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【緊急寄稿】ロックダウンが続くイギリス、本を取り巻く状況はどう変わったのか?

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 前回「ロックダウン下で書店はどう生き残るか」では、実店舗の閉鎖を余儀なくされた書店が、SNSを使ってコミュニティーとの結束を強め、オンライン販売や、ロックダウン解除の際に使える商品券を販売するなどの試みをしていることを紹介した。ロックダウンから1か月、イギリス人はふだんよりも読書に時間を費やしていることが明らかになった。アマゾン以外のルートで本を売る動きも活発化している。
 
 イギリスの国家保健サービス(NHS)は、新型コロナウイルスの対策として行われる自主隔離で、孤独に陥りがちな精神的な健康への配慮を呼びかけ、自宅でできるアクティビティーとして、料理や映画鑑賞などと並んで読書を推奨している。
 
 実際、ロックダウン下で、イギリス人はふだんよりも本を読むようになった。ロックダウン開始直後、「ガーディアン」紙(3月25日付)は、『戦争と平和』『1984年』といった古典的大作の売り上げがとりわけ伸びていると報じた。その前の1週間の本の売り上げは全体で6%増で、ジャンル別ではペーパーバックの小説は35%増、アート・クラフト本は38%を記録。休校を前に子どもの学習参考書は大きく伸びた一方で、大人向けのノンフィクションは13%落ち込んだという(Nielsen社調べ)。世界の価値観を一転させるようなコロナ危機のもとで、人々は普遍的な英知、はたまた純粋な気晴らしを求めたということなのだろうか。
 
 ユネスコの定める「国際本の日」である4月23日には、イギリスでは全ての人の読書を振興するためのイベント「 ワールド・ブック・ナイト」が行われている。記念すべき第10回となった今年は、ロックダウン下で「午後7時から8時まで本を読もう」という呼びかけと、4冊の中から好きなオーディオブックが無料でダウンロードできるキャンペーンが行われた。この日、ワールド・ブック・ナイトの主催者であるリーディング・エージェンシーは、国内の2,000人あまりを対象に行ったアンケート結果を発表した(アンケートは4月15日と16日に実施)。これによると、「ロックダウンになってから読書量が増えた」と答えた人は、全体の31%で、18〜24歳の若者に限ると45%に達する。全体の7割が小説を読んでいて、推理小説や古典文学の人気が高い。そして、アルベール・カミュ『ペスト』などコロナ危機とのパラレルを連想させる作品が、特に注目を集めている。
 
 出版社の中には、自社のHPで、新型コロナウイルスに関係する記事をさまざまな観点から配信しているところもある。 ペンギンブックスは、危機を乗り越え、その後の世界を見据えるための作家たちのエッセイを日替わりで連載。フェイバー&フェイバーのHPでは、作家が選曲したオリジナルのB G Mリストや、ロックダウン中に撮影した写真なども掲載されている。それがきっかけで興味を持った作家の本が読みたくなることもあるだろう。
 
 ペンギンブックスのHPは、読書生活を楽しむヒントもたくさん掲載している。「ソーシャルディスタンシング(社会的距離を取ること)の間にもっと本を読むコツ」という記事では、「ついついニュースやSNSが気になってしまうが、読書に没頭する時間が持ちたい」という人たちのために、同社の編集者たちがアイデアを披露している。同社の編集部長、サム・パーカー氏は、「通勤時間が読書時間だったのに、自宅勤務になり本が読めなくなった」という人のために、通勤時間と同じたとえば毎朝40分間をソファーでの読書に充てることを提案。そのほか、日照や照明に配慮し、座り心地の良い椅子を用意した読書スペースを作ること、家族と一緒に読書を楽しむ時間を設けること、本棚を色別に整理してインテリアデザイン効果を狙うこと、読書記録をつけてロックダウン期間の記念にすることなどの提案がなされている。
 
 また、フランスの出版グループ、アシェットのイギリス支社では、国家保健サービス(NHS)の医療関係者を対象に無料で電子書籍を提供し始めた。スーパーマーケットやドラッグストアが、医師や看護士を対象に割引サービスや優先レジを設けてきたが、プライベートの時間を充実させてもらうことで、この危機を最前線で闘っている人たちを応援したいという出版社の姿勢を示すものだ。
 
 とはいえ、ロックダウンで書店が休業しているため、本が手に入りにくい状況が続いている。一部の出版社では、個人客を相手にした通信販売を始めた。しかし、もしもロックダウンの影響で書店の倒産が続くようなことがあれば、出版業界にも悪影響が及ぶことは免れない。そこで、出版社が書店をサポートしようという動きも出ている。フェイバー&フェイバーでは、オンライン販売を行っている書店、電子書籍やオーディオブックのダウンロードサイトまで、自社の本や電子書籍が買える10数社のリンクをリストアップしている。ペンギンブックスのHPでも、オンライン販売を続けている独立系書店などを紹介している。
 
 実店舗の閉鎖を余儀なくされている書店がオンラインで販売を続ける方法については、ロックダウン開始直後は模索が続いていたが、徐々に確立されてきた。大手チェーンのウォーターストーンズやWHスミスだけでなく、多くの独立系書店が無料や少額の送料による配送を実施しているほか、営業再開時に使えるバウチャーを発行してサポートを呼びかけている独立系書店もある。
 
 イギリスの独立系書店が共同で運営している本の販売サイト「Hive.co.uk」は、本のほか、電子書籍やDVD、CD、ステーショナリーを販売。売上金の一部が、注文客の住所に一番近い書店の収入になる仕組みだ。客が好きな書店を指定して、そこが収入を受け取れるようにすることもできる。現在は1回につき1冊のみの注文を受け付けているが、これは「注文が殺到しているため」だといい、人気のほどがうかがえる。
 
 独立系書店が探せるアプリ「Save Your Bookstore」では、欧米各国でロックダウン下でもオンライン営業を続ける本屋さんが検索でき、店のHPやメールアドレスへのリンクもあるので便利。ロックダウンが解除された時に出かけたい本屋さんを見つけるのも楽しそうだ。
 
 世界的権威を持つブッカー賞の翻訳部門であるブッカー国際賞は、4月2日にオンラインで候補作が発表され、今年は小川洋子の『密やかな結晶(英語版 The Memory Police)』などがノミネートされた。受賞作品は5月19日に発表される予定だったが、主催するブッカー賞財団は4月17日に「この夏のより遅い時期」に延期すると通知した。延期の理由は下記のように説明され、出版社側の強い働きかけがあったことが明らかにされている。「オンラインで行われた候補作発表の結果、過去にない反響がありましたが、一方で、現在は本が買いにくい状況が続いています。ブッカー賞財団に対し、各出版社から、新型コロナウイルスにより本の流通が深刻な影響を受けているという指摘がありました。そこで、著者、翻訳者、出版社、そして本の流通関連の業者がこの困難な時期に十分なサポートを受けられるように、必要な対策を講じることになりました」。ロックダウンの緩和の状況を見守り、受賞作の発表の期日は「できるだけ早く」通知する予定で、それに先立って候補作品の宣伝も盛り上げていく方針だという。書店の営業が再開した折に発表を行えば、ダイレクトに書店の売り上げに繋がることが期待される。
 
 ブッカー賞財団の文学部長ギャビー・ウッド氏はさらに、こう付け加えている。「注意深い検討の結果、いずれも卓越した小説である候補作品、そしてひいては受賞作品が、誰にとっても簡単に読むことができる状況下で称賛されるように、こうした決定を行いました。翻訳小説を読む体験はいわば旅のようでもあり、世界が回復する中で、その内容はさらに価値あるものに感じられるでしょう」。
 
 本は、危機の時代の生き方を考えるヒントにもなれば、純粋な楽しみを通して精神的な健康を保つことにも役立つ。コロナ危機に直面する社会に、本を通してしかできない貢献があるはずだ。ロックダウンが緩和されてからの世界を見据えて、本の業界が一丸となって、そのおかげで芽生えた読書熱を盛り上げていくことが期待される。イギリスでは、作家から編集者、書店員まで全ての人が、ほとんどの場合は自宅勤務を続けながら、コロナ時代の読書生活を応援し、そして業界として生き残るための工夫を重ねている。


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英。通算10数年のパリ暮らしを経て、現在はロンドンを拠点に取材執筆・翻訳・映像制作を行う。著書に『世界の夢の本屋さん2・3』『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』、訳書に『インドのけもの』『人生を変えた本と本屋さん』など。作家 辻仁成主宰のウェブ媒体 「Design Stories」でエッセイ連載中。