COLUMN

越前敏弥 出版翻訳あれこれ、これから

越前敏弥 出版翻訳あれこれ、これから
第6回:全国翻訳ミステリー読書会

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※本連載のバックナンバーはこちら

第6回 全国翻訳ミステリー読書会

 

前回の「出版翻訳の印税や契約について」にはかなりのかたがアクセスしてくださったようで、感謝している。

 

そのような話題に興味がある人が多いのはわかるが、前回の最後にも書いたように、いまいちばん考えたいのは未来の読者をどうやったら増やしていけるかであり、今回から3回(4回になるかもしれない)はそのために自分や身近な人たちがどんなふうに取り組んでいるかをおもに紹介していく。

 

まずは、全国でおこなわれている翻訳ミステリー読書会の話。
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8月下旬に第10回熊本読書会に参加してきた。大震災があったのが4月中旬。もともとはその1週間後に予定されていたのだが、さすがにそのときは開催できず、延期せざるをえなかった。その後のテレビなどでの報道を見るにつけ、これはそう簡単には再開できまいと思っていたが、なんとわずか4か月で復活の運びとなった。しかも、過去最高の17名が集まったのだから驚きである。

 

どんな内容だったかについては、翻訳ミステリー大賞シンジケートのサイトにあるレポートを読んでもらいたいが、わたしがこれまで何十回か参加してきた全国読書会のなかで、最も楽しく充実したもののひとつだったのはまちがいない。

 

老若男女が入り乱れて和気藹々と元気に感想を語るさまは、全国の読書会でよく見られる光景だったが、レポートにもあるとおり、参加者の大半はわずか4か月前には避難所生活や車中泊を何日も体験していた。

 

また、その日の市内繁華街は何事もなかったかのようににぎやかだったものの、翌日に案内してもらった隣接地域では倒壊したままの家屋を何十軒も目のあたりにしたし、通行できない道もまだいくつかあったし、熊本城は金属のやぐらでかろうじて支えられている状態だった。

 

そのようななかで翻訳ミステリーの読書会を開催することになんの意味があるのか?

 

――もちろん、意味はある。いや、大いにあると思う。今回の参加者の発言のなかで、震災後の落ち着かない日々から元の日常へ還っていくために、読書が心の支えやよい気分転換となったので、読書会への参加を決めてほんとうによかったというものがあった。たしかに緊急事態においては、書物は問題の直接的な解決には結びつかないが、ある程度落ち着いてきたときには、さまざまな形で大きな力を持ちうる。もちろん、翻訳書である必要はないが、日常とはかけ離れた世界を題材とした作品のほうが有効な場合もあるだろう。

 

翻訳出版にかかわる者として、今回の熊本行きは、この仕事をつづけていく意欲をさらに掻き立ててくれるよい機会だった。

 

地図を見てもらうとわかるとおり、現在、翻訳ミステリー大賞シンジケートが後援する読書会は全国に20か所以上ある。同じく被災地である福島の読書会が立ちあがったのは、東北の大震災から半年余りのころであり、全国でも5番目か6番目、かなり早い時期のことだった(第1回のレポートはここ。クリスティの作品名を隅々までちりばめた力作である)。熊本も福島も、その後に加わった仙台も、出版業界とは無関係の一般の愛好家のかたが長く世話人をつとめてくださっている。どの読書会も時間を忘れてしまうほど楽しく、これからも可能なかぎり参加したいと思っている。

 

全国のさまざまな読書会の成立事情など、くわしい話はわたしの著書『翻訳百景』の第四章にまとめて書いたので、ぜひ読んでもらいたい。ほかにも、翻訳ミステリー大賞シンジケートの「読書会ニュース」には各地の告知文やレポートがまとまっているし、ツイッターでは「#翻訳ミステリー読書会」のタグで随時発言がおこなわれている。

 

読書会の参加者などせいぜい15人か20人で、それももともと愛好者だった人が多いので、読者層をひろげる効果はほとんどないのではないかと考える向きもいるだろうが、これまでの経験から言うと、けっしてそんなことはない。

 

たとえば、全国の世話人や参加者たちがツイッターで各地の読書会のことを話題にし、にぎやかに楽しげに論じ合ったりふざけ合ったりすることで、それを見ていた人たちが「なんだかおもしろそうなことをやってるじゃないか」と感じて参加を申しこんできた例はいくらでもあり、そういった相乗効果は非常に大きい。読書会に参加しなくても、課題書に興味を持ってくれれば、それだけでもじゅうぶん意味はある。

 

また、あちこちの読書会で、新しい人たちに参加のきっかけを尋ねてみると、ひとりで本を読んでいてもつまらないから「読書会」というキーワードで検索して見つけたという人がとても多い。先日の熊本でも、そういう20代の参加者3人に会った。そんな話を聞くたび、とりあえず場を作ること、なんでもいいから機会を作ることの大切さを実感させられる。

 

だから、全国の読書会を可能なかぎり支援して、輪をひろげていくことが、一見遠まわりなようで、実は読者を増やしていく近道であるとわたしは信じている。

 

また、『翻訳百景』の最終節で紹介した「ことばの魔術師 翻訳家・東江一紀の世界」のように、トークイベントと書店フェアと読書会を連動させて本の魅力を伝えていく試みはかなり有効だと思うので、何かの機会にぜひまたやってみたい。いや、実は11月から12月にかけて実施すべく、すでに計画をはじめている。

 

連動と言えば、つぎにわたしが主催・参加する予定の読書会は11月12日の第2回徳島読書会だが、これは『最後の晩餐の暗号』という作品を課題書として、近隣の大塚国際美術館(「最後の晩餐」新旧版をはじめ、世界じゅうの名画をもとにした陶板画を1,000点以上集めた日本最大の私立美術館)への来訪を事実上セットにした企画である。

 

そういう形で、美術作品に興味のある人を新たに翻訳ミステリーの読者として取りこんでいきたい、というのがこちらの狙いだ。これに似た試みは、全国の読書会でしじゅうおこなわれていて、世話人の人たちがつぎつぎ出してくるアイディアの豊かさにはいつも圧倒される。

 

ここまで読んで少しでも興味を持った人は、ぜひどこかの読書会に一度参加してみてもらいたい。想像以上に楽しく有意義な経験ができることをお約束しよう。また、自分の住む地域で開催されていないけれど、なんとしてもはじめたい人がいらっしゃったら、わたしのブログ「翻訳百景」、または翻訳ミステリー大賞シンジケートの公式アドレスに連絡してもらえれば、可能なかぎり相談に乗りますから、気軽に声をかけてください。かならず、わたし自身がお返事します。

 

【第6回:全国翻訳ミステリー読書会 了】

 

◎10月、11月のお薦めイベント

・10月22日(土) 18:00~19:30
小説と映画で『インフェルノ』を二度楽しむ
単独トーク:越前敏弥
会場:朝日カルチャーセンター・大阪中之島教室

 

・11月5日(土) 15:30~17:00
小説と映画で『インフェルノ』を二度楽しむ
単独トーク:越前敏弥
会場:朝日カルチャーセンター・東京新宿教室

 

・11月12日(土) 17:15~19:00
翻訳ミステリー徳島読書会
会場:ホテルアドイン鳴門

※同日、大塚国際美術館で越前敏弥による「インフェルノ」関連のトークショーあり


PROFILEプロフィール (50音順)

越前敏弥(えちぜん・としや)

文芸翻訳者。1961年生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『インフェルノ』『ダ・ヴィンチ・コード』『Xの悲劇』『ニック・メイソンの第二の人生』(以上KADOKAWA)、『生か、死か』『解錠師』『災厄の町』(以上早川書房)、『夜の真義を』(文藝春秋)など多数。著書『翻訳百景』(KADOKAWA)『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』(ディスカヴァー)など。朝日カルチャーセンター新宿教室、中之島教室で翻訳講座を担当。公式ブログ「翻訳百景」。 http://techizen.cocolog-nifty.com/


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発売日 2016/2/10