COLUMN

田内万里夫 SUB-RIGHTS

田内万里夫 SUB-RIGHTS
13: Bright Lights, Big City

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海外の本を自国で刊行する翻訳出版には、契約を成立させるための業務を担う「版権エージェント」という職種がある。このテキストは、一般社会ではあまり聞き慣れない職種「版権エージェント」の仕事、またそこから見聞きすることになった知られざる翻訳出版小史を伝える自伝的小説になっていく予定だったが、どうだろうか。連載タイトルの「SUB-RIGHTS」とは、著作権の二次的使用を意味する用語である。日本と海外の架け橋となったスコットランド人の版権エージェント、師であったウィリアム・ミラーへ追悼の念を込めて書き綴っていく。
※この物語は、概ね事実を元にしていますが「フィクション」です。登場する個人名・団体名の一部は架空名、もしくはプライバシー保護の観点から仮名にしています。
Back Numbers

 赤い顔をしたフィーロンさんが頭から湯気を立て、オフィスを忙しなく無軌道に歩き回っている。社員達は危機を回避しようと、目の前のパソコンや書類などにできる限り顔を近づけて息をひそめる。紙をめくる音、キーボードをタイプするカチカチという音、そしてフィーロンさんの引きずるような足音。……エアコンが空気を吐き出す音や、蛍光灯の安定器の立てる微かなノイズがまるでセミの鳴き声のようだ。
 四半期ごとに一度、フィーロンさんは社外役員の筆頭であるジョンさんのところへ事業報告に出向くことになっている。有楽町電気ビルの一角にジョンさんの経営するオフィスがある。役員の筆頭といっても保有している株式は30パーセントであり、フィーロンさんと対等だ。だが、フィーロンさんが日本にやってきてこのエージェンシーを立ち上げた1970年代の終わり、ジョンさんはすでに東京で興した貿易会社を軌道に乗せており、出資者としてのみならず、会社経営から東京での新生活に至るまで、あらゆる物事の相談役としフィーロンさんをバックアップしてきた人物だ。ロンドン時代はもっぱら編集者としての華々しいキャリアを築き上げたフィーロンさんだが、当時は出版社の経営に携わったことで手痛い失敗も経験している。生粋のビジネスマンとして成功を積み重ねてきたジョンさんとの力関係には、そのことも少なからず影響を及ぼしている。生活のパートナーである馬場さんを除けばフィーロンさんにとって頭の上がらない唯一の相手が、ジョンさんだ。二人はおなじくスコットランド出身の同世代、読書家にして大の芸術愛好家でもあり、共通項は少なくない。ただ、フィーロンさんが社会主義者のレトリックで物事を語りたがる傾向にあるのに対し、ジョンさんは資本主義者としての徹底した合理性を以てそれに応じる。開けっ広げで大らかなユーモアを好むフィーロンさんとは対照的に、ジョンさんはまるでナイフの切れ味を試すかのようにシニカルな冗談を飛ばす。
「一昨年から去年にかけては、長く中核として頑張ってきたエージェントの原君がマイクロソフトへの転職を決めた影響が小さくなかった。正直なところ、打撃だったよ。好景気には助けられたが、ライバルであるタトルやユニと商売を争うには、なかなか厳しい年だったと白状せざるを得ない。特にユニがアグレッシブで、うかうかしていると我が社のクライアントにもぐいぐい食い込んでくる。遠慮も何もあったもんじゃない。ありゃまるでゲリラ戦だ」
「それをゲリラと呼ぶのなら、きっと目の届かないところでやられてるってことだろう? そんな状況をどうして放っておくんだ」
「注意を怠っているわけじゃない。できるかぎりのことはやっている。でも、うちは10人しかいない会社だ。ユニがだいたい20人、タトルは更にその倍の規模。多勢に無勢だが、みんな臆せず良くやってくれている。原はおっとりした男だが仕事は誠実そのもので、業界内での信頼は厚かった。しかし彼も四十手前とまだ若い。新しいことにチャレンジしたいという気持ちに水を差すわけにもいかないだろう」
「なるほど。マイクが仕方なかったというのなら、それは仕方ないことだったのだろうね」
「原の未来に幸あれだよ。ここ数年、彼が長い暗い夜に沈み込んだような表情で過ごしていたのは知ってのとおりさ」
「確かに、夜明け前の暗闇は、たくらみを実行するには打って付けの時間帯と言えるかもしれないな」
 ジョンさんはブルーがかった灰色の目でフィーロンさんを覗き込む。さっぱりとした頭髪も、細いペンシルストライプ柄のスーツも明るいグレーだ。
「しかしだよ、マイク。そのマイクロソフトにしたって出版業界の版権業務の経験者に片っ端から声を掛けてはフラれていたそうじゃないか。なぜ原はそんな選択をしたんだ? もしかしたら彼も結局、三輪とうまく折り合わなかったんじゃないのか?」
「いや……。とにかく人柄に恵まれた原のことだ、転職を機に、彼がまた晴々とした人生を切り開くことを期待しようじゃないか。改めて乾杯だ! マリオもこの三月で丸一年になる。きっとすぐに面白い仕事をするようになるさ」
 そうだろう? と、こちらを向くフィーロンさんの目はまるで心配事などなにもないかのように笑っている。
 ジョンさんは、好きにしろとでも言いたげに口の端を歪めて笑顔に似た表情を作り、フォークに刺した肉料理を口に運ぶ。シルバーと肉の脂がシャンデリアの光を乱反射する。
 サントリーホールでのフランツ・リストのプログラムのあとで流れた原宿のフレンチ・レストランで、その夜の演目に関する批評を披露しあうのもそこそこに、ふたりのあいだで始まった経営にまつわる議論はあくまでもカジュアルな風だが、互いに遠慮もない。決算期が近づいている。入社して一年が経とうとしているがまだまだ新入りとして扱われている僕は、子羊の柔らかな肉を噛みしめながら、そんな彼等の白熱する様子をその夜の第二幕といった気分でぼんやりと眺める。フィーロンさんが半分の量で注文したタルタルステーキをワインのつまみにしてのんびりと片付けたころ、ブルーチーズが運ばれてくる。口のなかに残るチーズの黴をカルバドスの強いアルコールで洗い流すあいだも、ふたりの会話は途切れることがない。ほろ酔いのフィーロンさんが出版文化とその役割や価値について理想論めいた言葉を発すれば、ジョンさんは経営者としてのシビアな視点でそれに応じる。満員の店内に交差する人々の楽し気な声が幾重にも絡まって渦巻いている。噛み合っているようにも、いないようにも思えるふたりの応酬を聞きながら、酔いが回る。
「……マリオ」と突然、ジョンさんに名を呼ばれて我に返る。「シャンパン・コミュニストという言葉を覚えておくといい。おまえの横に座っている能天気な理想主義者が、まさにそれだ」
 やっと食後のエスプレッソに辿り着いたフィーロンさんが、クレームブリュレのパリパリとしたカラメルをスプーンの先で割りながら、コーヒーとカスタードクリームの濃厚な香りに赤ら顔をほころばせている。
「マイク、君がしているのは文化事業ではなく、ビジネスなんだ」と、フィーロンさんに向き直ったジョンさんの声が静かに響く。皿にこびりついたクリームのようにしつこいが、これはこれでジョンさんなりの酔い方なのだろう。「ビジネスをビジネスとして考えろ。さもなくば、やりたいことのうち最も小さなことでさえできなくなってしまうぞ。……原を引き止めておくことだってできた筈だ」
「人は誰しも個として人生を選択する。それがあらゆる人間にとっての“ビジネス”じゃないか」と、フィーロンさんも負けていない。「そのためにも、物の見方や可能性を幅広く示すことだよ。それが本というものの最大の役割であり、私たちの仕事だ」
 ちなみに自分はコミュニストではない、言ってみればヒューマニズムに根を張ったソーシャリストであり、それを自由主義によりデザインされたこの競争社会の仕組みのなかで体現しているだけだ、とかなんとか……、白いコットンのナプキンで口を拭いながら、フィーロンさんは勘定書きがテーブルに運ばれてくるのを待っている。
「そもそも人生とはニュートラルなものの筈だろう? しかし人間は、放っておくとそのことをすぐに忘れる生き物だからな。困ったものだ」

 ジョンさんを見送った後に待ち受けているであろうフィーロンさんとの二軒目に備え、僕もコーヒーで意識を立て直す。フィーロンさんと分かれたら、今夜は遊び仲間が集まっている渋谷方面のクラブに合流するつもりなので、まだ酔い潰れるわけにはいかない。
 ……とにかく、このジョンさんが30パーセントの株式を持ち、フィーロンさんとおなじだけの発言力を持っている。ジョンさんはちなみに、フィーロンさんがロンドンのグラナダという出版社で編集者人生を謳歌していた1970年代にアシスタントを務めていた女性の兄にあたる。それからもうひとり、ロンドンにチャールズなる出資者がおり、彼もまた30パーセントの株を持っている。チャールズはロンドン郊外の庭付きの屋敷でひとり、児童書などを書きながら気儘な余生を過ごしている資産家だそうだ。そして残りの10パーセントが副社長の三輪さんだ。
 フィーロンさん、ジョンさん、そしてチャールズ、東洋の島国で手に入れる利権を分け合うことを誓った三人の赤ら顔の西洋人を思い描けば、まるでシャーロック・ホームズの『四つの署名』ならぬ「三つの署名」だ。……ならば10パーセントの三輪さんはさしずめあのトンガと言った役回りだろうか。
「チャールズはイギリス人の資産家らしく、金のにおいのする話が好きなのさ。あいつの作家活動は、まあ道楽のようなものだ。才能の有無については作品に対する評価が物語っている。話題になることもないがね。あの気取った態度にさえ目をつぶれば、しかし悪人とは言うまい。神経質な男だが、配当が少なくたってこちらの事業に口出しすることなど無い。イギリス人らしく嫌味なことは言うが……。とにかく、たまたま恵まれた家柄や環境に生まれ落ちる、そういう人間も世の中には少なからずいるのさ」
 案の定、飲み足りないフィーロンさんに連れられて二軒目のバーに流れ、今夜の毒消しに付き合う。「おまえもいずれロンドンでチャールズに会うことになるだろうから、くれぐれも粗相のないようにな」

 貧しく育ったフィーロンさんと比べるまでもなく、ジョンさんとチャールズの二人は裕福な家の出だ。
「特にチャールズは、“ポッシュ”という言葉が見事に当てはまる男だな」と、フィーロンさん笑う。「ポッシュとは“P、O、S、H”、つまり、“ポート・アウト、スターボード・ホーム(Port Out, Starboard Home)”という階層の人々のことを冷かし半分に呼ぶ言葉だが……」と言いながら、胸ポケットのボールペンを取り出すとテーブルに店の紙ナプキンを一枚広げ、まるで子供の描くような不細工な世界地図を出現させる。いびつな瓢箪型の大英帝国の横に一艘の船が現れ、地中海からスエズ運河へと、千鳥足のような点線が、インクを滲ませながら延びていく。船はやがてインド西岸のムンバイ、当時ボンベイと呼ばれていた東インド会社の拠点の港町へと辿り着く。「この地にちなんで生まれたのが、おまえも今飲んでいるその酒……、ボンベイサファイアだ」と言いながら、フィーロンさんは僕のジンバックのグラスをペンで指す。ジンはイギリスの大衆的な酒だが、インド人のことも平等に狂わせたのだと言う。
「とにかく、インドへと向かう往路は“アウト”、つまり船の左側の日影になる船室で過ごし、またイギリスへの復路は“スターボード”、今度は反対に右側の船室で、やっぱり日影で涼しく快適に戻る。もっとも値の張るチケットで旅をする気取った連中のことを“POSH”と呼んだのがはじまりだ」
 ところで酒飲みで有名だったスコット・フィッツジェラルドはジンに殺された作家だな、とフィーロンさんの独演は続く。「一杯目は君が酒を飲み、二杯目は酒が酒を飲む。そして、三杯目には酒がおまえを飲み込むのさ」とウィンク。

 夜中までには、まだ少しばかりある。友人たちはぼちぼち集まりはじめている頃だろうが、盛り上がるにはやや早い時間だ。僕はフィーロンさんの歴史談義を肴に、カクテルをちびちびと舐めながら、そろそろ酒以外のなにかが欲しくなる。先ほどからポケットのなかのPHSが何度かブルブルと振動している。真紀はもうみんなと合流しているのかもしれない。
 版権エージェントの仕事に就いて、あっという間に一年が経とうとしている。つまりフィラデルフィアから帰国して一年が過ぎたということだ。
「マリオ。今年も10月のフランクフルトの前、ロンドンでの仕事のあとに一緒にまたスコットランドに行かないか」と、赤ら顔のフィーロンさんが思い付いたように言う。
「エジンバラですか? いいですね……、行きましょうよ」
 僕には人生のプランなどまだ何もなく、水を向けられればとにかくその流れに従っていく。「ここではないどこか」ならどこでもいい。よし、決まりだ、と言ってフィーロンさんはグラスを持ち上げる。秋のエジンバラではキャノンゲートとだけ会うことにして、あとは三泊ほど休暇を取ってインバネスまで北上し、そこを起点にハイランドを巡る旅に出よう。この世の奇跡のような風景がおまえを待っているぞ。それまでに自動車の国際免許を取っておいてくれ、とフィーロンさんは締めくくる。「まあ、その前に来月のロンドン・ブックフェアだが……、それより明日は遅刻しないで出社しろよ。私が毎晩おまえを連れて飲み歩くせいだと、またシュウゾウの小言を聞かされることになるからな」
 フィーロンさんをタクシーに押し込み、僕は次のタクシーを拾う。
 “シュガーハイ”に着いたのは深夜をちょっと回った頃で、薄暗い店内は程好く盛り上がりはじめている。激しいドラムンベースが鳴り響くなか揺れ動く人混みを縫ってバーカウンターに辿り着くと、仲間たちが奥のテーブル席に陣取っているのが目に入った。僕の姿に気付いた真紀がどこからともなく駆け寄ってくる。またどうせフィーロンさんと飲んでて遅刻したんでしょう? と責めるような口調で、一口しか飲んでいない僕のジントニックを取り上げる。ナンパ目的で彼女に近寄っていた遊び人風の男がフロアの奥へと消えてゆく。轟音に包まれながら汗を流し、時計を見るともう4時だ。数人の仲間たちとパーティーを抜け、深夜営業のファミリーレストランで軽食を摂る。クラブに戻る彼等と別れた僕たちは、空がまだ暗いうちにタクシーを拾い帰宅する。そのまま一緒になって眠り、何度目かの目覚ましが鳴ると今朝もまた遅刻だ。
 会社に電話をかける。先輩社員や三輪さんではなく、アルバイトのマユちゃんの声にほっとする。体調不良で遅れると伝える。嘘ではない。

 よろよろと出社した僕を見て、三輪さんはフィーロンさんに対して咎めるような視線を送る。先輩社員たちは特に反応を示そうとしない。フィーロンさんが夜な夜な僕を連れ回しているのは周知のことだし、それで社長が機嫌よくいてくれるのであれば、彼らにとって悪いことではない。僕が入社する以前のフィーロンさんは社員に対して気難しくあたることが多かったと、学術書担当の岡村さんから聞かされたことがある。今日もその岡村さんだけが「また飲まされちゃった? 具合は大丈夫?」と、無邪気に声をかけてくる。その様子を横目で見ているフィーロンさんが、やれやれと首を振る。
 フィーロンさんが僕のことで三輪さんからちくちくと責められるのを見て、面白がっている節が岡村さんにはある。版権料の高くない学術書の担当だから仕方のないことと言えば仕方のないことだが、売り上げの少なさについて時々フィーロンさんから苦言を呈されるのが面白くないのだ。彼女はマイペースな人で、余程のことでもない限り毎日決まって午後6時に退社する。与えられた仕事だけはきっちりとこなすが、それを積極的に拡張していこうという発想や姿勢はない。自宅の家電は洗濯機と冷蔵庫とラジオだけ、というのが岡村さんの生活スタイルだそうだ。電話とエアコンも一応あるにはあるが、使われることはほとんど無いらしい。美術館めぐりや観劇が趣味とのことだが、それ以上の私生活については誰も知らない。

「マリオ君、河出書房のオファー、あれちゃんと進めてくれてるよね?」
 夜のうちに海外から届いたFAXの束とEメールに目を通していると、三輪さんが口髭をさすりながら近づいてくる。なにか言いたげな表情だ。
「あ、それそれ、そのFAXやんか。ちょっとどうなってるか教えてくれるかな。フンフン」
 ニューヨークの出版社、ホートン・ミフリンからのメッセージだが、フィーロン・エージェンシーが二年前から扱っているある作家の小説に対し、競合の日本ユニ・エージェンシーを通じて日本語翻訳権のオファーが届いているらしい。こちらの状況がどうなっているのか説明して欲しいと書かれている。確かに、これは河出書房からオファーが出るから条件を取りまとめて権利者との交渉を進めるようにと、先週だか先々週に三輪さんから指示されていた件だ。印税の前払金の額やパーセンテージ、あとは予定初版部数など詳細について編集長の千駄ヶ谷さんに訊ねたまま、返事をもらえていなかった。催促もせず、うっかりそのまま忘れてしまっていた。でもこの権利者はうちの独占ではなかっただろうか。
「そうよ、よりにもよってうちのエクスクルーシブの権利者やんか。でもこのところ、ディールが少なかったからねぇ。ちょっとマズイわ」と、三輪さんは髭をこすりながら険しく眉根を寄せている。「このタイトルにユニがちょっかい出してきたってことは、出版社はおそらく角川か、それかソニーマガジンズだと思うわ。フンフンフン……となると河出にはよっぽど頑張ってもらわないと、アドバンスの額で負けちゃうかもわからんね。まいっちゃったな。頼まれたことはちゃんとやってくれないと困るやんか。夜な夜な飲み過ぎて、ちょっと弛んでるんとちゃう?」

 独占関係にある権利者がどれほど貴重か、関係を築くためにいかなる苦労があったか、一度よそのエージェンシーに入り込まれてしまえば先々またどれだけ神経を使わなければならなくなるか……、三輪さんは聞こえよがしにぶつぶつとつぶやきながら、非難めいた視線を僕と、そしてフィーロンさんに向ける。
「一年近く経って仕事とか生活とか、いろいろ馴れてきたのかもしれないけど、今週だって三回も遅刻してるし、フン、ここらでもうちょっと引き締めてもらわないと。ユニにこのディール取られたら次から次へとやられるよ。いったんオープンにされちゃったら、もうまたエクスクルーシブに戻すの至難の業よ。あーもう。とにかくすぐに河出書房に電話して!」
 どちらかというと渋い、というか地味な文芸作品だ。なんでまたユニもよりにもよってこのような本にちょっかいを出してくるのか。確かに僕もぼんやりしていたが、返事を寄越さなかったのは出版社のほうだ。そんなに大変なことになるのなら三輪さんが自分で条件をまとめれば良かったじゃないか。収まらない三輪さんが、「マイク!」とフィーロンさんに矛先を変えて詰め寄っていく。先輩社員たちが面倒くさがってフィーロンさんの相手をしようとしないから、僕が毎晩付き合っているんじゃないか。
 とにかく河出に電話をかける。
「うちしか検討してないって聞いてたけど!?」と、電話口の千駄ヶ谷さんが声を荒らげる。「編集会議は月末だって伝えてたじゃない。その会議の後で条件を出すのでいいって言ってたよね?」
 もしかしたら、そんなやりとりをしたかもしれない。
「これか!」と、フィーロンさんの声がする。「映画化のニュースが出ていたようだ!」
 僕たちが飲み歩いているあいだに、日本でも人気の高まりつつある若手女優の次の主演作としてハリウッドでの映画化が決まっていた。地味で大人しそうな小説も、そうなるとまた違った光を放つように思えてくるから不思議だ。受話器の向こうでは千駄ヶ谷さんが、もう有名な翻訳家に依頼すると約束をしてしまったから引くに引けないと唸っている。「今日の午後6時までにどうにか条件を整えるから、とにかくそれでまとめてくれないと困るよ!」と、電話が切られる。
 日本語を話さないフィーロンさんに替わって、三輪さんがソニーマガジンズに電話をしている。「え? 御社じゃない? もう断った? あれま、そうでしたっけ?」
 続いて角川書店の掛布さんだ。「あ、やっぱり! これうちの本なんですよね。フンフン。え、ユニの上野さん? そうだと思いましたぁ。困っちゃったなぁ。ちょっと権利者と調整するから、そのオファーについては保留にしておいてもらってもいいですかねぇ。え、どうしても、絶対に取りたい。日本での配給は多分アスミックになる? なるほどぉ」
 配給会社に決まっているアスミック・エース・エンタテイメントは角川書店の関連会社だ。受話器を置いた三輪さんが頭を抱えている。
「で、なに? マリオ君、これ条件提示は月末でいいって河出に伝えてたの? 千駄ヶ谷さん怒ってた? うーん、弱っちゃうなあ。映画の話があるから、すぐにまとめてって伝えてたじゃない。え、聞いてない? そんなわけないでしょう」
 フィーロンさんがホートン・ミフリンの版権担当者、そしてニューヨークのスカウトのジェシカに宛てて、大慌てでメッセージをしたため、その紙を秘書のマサコさんに手渡す。パソコンを使わないフィーロンさんに代わり、マサコさんが打ち込んでFAXやメールにするのだ。
 夕方6時、千駄ヶ谷さんから約束通りに電話が入る。8,000ドルの前払金が提示される。僕はオファー条件を権利者に宛てて送る。

 翌朝、定時に出社するとニューヨークからFAXが返されてきている。ユニを通じて提示されている角川書店からのオファーは、河出書房を「大きく上回っている」と書かれている。フィーロン・エージェンシーとの近年の仕事に不満がないわけではない、などと書き添えられており、この件はオークションにしても良いが、角川書店のオファーについてはユニに任せてみたいと結ばれている。三輪さんが千駄ヶ谷さんに電話をかけ、状況についてぎこちなく説明している。
「今日の夕方までに、また社内で会議してから折り返すって。千駄ヶ谷さん」
 結局、河出書房は1万5千ドルに条件を引き上げたが、軍配は角川書店に上がる。日本におけるホートン・ミフリン社の版権リストは、この先、ライバルの日本ユニ・エージェンシーと分け合うことになるだろう。それよりも先ず、河出書房に残念なニュースを伝えなければならない。私が一緒に行くよ、というフィーロンさんに付き添われ、千駄ヶ谷さんに会いに行く。既に大物翻訳者に仕事を発注してしまっていた千駄ヶ谷さんは困り果てた顔をしている。「あのですね、予算を組み直して確保するのだって簡単じゃないんですよ。打ち出の小槌があるわけでもないんでね。おまけに三輪さんに聞いたんですけど、これ、あなたさえちゃんとしていれば、うちで決まっていたはずの話でしょう?」
 なんで三輪さんがそんなことまで敢えて伝えたのかは分からず釈然としないが、ここはとにかく頭を下げるほかない。 
「うちの有望な若手編集者の肝煎り企画になる予定だったんですよ、この本。それで超多忙な訳者に無理を聞いてもらってですね。ほら、あの先生の訳書なら間違いのない本になるし、文芸誌や新聞などにも取り上げられるでしょう? おまけにあの女優が主演で映画化でしょう? そもそも三輪さんからはうちで決まりだって言われていたタイトルなんですよね」
 僕のことを目の端で見ながらフィーロンさんに向かって、御社だって新人は必要だろうが甘やかして育て損なってはどうしようもない、原さんの抜けた穴をどうにかしようと頑張っている三輪さんの負担だってちっとも軽くならないじゃないですか、と憤懣を吐き出している。
 とにかく平謝りに謝って外に出ると、空はもうどんよりと薄暗い。
 有望な若手編集者の本になる筈だったのか。
 でもこの本が無くなったって、きっとまた別の素晴らしい機会がその人には訪れるのだろう。例えば日本ではまだ誰ひとりとして存在に気付いていない小説があり、僕がそれを必死になって売り込んだところで、出版されて光を浴びるのは編集者であり、出版社だ。版権エージェントの存在に気付く人など、どこにもいない。
 僕は彼等、彼女等のためにせっせと弾薬を運ぶ係だ。プレイヤーとして振る舞う彼等の実績を後方で支える。「この本は自分が見つけた」と編集者たちは言う。間違いではないだろう。彼等にとって僕たちは影の情報提供者であり、舞台裏の協力者だ。僕たちが広げたカタログのなかから、出すべき本を選ぶのは彼等だ。決めるのは編集者であり、僕たちではない。彼等のために企画を選び、彼等の手元に原稿を届け、写真やらなにやらを取り寄せもするし、求められれば調べものだって引き受ける。「なにを作ることもなく、またその必要もない」と、入社したばかりの頃、三輪さんに言われたことを思い出す。
 夕暮れ時はまだ真冬のようだ。
 足が悪く、ほとんど電車を使わないフィーロンさんに促されてタクシーを拾う。

 会社のある通りではなく、表参道の交差点まで行って欲しいとフィーロンさんがドライバーに告げる。「ちょっと寄っていこう」と、交番の裏手に面した小さなバーのドアを開ける。
「エージェントの仕事はどうだ? 物足りないか?」と、フィーロンさんが訊ねる。僕の仕事に身が入っていないことに、彼は気付いている。「おまえは本を作りたいんだろう。ただ権利を売るのではなく……。私は編集者として何百冊もの本を作り、その喜びを得てきたのだから分からないでもない。おまえは物を作り出すのが好きなタイプだろう」
 果たしてそうだろうか。そうかもしれない。黒子としての仕事はスパイめいていて面白くもあるが、欲求不満が溜まることも多く、またカタルシスを得にくくもある。交渉でなにかの手違いがあれば責任を追及されるのは僕たちだ。正直なところ、版権エージェントの仕事を足掛かりにして出版社かデザイン事務所にでも転職しようと考えることがないでもない。
 そうさせないのはフィーロンさんの存在だ。社会に出てすぐに、こんな「教師」に出会えるなんて思ってもみなかった。
 奥のテーブル席のほうから聞き覚えのある大きな声がすると思ったら、アーティストハウスを興したばかりの河上さんの姿があった。できたばかりの会社は青山通りだ。打ち合わせを終えようとしていた河上さんはこちらに気付くと、「あ! ちょうど良かった!」と言いながらバッグから一冊の洋書を取り出す。「これ、この本。ジェイ・マキナニーの新作、『モデル・ビヘイヴィア』! これうちで出しますから。権利はフィーロンさんのところですよね? そう、アメリカはICM。絶対にうちにください。いやー、グッドタイミングだなあ」
 勢いよく用件を終えた河上さんは、乾杯しなくちゃと言って僕たちの目の前に置かれたものと同じ赤ワインのグラスを「こっちにも、これ!」と注文する。片言の英語まじりの日本語で、僕に通訳をさせながら、マキナニーへの思いの丈をフィーロンさんに熱っぽく語って聞かせる。

「きみ、『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』は読んだ? え? 読んでない? ダメダメ、あれは読んでおかないと。高橋源一郎の訳で出てますよ。新潮社から。そう、ちょうどあなたみたいな若者が出てくる出版業界が舞台の話だから。毎晩遊び歩いて遅刻ばかりしてるんだって、三輪さんがこぼしてましたよ。あっはっは。まあ若いうちは大いに遊べばいいと思うけど、あまり心配かけたらダメだなあ」
 喧噪のニューヨーク、名門出版社で働く主人公だが、共に地方から出てきたファッションモデルの妻はきみを捨てて去る。きらびやかなはずの出版業界だが、きみの所属は裏方として雑誌を支える校閲課だ。おまけに直属の上司との折り合いは悪い。きみには才能がある。もしくはあったはずだ。きみは自分を持て余し、ドラッグと夜遊びの世界へと逃げ込むが、募るのは虚しさと疲労ばかりだ。悪友に振り回され、しっかり者の弟からは非難めいたことばかり言われる。母親の死に際の思い出が甦る。きみに向けられる温かな眼差しがないわけではない。だけど、きみはその視線にさえ耐えられない。自暴自棄。仕事も捨てる。大都市の混沌に飲み込まれてゆく。
 どこかで再生の糸口を見つけなければならない。
 きみはヴィッキーとの出会いを通じ、我に返る。
 真紀とこのまま結婚してしまったらどうだろう、などと考えながら、僕はまた朝方のダンス・フロアで揺れている。仲間たちは大騒ぎしている。卒業する僕についてアメリカから帰ってきてしまった彼女は、もう学校に戻るつもりはないのだろうか。
 どうやって連れてこられたのか、まるで隠れ家のような誰かのアパートで、朝日が昇りはじめるのを忌まわしく思いながら、たゆたう煙に包まれている。
 朦朧としている……

 きみはそんな男ではない。
 夜明けのこんな時間に、こんな場所にいるような男ではない。

 (『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』より)

 ……とりあえず、ジェイ・マキナニーの新作は、失敗せずにアーティストハウスでまとまった。

[to be continued…]


PROFILEプロフィール (50音順)

田内万里夫(たうち・まりお)

1973年生まれ。埼玉県出身。版権エージェント(現在はアルバイト)。マリオ曼陀羅の名義で画家としても活動、国内外で作品発表をおこなう。主な展示として『LOVE POP! キース・ヘリング展 アートはみんなのもの』壁画プロジェクト【キースの願った平和の実現を願って】(伊丹市立美術館・2012年)などがある。著作に『心を揺さぶる曼陀羅ぬりえ』(猿江商會)。本書はイギリス、台湾、イタリアでも刊行。訳書に『なぜ働くのか』(朝日出版社/TED BOOKS)。


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なぜ、不満を抱えながら働く人がこんなにも多いのだろう? 問題は「人間は賃金や報酬のために働く」という誤った考え方にある。今こそ、仕事のあり方をデザインしなおし、人間の本質を作り変えるとき。新しいアイデア・テクノロジーが必要だ。そうすれば、会社員、教師、美容師、医師、用務員、どんな職務にあっても幸福・やりがい・希望を見出だせる。仕事について多くの著書を持つ心理学者がアダム・スミス的効率化を乗り越えて提案する、働く意味の革命論。

「本書は、AI時代における僕たち人間のサバイバルそのものを根源的に問う一冊でもある」解説冊子より
松島倫明(WIRED日本版編集長)