一致しないときもあるという問題ですね。
 これについて一つ答えるなら、私は「作りたい本」優先だと思います。「俺の読みたい本を作ることが今の人生の中で一番大事な瞬間なんだ」と思ってしまえば、「作りたい本」を作るのを優先できる。ただし、それだけだと出版社が生きていけない。「お前の本、いつも重版しないね」って言われてしまうので、たまにはちゃんと「これは手堅いぞ」っていう本を世に送り出す。そういう企画がある程度ちゃんとできていれば、残りは好きにやって、「すみません売れませんでした」って謝ればいい。甘えと言えば甘えな発言ですが……。

下平尾:川崎さんがそういうふうにやったからといって、自分が勤めている会社が潰れることはないですよ。うちみたいに独りでやっているのでなく他にも編集者や営業担当者がいるのであれば、凸凹がありながらもうまいこと均されるはずで。ただその「売れる本」というものがなんであるかをどう考えるのか、という問題はある。

川崎:そうですよね。

下平尾:わかんないよね。私なんかは、まさにいま川崎さんが言ったように、「出したい本」しか出してない。
 たとえば、さっき挙げたような「資金繰り上必要」な本だってあるわけ。それは営業的に「必要な本」です。出すと助成金がもらえるために7000円の本を企画したとして、だけどそれはそれで編集者だからこそ可能な営業活動だし。「売れない、だけど必要だから出す」っていうことはあるんですよ。でもそれは、私が出したくない本かというと、けっしてそうではない。この『異端者たちのイギリス』という本も、しっかりした内容なんですよ。若い人たちが中心になって本当に考えて書いた論考がたくさん入っているわけで、そういうのを読むとこちらはしびれる。
 共和国みたいに1500部くらいしか作っていないところは、何部になったら「売れている」と言えるんでしょうね。しかも、狙って売れることだってあるにはあるんでしょうが、ほとんどがそんなことにはならない。よくわからないんですよ、何が売れるか、売れているのかっていうのは。

川崎:私も自信ないですね。

下平尾:損益分岐点だけ考えて赤字が出ないように考えることはできる。少し前までの人文書業界であれば、「定価総額400万円」と言って、定価2000円の本を2000部作るのがスタンダートだったんですが、いまでは2000部作ったって売れることがない。そうすると、本の定価を上げるしかないんですが、取次や、ちょっと手にとってみようという読者には憎まれますよね(笑)。損益分岐点の中で、自分の企画をいかにかろうじて投じていくか。独りでやっていれば、独りが食える分+α、つまり次の企画やまんいち重版になったときに担保できる分が確保できるかどうかというところです。

川崎:そこらへんは意識しますよね。私の場合も、ある程度の見込みがないとやっぱり企画が出しづらいっていうことはあります。

複雑に絡み合う利益配分の理想と現実

Q2. 書店としては、現在の掛け率と部数ではなかなか利益が確保できず、正味(掛け率)の良い雑貨やカフェを導入せざるを得なくなっています。既存の書店に対して、掛け率をはじめとした抜本的な委託条件の見直しはできないものでしょうか。書店にとって、本を売るのがサイドビジネスになってしまいそうです。

川崎:この質問をしてくださったのは書店員さんなんでしょうね。ちょっと、涙が出そうな感じ。

小林:本を売るのがサイドビジネスになりつつある書店。カフェを併設していて、雑貨と書籍を併せて置くというセレクトショップ的な書店さん、今増えてますよね。取次の人も言っていましたけれども、その店の収益のメインは、カフェだって言い切っているんです。だから、「ブックカフェ」じゃなくて、「カフェ+本もちょっとあります」という形なんです。これは本当に恐ろしい状況です。

下平尾:出版だけで食べている「独り出版社」は意外と少ないですよね。編プロ的な仕事をしたり、副業をしていたり。うちはカフェもせずに本を出すだけでかろうじて食えていますが、そういうところは最近の「独り出版社」の中でも少ないのではないですか。

小林:今、出版社はおよそ3000数百社あるんですよね。そのうち定期的に本を出していて、なおかつ、栗田出版販売の債権者集会にしっかり出席するような版元っていうのは、だいたい2000社なんですよ。だから2000社がほぼアクティブな状態の出版社と考えていい。そのうち、業界を変えるための決定力を持っているのは上位500社なんですよ。だから栗田は大阪屋と合併する上でどういうことをやったかというと、売り上げの小さい、つまり債権の小さい版元にお金を払っちゃったんです。お金を回収できないと困るのはどちらかというと小さい版元なので。そういうふうに、業界がとりあえず死なないまでも生きていくという状態を維持するためには、飲まなきゃいけない泥水っていうのがありまして。で、議決権を上位500社までに集約すると、この業界はほぼ右へ倣えになるわけですよ。この人たちとは違う意見は言えないっていう。それは意気地がないんじゃなくて、そういうふうにお互いに守りあっていかないとしょうがないこともあるんです。
 もっと言えば、栗田と合併する前の大阪屋にも経営危機があって、その時は楽天、大日本印刷、KADOKAWA、講談社、集英社、小学館。この5勢力6社が「大阪屋の累積した借金をチャラにしてあげるよ」と言ったから生き残っている。もしやらないとすると、大阪屋栗田の帳合で一番大きいのはジュンク堂になりますから、そこが連鎖して倒産すれば出版社も大きな取引を失うわけで、共和国にしてもうちにしても、バッタリいっちゃうわけ。良い悪いの話ではなく、どっちが得かどっちが損かという以上に、明日この業界が存続しているかどうかを決めている雲の上の人々がいるわけですよね。
 掛け率の見直しについては、その上位の人たちが一斉に変えましょうというふうに言わないかぎりは無理です。じゃあ実際に「変えましょう」って彼らは言っていないのかというと、一応言ってます。やってます。大出版社が悪だと言うわけでもなくて、彼らは彼らなりになんとかしなきゃいけないと思っているんですけれど、今までの商習慣をガラッと変えるところまではなかなかいかないんですよね。僕の考えとしては、再販制を撤廃するなら本当に撤廃する。値段付けは書店さんがしていい、という形だと思います。ただ、出版社自体もかつかつでやっているから、ここからさらに正味を落とすっていうのは、出版社的にも無傷ではいられない。正味問題まで切り込まれれば、何百社かは死ぬって思ってもらった方がいいです。しかも、小出版社だけが生き残れないのではなくって、実は大手もまずかろうと。

川崎:うんうん。

小林:大手よりも僕たちみたいな零細出版社の方が自転車操業なんじゃないですかと一見思えるんですが、実際は零細よりも所帯の大きい出版社の方が大変かもしれません。売れるか売れないかにかかわらず新刊を出して委託をすれば翌月100%、少ないところでも50%お金が入ってくる版元がある。特払いや内払いというやつです。さらに注文条件の出荷分はもちろん翌月に満額入ってくる。そうした好条件が常態となっている版元がいるわけで。そこが自分自身の歩みを止められるかというと、そういうものじゃないんですよ。
 私たち零細出版社は、新刊委託が翌月に100%入金されるなんてことはないです。返品を差し引いて売れた分だけが半年以上経ってから支払われる。注文条件で出荷しても、翌月に100%は入ってきません。「注文保留」っていうのがあって、注文で入れても半年間は30%支払いが保留されるんです。
 業界の中には「それは不公平じゃないか」と言う出版社もいるんですけれども、より大きな勢力が生き残るような仕組みになっているからこそ、零細もそのおこぼれに預かっているというふうに言える部分がないわけじゃないんですよ。だから、「大手出版社め!」とか簡単に言えるんですけど、じゃあ彼らがそれを止めて「僕らは明日から特権を捨てて公平にやります」なんて言ったら、例えば学術系のお硬い文庫は一冊も出せなくなるんじゃないでしょうか、多分。そういう余剰を生み出している条件があるから、その恩恵でああいう硬い本が出せるのだとも言えるわけだから。「平等になればこの業界素晴らしいですか?」というと、それはなかなか言いにくい。
 例えば、トランスビューとこの質問をくれた書店さんに付き合いがあるとすれば、正味の相談を工藤さん(トランスビュー代表)に言って工藤さんが嫌がるかというと、そんなことはないと思います。ズバリ言っていいと思う。でも、取次にそれを言えますかというと、取次は絶対に耳を貸さないでしょうね、残念ながら。出版社が取次に「正味下げますよ」と言うと、取次はOKとは言うだろうけども、その下げた分の取り分が書店さんに回るかどうかはまったくの未知数。なぜかというと、お金のやり取りを握っているのは取次だから。

下平尾:さっきから重要な話がいろいろ。

小林:めちゃめちゃ本質的な問題ですよ。

下平尾:トランスビューの場合、条件としては正味7掛ですね。これは、だからといって共和国の儲けになっているわけではなくて、むしろ書店ベースで考えた掛け率なんです。取次を使っていないので、本屋さんに3割入るけれども、うちに入ってくる分は、送料その他のなんだかんだがかかるので、実際には取次を使った中小零細出版社と変わりがない。それが基本なんですが、フェアをやってくださるところには共和国との直取引で特別条件で出したりとか、そういうことはありますね。

小林:そうですよね。それが本質だと思う。
 だから、トランスビューに限らず、書店さんが取次を経由して取っていた版元の本について、「直取引にできないか」って一応打診してみるっていうのは、一つのやり方だと思う。ただし、そのときに値段についてどうするか。買い取ってくださるなら値段は安くしたり。再販制に基づかなくていいと思う。

下平尾:それは私も賛成ですね。買い取ってくださるなら、本屋さんが200円で仕入れたものを1000円で売ろうが150円で売ろうがそれでいい。

小林:あるいは、レアリティの高いものと見て、3000円で売るとか。実際そういう原理でAmazonのマーケットプレイスは動いているわけですから(笑)。

下平尾:私もそういう市場原理があってもいいと思うんですよね。

川崎:じゃあ、この質問への答えとしては、書店側からの版元へのアプローチを密にしていけば、解決の糸口が見つかるんじゃないかということですかね。

誤植は初版本に刻印されたスティグマ?

川崎:では次の質問。

Q5:「『重版未定』の中の誤植に関するエピソード(第4話「見本出来」)での「本っていうのは《間違いを残す》ためにあるんだよ」という台詞に川崎さんが込めた意図は? 小林さん、下平尾さんのご意見も伺いたいです」

d04_008

川崎:私の意図としては、本・出版というメディアは第一に、時代時代の言説なり考え方なりを少し後の時代に残すためにあると思うんです。残すものが正当性を担保するものとは限らないし、限らなくていいと思っていて、「これ間違ってるな~」って自覚的でもいいし、後から見たら「これ間違ってるよ」ということが残っていても、当時を知る手がかりになると思うんですね。
 それこそ、我々が今から1944年10月発行の朝日新聞を見て「すごいなこれ」っていうことが起こってもいいわけですよ。間違いを残すというのが誤植の……まぁ誤植というよりは、本の役割なんじゃないかなと。いわゆる誤字脱字は良くないと思いますけど(笑)。

小林:とある出版社が、「誤植っていうのは初版本に刻印されたスティグマ、聖痕であって、それは初版本を買う者こそが得られる特権ですよね」ってものすごくポジティブに捉えていて、すげえなって(笑)。スティグマだって! 誤植OKだって!(笑)……とは言いませんけれども、かっこいいなと思います。肉体性を持っているっていうことなんですよね、本が。だから肉体にはいろいろな傷もありますよっていう。

下平尾:いままでの私の考え方を否定していただいて感激しました(笑)。私は本は基本的にリーダブルでなくてはいけないと思っています。そのためには誤植はないほうがいい。基本的には。版面もそうなんですよ。装丁から始まって版面まで、読んでてとにかくストレスがない本がいい。

小林:そりゃそうだ。

下平尾:私もやはり本というのは人間と同じように扱うべきだと思いますが、でも、スティグマ的なものは少ない方がいいと思っていたんです、さっきまで(笑)。でも、そう言われてみれば人間だって欠陥があるほうが面白いですもんね。アル中とか、ポンコツとか(笑)。

小林:それが買い手側にとっても……。

下平尾:買い手側もそういうふうに捉えてくれればいいんですけどね。書評なんかで誤植があるとか書かれると、「なんだそれしか指摘することがないならいい本じゃないか」とか内心では反論しながら、でもやっぱり凹むし(笑)。

小林:「だから許してね」とは僕らは言えないんですけどね。

その出版社ならではのブックデザインがあってもいい

Q6:小さな出版社にとってブックデザインの持つ比重と意味は?
 
川崎:共和国さんの本も月曜社さんの本も装丁がめちゃくちゃかっこいいから、この質問、私もすごく興味ありますね。

下平尾:共和国のデザインは、装丁に限らず基本的に宗利淳一さんにお願いしているんですよ。私の名刺はむろん、ロゴもそうです。宗利さんは以前の勤め先にいたときからすごく好きなデザイナーで、私が独立するときも相談したんですよ。そうしたら、「下平尾さんが独立するんならタダでも全部やるよ」って言ってくれて。それが本当に、すごくうれしかった。もちろん些少ですがちゃんと支払ってますけれども(笑)、でもその仕事量からしたら出血大サービスだと思います。それ以外の、チラシや新聞広告などの営業ツールは自分で作っています。

小林:デザイン料は1本いくらっていう感じなの? それとも年間契約?

下平尾:「1本いくら」ですね。前にいた会社よりは多く払おうというルールを自分の中で決めて……それにしたって、10年20年前にくらべたら少ないです。
 起業してからの最初の2、3年のあいだは、「出版社の名前はわかんないけど、あのハイブロウな装丁の本を出しているところがありますよね」って言ってもらえるようにしたかったんです。これは非常に重要だと、最初から意識していました。宗利さんがデザイン、装丁を担当してくれることで、共和国という会社のイメージになっているわけですね。いろんな方から素敵なデザイナーさんを紹介してもらったし、いまでもお声がかかりますが、それも宗利さんのおかげだし、とにかく最初に「タダでもいいからやるよ」って言ってくれたのは感動的にうれしかった。

川崎:相当な信頼関係があったっていうことですよね。

下平尾:もちろん意見の相違はあるんですよ、たぶんお互いに(笑)。ですが、資材もできるだけデザイナーの要望に応えるようにしています。出版社としては、紙代は安く抑えたいところですよ(笑)、でも、各社のロゴデザインがあるように、その出版社ならではのブックデザインがあってもいいかなと。

川崎:「ああ、あそこか」ってわかるデザインが押し出せるのは強いですよね。読者の方が本屋で見た! って言ってくれるのって大抵タイトルのことじゃなくって、“もの”としての存在感の事だったりします。それって色とか装丁とかブックデザインのことを言ってると思うと影響力って少なくないですよね。

別の版元から出ていたら、とシミュレーションします

Q.読者が限られるような本(人文書など)を作るとして、取次に口座を持っている版元から出した場合と、トランスビューに口座を持っている版元から出した場合と、最終的に売れる部数は変わると思いますか。

川崎:なかなか技巧的な質問が来ましたが、これ面白いですね。大手と同じ本を小さな版元が作って、最終的な売上部数って変わると思いますか? 例えば、あのドカンと売れたみすず書房さんの『21世紀の資本』(トマ・ピケティ著、山形浩生・守岡桜・森本正史翻訳/2014年)とか、どうですかね。

小林:これは、ないとは言えないですよね。大手の取次だったら書店は1冊からでも一応取れるわけですが、直取引の場合だったら1冊ずつ小口で送っていると送料ばっかりかかっちゃう。出版社側にとってはあんまり旨味がないんですよね。場合によっては逆ザヤになっちゃうこともある。

下平尾:定価が安い商品はどうしても逆ザヤになりがちですね。送料高いもん。

小林:出版社の規模も同じですよ。例えば月曜社で出すより、僕の古巣の作品社で出す方が、もっとたくさんの部数が売れたのではないかっていう仮説は充分に立証できると思いますね。営業力があるところは、それだけ受注を取れるっていうことになるので。取れるって言っても闇雲に取れるっていうわけじゃないんですが。実際にブランド力っていうのは馬鹿にできませんから。無名な出版社で本を出すよりは、有名なところで出した方がいいに決まっている。

下平尾:新潮社や講談社とかと、共和国、月曜社を比べたら、そりゃもう泥と東京タワーぐらい違う。

小林:まったくその通りですね(笑)。

川崎:私は作家でもあっていろんな版元から本を出すんですけど、その立場から考えると「この版元で良かったのかな」ってときどき思うことがあったりして。『重版未定』は河出書房新社で本当に良かったと思っているんですが、別の版元だったらどうかなってシミュレーションをしたりはしますよね、作家としてではなく編集者の立場として。どういう流れでどういう売れ方をするのかなって思ったりもするし、(出版社によって)本が行く棚が違うじゃないですか。

下平尾:よく「敏腕編集者」とか「いい編集者」って話題になりますが、そういうのは読者が決めるというより著者が決める部分も大きいですよね。ほら、川崎さんだったらいろんな版元の編集者を知っているわけで、いい編集者、悪い編集者がわかるんじゃない?(笑)

川崎:編集者として見ると、みんな私より優秀だと思っているんですけど(笑)。

下平尾:お互いに自分と合う/合わないというのはありますよね。そういうのも含めて、版元というのは編集者の後ろ側にある。「この編集者と仕事がしたいからこの版元から自分の本を出したい」と思っている著者訳者も少なくないと思います。私なんか憎まれてばかりなんで、なれるものならそうなりたいです(笑)。

「独立」と「継承」そして「在庫」

Q.「事業継承はどのようにお考えですか?」

小林:事業承継については、僕の代が終わって次の代に継ぎたいかってというと、全然考えていない。それは昔も今もまったく変わってないです。僕には子供がいますけど、たとえ成人してこの仕事を継ぎたいって言ってもやらせたくない。「それよりは自分のやりたいことやれよ」って言います。たとえば月曜社がある程度ブランド化できたとしても、森山大道さんの担当者が死んだとしたら、やっぱり人間関係ありきなので難しいと思うんですよね。正直僕は一代限りと思っています。

下平尾:さきほど打ち合わせのときにもその話が出ましたが、私も一代限りでいいです。やりたい人は自分でどんどん自分の会社を作ればいい。

川崎:私、「独立したいんだ」って最初に言いましたけど、さきほど店じまいの方が大事っていうお言葉を聞いて、まったくその発想はなかったので膝を打ったんですけれども。

下平尾:私が起業したときに参考にしたのは、『ペヨトル興亡史』(今野裕一著/冬弓舎、2001年)や『薔薇十字社とその軌跡』(内藤三津子/論創社、2013年)です。ペヨトル工房は意識的に自主廃業したんですよね。現在はステュディオ・パラボリカとして引き継がれていますが、自主廃業しようと決めたときにどういうふうに取次と精算するかとか、とても勉強になった。自分が起業するときに、身の引き方を意識しながらでしか会社を興せない、という思いは非常に強くありました。
 あと、これはちょっと余談めきますが、私はロックミュージックが大好きなんですけど、ビートルズとかレッド・ツェッペリンは――レッド・ツェッペリンはメンバーのジョン・ボーナムが死んだから仕方ないんですが――なんで解散するんだろうっていう、人間関係も含めた解散間際の状況にむかしから関心があったですよ。アルバムでいえば、ビートルズだと『レット・イット・ビー』『アビィ・ロード』とか、ザ・フーだと『イッツ・ハード』とか。だから出版社も自主的に解散するときにはどう解散するのかなっていうのがすごく気になっていて。性格が悪いだけかもしれませんが(笑)。

小林:承継のときに一番難しくなるのは、今ある会社の借金を誰が引き継ぐのか。大抵はみんな引き継ぎたくないわけなので、辞めていく社長には悪いけど全部背負ってくれ、となりますよね。事業承継の場合、借金を次の人に引き継がせないのが一番重要だから、先代が泣くしかないんですよ。

下平尾:あ、在庫をどうするかっていう問題がありますね。うちも含めてトランスビューと協業している零細出版社の人間も、いつかは死んでいくわけですよ、10年、20年も経てば、歯が抜けるように。そういうときに、トランスビューとの協業各社で協同組合みたいなのを作って在庫を売ることはできないかなと思っています。これはもちろん私の一存では実現できないわけですが。

川崎:在庫をうまく一斉に引き受けて処理するルートを作る……面白いですね。結局、出版っていうのは「書籍をのちに残すこと」という意味合いが大事なんじゃないかなって私は思うので、事業の承継についても忘れそうだけど考えなきゃいけないことですよね。

Q. みなさんの野望は何ですか?

川崎:野望はなんですかっていうことで。実務的には2017年になんとかして、漂流社というレーベルを立ち上げて――

小林:本当に?

川崎:はい。本当に本当に。これだけ今日いいお話を聞いたので、これ聞いといて「いい話だったな」と終わらせるほど馬鹿なことはないと思うので、立ち上げて。

下平尾:作ったときはまたなんかイベントやりましょうよ。

川崎:もちろんです。立ち上げる以上、本を作らなきゃいけないので、その準備を進めるのが目下の目標ですね。
 今のお話聞いて一番思ったのは、「2、3年やったけど無理でした~」じゃなくて、俺がくたばるまでは続けようかなっていうこと。これが野望です。

下平尾:ぜひがんばってください。

川崎:ありがとうございました。

『重版未定』重版出来イベントの記事を読んでくださり、ありがとうございました。イベントが実施されたのは2016年の12月末。あれから1年半が経過して、実際に「漂流社」がどうなったのかなどを、川崎昌平本人がこの場を借りて報告したいと思います。

立ち上がった漂流社

 結論から先に言うと、漂流社そのものはスタートしました。2017年8月に最初の書籍『労働者のための同人誌入門 vol.1』を刊行しています。著者は私、川崎昌平です。A5サイズ、108ページ、初版発行部数は100部です。同人誌即売会として有名なCOMITIA121の会場で発表・販売しました。うっかりその場で完売してしまったため、すぐに重版出来となり、2刷100部を用意しました。現在はCOMIC ZIN、他にはジュンク堂書店池袋本店地下1Fなどで購入することができます。
 続く『労働者のための同人誌入門 vol.2』を2017年11月に、『労働者のための同人誌入門 vol.3』を2018年2月に、『労働者のための同人誌入門 vol.4』を2018年5月にそれぞれ刊行しました。このシリーズはこれで完結です。(vol.2は初版200部、vol.3は初版100部で2018年3月に重版出来、vol.4は初版200部、また長らく在庫切れだったvol.1も2018年5月に3刷100部、重版出来となりました)。
 ただ、いずれも一般的な書店流通をしていません。ISBNコードは取得したものの、上記4冊には使用していない状況です。ですので、現状は「川崎昌平が自費出版している本の奥付に漂流社と記している状態」に過ぎないと言えます。法人化したわけでもレーベルとして書店流通しているわけでもありません。

vol1_cover

「同人誌」としてのあり方を探求する

 一般流通する書籍のあり方を現状採択していない理由はふたつあり、ひとつは単純に「時間がない」から。なぜ「時間がない」かと言うと……漂流社の書籍は、すべて私が書いているためです。自分で書いて、自分で編集していると、言い訳ですが、営業を中心とした出版社のメイン業務に割く時間がどうしても捻出できないのです。正直に白状すると、刷り上がった同人誌を「うちで扱いたい」と言ってくださる書店さんへの対応すら、現段階では満足にできていません(中にはせっかく取り扱ってくださり、なおかつ全部売り切ってくださったにもかかわらず、私がてんやわんやなせいで補充などの対応をお待たせしてしまっている書店さんもあるほどです)。
 そうした現状を改善する意欲はあります。ですが、一方で私は「同人誌としての書籍をより探求したい」とも考えており……それが書店流通を今のところ目指していないもうひとつの理由になります。
 同人誌の最大の魅力は、読者との距離が近いことにあります。書店流通しない以上、書籍の販売はイベント会場ですることがほとんど。すると、どうしても作者は読者とリアル空間でお会いすることになります。出版社で働いているとついつい見えない読者を勝手にイメージしてしまいがちになりますが、同人誌ならばどんな人が買ったのか、ほぼ確実にわかります。その場で意見や感想をいただく機会もかなりあり、「えっ、そこがおもしろかったの?」とか「ああ、やっぱりそう思いますか……」とか、作者としても編集者としてもとても勉強になるわけです。
 そして同人誌の最大の利点は、冒険できること。最初から2500部を考える必要はどこにもなく、ちょっとしたアイデアやひらめきをパッと本にしてしまえる(ほぼ3ヶ月に1冊のペースで100ページ前後の書籍を執筆・編集することが「パッ」であるかどうかは議論の余地があるとは思いますが……)のは、出版社勤務の編集者にはできません。こんな発想の本があったらおもしろいのにな……をすぐにリアルで実践でき、なおかつイベントで発表することですぐにフィードバックを得られる同人誌は、私が自分の思考を試すメディアとして、かなり有効に機能してくれていると確信しています。

丁寧に冒険を繰り返していく漂流社

 もちろん、現時点の漂流社の業態は、商売にはなっていません。4点累計発行部数880部、消化率(おそらく)80%程度、私が編集者と著者とデザイナーを兼ねているおかげで原価率は抑えられていますが、売上規模は数字で見れば全然大したものではありません(ちなみに原価はすべて私の私財でまかなっています)。最近になって編集者として人前で語ることも増えてきているのですが、いつまでも「まあ、私の編集する本はそんなに売れないんですが」と前置きするのもどうかなと思わなくもないので、たまにはヒットを飛ばしてみるかとこの頃思うようになりました。
 ですから、もう少し同人誌を基盤としながら「漂流社」としてのチャレンジを繰り返し、ある程度の資金と時間的余裕ができたら、「勝負を賭けた本」の出版もしてみようと思います。実際、企画としては進行しているものが何点かあり、うまくいけば2018年中に「書店流通する漂流社の本」がお届けできる予定です。
 それから最後にひとつ。いろいろと考えてきたのですが、漂流社の社是というか、目標というか、存在意義のようなものは、おそらくですが会社としての利益を追求することではなく、「本という文化を守る」ことにあるのだと思います。私が出版業界に関わるようになり、本はもちろん、出版文化そのものを愛して止まないようになって、10年が経過しました。本への感謝は尽きません。だからこそ漂流社は、本のために何ができるかを常に考え、いついかなるときも止まらずに行動を続ける、そんな「会社」でありたいと思うのです。

漂流社ロゴ完成

2018年5月22日 川崎昌平

[了]

構成:五月女菜穂、松井祐輔(NUMABOOKS)
写真:五月女菜穂
編集協力:中西日波


PRODUCT関連商品

重版未定2

川崎 昌平 (著)
書籍: 232ページ
出版社: 河出書房新社
発売日: 2017/5/29