COLUMN

清水玲奈 英国書店探訪
第13回 The Open Book

 INK@84

写真:清水玲奈 イラスト:赤松かおり

 

第13回 The Open Book

 

 INK@84

 

 ロンドンの西、リッチモンドの商店街にある本屋さん「オープン・ブック」は、1987年春から営業を続け、昨年30周年を迎えました。大手チェーンのファーストファッションの店やレストランが目立つようになったリッチモンドに残る数少ない独立経営の店でもあります。

 

ショーウインドウにはお勧めの本が雑然と、しかしよく見ると巧みに積み上げられています。

 

 大手チェーン書店ウォーターストーンズのリッチモンド店も、また以前この連載で紹介した児童書専門書店「アリゲーターズ・マウス」もすぐ近くにあり、リッチモンドは本屋さん好きにはたまらない街です。その中で最も歴史の古いオープン・ブックは、1987年の創業以来、3世代にわたって熱狂的な常連たちに支持されています。

 

本とカードがぎっしりと並ぶ店内。

 

 店は間口が狭く、通りに面したショーウィンドウには雑然と本が積まれていています。古今東西の小説や伝記だけでなく、テレビ番組にちなんだ本や実用書も並んでいて、古き良き街の本屋さんの風情です。店に入ってすぐの場所には地元リッチモンドの歴史の本や写真集のコーナーがあり、リッチモンドの絵はがきも充実しています。

 のぞいてみると中は薄暗く、一見すると古ぼけた小さな店に見えます。ところが、公式ウェブサイトで「ターディスのよう」という絶妙なたとえが使われている通り、SFコメディドラマ「ドクター・フー」シリーズに登場するタイムマシンのように、外側はコンパクトでも中はまるで小宇宙です。

 幅3メートル、奥行き25メートルと奥に向かって細長く伸びていて、その中身は、尽きることのない本の宝庫。奥へと足を踏み入れると、本が文字通りぎっしりと詰まっています。平台の上は遠慮なく天井に迫るように本が積まれています。圧巻なのが、店の右側に延々と続く著者のアルファベット順の文学の棚です。縦に並ぶ本の上の隙間には、横向きに別の本が差し込まれています。

 

「本棚に隙間を作ってはならない」が店の不文律。

 

 ヴィクトリア朝時代の床のモザイクが残るこの建物では、代々書店が営まれてきました。1978年から数年間は、リッチモンド在住のミュージシャンであるザ・フーのギタリスト、ピート・タウンゼントが経営する書店「マジック・バス」がありました。マジック・バス書店の閉店後、店は短期間ペンギン・ブックスの本だけを置く「ペンギン・ブックショップ」になりましたが、その在庫と什器を引き継ぐ形で、オーナー店長のヘレナ・リチャードソンさんが現在の店をオープンさせました。

 

常連さんと最近読んだ本について話し込む店員のマデラインさん。この店に務めて20余年です。

 

 ヘレナさんは、リッチモンドにほど近いロンドン西部の出身。出版社ペンギン・ブックスに勤めた後、他の書店で書店員をしていましたが、すでにリッチモンドに住んでいたため、店舗に空きが出るという情報を聞きつけて、店を始めたそうです。「店には今もピートが残していったチューナーや家具があって、本は入れ替わっても、店内の様子は70年代当時と基本的に変わっていない」とヘレナさんは説明します。「もともとは古本屋をやりたかった」と言い、それが店の雰囲気に反映されているようです。

 

本にぶつからないように気をつけながら、店の奥へと向かいます。

 

 そして、文学通で知られるタウンゼントは、オープン・ブックの上顧客のひとりです。「ニューヨーク・タイムズ」紙のインタビュー(2012年12月2日付)では、こう語っています。「僕がホームタウンで始めた古い書店は、今もとても素敵で居心地がいいプライベートな場所で、よく本を見に行きます。僕が開店したときはマジック・バスという名前だったけれど、今はオープン・ブックという店名。友達がオーナーで、いつも僕が知らなかった本を勧めてくれます。僕はアマゾンも使うし、バーンズ&ノーブルのウェブサイトがヨーロッパに上陸したら、そちらも利用すると思いますが、本屋さんが消えることはないでしょう。本屋さんは、本に関して、オンライン書店には到底及ばない経験を提供してくれますから」

 タウンゼントが経営していたマジック・バス書店では、近現代の小説と古典、それに哲学、代替医学や健康料理に関する本などを扱い、とりわけ児童書の充実ぶりで評判を呼んだそうです。当時、タウンゼントの長女が『ナルニア国物語』で知られるC.S.ルイスに傾倒していたほか、次女も本好きで、お父さんが書店を始めたことでふたりとも「ただで本が読める!」と喜んだという逸話もあります。ただし、タウンゼントは近隣の書店にアカウントを持っていて、そちらの店で毎週1冊ずつ買い与える習慣だったとか(ジェフリー・ジュリアーノ著のピーター・タウンゼントの伝記『Behind Blue Eyes: The Life of Pete Townshend』による)。当時からリッチモンドが本の街であったことがうかがえるエピソードです。

 

いつもレジにいる店長のヘレナさんは、写真嫌いらしく隠れてしまいました。

 

 ちなみに、タウンゼントは1977年には「イール・パイ・グループ」という社名で出版社を立ち上げており、児童書と音楽書、それにスピリチュアル関連の書籍を出版しました。出版第一号のピーター・ディキンソン作の絵本『ヘプチバ(Hepzibah)』はバスルームで牛を飼う女の子の話で、英国内でベストセラーになりました。やがて1982年にザ・フーが解散されると、1989年の再結成まで、タウンゼントは本の世界に没頭し、1983年から数年は名門出版社フェイバー・アンド・フェイバーで週2回編集者として勤務し、詩集数冊を担当しました。また、1979年~1984年に書きためた自伝的短編集『ホーセズ・ネック(Horse’s Neck)』を1985年に同社から出版しています。タウンゼントは、音楽活動のかたわら本好きが高じて作家になったわけですが、その原点ともいえる地元の本屋さんには、とりわけ愛着があるようです。

 

伝記の平台。本が組木細工のように積み上げられています。

 

 店の常連には、他にもリッチモンド在住の作家や著名人が多くいます。伝記作家クレア・トマリンと夫で小説家のマイケル・フレイン(ともに1933年生まれ)は、2004年からリッチモンドに住み始めて以来、店に通い続けているそうで、店長のヘレナさんとも仲良し。サイン本の在庫が店に常備されています。トマリンは「この店は地元のすばらしいアメニティのひとつ」と絶賛します。「こういう場所があると良い生活が送れる。イギリスの街は本屋さんがなければ荒涼としてしまいます。子どもの頃、いつも利用する図書館と地元の本屋さんが教養を授けてくれました」と語ります。フレインは、「ヘレナのお店は一見小さいけれど、まるで本と同じように、隠された世界の奥底につながっている。ヘレナは郵便局員みたいに気取りのない人なのに、店の本を自分でも読んでいてよく知っている。地元の人は誰でもこの本屋に出入りしていて、ヘレナは全員と知り合いで、だから店は埃っぽくも退屈でもなくて、いつも生き生きしていて面白い」と述べています。(「ガーディアン」紙、2012年7月6日付)

 

店のお客さんとしても常連、作家のクレア・トマリンのサイン本。

 

 そんなわけで、地元在住の人気作家夫妻も世界的ロックスターも絶大な信頼を置く店長のヘレナさんですが、その素顔は、無駄な愛想笑いはしないけれど、とても気さくな人です。話し始めて間もなく、さっそく失敗談を披露してくれました。「一度だけ、同じ作家の作品をたくさん読んでいたので大丈夫だろうと思って、実際に読んでいない本を、ある女性のお客さんに勧めたことがあります。ところがお客さんが冒頭を読んだらかなり不快な一文だったとのことで、自分の間違いに気づきました。それ以来、この経験を教訓として、少なくとも最初の部分だけでも読んだ本だけを勧めるようにしています。作家の評判を頼りにして本を判断してはいけないということは、お客さんたちともよく話します」

 創業から30年を経て、ヘレナさんは、「きめ細かいパーソナルなサービスこそが、生き残れた秘訣」と振り返ります。「本の定価販売を定めていたネット・ブック・アグリーメントが90年代に廃止されて、スーパーマーケットやウォーターストーンズやアマゾンが値引き競争を始めたのは、悪夢のようでした。でも、地元のいいお客さんたちが常に店を応援してくれて、私たちはラッキーでした。今後、どんな悪夢が待っているのか、と考えることもあります。でも、お客さんたちは今では友達で、私たちはみなさんの本棚を全部把握しています。『その本は前に買って家にあるはずだから買っちゃダメ』とか、『お父さんへの誕生日プレゼントならこれに決まり』とか、きめ細かいパーソナルなサービスには自信があります」。そんな話をしていると、中年男性のお客さんが割り込んできて、「どんな本でも見つかる店で、ここに来ればいつもとても楽しい時間が過ごせる」とにっこり。

 

プレゼントの本を買い求める人が多いため、レジわきにはすてきなラッピングペーパーを常備。

 

 「ヘレナは店の中の全部の本について知っている」と証言するのは、店で長年書店員を務めているマデライン・クーパーさんです。

 マデラインさんは開店直後の14歳のころからお客としてオープン・ブックに出入りしていて、大学卒業とともに店に就職して20数年になります。「私にとって本屋さんといえばオープン・ブック以外にあり得ないから、この店以外で本を買ったことはありません。大型書店に行っても本がスカスカで、売れ筋のベストセラーを何冊も山積みにしています。これで本屋って言えるの? と突っ込みたくなります」と、小気味いいほどの店自慢をします。

 「店全体の本の冊数は」とたずねると、「ちょっと待ってて、数えてみるから」と言って、止めるのも聞かずに「1、2、3…」と数え始めました。「35冊が25段、36冊が70段だから、ざっと計算して3,500冊くらいでしょうか。一度在庫計算をしたら25,000冊と出たのですが、それはあり得ないと思うので」という答えでした。料理書だけで400冊は下らないとか。「本を棚の上の隙間に横向きに差し込むのは、プロらしくないなといつも思うのですが、仕方ありませんね」

 

ペーパーバックスがちょうど入る大きさで、表紙が見られる設計の透明板の棚。ペンギン書店だった時代に設けられたビンテージの什器です。

 

 店内は雑然としていますが、数はともかくその中身は、ヘレナさんや店員さんたちの頭の中でしっかり管理されています。一度店に置いた本は売れるまで置くのがポリシーで、返品はほとんどしないため、店内には不定期でセール本のコーナーが出現し、これも顧客に好評です。

 出版社のセールス担当者との面談や注文は、ヘレナさんが一人で担当しています。10月第一木曜日はイギリスでは「スーパー・サーズデー」と呼ばれ、毎年、本が一番売れるクリスマス商戦に向けて新刊が多数出版されます。2017年のスーパー・サーズデー(10月5日)には、人気作家の最新作など544冊が出版されました。「どの出版社も、重要な本は全てこの日に出すので、店に新しく置く本がどっと増え、10月の店内はとりわけ本で満杯になってしまいます」とヘレナさんは説明します。

 

レジのカウンターの上にも、後ろの棚にも、本がぎっしり。

 

 本を売るだけではなく、店の内外で、作家によるトークイベントを頻繁に開催しています。水曜日に店内で小さなイベントを行っているほか、前出の作家マイケル・フレインや動物関連の著作が人気のデヴィッド・アッテンバラーら、大物が出演するトークの場合は、店の近くの教会を会場にします。また、毎年11月に開かれ、ほぼ毎日作家のトークやサイン会が行われる「リッチモンド文学フェスティバル」の企画にも協力しています。

 「リッチモンドは本が好きな人がたくさん暮らす土地柄です。アイパッドも持っているけれど、紙の本は片時も手放さないし、プレゼントには必ず本を選び、そして休暇には本を忘れずに持って行きます」とヘレナさんは分析します。

 「私自身、10日間のスペイン旅行に行って来たのですが、本をたくさん持って行きました」と言い、レジ近くの新刊書・おすすめ本コーナーに並んでいた本を次々と指さしていきます。ヴェネツィアを舞台にしたドナ・レオン作の推理小説『Earthy Remains』。フランス革命期に英ブリストルに生きる女性を描くヘレン・ダンモア作の歴史小説『Birdcage Walk』。ヒトラー時代のドイツを舞台にしたロバート・ハリス作の歴史小説『Munich』。テレビドラマ化で人気が再燃したアンソニー・パウウェルの『A Dance to the Music of Time』。

 

20世紀前半のロンドンを舞台にしたアンソニー・パウウェルの作品。全12話からなる大作です。

 

 自他ともに認める多読の人であるヘレナさんは、「好きな作家は」という質問には答えられないと言います。店の常連客や、イベントに出演してもらっている作家たちの作品は、自分も好きで必ず読んでいるそうです。それに、プラトンからグレアム・グリーン、アン・セバ(イギリスの伝記作家)、ケイト・ラワース(経済学者)、ボブ・マーシャル・アンドリュース(元イギリス国会議員の作家)、アラン・ワトソン(歴史学者)まで、有名無名の幅広いジャンルの作家名を挙げます。本来自分の読書傾向にはないテーマの本についても研究を怠らないと言います。

 

入り口のドアには、地元の劇場やコンサートホールのちらしがぎっしり貼られています。

 

 ヘレナさんの的確な本選びには定評があり、プレゼントにする本を買いに来る人が少なくありません。本棚と平台の間には、本と一緒に贈るのにふさわしいカードを立てたスタンドをたくさん置いています。店は気の利いたグリーティングカードが買えることでも定評があり、店の創業当時からの在庫である掘り出し物のビンテージも見つかります。包装紙は、通常ミュージアムショップで扱っているメーカーのものをこちらも厳選して置いています。

 店の品ぞろえは、一般向けの本はほぼ全種類そろうという印象ですが、全ジャンルを網羅しているわけではなく、「私たちが読んでも、本当には理解できないから」という理由からSFは扱っていません。また、児童書をほとんど置いていないのは、「近くにアリゲーターズ・マウスという優れた児童書専門店があるから、お客さんにはそちらに行くように勧める」とヘレナさんは説明します。「ライオン&ユニコーンという名前のすばらしい児童書専門のお店が長年すぐ近くにあったのに、そこは大手化粧品ブランドの店になってしまいました。その後、ライオン&ユニコーンの店員さんたちが新しく開いたアリゲーターズ・マウスは、ぜひとも応援しなくてはなりません」

 

本の数は多くてもきちんと管理されています。正確に著者アルファベット順に並べられた本。

 

 ヘレナさんも、オープン・ブックを愛顧するお客さんたちから、「絶対に店を閉めないで」と言われることがよくあるそうです。「ピートのマジック・バス書店の時代に比べれば、これでも店に置く本の数は減っています。本屋業は難しい時代になっていますから」。店の経営は順風満帆というわけではなく、「同じ場所にただしっかり足を踏ん張らせて立っていることが、どんどん大変になってきている」というのが実感だとか。そんな中、まだ店を続けているという事実が、何よりの誇りだと語ります。「でも、何より、本屋業は楽しいです。朝、店を開けるときも、新しく届いた箱の中にどんな本が入っているかしらと開く瞬間も、いつもわくわくします」。30年同じ仕事を続けてきて、こんな感想を語れるとは、まさに天職なのでしょう。

 

ショッピングバッグには、店名と店のファサードがデザインされています。

 

 リッチモンドの隣町、トゥイッケナムに夫とともに暮らすヘレナさんは、「家の中も本だらけ」と笑います。文字通りには「開いた本」を意味する「オープン・ブック」という店名は、「明白なもの」を指す慣用表現でもあります。「いつも、お客さんを歓迎する場所でありたい。そして、本はいつも開かれてほしい」という願いが込められているとか。

 

音楽本コーナーの上にはギターが。店の歴史をさりげなく物語ります。

 

 取材は平日の午後でした。その間も、中高年の女性を中心に、本を買ったついでにヘレナさんと立ち話する常連さんたちの姿が途切れることはありません。また、朝は犬の散歩がてら立ち寄る人が多いそうです。いつもみんなのそばに本がある生活を応援する街の本屋さん。リッチモンドに暮らし、毎日でもこの本屋さんに来られる人たちが、心底うらやましくなりました。

 

[英国書店探訪 第13回 The Open Book 了]

 

The Open Book
10 King Street
Richmond-Upon-Thames TW9 1ND
Tel: 020 8940 1802
https://theopenbook0.wixsite.com/theopenbook-richmond
月~土 9:30~18:00  日 11:00~18:00
開店:1987年
店舗面積:75㎡
本の冊数:約3500冊


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英。通算10数年のパリ暮らしを経て、現在はロンドンを拠点に取材執筆・翻訳・映像制作を行う。著書に『世界の夢の本屋さん2・3』『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』など。作家 辻仁成主宰のウェブ媒体 「Design Stories」でエッセイ連載中。