COLUMN

第19回 Review Bookshop

 INK@84

写真:清水玲奈 イラスト:赤松かおり

 

第19回 Review Bookshop

 

 INK@84

ロンドン南部に位置するペッカムは、19世紀からナイジェリア系移民が多く定住し、リトルラゴスという愛称で呼ばれています。アフリカ系移民と労働者階級の街として知られていましたが、比較的地価が安かったことから、近年は都心部から若者や家族連れが引っ越してきて、おしゃれなレストランやバー、ショップ、クラブが増えてトレンド地区としても知られるようになりました。

左がベレンデン通り。小道との角にあり、建物の壁も入り口も、角を面取りしたかのように斜めになっています。
レビュー・ブックショップが位置するベレンデン通りは、19世紀に果樹園を切り開いて作られた道で、周囲はヴィクトリア様式の家が連なる住宅街になっています。食料品店やレストラン、バーが並ぶ通りの一角に、2005年、レビュー・ブックショップが開店しました。

テイクアウト店や薬局、不動産屋と軒を並べる商店街の本屋さんです。
創業者はペッカムに長年暮らしているロズ・シンプソンさん。ロズさんが「全財産をはたいて開いた」という店のインテリアを手がけたのは、家具職人だというロズさんの夫で、本を美しく見せるダーク・ウォルナットの書棚が自慢です。開店のためにロズさんが一冊ずつ選んで入荷した2,000冊の本が全て完売したというのが、セレクトの的確さを物語る伝説として語り継がれています。

笑顔を絶やさない店員のカティアさん。
やがて、地元在住の若手作家でロンドン大学ゴールドスミスカレッジ講師のイーヴィー・ウィルド(Evie Wyld)さんも経営に加わり、現代文学と政治を中心に、1冊ずつ自分たちが良いと思う本を選んでいます。イーヴィーさんはかつてオーストラリアに住んでいたこともあり、また同国の権威ある文学賞も受賞していますが、「ペッカムが自分のルーツ」と感じているそうです。店にはひときわ愛着を感じ、時には店番も務めています。
創業から15年経ち、売れ行きはじわじわと伸び続けているとか。成功の理由は、「地元コミュニティーに、最高の文学作品と、最高のノンフィクションを届けていること」。通常の書店とは違って出版社のセールス担当者との面談は一切持たず、ふたりの女性経営者による「個人的な好みと判断」だけで本を選んでいるそうです。
店主、店員、そして顧客のほとんどは近所に住む人たちです。店員の一人、カティア・ウェネラフさんは、帽子職人だった頃に店のファンになって、4年前にまずは週末だけ書店員を務め、やがてイーヴィーさんの産休を機に専業で書店員を務めるようになりました。

すっきりとモダンな店内。狭さを逆手にとって、居心地の良い空間になっています。
カティアさんによれば「ペッカムは本好きな人が多くて、それは昔からここに住んでいるアフリカ人コミュニティーの人たちも同様」とのこと。「アフリカ系の人たちは本を読まないとステレオタイプで思われているけれど、少なくともペッカムに限って言えば全然そんなことはありません」。伝統的にイギリスでも出版業界、そして書店業界は中流以上の白人が独占している傾向がありますが、統計上、最も本をたくさん読むのは「大学卒業以上の学歴を持つ黒人女性」なのだそうです。「むしろ書店側の姿勢が有色人種を遠ざけてきたというのが正しい」とレビュー・ブックショップでは考えています。店では、有色人種が表紙に登場する絵本などを重点的にウィンドウに並べて、「肌の色を問わず、全ての地元民が楽しめる書店」という姿勢をアピールしているそうです。

アメリカの詩人、マヤ・アンジェロウの伝記など、近年英米では歴史に名を残した黒人たちを紹介するノンフィクション絵本が多数出版されています。
「うちの店は、誰でも歓迎する雰囲気。それに、何よりもセレクトには細心の注意を払い、人種差別や性差別の要素がある本は厳密に排除しています。だから、どんな人でも安心して利用してもらえるんです」とカティアさんは説明し、「確かにペッカムは白人率が上がってきていますが、それが店の成功の理由ではありません」と強調します。また、共同経営者のイーヴィーさんが勤務する名門ゴールドスミスを始め、近隣には美術大学がいくつかあり、研究者や作家、そして学生たちも多く店を訪れます。
徒歩圏には、やはり小型の独立系書店であるチェナー(Chener)とライ・ブックス(Rye Books)があり、カティアさんによれば「うちの店も、後の2軒も、現代文学や翻訳文学、それに子どもの本に力を入れていて、はっきり言って同じような店」だとか。今の時代、ロンドンでも中心部を離れた地域で、これだけ一つの場所に、一般書店が密集しているのは珍しいことです。「住み分けは意識していません。お客の奪い合いをする代わりに、いわば共有しているんです」とのこと。新刊の情報を得るために、3軒全てを見て回るのが地元の読書好きたちのおきまりのコースになっているそうで、贅沢なことです。

店に来て話し込む常連のお客さん。アフリカン・バティックのバッグに買った本を詰めて帰って行きました。
イーヴィーさんのお母さんがロズさんにプレゼントした犬のガスが、7年間にわたって店番を務め、親しまれていました。ガスがリタイアした後も、店ではドッグフレンドリーを売りにしていて、取材中も、次々と犬連れで常連さんがやってきました。カティアさんも大の犬好きで、「お客さんの顔は知っていても名前はあまり知らないけれど、犬の名前だけは覚えていることが多い」と笑います。

足音を防止するために敷かれた人工芝生のような緑のカーペットは、犬の足にも優しい。

 

犬も店員さんとの対話を楽しんでいるのかもしれません。
店のHPでは、「犬の本」として、ポール・オースター『ティンブクトゥ』、ダニエル・ぺナック『気まぐれ少女と家出イヌ』などが挙げられ、さらにはお客さんたちの犬の写真を掲載するコーナーが設けられています。出版業界で働くイーヴィーさんの夫が出版した初の詩集『あなたの顔の前に私が舐めるもの、他:犬による句集(What I Lick Before Your Face … and Other Haikus By Dogs)』は、犬の生態を面白おかしく描いた詩集で、店の定番です。
「動物の本」はじめ、店内のジャンル表示は手書きした紙が貼られています。これは、狭い店内でも、季節や時流を反映して、その時々にふさわしいセレクトの本を並べられるようにという配慮だそうです。そうした手作り感に加えて、そこかしこに横向きに雑然と重ねられた本の山があるのも、本好きの人の家の書棚を覗き見しているような気分にさせてくれて、一冊一冊の本に重みが感じられます。

思わせぶりに寝かせられている本。つい目を惹かれてしまいます。
一方で、イギリスの書店でほぼ定番になっている書店員によるポップはありません。「レビュー(書評)」という店名の通り、「全部がお勧めの本だから」という理由に加えて、「本を勧める一番いい方法は、直接話すことだし、本について、個人的に語り合えるのが書店の醍醐味だから」なのだそうです。
カティアさんがお客さんに勧めることが多いのは外国文学です。「視野を広げる」という読書の効能をとりわけよく感じられるからだと説明してくれました。愛読書として、アゴタ・クリストフの『悪童日記』、トニ・モリソン『ビラヴド』のほか、精神科医ノーマン・ドイジの『脳は奇跡を起こす』も挙げてくれました。
英語から他言語に訳される本は多くても、逆は非常に少ないというのが英米の出版業界の傾向でしたが、近年ロンドンでは、小さな独立系出版社が良質の海外文学を英語に訳して出版し、商業的にも成功を収める作品も登場するようになりました。レビュー・ブックショップではそうした本を積極的に紹介していて、好評を得ています。たとえばフランスの女性作家の作品だけを専門に出版しているレ・フュジティヴ(Les Fugitives)、ノーベル賞作家作品を含む海外の文学とエッセイを出版するフィッツカラルド(Fitzcarraldo Editions)、いずれも非営利で世界の文学作品を出版するアンド・アザー・ストーリーズ(And Other Stories)とティルティド・アクシス(Tilted Axis)など。イギリスでは知られていない作家や作品の場合、とりわけ、お客さんと直接話すことが、興味を持ってもらうために有効だそうです。

赤ちゃんのお昼寝中、ご主人の本選びに辛抱強くつき合う犬。
店では毎年11月の第2週に「ペッカム文学フェスティバル」を開き、店内で本にまつわるイベントを行っています。昨年は地元在住のベストセラー作家ジャネット・ホガースのトークに加え、ペッカムの近隣であるブリクストンで創刊されたフリーペーパー「ブリクストン・レビュー・オブ・ブックス」とのコラボによる朗読会を開催。さらに、子ども向けにはカリブからイギリスへの移民の歴史を描く児童書『ウィンドラッシュ号の物語(The Story of the Windrush)』をテーマに、作家のトークとワークショップを行いました。伝説的な作家アンジェラ・カーターをテーマにした回では、新しく出版された伝記の著者が出演したほか、カーター原作の演劇「ワイズ・チルドレン」のチケット割引販売も行いました。いずれも小規模ながら、ペッカムに密着したイベントで、店の前庭にもお客さんが溢れるほどの盛況でした。

レジの後ろの壁には、取り置きの本を入れるための丸い棚に並んで、イベント情報の黒板があります。
カティアさんに「店の仕事で一番楽しいのは」と尋ねると、「お客さんと話すこと」と即答し、熱く語り始めました。「ここは居心地がいい店。ビブリオセラピー、つまり本による癒しを求めて、たとえば子どもの誕生、身近な人の死といった人生の様々な局面で、本を探しに来る人たちがいます。そんな人にふさわしい本を見つけてあげられた時は、誰かの人生に関わることができたという充実感があります。本は贅沢品でも娯楽でもなくて、生活必需品なんです。逃避であれ、刺激であれ、人間は本を読む必要があるという認識が大切です」。
地域の人たちの暮らしに「必要」な本を届ける。そんな良心に支えられた本屋さんに、今年もまた文学フェスティバルの季節が巡ってきます。
[英国書店探訪 第19回 Review Bookshop 了]

 

Review Bookshop

131 Bellenden Rd, Peckham, London SE15 4QY
TEL 0207 639 7400

www.facebook.com/reviewbookshop/

水 10:00〜18:00

木 12:00〜19:00

金・土 10:00〜18:00


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英。通算10数年のパリ暮らしを経て、現在はロンドンを拠点に取材執筆・翻訳・映像制作を行う。著書に『世界の夢の本屋さん2・3』『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』、訳書に『インドのけもの』『人生を変えた本と本屋さん』など。作家 辻仁成主宰のウェブ媒体 「Design Stories」でエッセイ連載中。