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清水玲奈 英国書店探訪

清水玲奈 英国書店探訪
第10回 The Alligator’s Mouth

 INK@84

写真:清水玲奈 イラスト:赤松かおり

 

第10回 The Alligator’s Mouth

 

 INK@84

 

 ロンドン中心部から地下鉄で西へおよそ30分。リッチモンドは、緑豊かな公園と高級住宅街が広がる地区です。にぎやかな駅前の大通りから、見落としてしまいそうな細いわき道に入ると、その一番奥に、「アリゲーターズ・マウス(ワニの口)」という変わった名前の児童書専門書店があります。

 

教会へと通じる歩行者専用の小道に、瀟洒な店構えを見せます。

 

未知の入り口には、ヨガスタジオやカフェ、エステの店やヘアサロンと並んで、子ども専門書店アリゲーターズマウスの店名が掲げられています。

 

 リッチモンドには近年まで、全国的に知られていた児童書店ライオン&ユニコーン(Lion & Unicorn)がありました。新刊だけではなく、長年出回っている定番の児童書も数多くそろえていたのが、大手チェーン書店の児童書売り場にはない特色で、地元の親子たちに親しまれていました。しかし、アマゾンの影響、家賃の高騰などで経営が悪化し、2013年、惜しまれつつ37年間の歴史に幕を閉じました。

 これを受けて、同店の店員だったマーガレット・ワラス=ジョーンズ(Margaret Wallace-Jones)さんとトニー・ウエスト(Tony West)さんが意気投合し、2人が共同経営者となって、子どものための新しい本屋さんを立ち上げることを決意。元の店からほど近い場所に、以前は古書も扱う一般書店だったという店舗を見つけました。書棚を増設し、明るく快適で安全、ベビーカーも入りやすい店に改装。18か月におよぶ準備期間を経て、2015年3月にオープンしたのが、アリゲーターズ・マウスです。

 

店頭の黒板では、次回イベントの情報をイラスト入りで掲示。

 

話題の本を並べたショーウインドウ。オリジナルのトートが看板替わり。

 

 トニーさんは、10年間小学校教師を務め、担任学級を持たず、特殊学級の生徒たちに音楽を指導したり、学習障害などで授業についていけない子どもたちに、「自分も子どもの頃は苦手だった」という数学を教えたりしていました。勉強や読書に対する苦手意識を克服するよう指導していた経験を、今の仕事に生かしています。

 マーガレットさんは、ロンドン南西部にあるローハンプトン大学の修士課程で児童文学を学んでいた時に、「子どもたちは思考を刺激するような良質な本に触れる必要がある」という信念を培い、その頃にライオン&ユニコーンでの仕事を見つけて以来、書店員を続けています。

 アリゲーターズ・マウス開業を受けて2人に加わった店の運営チームの一員、マーク・ペンブレイ(Mark Pembrey)さんはアーティスト兼デザイナー。ロンドン西部のフラムにある独立系書店ノマド・ブックス(Nomad Books)で書店員を務めていました。グラフィックノベル、絵本をはじめ、絵や装丁のデザインが優れた本にはとりわけ強い関心と知識があり、毎月店内でコミック・クラブを主催しているほか、店のウェブサイトやソーシャルメディアも担当しています。

 

それぞれ違った経歴と興味をもつ3人の運営チーム。

 

本のセレクトやイベント準備、レジ打ちなど、共同作業で和気あいあいと行います。

 

 児童書専門書店という形にこだわるのは、「子どもの本に、その存在意義にふさわしい空間を与えるため」だとか。「ひとりひとりの子にふさわしい本を、ふさわしいタイミングで見つけること」「すべての読者に本を届けること」が店のモットーです。本が好きで、もっと難しい本も読んでみたいという自信のある子どもから、読書は苦手という子どもまで、長年の経験と知識に基づいて、どんな子にもぴったりの本を選んであげるというのが店の売り。子どもも一人の読者として大人のようにリスペクトをもって扱う姿勢を貫きながら、赤ちゃんからヤングアダルト(ティーンズ)までの読書ライフを応援しています。

 

赤ちゃんと一緒に絵本を選ぶパパの姿も。

 

絵本コーナーもテーマ別で選びやすい棚構成です。

 

 一般書店と同様、ほとんどの本は翌日に取り寄せが可能で、注文については大人向けの本も扱っています。また、イギリスでも大手書店の児童書コーナーはおもちゃが大きなスペースを占めているのをよく見受けますが、この店では絵本のキャラクターのぬいぐるみや絵本の図柄のパズルなど、厳選したものを少数のみ扱っています。「せっかく本屋に連れて行ったのに子どもがおもちゃに夢中」という事態にならず、子どもたちも本に集中できます。

 

絵本と合わせて、ぬいぐるみやパズルなどの関連商品が置かれています。

 

 

 店名について、トニーさんは「行ってみたくてたまらなくなるような、子どもたちにとって魅力的な名前ということで、いろいろ考えました。子どもは危ない場所に惹きつけられるものなので、食べられちゃうぞーということで、『ワニの口』なんです」。マーガレットさんは、「そうそう、だから、たとえば『ドラゴンズ・リアー』(竜の吠え声)とかでもよかったんです」とのこと。

 開店を祝って、イギリス人絵本作家クリス・リデル(Chris Riddell)が、店のシンボルである本を読むワニのイラストを手掛け、これが店の紙袋やブックトート、ポイントカードなどにデザインされています。また、レモニー・スニケット(Lemony Snicket、英米で大人気の子ども向け小説『世にも不幸な出来事』シリーズの著者、ダニエル・ハンドラーの筆名であり、キャラクター名)は、次のようなメッセージを寄せました。「本とはワニの口のようなもの。開いているのを見つけた人は、中に消えてしまうのがおち」。

 

イギリスの子どもたちに人気の作家2人が手掛けたお店のロゴ。

 

 さらに、スニケットはお得意のユーモアを駆使して、下記のようにも述べています。「マッド・ブックセラー(狂った書店員)ふたりが子どもたちを誘惑して野獣の口の中に呼び込もうとしているうえに、その計画の責任は私にもあると考えているらしい。すべてのブックセラーというものは狂っているものなので、マッド・ブックセラーは冗長な表現ではあるが、とにかく私はこのひどい侮辱に応えるべく、できる限り早い時期にアリゲーターズ・マウスを訪れて、買い物か仕返し、またはその両方を堪能したい」。

 ユニークな名前には、本の「楽しさ」をアピールしたいというトニーさんとマーガレットさんの強い願いが込められています。「リッチモンドは富裕層が多く暮らす地域で評判の良い学校も多く、親御さんたちも教育熱心。読書について、子どもにもっと難しい本を読むように、というプレッシャーを与える傾向が見られるのです。でも子どもの方は、字が読めるようになっても大人に本を読んでもらいたいこともあるでしょうし、お気に入りの絵本は何度でも読み返したいもの。シンプルな本でも、好きなら年齢にかかわらず楽しめばいいんです」とマーガレットさん。

 

棚周りに、絵本のキャラクターのイラストがちりばめられています。絵本は適宜表紙を見せてディスプレイ。

 

 本好きな子になってもらうために一番大切なのが、本の楽しさを伝えること。楽しいという感覚こそが、読むモチベーションになると考えています。ライオン&ユニコーン時代から、地元の小学校の教師たちを招いて、子どもたちに読書を楽しんでもらうための指導法を伝授する活動を続けています。「学校で読解力を重視するカリキュラムが採用されているせいもあり、親は難易度だけを気にして本を選びがちです。でも実際には、本は楽しいと思って読むからこそ、個人の成長につながるものなのです」。

 本好きになれるかどうかの運命の分かれ道になる年齢が、6~8歳。自分で文が読めるようになるこの頃に、挿絵も内容も優れた幼年文学に出会って自分で本を読む楽しさを発見できれば、その後も自然と読書に親しんでいくものなのだそうです。近年出た本での店のおすすめは、Nick Sharrattが絵と文章を手掛けた『The Cat and the King』。挿絵がたっぷり入っていて、王様と飼い猫が繰り広げるユーモアたっぷりのお話は、子どもたちに大人気。それから、Swapna Haddow著、Sheena Dempseyイラストの『Dave Pigeon』シリーズは、ハトが主人公でハト語で書かれた一人称小説という設定です。「構成がきちんとしていて、ウィットに富んでいる。それにイラストも楽しい。いろんなお子さんに勧めてきました」とマーガレットさん。

 

光る表紙も魅力的な幼年文学の人気作品『ねことおうさま』。大人が見てもかわいいイラストです。

 

 本を買ってくれた親には「この本は最初の3章を親が読んであげて、続きは自分で読んでと言ってみてください」などと、子どもに気に入ってもらうためのコツも伝えるそうです。「子どもたちに本を読んでもらうためには、会話が重要なんです。アマゾンではそうはいきませんね。それから、お客さんが言うことの方が、私たちが言うことよりもさらに大事ですから、書店員にとって一番重要なのは、話を聞く能力です」とマーガレットさんは言います。店には孫やおい、めいの誕生日プレゼントを買いに来る人たちも少なくなく、そうした場合はその子の年齢や好きなものを聞いて、そうした情報をもとにじっくりと本を選んであげます。中学生以上になると、自分だけで店に来る子どもたちもいるとか。「子どもたちにここが安全で楽しい場所だと思ってもらえるよう、接客にも雰囲気作りにも気を配ります」とトニーさん。

 

常連客が店主たちと話し込む姿も良く見られます。手前のテーブルに置かれているのがおすすめの絵本。

 

 

 本のセレクトは、大手出版社(ブルームズベリー BloomsburyやマクミランMacmillanなど)や仲介業者であるディストリビューター(ガードナーズ Gardnersやザ・ブック・サービスThe Book Service/TBSなど)のカタログを見て、あるいは毎月出版社から訪れる担当者とのミーティングを受けて、2~3か月後に出る予定の本を店に置くかどうか、一冊ずつ決めていきます。

 

「感情・家族」といったテーマの絵本を集めた棚もあり、店主たちこだわりのセレクトが光ります。

 

「トニーは、一見マイナーに見えるけれど優れた本を見極める才能があって、彼が注目してお客さんに勧める本は、いつもよく売れます」とマーガレットさん。大手出版社の本に限らず、プリント・オン・デマンドの本など、これまで、他の書店では決して見ないような本でも優れた本は置くというポリシーです。

 そうしたマイナーな本でとりわけ売り上げが良い本を挙げてもらいました。Ann Turnbull著『Deep Water』(友情の難しさを描く小学校高学年向けの小説で、読書嫌いの子にも好評)、Victoria Lloyd著『Pants on Fire』(20代作家によるデビュー作、ユーモアたっぷりの幼年文学)、Ian Gilbert著『Little Book of Thunks』(子どもも大人も頭をひねりたくなる日常生活の哲学的な疑問260点を取り上げて論じる)、Ursus Wehrli 著『The Art of Clean Up』(左ページにさまざまなものや人が散らばった様子、右ページに同じものや人が順序良く並んでいる様子、という見開きで展開される写真集)。バラエティーに富んでいて、これが児童書? と思わせるニッチな本や、大人も楽しめそうなビジュアル本が目に付きます。最後に挙げた写真集については、「写真好きな子が、私も真似してやってみると言って買っていきました」とトニーさん。

 

イラスト入りでつい読んでしまうおもしろさがある幼年文学作品は常に売れ筋です。

 

 近年の英米では、伝統的なお姫様ではなく強い正義の味方の女の子が活躍する子ども向け小説や、飛行士や科学者などさまざまな職業の女性を紹介する子ども向けの伝記が、静かなトレンドになっています。マーガレットさんは、「先日はそういう本を集めてウインドウに並べた『フェミニズム・ウインドウ』が、お客さんたちにも好評でした」と語ります。「それから、非白人が登場する本も、少しずつですが増えています」。たとえばSarah Mlynowski、Lauren Myracle、Emily Jenkins著の『Upside Down Magic』は、ユーモアたっぷりの学園ものですが、Emily Jenkinsによるイラストでは、登場する子どもたちがさまざまな人種の子たちとして描かれています。「ステレオタイプとしての女の子や有色人種ではなくて、性別や人種に関係なく、みんなが個人としていろんなことをやっている様子を描いた本を子どもたちが読むことで、誰もが同じ人間だということを自然に吸収してくれるはず」と、マーガレットさんは強調します。

 

レジ前には、8歳以上の子ども向けの文芸誌「SCOOP」を置いています。

 

 また、アーティストでもある共同店長マークさんのおかげで、イギリスでは一部のファンのためのものと思われがちなグラフィックノベルやコミックについて、店では本に親しむための入門編としても、幅広いお客さんに紹介しています。子どもに読ませることは毛嫌いしている親が多いそうですが、イギリスの現代グラフィックノベルを代表するアンディ・ワトソン(Andi Watson)の作品『Glister』など、文学性に富んだ作品を紹介することで、考えを変えるケースが珍しくないそうです。

 

店では幅広い子どもたちに本に親しんでもらうきっかけになるとして、優れたグラフィックノベルの紹介に力を入れています。

 

「私自身も、自分が好きな本のコンフォート・ゾーンを越えて、できる限り幅広い本を読むように心がけています」とトニーさん。「そして、私たち自身が気に入った本が、いつもうちの店のベストセラーになります」。ジャンルや一般的な評判にしばられることなく、自分たちが大人目線でも楽しめる本を選んで置いているのが、親たちにも子どもたちにも支持される秘訣なのかもしれません。

「チェーン書店と違い、本社の決定で無難に売れそうな本だけを置くというプレッシャーがなく、独自のセレクトが可能なのが、独立系書店の強みです。勧める時も『こんなおもしろい本があるの。あなたにぜひ見せようと思って』という風に、本好きな友達どうしの会話の延長としておなじみさんに見せると、たいてい買ってもらえます」とマーガレットさんは説明します。

 セレクトの基準は、子どものためになるという視点ではなく、大人目線で見て良質といえるかどうかです。「私たちが考える良い本とは、想像力に富んでいて、思考を刺激するような本です」とトニーさん。「それに美しさも大切です」とマーガレットさんは付け加えます。「2013年頃から、絵本や児童書の世界は大きく変わってきました。出版社が、物としての美しさを追求した本をたくさん世に送り出していて、これは本屋にとってはとてもうれしいことです」。こうした傾向は一般向けの本についてもさまざまな本屋さんが指摘していることですが、子ども向けの本でも例外ではないようです。「子ども向けの読み物でも、上質の紙を使ったまるでチョコレートの箱のようなきれいなパッケージの本が登場している」と、トニーさんは言います。

 

布張りの表紙の本など、愛蔵版の児童書を集めたコーナー。

 

 お得意さんである家族のほとんどが、キンドルなどの電子書籍端末を所有しているとみられる一方で、親たちは、子どもについてはテレビ、スマホやタブレットなどのスクリーン漬けになりがちなのを恐れ、子どもの「スクリーン・タイム」を減らしたいと躍起になっているそう。トニーさんによれば「キンドルもスクリーン」なので、そんなことも、「手に持って心地よく、目にも美しい本を子どもに与えたい」という親心につながっているようです。先日店に来たティーンエイジャーの女の子は「キンドルじゃなくて、本が読みたい」と言っていたとか。子どもたちも、紙の本の良さを認識しているようです。

 

読み物のおすすめを集めたテーブル。

 

イギリスで近年人気が上昇しているムーミンは特設の棚があります。

 

 

 ライオン&ユニコーン時代との違いは、著者のサイン会などの単発イベントや、定期的なブック・クラブ、コミック・クラブを主催するようになったことだといいます。店内には、以前店を訪れた作家によるサイン本も多数ストックしています。

 12月7日には、絵本作家アクセル・シェフラーさんによるサイン会が店内で開かれました。ロンドン在住のドイツ人イラストレーターで、ジュリア・ドナルドソンとの共著で数々の作品を手掛け、日本でも『もりでいちばんつよいのは?』『グラファロのおじょうちゃん』の翻訳が出ています。午後3時半からのサイン会に、30分前からお客さんが訪れ、シェフラーさんの本を次々と買っていき、店の外に列を作って作家の登場に備えます。店は15分前にはいったん閉店し、ふだんはお勧めの本を並べているテーブルを片付けて、手際よく会場をセットアップ。親子で来て写真を撮る人や、大人だけで来て、クリスマスプレゼント用に10冊あまりも本を買い、さまざまな子どもの名前を書いてもらっている人もいました。おばあちゃんとお母さん、そして「グラファロ(シェフラーさんの代表作『もりでいちばんつよいのは?』に登場する怪物)が大好き」という男の子の3人組は、「たまたま通りかかって看板にシェフラーさんの名前を見たので立ち寄った」とのこと。イベントは、新しいお客さんの開拓にも役立っているようです。

 

子どもたちの求めに応えてペンを走らせるアクセル・シェフラーさん。

 

 シェフラーさんは、淡々と、しかし親切に、1時間にわたり途切れることのなく続くファンたちの要請に応えて、子どもの名前、メッセージとサインのほか、求めに応じて動物やキャラクターのイラストも描き添えていきます。人気作家なのにサービス満点です。「近くに住んでるので、アリゲーターズ・マウスにはちょくちょく来てサイン会をしています。僕の本を気に入ってくれる子どもたちに会えるのはうれしいですし、それになんといっても本が良く売れる(笑い)」とのこと。そして、「この店は本のセレクトも雰囲気もいい。優れた独立系書店を応援するのはとても大切です」と付け加えました。

 シェフラーさんは、「書店で本を買おう」と呼びかけるために毎年行われる「ブックス・アー・マイ・バッグ(Books Are My Bag)」キャンペーンにも賛同し、2017年限定版子ども向けブックトートのイラストも提供しています(第9回 Barton’s Bookshop参照)。作家と独立系書店が協力し合って読者に近づき、さらにはみんなが頭を悩ませるクリスマスプレゼント調達のお手伝いもしてくれるというサイン会は、大盛況のうちに幕を閉じました。

 

真剣なまなざしで作家の手元を見詰める男の子。この体験も含めて一生忘れられない絵本になりそうです。

 

 マーガレットさんも「みんなが行列して本を買ってくれるのはすばらしい」と語ります。「イベントをするのは、数多くの人に、店に足を運んでもらうことが目的。ライオン&ユニコーンが立ち行かなくなったのは、イベントをしていなかったことが大きいと思います」と分析。本という商品を売るだけでは不十分で、本や読書に関する知識を提供し、書店ならではの楽しみを提供することが求められる時代になったと実感しているそうです。

 また、ソーシャルメディアやインターネットの活用も不可欠な要素だといいます。店のウェブサイトやフェイスブックのページ、それにマークさんが制作して毎月メールで届けられるニュースレターでは、随時イベント情報を掲載しています。

「ワニのお話会(アリゲーターズ・ストーリータイム)」と名付けられた読み聞かせの会は、月曜の10時半と15時45分、火曜と水曜の15時45分に開催。対象は2~6歳です。絵本を数冊読み聞かせた後、詩を読んだり、歌を歌ったりもします。予約不要で、参加費は2ポンド。店で本を買うと2ポンド割引されるというシステムです。その日によって、集まる子どもの数は1人のこともあれば、最大で7、8人くらいだとか。その日の顔ぶれの年齢層や興味に合わせて、店員さんが絵本を選んで読みます。

 

店内のソファーは、子どもたちの読書スペース。

 

 9~11歳を対象にした読書会「アリゲーターズ・ブッククラブ」は、毎月1回水曜の午後4時から、その月の課題図書として選ばれた本を題材にディスカッションをします。「本を読み終わっていなくても大丈夫。自分が好きな本について話すのも歓迎」というゆるやかな読書会です。こちらは予約制で、参加費は5ポンド。当日店で買い物をすると全額返金になるシステムです。

「アリゲーターズ・ジュニア・コミック・クラブ」は毎月1回、木曜午後4時から開かれ、8~12歳の子どもたちが集まります。こちらは参加費10ポンドで、当日店で買い物をすると5ポンド割引になります。アーティストでもある店員のマークさんが先生となって、その日のテーマに応じてまんがを自分で描いてみるというワークショップで、いつも予約で満員になる人気ぶりです。

 そのほか、子どもがよい行いをしたら親が申告し、店員が昔ながらのタイプライターで打ってそれを店内の壁で展示し、本のプレゼントがもらえるという「善行タイプライター」、好きな絵本の挿画をお手本にしたお絵かきをウェブサイトや店内の壁に展示するなど、手間を惜しむことなく、子どもたちが店に親しめるようさまざまな工夫をしています。

 

店のイベントを紹介するカード。

 

 さらに、店でだけ使える商品券を発行していて、プレゼントに人気です。期限はなく、金額は自由に選べます。スタンプを集めると割引になるポイントカードもあります。いずれも、店のシンボルのワニのイラスト入りです。

 ウェブサイトでは、スタッフによる署名入りの書評も掲載。たとえば、人気児童書作家サリー・ニコルズ(Sally Nicholls)著の小説『Things a Bright Girl Can Do』は、20世紀初めのイギリスで大学に行きたいと願い、のちに女性参政権運動に没頭した若い女性の主人公を通して、フェミニスズムについて考えさせる時代小説です。8歳からローティーンを対象に硬派なテーマを扱うこの作品についてマーガレットさんは、「アリゲーターズ・マウスで働いている人は全員フェミニスト。そうでない人はケーキをもらえません!」と、書き始めはユーモアたっぷりですが、「劇的な時代を鮮やかに描き出した」「世界を変えた女性たちへの力強いトリビュート」と絶賛し、大人も読んでみたいという気にさせる見事な書評です。

 

マーガレットさん一押しの『聡明な女の子ができることThings a Bright Girl Can Do』

 

 

 さらにアリゲーターズ・マウスでは、元教師のトニーさんの経験を生かして、リッチモンドやロンドンのさまざまな学校の読書指導と本選びに協力しています。学校のカリキュラムにあった本や、あまり知られていない優れた児童書の紹介と納入を、トニーさんが中心となって行います。アカウントを持っている学校向けには、買い上げ額に応じて10%~15%の割引を提供しています。 学校図書館に入れる本を子どもたちが自ら選ぶために、先生の引率で子ども15人のグループを店に受け入れる活動も好評です。

 また、学校に出張する活動にも積極的に行っています。トニーさんが講師となり、先生や学校図書館の司書、教育実習生向けに、90分間にわたって図書館や教室に置くための本を紹介したり、読書指導のノウハウを伝えたりするレクチャーをするほか、子どもたちを対象に読書の楽しさを伝えるトークを行うこともあります。

 

白でまとめた内装に、カラフルな本の表紙が映えます。読み物コーナーの天井を飾るのは「ハリー・ポッター」20周年を記念する旗。

 

 著者が学校を訪ねて先生や生徒たちと交流する活動も主催していて、これまでに、先述のクリス・リデルのほか、邦訳も出ているロビン・スティーヴンズ(Robin Stevens)、A.F.ハロルド(A.F. Harrold)ら人気作家たちの学校訪問を実現してきました。先生も子どもたちも作家とのおしゃべりを楽しみ、いつも大変な盛り上がりになるそうです。学校訪問の当日、店では出張本屋を開いてその著者の本の販売を行い、売り上げに応じて1割分のバウチャーを発行し、学校側に本の購入費として還元しています。

 

五味太郎の定番絵本も。

 

 

 子どもに本を読ませることは大切だとよく言われますが、それはなぜでしょう? そんな素朴な質問をぶつけてみたところ、マーガレットさんは、「本を読む大人になるかどうかは子どもの時に決まり、読書の習慣は人生をよりよいものにするからです」と熱く語ります。「実際的なレベルでは、勉強や研究に欠かせないスキルですし、精神衛生上もとても大切です。他の人に共感する力が養えますし、新しい考え方も学べますから。それに、本はありとあらゆるテーマを扱っているので、知的な刺激となって成長を促します」。

 一方でトニーさんは、「物語の登場人物の立場や気持になって考えてみることは、エモーショナル・インテリジェンス(心の知能。自分や他人の感情を認識し、自分の感情をコントロールする力)をはぐくみます。これは、高度な学習には欠かせない知能です」と語ります。トニーさんは、いわゆる落ちこぼれを担当する教師だった頃から、「社会から疎外されそうになっている子どもたちが、本を読むことで外の世界とのつながりを持てるようになる」と実感するようになったといいます。

 

きちんと整理整頓された店内は居心地が良く、大人も子どもも本に夢中になれる空間です。

 

「店にはさまざまなレベルの学校の子どもたちが集まるのがとてもうれしい」とマーガレットさん。字を読むのが苦手な子どもたちに一対一で読書の指導をするチャリティー、ビーンストーク(Beanstalk)への協力や、児童書作家に呼びかけて、貧しい地域の学校に訪問してもらうなど、幅広い子どもたちに本に親しんでもらう活動も行っています。「一冊も本がない」という家庭の子も珍しくない状況で、こうした地道な活動が子どもの運命を変えるという信念があるそうです。

 

 偶然ながら、マーガレットさん、トニーさん、マークさんの3人とも、自分には子どもがいません。「私たち、ただ子どもの本が好きなんです」と口をそろえます。「子どもたちが言語を身につけていく過程にかかわれるこの仕事は、とてもやりがいがある」と語るマーガレットさんは、さらにこう続けました。「子どもの本は、大きくなったからといって卒業しなくてはならないものではありません。きちんとその意義を認めて扱うべきもの、子どもだけでなく全ての人のものです」。

 トニーさんは、大人が本でも雑誌でもいいので「読む」ことを楽しんでいる姿勢を見せることも、子どもを読書好きにするのに不可欠だと感じているそうです。さらにその逆の現象も起こりうると言います。「子どもが本に夢中になっている姿を見て、自分も本が読みたくなったという親御さんも少なくありません」。

 

奥にある教会に見守られて、日々数多くの子どもたちに読書の楽しみを伝えている本屋さん。

 

 そんな話を聞いていると、子ども時代――まるでワニの口に引き込まれるように――、一冊の本に没頭した記憶がよみがえってきました。本を読むことの意味、本屋さんの楽しみについて、大人にもさまざまな発見をさせてくれるお店でした。

 

[英国書店探訪 第10回 The Alligator’s Mouth 了]

 

The Alligator’s Mouth
2a Church Court, Richmond, TW9 1JL
Tel 02089486775
www.thealligatorsmouth.co.uk
月~金 10:00~17:30
土:10:00~18:00
日:11:00~16:00(8月は日休)
祝:11:00~17:00
開店:2015年3月
店舗面積:63.48 ㎡
本の点数:7,600冊


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英。通算10数年のパリ暮らしを経て、現在はロンドンを拠点に取材執筆・翻訳・映像制作を行う。著書に『世界の夢の本屋さん2・3』『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』など。作家 辻仁成主宰のウェブ媒体 「Design Stories」でエッセイ連載中。