独特な表現を個人の責任で試みることができるセルフパブリッシングが、いままた注目されています。様々な形態のセルフパブリッシングを一言で定義するのは難しいですが、このシリーズでは、いわゆる通常の商業出版物と違う企画・制作プロセス、流通・販売経路、そして強い動機があるセルフパブリッシング事例を紹介していく予定です。今回は、えちがわのりゆきさんの新作でのセルフパブリッシングについてお話を伺いました。
——新作の『ほわころくらぶ』は、新しいキャラクターが活躍する作品ですね。
えちがわ:「ほわころちゃん」は、個展のために制作したZINEの表紙に書いたキャラクターだったんですよ。メインの隣に何気なく書いた名前もないキャラという感じで。それを見てくれた方たちから好評だったのと、僕自身も気に入っていたのでカンバッジやポストカードというグッズにしてみたところ、よく売れたんですよね。ちょうどその頃、ここ数年書いてきた『うんころもちくん』シリーズとは、方向性の違う作品を書いてみたかったので、チャレンジしてみました。
——キャラクターもエピソードもほわっとしていて、優しい気持ちになります。
えちがわ:いま僕は京都に住んでいて、東京にいたときよりも生活の中で感じるストレスが少なくなりました。その影響が、ほわころちゃんに出ていると思います。うんころもちくんでは、日々のストレスとの戦いがよく出ていたような気がします。嘘がつけないというか、生活そのままが作品になるタイプなので。
——『うんころもち』シリーズは、ウェブでの漫画連載のほか、本も2冊出版されていますよね。
えちがわ:リトルモアの編集の方が、僕がつくったZINEを見て声をかけてくださり、2013年に絵本『うんころもち れっしゃ』と2014年に名言集的なイラストエッセイ『そっとね』を出版することができました。どちらも憧れだった編集者とデザイナーに携わって頂いて、どちらもとても思い入れがある本です。『うんころもち れっしゃ』は初めての商業出版物だったので、本当に飛び上がって喜びました。ただ、ぼくの力が足りなかったせいか、現在のところ、まだ重版には至っていません。出版社としても例外的なジャンルだったとは思うのですが、売り出して頂くために書店でのフェアなどもかなり頑張って頂いていたので、もう少し良い結果を出したかったです。
——3冊目はセルフパブリッシングですが、どのような経緯で作られたんですか?
えちがわ:漫画の本を出版したかったというのがあります。雑誌連載から単行本を出版する機会をつくるというのが一般的なのかもしれませんが、いまのぼくには依頼がなかったので。一度出版社に持ち込みもしてみました。そのときある編集者の方に「読者ターゲットをよく考えて、企画書を書いてきてください」と言われて、意気消沈してしまったことがあり……漫画じゃなくて企画書を書かなければいけないのかと……もちろん、何もわかっていないぼくのためにアドバイスをして頂いたのだと思いますが、それは僕の仕事ではないとも感じたのが正直な気持ちでした。それならばまず自分で本のカタチにしてみようと。いままでだってそうしてきたので。
——「夫婦社」というレーベル名が発行元になっていますね。
えちがわ:「夫婦社」は夫婦2人でやっているウェブショップの屋号でもあります。ぼくの敬愛する長谷川町子さんが「姉妹社」という名前で、きっといまで言うセルフパブリッシングをしていたので、それにあやかっています。第1巻が売れずに大量に返本があったという話が有名ですよね。自分でつくって売ることは、昔からやられていることで、とくに新しいことでもないですよね。ぼくらもがんばろうと。
——制作過程はどのようなものでしたか?
えちがわ:内容については、「ほわころちゃん」が仲間と暮らしている世界観を伝えられる漫画にしようと構想していきました。ほわころちゃんは、視覚的な特徴が弱いキャラクターだとも思っていて、読者それぞれに物語を感じてもらえないと成立するのが難しいです。みんなのほわころちゃんを目指しています。本のデザインについては、素人仕事に見えないように、きちっとデザイナーにお願いしたかったので、以前お仕事をお願いしたことがある関翔吾さんにお願いしました。著者であるぼくは、いろいろな可能性をついつい言ってしまうので、ご迷惑をおかけしたと思います。造本に予算はかけられていませんが、見返しのトレーシングペーパーに印刷するなど、遊び心も少し入れられて、満足な仕上がりにして頂きました。
——販売・流通についてはどのようにされていますか?
えちがわ:じぶんのウェブショップやイベントでの販売が中心ですが、直販をしてもらえる書店に置いて頂いています。初版の刷り部数は800冊です。Nigi galleryで開催した個展で発売したのですが、会期9日間で500冊売れました。今日まででウェブショップでは300冊近く売れていて、800冊を増刷しています。そのほか直販店やイベントなども合わせると200冊近く販売しています。著者印税とは利益構造がまったく違うので、冊数の重みが違いますね。扱って頂けるお店も徐々に増えていて、全国的な大きな展開は難しくても、読者にしっかり届けられる感触があります。
——今後もセルフパブリッシングを続けていきますか?
えちがわ:制作意欲とタイミングがあえば、続けていきたいと思っていますが、夫婦社でしか本は出さないというつもりはありません。出版社さんとも一緒に本を作っていきたいです。セルフパブリッシングをやってみることで、本を作ることの楽しさ大変さはもちろん、売ることの楽しさ大変さが少なからず分かった気がします。
——「売ることの楽しさ大変さ」を知っている著者さんは、出版社にとって、心強い、目標を共有できるパートナーになりますね。これからのえちがわさんとほわころちゃんとご活躍楽しみにしています。ありがとうございました。
[セルフパブリッシングと人:vol.1 えちがわのりゆき 了]
取材・構成:吉田知哉
(2016年9月、世田谷通り沿いのファミレスにて)
漫画『ほわころくらぶ』(夫婦社)及び「ほわころくらぶ」関連グッズは、えちがわのりゆき公式ウェブサイトで好評発売中!
http://www.echigawanoriyuki.com/
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