INTERVIEW

小さな出版社と編集者の大きな夢:川崎昌平×下平尾直×小林浩
【前編】部数と販売方法の密接な関係

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 弱小出版社に勤務し、出版業界の荒波に翻弄される編集者を主人公に描いた、川崎昌平氏によるマンガ『重版未定』。本サイトDOTPLACEでの連載から人気に火が点き、2016年11月に河出書房新社から第1巻が、2017年5月には第2巻が出版されました。
 本ページでは、『重版未定』第1巻の重版出来(!)を記念して2016年末に開催されたトークライブの模様を、1年半の時を経てお届けします。物語の舞台である出版社「漂流社」を実際に立ち上げるのが野望だという川崎氏の前に立ちはだかる、圧倒的に素朴かつリアルな出版社経営に関する疑問。それらを月曜社取締役・小林浩さん、共和国代表・下平尾直さんという二人のゲストとともに紐解きながら、ひたすらニッチな出版トークが繰り広げられた前例のない一夜でした。
 “リアル漂流社”はその後1年で果たしてどうなったのか? イベント後の動向も予想しながら最後まで読み進めてみてください。連載の最後には、2018年現在の漂流社について、川崎氏のレポートも掲載します。
※当記事は、2016年12月27日(火)に本屋B&Bに於いて開催された「川崎昌平×下平尾直×小林浩 小さな出版社と編集者の大きな夢 『重版未定』重版出来記念」トークイベントを再編集したものです。

同時進行でも著者からみれば編集者は1人

川崎昌平(以下、川崎):今日はお集まりいただき、ありがとうございます。『重版未定』(河出書房新社)の重版出来の記念イベントとは言っているんですけれども、最初に趣旨を説明します。
 『重版未定』の作中に「漂流社」という名前の小さな出版社が出てまいります。私の野望の一つなんですが、この漂流社という出版社をですね、作ってみたい。マンガの中のフィクションの世界なんですけど、この出版社を現実に存在させてみたいと思っております。
 それでですね、偉そうにこんなマンガを描いてはいるんですけれども、私の編集経験は5、6年ぐらいしかなくてですね。小さな出版社を実現させて、社会の荒波の中で生きていくには! みたいなところを、先輩たちから教えていただけたらということで、今日はゲストをお招きしました。「月曜社」の小林さんと、「共和国」の下平尾さんです。よろしくお願いします。

会場:(拍手)

川崎:一つ、基本的なところから質問させていただければと思うんですけれども、出版社、編集者と言ってもいろいろあるじゃないですか。出版社が扱っているジャンル、あるいは編集者の嗜好、あるいはそれぞれの編集者が目指しているところ、社会のどの部分に本を届けようかみたいな理念、情熱もまちまちでございまして。いろんな本を作っているがゆえの、いろんな苦労があるんじゃないかなと思っていますので、まずは編集で苦労された経験なんかを教えていただけたらなと。

下平尾直(以下、下平尾):「共和国」の下平尾と申します。共和国という出版社をご存知の方がいるかどうか……。2014年4月に人文書や海外文学を主に出している水声社から独立して、それから独りでやっています。2016年12月末までで、既刊二十数点です。ところで、編集者として苦労した点というと、これはやっぱり人間関係です(笑)。

川崎:ああ……著者とのやりとり、とかですか?

下平尾:独立して自分で出版社やろうなんて人にそんなに善人がいるんでしょうか(笑)。こちらも研究者くずれなので、専門に近い分野だとついついエゴのぶつかり合いみたいなことになってしまう。布団に入ってから猛省するんですけど、だいたい後の祭りで(笑)。あるいは、どうしても時間がなくてゲラを戻すのが半年遅れた、1年遅れた、とか。そういうのが重なると苦しいですね……傍目には苦しんでいるようには見えないらしいのですが。なんか下平尾は酒ばかり飲んでて仕事してないじゃないか、とか(笑)。こちらが悪いときはひたすら謝るしかありませんが、でも、会社勤めのときの方が、そういうつらさは大きかったですね。

川崎:なるほど。お一人のときよりも?

下平尾:独りだとストレスは少ないですよ。自分が組織には向いていないことを、独立してから痛感しました。独りだと責任はすべて自分にあって、謝るのもすべて自分の責任ですよね。たとえば、奥付の「2016年」を「2014年」と間違えて刷り直しになったとしても、私が印刷屋さんに謝ればいいだけなんだけど、サラリーマンだと会社に謝って、社長に謝って、会議でネチネチと言われるのに耐えて……とか。でも、いまだったら、「ああやってしまった。ダメだな、私ってば」と。

川崎:心の底から謝れそうですよね(笑)。

下平尾:素直に反省する機会になるんですが(笑)、私みたいなダメ編集者は会社勤めだとなかなかそうはいかない。といって、社内で優等生にもなりたくないですしね(笑)。
 もう少し具体的な例を挙げますね。独りでやっていて大変だった作業といえば、今年(2016年)の春、ほぼ同時に3冊の本を出しました。小社では、DTPとデザインは友人にお願いして、編集はもちろん、それ以外の営業や事務作業まで基本的に全部自分でやっているんですが、助成金の関係もあって、その3冊を3月末までに出してくれといわれていた。そうでなくても年度末はそれなりにバタバタするのですが、助成金だって、こんなぽっと出の出版社に声をかけていただけただけでもありがたいじゃないですか。それで一手に引き受けたのですが、何がそんなに大変だったかというと、『日本文化に何をみる?』という本では著者が4人いて、それぞれ2本書いているので、原稿が8本ある。もう1冊、『第一次世界大戦を考える』という本では、執筆者がのべ60人ほどいる。そしてさらに『異端者たちのイギリス』という論文集にも著者が50人ぐらいいて、単純計算しても100名以上の著者がいるわけです。
 もちろん、早くから頂戴していた原稿も少しはあるんですよ。あるんですが、3月末に出すと決まっているものを10月から作業する編集者っていませんよね(笑)。そうしているうちに年が明けて、もうこれは勢いで突っ走るしかないと覚悟は決めていたのですが、著者が100人超えというのはさすがに楽ではなくて……。

小林浩(以下、小林):すごいな~。

下平尾:いずれもかっちりした論文集なので、しっかり原稿を読まなければならないし、DTPに出して返ってきたゲラも、1人で100人の著者に発送しないといけないわけですよ。紙でゲラを送るのだって、100人に送らなきゃいけない。そのゲラが返ってくるときも、紙で返ってきたりFAXだったり、最近はメールだったりPDFだったり。そうでなくても管理や整理が苦手なタイプなので、もう完全にお手上げで。それ以外にも銀行に行ったり打ち合わせに出かけたり洗濯したり晩飯作ったりするわけですから(笑)。

川崎:そうですよね、1日1人の著者とやりとりしたとしても、もう100日間全部潰れてしまう。

下平尾:著者からすれば編集者は私1人なんですが、こっちから見たら100分の1でしかない。圧倒的に非対称的な関係です。そのうえその3冊の著者はひとりも重複していないので、著者にはこっちの事情なんか関係ありません。でも、このときはDTPをお願いしている方が優秀な編集者でもあるので、赤信号を出してかなり助けていただきました。著者にもさぞご迷惑をおかけしたんだろうなと思うだけで、もう汗顔の至りです。
 独立すると資金繰りのことも考えなくてはならず。それが最大の責任でもあるわけですが、次の本の企画を考えるうえでも、資金繰りの面でも、まとまった現金収入は断れないし、締め切りまでに出さないとそれこそ責任問題に発展しますからね。だけど……という愚痴でした(笑)。

川崎:質問なんですけど、エゴの衝突みたいなものから生まれる良さってありますか?

下平尾:それが、実はあって。つい先日のことですが、前職時代にご一緒させていただいた方から、「今度また論文集を出さないか」って声をかけていただきました。「あのときは下平尾とはもう二度と仕事をしないと思ったけど、自分のゲラにガシガシ意見を言って赤字を入れてくれる編集者とまたやりたいと思ったから、もういちど声をかけたんだ」って。

小林:わぁ、めちゃくちゃいい話。

下平尾:自分の仕事にも意味があるんだなって、非常にうれしかった。

小林:なかなか言ってもらえないですよね。

川崎:その方は絶対、下平尾さんじゃなきゃダメだったってことですよね。

下平尾:編集者なんて佃煮にするほどたくさんいるわけじゃないですか。しかも、白水社から本を出したい、河出書房新社から本を出したい、月曜社から本を出したいっていう人はいるかもしれないけど、「共和国? 何じゃそりゃ?」っていうレベルですからね。
 小社には良くも悪くも下平尾しか担当者がいないので、とても光栄だし、自分の仕事を反省的に考える契機になりました。人間関係の中で私たちは生かされているんだなっていうことを思いましたよ。

川崎:ありがとうございます。反省することしきりですね。こう、著者と取っ組み合いの喧嘩みたいなこと、自分にはちょっと足りないんで、もう少しぶつかろうと思いました。

文化的な遺産を発掘する作業の必要性

川崎:小林さんも自己紹介を兼ねて、お願いします。

小林:月曜社の小林と申します。今日はガラガラ声なんですけど、ちょうど今日のイベントの前に、2本ほど打ち合わせがありまして、侃々諤々。まあいろいろあったんですよ(笑)。

川崎:お疲れさまです!

小林:苦労した本。下平尾さんがさっき結論をズバッと言われた通り、基本的に人間関係ですよね。僕は営業の仕事の方がより長くやっているんですが、編集だろうが営業だろうが、出版人は人間関係っていうものを仕事のメインにするものであって、そこで苦労しないっていうのはほとんどないですよね。どの本も苦労しているし、「苦労なく作りました」などというふうに軽々しく言える本は1冊もないわけです。
 逆にですね、「苦労しなかった本」というのはどういうことかっていうと、人間関係というものがより形式的な段階、つまり著者が死んでいる本ですね。

川崎:なるほど。いないですもんね、著者が。

小林:(苦労しなかったっていうのは)相対的にね。著者が死んでいて、なおかつ、著作権継承者がいない本。
 著作権継承者がいても、その方がゴリゴリに出版界に対して懐疑的な目を持っていたりする場合にはすごく難しいですが、お金とかじゃなくって、亡くなった方の著者の本が出るならば嬉しいと考えてらっしゃる方が著作権継承者の場合には、(編集作業は)やりやすい。
 それは日本の著者だろうが、海外の著者だろうがあんまり関係なくって。人文書で言えば、僕がやっているような哲学の分野で、たとえば海外にはジャック・デリダ(1930-2004)という有名な人がいますけど、まあ死んでからがめんどくさい。どこがどう著作権を管理しているのか、あっち行ったりこっち行ったりする場合もあれば、出版社側で翻訳をしても「翻訳書には訳者の解説を載せるな」とか言われる場合もある。だから、著者が死んでも著作権継承者が厳然と権利を継いでいる場合、かえって存命中よりも厳しい場合もあるんです。著者が存命中だったらもっと著者本人とやりとりができるから、「よっしゃよっしゃ」で進むんですけど(笑)。
 一番苦労しないのは、著作権がフリーになっていて、こちら側でどう料理しようが、誰かからクレームが来るわけではないっていう感じのときですかね。実際、今まで著作権フリーになっている著者でも、まだまだ再発掘する余地がある方っていうのは本当にまだまだたくさんいるわけで、「どう再評価するか」という手腕が問われるわけなんです。
 「重版未定」の第1話でも、「この本、どんな気持ちで作った」って聞いて「間に合わせようと思った」っていうやりとりがありますよね。そこに如実に描かれている通り、売る本がなければ出版社は動けないわけなんですが、ただそのサイクルがどうしてもスクラップアンドビルトになっちゃう。「せっかく作ったのに1年後には断裁します」みたいな、そういう世界ですから。

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[「重版未定」第1話「入稿」より]

 文化的な遺産っていうのは、本当は僕らが目を向けてないだけでたくさんあるはずなので、それを発掘していくっていう作業もどこかで出版社はやらなきゃいけないんじゃないかなと思うんですけどね。
 復刊とか復刻となると往々にして資料集とかが多くて、もう、素人の手の出る値段じゃなくなっている。僕はそういう本を出すのも商売としてはアリだと思うんだけど、日本の出版の遺産っていうものを耕すためには、もう少しやり方があるんじゃないかなと思います。

“営業担当を説得する材料”を編集者が集めきれるか

川崎:明治期・大正期の娯楽小説とかに、自分は興味があって。江戸川乱歩の時代には乱歩しかいなかったわけじゃなくって、同時代の大衆小説家っていっぱいいて。でも、尾崎紅葉って言ったって今の読者は知らなかったり、「金色夜叉」をギリギリ読んだことがあるぐらい。そういうものを小林さんがおっしゃる通りリバイバルして……著作権継承者がいないパブリックドメインの作品とかは狙い目だなと。

小林:できると思う。ただ、下平尾さんとか僕らみたいな、1人や2人でやっている出版社の場合、誰かが決断すればやろうっていう話になるんだけど、川崎さんがいる出版社のように組織としてカチッとしているところで、一編集者がそれをやろうとすると、「解説は誰に書かせるの」とか「帯は誰が書くの」とか……

川崎:「読者はいるの?」とか(笑)。

小林:そうそう。「誰が読むの?」みたいな(笑)。

川崎:「俺が読者だ!」って言いたいところはあるんですけど。

小林:ははは(笑)。そうすると、どんどん資料的なものになっちゃう。「3万円する本になりました」と。

下平尾:古い雑誌の復刻なんかもよくあるんですけど、あくまで雑誌なんで読者にとって本当に読み応えのある記事やページは実際には少なくて、単に資料的な価値として揃っているだけ、というものも少なくありませんね。
 前世紀中頃の探偵小説作家とか通俗作家とか、そういう作品を復刻するとなると、彼らの作品のクオリティーはもう玉石混淆なので、本当に面白い作品、現在の視点から読み返すことができる魅力をしっかり引き出せるかどうかが編集者の肩にかかっている。それは企画会議では誰とも共有できないかもしれませんが、本を出したときに実際にその面白さを何人と共有できるかですよね。

小林:川崎さんは実際、お勤めの出版社でそういう企画を今まで出されたことってありますか。

川崎:出そうとしたことはあるんですけど……たとえばですが、初刷り部数が2500部とか3000部だったときに、じゃあその企画は3000部の売上を担保できるのか。昔の本を復刻して3000人も買う人がいるのか。「大正元年に最も売れていた本なんです」と言っても意味ないわけですよ(笑)。現代においてそれが面白いか面白くないかみたいなところの、“営業担当を説得する材料”ってのが、僕の怠慢なのかもしれないですけど、集めきれない。なので、通らないことが多いですねぇ。やっぱり営業さんが一番書店に詳しいし、ということは書店を通して本を買う読者のことをよく知っている。だからこそ営業さんが首を縦に振らせるのは大事なんですけど、なかなかできないですね。

小林:それがひとり出版社、ふたり出版社の場合にはできるってことですね。

川崎:ご本人が「GO」って思えばいけちゃうと。

下平尾:そのぶん、何があっても全部責任を引き受ける。

川崎:なるほど。売れなくても、「営業が売れるって言ったじゃん!」っていう言い訳は後で通じないってことですよね。非常に勉強になります。

部数と販売方法の密接な関係

川崎:今回は『重版未定』の重版記念、ということで。おかげさまで拙著も重版ができたんですが、これがちゃんと売れるかも心配事でして。出版社にとって、重版部数をどうするかも大事なところだと思うんですが、お二人はどれくらいで重版していらっしゃるんでしょうか。

小林:うちは、例えば人文書の中でもガチガチの哲学書や博士論文とかは、一番少ない場合500部が初版だし、それを何年もかけてようやく売り切る感じ。うちが一番売った本は、2001年9月に出した、ジョルジョ・アガンベンというイタリアの思想家の『アウシュヴィッツの残りのもの ――アルシーヴと証人』っていう堅い本なんですけど、それが7刷までいっても、まだ累計1万部もいってない。

川崎:丁寧に刻んでいくんですねぇ。

小林:もう、500ずつとか1000ずつとか。どんなに多くても1000ずつですね。もちろん写真集とかになるとそういう刻みでは大変だからもっと作らないといけないけど、活字ものの場合には、かなり刻みますね。

下平尾:うちも初版は1000部、1500部とか。重版も最低ロットの500部、700部が多いかな。
 それでちょっと話はとびますが、共和国の場合は、月曜社さんはじめ多くの出版社とは違って、書店と直接取引をしているトランスビューさんに流通代行をお願いしているんですよ。

小林:トランスビュー自体も出版社なんですけどね。

下平尾:本の流通は、基本的には「出版社-取次-書店」という構造になっていますが、本の問屋さんのような役目を果たしている取次会社を通さず、直接書店に卸すということを意識的に始めたトランスビューという出版社があって、そこに流通を代行してもらっています。共和国の新刊が完成すると、トランスビューの倉庫に入れて、そこから事前注文のあった書店に送ってもらう。新刊ができあがってから取次の窓口で部数を決定してもらうことがほとんどないので、印刷所に発注をかける前におよその部数が見えています。「だいたい読者の数はこれくらいか」と。200部しか事前注文がないのに、3000部作ることは、まあしませんし、できません。
 とはいえ、うちが出している人文書だと、事前注文は200から300部、多くても500、600部です。本の内容にもよりますが、たくさん刷って、ばんばん取次に入れて、本屋さんには面で積んでもらって……という身の丈以上に自分を大きくみせるような従来のやりかたとは、意識的に距離を置いています。なので、初版部数も絞り気味ではありますね。

小林:それは何店舗くらいからの注文なの?

下平尾:一店あたり1冊とか2冊のところも多いので、注文をくださる書店の数はさらに少ない。そもそも共和国の知名度は、書店にもお客さんにもほとんどゼロに等しいので(笑)、どこかで知ってくれて理解のある書店が好意的に扱ってくれる、という感じかなあ。まだまだそれに甘えてる状態です。ですから、たまに売れそうな本があっても、重版で3000部刷るというのはまずありえない。それにそもそもそんな資金もないし(笑)。どうしても在庫を抱えたくないという気持ちが働くので、いつもギリギリを狙ってしまう。

小林:でも多分、3000部刷れるのは、3000部売るだけの営業力があるんですよね。仮に「3000部刷ったけれども1000部しか出荷してません」となると、2000部が倉庫に行くわけで。

下平尾:3000部重版して2000部が倉庫というケースが1点でもあると、共和国の体力だと次からそういうことができなくなる(笑)。

小林:うちの本で一番受注がある写真集とかだとトータルで500、600部配本するときもあるんですけど、堅い人文書になると100部とか200部ぐらいで、そのうちの90パーセント以上は事前注文で固めてますから。

下平尾:それはすごい。かなり堅実で理想的な数字ですが、そうなりますよね。

小林:トランスビューの場合には、池田晶子さんの『14歳からの哲学 考えるための教科書』(トランスビュー、2003年)っていうものすごいベストセラーがあって、あれがやっぱり人気商品になったからこそ、書店さんと直での取引ができる。たとえば月曜社みたいなところが、よく動く本もないのにいきなり直取引でやれるのかっていうと、それはかなり厳しいですね。
 月曜社は2000年の12月に創業したんですけど、その翌年の春にトランスビューが創業したんですよね。当時「トランスビュー方式」っていうのが業界的にすごく宣伝されたので、新たに出版社を立ち上げてそれを真似しようっていう方もいらっしゃった。けれども、その方は半年でお辞めになりました。要するに、“タマ”がないから。つまり、何でもいいわけじゃないんですよ。直取引をしてもらいたくなるぐらいの“タマ”じゃないと、注文が来ないから。

川崎:そこの魅力は絶対に担保しないといけないですよね。

小林:だから僕は思うんだけど、業界紙がトランスビュー方式について言及すればするほど、「あそこにはちゃんと成功の道筋があったからだ」って、誰かがちゃんと書くべきなんですよ。誰にでもできるってもんじゃないんです、あれは。

下平尾:ベストセラーでなくても、トランスビューの流通代行だと、本屋さんから注文が来ないといくら新刊をつくっても出荷できない。だから創業して最初に出すことになっていた本の注文が来るまでは、本当にドキドキもんでした(笑)。最初にファックスで注文をいただいた新潟の大型書店のご担当者さんの名前は、いまでも覚えています。
 起業するときにトランスビューの工藤秀之さんにお目にかかって相談したとき、自分のノウハウについて「誰でもできますよ」っていろいろ教えてくれたんですが、ぜんぜんできない(笑)。少なくとも私には、彼の作業をだまって見ている以上のことは無理でした(笑)。小さな版元が、納品書や請求書、新刊や既刊本の発送や管理といった事務作業を、無数の書店を相手に行なうのは、そしてそれを長く維持し続けるのは、能力的体力的にもかなり厳しいものがあります。

取次の大戦国時代へ

小林:僕は先輩から「小さい出版社は取次の大きな力を借りて、それで売っていくんだ」ということを教えられたので、取次の口座を取るっていうことを念頭に置いていたんですよね。
 実際に取次の口座を取るとなると、連帯保証人が必要なんですよ。連帯保証人というのは、自分の父親とか母親でいいかっていうとそうじゃなくて、中規模以上の出版社の社長レベルの人が何人か必要なんですよ、2人とか3人とか。これがすごく難しいんですね。実際、連帯保証人に喜んでなってくれる人なんていないわけで。

川崎:まあそうですよね。

小林:うちの場合には、連帯保証人になってくださる方がいて、取次の口座を開けることができたっていう経緯があるんです。
 僕自身も独立するまでは営業が中心だったので、取次の窓口の担当者とどう交渉できるかっていうのはわかっていた。
 そういうふうに、取次の窓口の担当者とやりとりしたことがあって、なおかつ連帯保証人を見つけることができるっていう、大きく見て2つのハードルを越えないと、なかなか取次の口座って取りにくいんですよ。
 昨今言われている「独り出版社」が、大手の取次とは付き合わずに、JRC(人文・社会科学書流通センター)ツバメ出版流通、トランスビューなんかに集中するのは、そのハードルを越えづらいからなんですよね。あとは、ミシマ社さんみたいに個別に営業活動をやっていらしたりだとか。本当は大手の取次も、これから芽生えていく新しい出版社をインキュベートしなきゃいけないから、取引や契約のやり方を少し変えていかなきゃいけないんだけれども。
 うちは300万円の資本金で有限会社を作ったんですけど、まだ1冊しか出していないのに、委託したばっかりの鈴木書店という取次がすぐ潰れてしまった(2001年12月)。1冊目を出した3か月後だったんですが、債権が200万円以上あったんですよね。今思えば、あのとき死んでてもおかしくはなかったんですけれども、鈴木書店の場合には“倒産”してくれたので、返品と相殺できたんですよ。
 それができなかった近年の例が、栗田出版販売(2015年6月に倒産。その後取次事業を大阪屋が吸収合併し大阪屋栗田を設立)だったりするわけなんです。栗田の場合は、負担を出版社に負わせることによって、帳合(取引先)の書店さんを守れたんですよね。だけれども、同じことができなかった太洋社(2016年3月に自己破産)は、出版社にも負担をさせられず、かと言って自分の帳合の書店さんに対してもうまい形でしまおうと思って、自主廃業の方に行きたかったんですけれども、いろいろ無理で。今度は出版社にしわ寄せが行かない代わりに、数々の書店さんが潰れるという……今は大戦国時代。とはいえ、大阪屋栗田が盤石なのかと言えば必ずしもそうじゃない。関係者の方がいたらごめんなさい(笑)。
 出版社をやりたいというときに、流通・物流に関してどこと付き合うのかっていうのは、意外と大事になりますよね。

下平尾:一番大事だと思います。本を作るだけなら編集プロダクションでもできるし、売るだけならAmazonやコミケのような巨大スペースもある。でも、どう流通させて書店や読者の元に届けるのかとなると、いまの小林さんのご指摘のように、個人の能力では無理なんですよ。
 私も小林さんはじめいろんな方に相談したし、自分なりに考えました。でも、上京してからまだ10年足らず、編集者あがりで取次とのコネクションもなければ、連帯保証人になってくれそうな大手中堅版元の社長もいなかったですから。そのうえ自社倉庫も持たず、自宅で、手ぶらで仕事を始めるしかなかった共和国の状況としては、トランスビューの条件がぴったりで、他に選択肢もなかったですね。よくこんなぽっと出の出版社を引き受けてくれたと、工藤さんには感謝しています。

小林:考え方によっては「Amazonだけでいい」っていう人もいるのかもしれないけれど。

下平尾:そういう人も増えてくるでしょうね。それがいいかどうかは別として。

小林:紙の在庫を持っている場合、どうしても倉庫は使わないといけない。

下平尾:うちがトランスビューに取引をお願いしようと思った最大の理由のひとつは、倉庫について考えなくてすんだからです。他の小取次のかたにも話をうかがったのですが、倉庫は自社で契約する必要があるところが少なくなかったので。

川崎:そこの問題は絶対に小さくないですよね。

小林:ここのところの取次の危機の中で、もっとも表沙汰にならなかった本当の危機っていうのは、倉庫問題なんですよね。例えば月曜社が使っている倉庫は、河出書房が一回倒れた時に派生した会社のうちの一つ。作品社も同様に派生した会社の一つです。月曜社は二人とも作品社の出身なんで、河出さんにとってみるとうちは孫会社的な系統付けになる。
 その倉庫会社が扱っている版元っていうのは、だいたい40社ぐらいあるんですよ。たとえばそのうち、大きめの版元がどこかまずくなるとするじゃないですか。そうすると倉庫にお金が入らなくなって、倉庫の業務ができなくなる。そうなると月曜社も共に死ぬという……実は、こうして見えないところで連鎖する可能性がものすごくあるんです。
 なので、下平尾さんにとってのリスクっていうのは、トランスビューさんがどうにかなること。

下平尾:そうですね。現状では工藤さん個人におんぶに抱っこですから。そこは同じようにトランスビューに取引を代行していただいている友人各社と、いつも議論になるところです。

小林:だから、生き残るためのまったくリスクのない方法っていうのはないんですよね。

川崎:確かに倉庫の話は忘れがちですね。この業界には5、6年ほどいますけど、恥ずかしながら自分は倉庫を見たことがない編集者でございまして……まずいっすよね(笑)。反省しました。

下平尾:いちど倉庫に見学に行ってみるといいですよ。ついでに断裁の現場にも行ってみるとおもしろい。おもしろいと言っては語弊がありますが。共和国では断裁はしない方針ですが、自分が作った本が断裁される瞬間を見ておくと、本の作り方が変わりますよ(笑)。

川崎:涙が止まらない予感はしますよね。

下平尾:涙が出るだけまだ……(笑)。

川崎:「ああそうか、まだ人の心があったのか俺は」っていう発見があるかもしれない(笑)。

[後編に続きます]

構成:五月女菜穂、松井祐輔(NUMABOOKS)
写真:五月女菜穂
編集協力:中西日波


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