3カ月のロックダウンを経て、書店が営業再開
イギリスでは3月24日から、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためのロックダウンの一環として、書店を含む「生活必需品以外の店舗」が休業し、3カ月近くもその状況が続いた。事態の沈静化を受けてロックダウンが徐々に緩和され、6月15日には、イギリス国内のイングランド域内では書店が営業を許されるようになった。
以前の記事でも取り上げた南ロンドンの小さな書店、レビュー・ブックショップは、15日当日から営業を再開した。前もって顧客に送ったニュースレターで、「英国書店探訪」取材時にインタビューに応じてくれた店員のカティアさんは、「人との触れ合いが恋しいあまり、飼い猫を訓練して握手ができるように教えた」として、前足を差し出す猫の写真を披露した。カティアさんの初出勤となった17日には、店のTwitterで「最初のお客さんが店に来た。人にどうやって話しかけたらいいか忘れてしまった。変なヤツだと思われたに違いない」とツイートしている。
これは、多くの書店員の実感に違いない。イギリスでは2メートルのソーシャルディスタンシングがかなり厳格に守られ、たとえ実の親でも恋人でも、同居家族でない限り原則として会えない日々が続いている。書店の店頭でも、店員と顧客、そして顧客どうしは2メートルの間隔を開けるのが鉄則だ。そして、後述するように、職場での感染を恐れて店頭に復帰したくないと考える書店員も少なくないのだ。
多くの店が、営業再開を前に、書店内のレイアウトを変えて、ソーシャルディスタンシングを可能にするよう模様替えをしている。ゆったりとした空間で本を眺められるのはいいことだし、棚のペンキの塗り替えなどD I Yによるリノベーションに精を出した店もあるから、悪い変化ばかりとは限らない。しかし、店内にカフェを設けているところも、テイクアウト以外の飲食物の販売は引き続き禁止だ。書店の風景は、そして雰囲気は、完全にもとどおりとはいかないだろう。
最近思い出すのが、『世界の夢の本屋さん』シリーズの取材でアルゼンチンの書店を訪れた際、ブエノスアイレス最古の書店の店主が語ってくれた話だ。「どんなにテクノロジーが発展しても、メールで恋人の手を握ることはできない。本屋が不滅なのは、つまりそういうことです」と彼は説明した。また、もっと最近、「英国書店探訪」でロンドンを中心としたイギリス各地の書店を訪ね歩き、書店員さんに「なぜお客さんは本屋さんに来るのでしょう?」と聞くと、必ずと言っていいほど返ってきた単語が「タクタイル」、つまり「触覚で味わえる」という意味の形容詞だった。イベントや読書会を開き、本が好きな人が集まるコミュニティーを形成することが、この時代に書店を成功させる秘訣だと語ってくれる書店主も多くいた。紙の本の抗いがたい魅力は、手に持ってふれられるところにある。そして、本屋の存在理由は、本にふれられる場であり、店員やコミュニティーの仲間など、自分と同じような本好きに出会えるリアルな場であることだと、誰もが信じてきた。
新型コロナウイルスは、そんな書店のあり方に厄介な挑戦を突きつけた。店の営業が原則として再開した今も、パンデミックのおかげで、書店をめぐる状況は大きく変化し続けている。
本は生活必需品?
ロックダウン下で、イギリスとアイルランドの独立系書店の95%が加盟する書店協会(B A)は、オンラインで営業を続けるよう書店にアドバイスした。前回の記事で触れたとおり、リーディング・エージェンシーの調べによれば、ロックダウン中、イギリス人の3割が「読書量が増えた」としている。それにもかかわらず、イギリスの業界誌「ザ・ブックセラー」によると、ロックダウン中、オンライン販売で営業を続けた書店は76%に達したが、売り上げ平均は通常の約2割にとどまったという。
書店の売り上げが伸び悩んだ最大の理由は、「本を実際に手に取って買う」という書店ならではの便利さや楽しみが味わえない中で、すぐに手に入る電子書籍やAmazonでの注文を利用する人が多かったからだろう。さらには、通常は書店の店頭で本を注文すると翌日には店に届くのが、ロックダウン中は本を出版社から仕入れて書店に納入するディストリビューターの業務が滞り、「書店に本を注文しても、店舗に在庫がない限り、数週間届かない」という事態が発生したのも響いた。
「ザ・ブックセラー」の取材に答えて、ロンドン郊外のピナーの独立系書店ブルックの共同経営者、ピーター・ブルックさんは、ロックダウン中は再開に備える作業に励み、店内の什器や家具を全て撤去し、ソーシャルディスタンシングが可能になるように配置を変えたと説明。また、海外旅行関連の書籍は、移動制限で売り上げが見込めないため棚から取り除いた。それでも限られた店内の棚に並べる本の品揃え、特に新刊書の注文に頭を悩ませていると打ち明ける。ロックダウン中、印刷工場から出版社へ、そこからディストリビューター(仲介業者へ)という供給チェーンに遅れが出たため、店頭に最新の新刊書をそろえるのが困難な状況になっているのだ。
やはりロンドン郊外にあるチョーリーウッド書店とジェラーズクロス書店の共同経営者、シェリル・シャーヴィルさんも、ロックダウン中、店をサポートしようと注文してくれるお客さんは多かったが、数週間もかかるケースが続いたことで、売り上げに打撃が出たと話す。
ロックダウン中には生活必需品を売る店として、スーパー、食料品店、薬局、D I Y用品や自転車のショップは営業が許されたことから、「本も生活必需品リストに加えるべきだ」と考える書店主が45%に達した。「ザ・ブックセラー」に対し、ロンドン・コヴェントガーデン近くの有名古書店、ゴールズバラ・ブックスのオーナーであるデイビッド・ヘッドリーさんは、「ワインショップや、ファーストフードのテイクアウト、食料品店の営業が許可されるなら、こういう困難なときだから、本も同じくらい大切だと思う。電子書籍の売り上げは伸びているけれど、やはり紙の本を手にしたいという人はたくさんいる」と述べている。
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書店員の3割は「職場に復帰したくない」
一方で、店員の感染リスクを考慮して開店に消極的な店も多く、ロックダウン緩和で完全に営業を再開する方針を示した店は、30%にすぎない。65%が営業時間を減らすなど、部分的な再開。「さしあたって閉店し続ける」という店も4%にのぼる。
営業再開のほぼ1カ月前、5月12日に「ブックセラー」が発表した調査によれば、独立系と大手チェーンの双方の書店員を対象に聞いた結果、「売り場に復帰したい」と考える人は3分の1程度で、29%の人が「復帰したくない」、36%は「わからない」と答えた。「安全対策がきちんと行われるなら復帰したい」という声が多く、中でも店内の客の人数を制限するよう求める意見が目立った。
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BAはイングランドでの営業再開へのゴーサインが出たのを受けて、6月11日に「本屋営業中」と題した書店向けガイドラインを発表した。政府が小売業向けに発表した安全対策の指針を踏まえて、ソーシャルディスタンシングのための立て札や消毒液スタンド、レジのシールドの設置などの安全対策に加え、「安全に立ち読みできる店づくり」「大型電気店アルゴスの方式で、レジには商品が用意された順に客を一人ずつ呼ぶ」など、店の状況に応じて取り入れられるノウハウを紹介した。さらには、従業員のメンタルヘルスを維持するためのノウハウや関連N G Oの連絡先、制約がある中でもイベントを開催し、書店を中心としたコミュニティーを築くための具体的なアイデアまでをカバーしている。
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大手チェーン書店の動き
大手チェーンの書店も、大型の店舗のみを再開し、営業時間は短縮するなど、限定的なスタートとなった。学術書に強いブラックウェルズは、36店舗のうち、オックスフォード店、ロンドン・ホルボーン店、マンチェスター店、ニューカッスル店、それに傘下にあるケンブリッジのヘファーズの5店舗のみをオープンした。スコットランドやウェールズ域内では店舗営業がいまだ許可されていないうえ、大学キャンパス内の店舗は大学の事実上の閉鎖を受けて休業したままだ。また、ロンドンなど同じ都市に複数の店舗がある場合、大型店を優先して開いている。
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業界最大手のウォーターストーンズは、営業再開が可能となった6月15日から、イングランド域内の各店舗をオープンして客を迎えた。ウォーターストーンズは、ロックダウン直前まで通常営業を続けたことで、従業員から「ドーント社長はリモートワークしながら、従業員を現場に送り込み、感染の危険にさらしている」という不満の声が上がっていた。この反省からか、安全対策は徹底している。店頭には希望した店員のみを配置し、営業時間を短縮し、入り口には客用のハンドジェルを常備し、客にはソーシャルディスタンシングを義務づけ、支払い方法としてはコンタクトレスのクレジットカードのみを受け付ける。店員にも、ハンドジェル、そして「任意で使えるように」マスクを配布する。さらに、一度手に取った本は棚に戻さず、図書館に置かれているようなカートに置いて、72時間取り置いてから再び陳列する。
ジェイムズ・ドーント社長は、「ガーディアン」紙(6月15日付)に対して、やはりドーント氏が経営するアメリカの大手チェーン、バーンズ&ノーブルが一足早く営業を再開した経験を受け、安全対策の効果と、客の協力が得られることに自信を示した。さらに、「突然閉店してから3か月経って開店することになっても、商品が完璧な状態で店に置かれているという小売店は例外的でしょう。外は真夏の暑さなのにラックに冬物衣類がかかっているなんていう心配もないですし」と余裕の姿勢を示している。数千人を雇い上げる一大企業だけに、売り場に復帰した書店員からの反発が出ないことを祈るばかりだ。
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書店のニューノーマルな未来とは
6月20日から27日までは、毎年恒例の独立書店週間「インディペンデント・ブックショップス・ウィーク」が行われ、今年はバーチャル・イベントやオンラインの読書会などが予定されている。主催者はTwitterで「営業再開した書店には幸運を祈ります。また会えてうれしいです。そして本好きの人たちは、地元の独立系書店から本を買ってサポートしましょう」と呼びかけている。また、今後は本の流通も正常化が期待されることから、引き続き独立系書店のオンライン販売を利用し、「Amazonではなく書店で買おう」と呼びかける動きも活発だ。
準備期間を十分に取るため、あるいは周囲の状況を見守るため、営業再開を7月上旬など遅い時期に予定している書店も少なくない。再開後の書店の客の出足や売り上げが判明するのは、少し先になりそうだ。
しかし、積極的にさっそく営業を再開した書店も、客足は伸びないと悲観的な見方を示すところが多い。特に郊外や地方の店の場合、お得意さんは高齢者が中心で、いまだに外出を躊躇する人が多い。また、店内イベントの再開のめども立たない。小規模な書店の多くは、店員は常時一人のみとし、入店できる客を「一度に一家族、または2人まで」と限定するなど、かなりの制約を設けての営業となっている。希少書を売る古書店である先述のロンドンのブルックなど、完全予約制にした店もある。また、ロンドン郊外の児童書専門店、アリゲーターズ・マウスは、予約制で、書店員と一対一のパーソナルショッピングができる時間帯を設けている。
書店に行くという行為が、以前にまして特別なものになっているのは確かだ。書店員との一対一のコミュニケーションをオンラインでも可能にする方法や、人が集まるイベントとは違った形で本屋の空間を生かして、完全予約制で書店を独占して過ごす時間を提供するなどの工夫も生まれるだろう。たとえば、イングランド東部のノリッジに昨年オープンしたブックバグス・アンド・ドラゴン・テイルズでは、予約しておくと、15分間だけ個人または一世帯だけでショッピングが楽しめる。これまで一部の児童書店でバースデーパーティーのために店を貸し出すサービスを行っている店があったが、こうした試みが一般向けに広がるかもしれない。
イギリスの書店は、価格の自由競争化や、大手チェーン書店の台頭と凋落、そしてAmazonと電子書籍の大幅な普及、数々の試練を乗り越えて、減少し続けていた独立書店の数が数年前から増加に転じていた。パンデミックによる試練に対する回答として、イギリス全国のブックセラーたちがどんな「さらに新しい書店像」を見せてくれるのか、期待したい。