INTERVIEW

池澤夏樹電子出版プロジェクト 記者発表レポート

池澤夏樹電子出版プロジェクト 記者発表レポート
2/2「紙で作った本に対するリスペクトと、それに対する貢献を忘れない。」

池澤夏樹記者発表バナー

作家・池澤夏樹氏がこの7月から、自身の作品の電子出版をとうとうスタートさせました。これまでほとんどデジタル化には応じてこなかったという彼の作品群。これらを、元の出版社にも利益が生まれる新たな体制を整え、長期的にリリースしていくこのプロジェクトのパートナーは、池澤氏ともこれまでに何度か〈デジタル×出版〉の試行錯誤を共にしてきた株式会社ボイジャー。
池澤氏の作品はボイジャーの開発した電子出版ツール「Romancer(ロマンサー)」を介してデジタル化され、入手しづらくなっていた過去の作品も電子版としてよみがえります。
プロジェクトの皮切りに国際文化会館で開催された記者発表の、池澤夏樹氏の講演の模様、そして質疑応答の内容をほぼノーカットでお届けします。

前編「新しいメディアは新しい文化を引き出し、次の文明に何かを加える。」からの続きです

元の出版社にも利益が回るビジネスモデルを

 みなさん本当に気になっていらっしゃると思うのですが、今になってボイジャーと一緒に電子出版をやろう、となった時に一番問題となるのは「元の本を出した出版社の立場はどうなるんだ」ということです。
 僕は自分一人で本が作れるとは思っていません。これから作家になろうと一人で頑張って、非常にたくさんの労力を一冊の本に費やしている「やがての作家」たちに比べると、僕の場合は生産量も多いし、編集者たちの手伝いを必要とする。それはこの先も変わりません。時には企画から一緒に作って、書いている途中もずっと相談をして、それをゲラにしてもらって、校閲や校正をして頂いて、装丁についても編集者と相談しながら進める。そうして作業を分担して一冊の本を作ったという認識と、その恩義は僕の中で全然変わっていません
 ボイジャーと電子本を出す場合は、元々の本を作ってくださった出版社の側にもそれなりのギャランティーが生じるというシステムにしました。元の本を出してくれた出版社を見捨てて、こっちだけで勝手に出すわけではない。電子版で売れるたびに、それなりのお金が元の出版社にも回るようになっています。

 それからもう一つ、これは大事なことなんですけれども、先ほど鎌田さんは「僕と長い間ずっと一緒にやってきたから」ということを言ってくださいました。それはそうです。しかし、こういう形で自分の本を次々に出していく相手としてボイジャーを選んだのは、今回の「Romancer」のようなシステムを含め、僕にとってはボイジャーしかいないからで、僕にとってボイジャーはOnly Oneです。ですが、ボイジャーにとって僕はそうではなく、One of themです。だからこそ、僕とボイジャーが特別に親密な仲だからこの電子出版プロジェクトが始まったのではなくて、ボイジャーの作ったシステムの価値を認めて僕は仲間に入れてもらった。「最初ですから、少し派手にやろう」と言って今回は次々に本を出すことにしましたけれども、それは友情の試みではなく、ビジネスの取り引きです
 
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天使が出版する

 お配りした資料の中に、僕の書いたマニフェストと言いますか、「天使が出版する」という紙が1枚あるかと思います。電子出版には質量がない、かさばらない、たくさん手元に置いておける。そういうことを“天使”になぞらえた。天使って、質量がないんですよね。受胎告知の時だけ、相手がマリア様だからひざまづいているけれども、だいたいは宙に浮いています。質量がないというのはつまり、肉体がないということです。ある時、神様が周りにいる天使たちに「君たちも座りなさい」と言ったら、「神様、私どもにはその部分がありません」と言ったという話があります。天使にはお尻がないらしい。

会場で配布された、池澤夏樹氏による電子出版プロジェクトの宣言文「天使が出版する」

会場で配布された、池澤夏樹氏による電子出版プロジェクトの宣言文「天使が出版する」(画像クリックでPDFへ)

 そういう風にして、質量のない新しいメディアを、恐る恐るではなく満を持して、皆さんのもとにお届けしたいと思っています。
 今日はありがとうございました。

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電子出版ならではの機能とその現状

——それでは、質疑応答に入ります。

Q1:ボイジャーの方に質問です。今回、本の中身を横断して語句などを検索する機能というのはあるのでしょうか。

鎌田純子(株式会社ボイジャー 代表取締役):将来的にはそういった機能は付くと思います。私も正直言いますと、読む時は紙の方が読みやすいと思うんですね。ただ、その後「あれはどこに書いてあったっけ?」というような時は「なんで電子じゃないんだ」と思うんです。しかし、その一つの延長線上にある、本と本の間をまたがった検索機能については、デジタルライツマネジメントの問題や書店側・出版社の意向などがあり、まだ導入できてません。ですが、私自身はこれについて解決されなければ、電子本の将来はかなり狭いものになってしまうと思っています。

株式会社ボイジャー 代表取締役、鎌田純子氏

株式会社ボイジャー 代表取締役、鎌田純子氏


 ボイジャーは自社のことを小さい会社だと言っていますが、実際にとても小さいんですね。ですのでやれることには限界があり、一つの会社ですべてがカバーできるという風には思っていません。しかしそういうシステムが必要で、現状はあまりにも不自由なんじゃないかという機運はだいぶ高まっているような気がします。これは個人的な見解ですが、今の小学生・中学生・高校生・大学生——こういう人たちが5年10年経って社会人になった時に「インターネットでこれだけできたことをどうして本はできないんだ」ということを必ず思うことになる。その“必ず思うこと”にはもう戸は立てられないと思います。ですから、ボイジャーが単独で(横断的な検索機能をはじめとした要望を)実現させられるとは考えておりませんが、おそらく現実のいろいろな制約を破ってくる技術は必ず生まれてくるという風に思っています
 
 

出版社とシェアする売り上げについて

Q2:電子本の売上の一部が元の出版社に入るようになるというお話がありましたが、詳しくはどういったシステムになっているのでしょうか。

萩野正昭(株式会社ボイジャー プロジェクト室室長):今回の池澤さんとのプロジェクトの執行をしております、萩野と申します。
 まず、ボイジャーは電子出版を始めるにあたっての最初の原則として、ずっと考えてきたことがあります。それは、このビジネスを行う上で掛かった経費をトップオフ(※あらかじめ販売価格から天引きしておくこと)して、残りを出版社であるボイジャーと作家で折半する、という原則です。もちろん経費がとんでもなく大きいものであったらこれは言葉遊びになってしまうのですが、だいたい経費として、販売価格の20%くらいを目安としています。ですから、残りの80%を作家と出版社、つまりボイジャーとで半分ずつ分けることを目標としています。これはあくまで目標ですから、現実的には作品によって色々な差があるということは考慮して頂きたいのですが……その上で、作家が取るべき割合は30%を下るべきではない、という考え方を持っています。価格の30〜40%、あるいはそれ以上の規模でやっていこう、ということで動いていて、今回のこのプロジェクトも、その原則に則っています。
 それから、池澤さんが先ほど大変重要なことをおっしゃっていましたが、紙で作った本に対するリスペクトと、それに対する貢献を忘れない、ということです。本によっては元の出版社から本のデータをそのまま頂くという場合もありますし、そうでない場合もあります。しかしいずれにしても、元の出版社へのお支払いを前提にしています。

広瀬智子(株式会社イクスタン 代表取締役):株式会社イクスタンの代表をしております、広瀬です。イクスタンがどんな会社かといいますと、基本的に池澤夏樹のマネジメントをしている会社なのですが、同時に企画・編集なども行っておりまして、その流れで今回、池澤夏樹の作品の電子出版プロジェクトにあたり「impala e-books」という名前のレーベルを立ち上げました。その電子本の具体的な制作の部分をイクスタンの方でやらせて頂いております。
 池澤の方からも先ほど、今回のプロジェクトは新しいビジネスモデルであると申し上げましたが、その中で非常に重要なのが“元の出版社の方と売り上げをシェアすることを前提としている”点にあると思っています。
 元の出版社と池澤との間で、どのような形で売り上げをシェアするのか。例えば、出版権が切れているかいないかということもありますし、あるいは現在書店で売られているかどうかということも影響してきます。あとはデジタル化する際に利用できるデータをご提供頂けるかどうか、といったように状況に応じて割合は決まっていきますが、基本的に出版権が生きている状態で出版する場合は、電子書籍の売り上げの10%は元の出版社さんの方にシェアしたいと考えております。データを頂ける場合にはまたさらにプラス、ということもあります。この先しばらくは、すでに紙の本として出版されたものからの電子化が続くのですが、いずれは新刊として動かす企画もあると思いますし、その時はやはり、本を作る過程においてどういったシェアが一番良いのかということを検討しながら決めていきたいと思っています
 
 

これまで書いてきたものを一通り並べてみたい

Q3:今までご自身の作品の電子化の話はすべて断ってこられたけれども、ボイジャーという会社の存在があった上で、池澤さんにとって “電子出版の機は熟した”のだとお話されていました。そのあたりをもう少し、池澤さんご本人から詳しくお聞かせ頂けないでしょうか。

池澤:今まで、出版社の方々から電子化の打診をされながらもお受けしなかったのは、言い方は難しいのですが、「本当にそれを熱心にやる気があるのかな」と不安を覚えたからです。「とりあえず電子版も押さえておこう、この先どうなるかわからないから」というのはつまり、はっきり言ってしまえば「マーケットはまだ熟していないかもしれないが、唾を付けておこう」という、それくらいの熱意にしか僕には感じられなかった。そして、それが印税率なんかに反映されるわけです。コストが掛かるから、あるいは少ししか売れないから、今はこのくらいの印税率でお願いします、という言い方をされると「それならばもう少し時期が熟すのを待つかな」というのが僕の姿勢だったと思います。
 ボイジャーと話を進めようと思った理由は、とにかく僕が納得できる数字であったことです。掛けたコストに対して、在庫を抱える必要がない、紙代がいらない、印刷もいらない、データそのものが本になる……「それなのに印税率はこのくらいなの?」というこれまでの疑問に対して、明快かつ合理的に今回のモデルを提供してくれた。それならばやってもいいな、と思いました。
 それから、どうせやるのであれば僕がこれまで書いてきたものを一通り並べてみたい。なぜならこの先、紙で個人全集を出すのはきついですから。あの丸谷才一さんの全集を出すのですら、様々な出版社に当たってさんざん苦労したんです。「紙の場合はこんな大変なことになってしまうのか」と知った。最終的に文藝春秋が立派な本を作ってくれましたけれども、それでもたったの全12巻です。本当はすべての著作を入れて全30巻くらいにしたかったんですけれどね。それもまた時代であるとするなら、念のために僕の書くものはすべて電子化しておけば、とりあえずは手に入るし、読むことができる。ボイジャーのプランは、僕にその覚悟を決めさせるくらいの有望なプランだと思ったんです。

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[池澤夏樹電子出版プロジェクト 記者発表レポート 了]

構成:後藤知佳 / 編集協力:隅田由貴子 / 撮影:祝田久(ボイジャー)
(2014年7月1日、国際文化会館にて)

 
 
 

池澤夏樹・電子本シリーズ新刊
『新世紀へようこそ+』/『続・新世紀へようこそ+』
9月11日同時発売。

 
2001年9月11日、米同時多発テロ。世界が震撼したあの日から、世界は一歩でも平和に近づいているでしょうか。9・11を機に作家・池澤夏樹がリアルタイムで発信し続けたメールマガジン「新世紀へようこそ」を、13年後の今日ふたたび、電子本としてお届けします。あの日から始まり今日まで続く世界の原理が、どんなものであるかを知るために。そして私たちがたどるべき道を知るために。

◎ボイジャーの公式ストア「BinB Store」ほか、各種電子書籍ストアにて販売中。
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(全13タイトル配信中、今後も続々刊行予定)


PROFILEプロフィール (50音順)

池澤夏樹

作家。1945年北海道帯広市に生まれる。小学校から後は東京育ち。以後、多くの旅を重ね、3年をギリシャで、10年を沖縄で、5年をフランスで過ごして、今は札幌在住。 1987年に『スティル・ライフ』で芥川賞を受賞。その後の作品に『マシアス・ギリの失脚』、『花を運ぶ妹』、『静かな大地』、『キップをなくして』、『カデナ』など。東北大震災に関わる著作に長篇エッセー『春を恨んだりはしない』と小説『双頭の船』がある。最新作は小説『アトミック・ボックス』。2011年に完結した『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』に続いて、この年末から『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』を刊行の予定。 http://www.impala.jp/