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英国出版事情 (3/3)大手広告代理店がバックアップ、「本屋で本を買おう」キャンペーン

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読書家が多いイギリスは、電子書籍やネット書店の普及も早く、近年、大小の本屋さんが次々と消えていきました。ところが最近になって、ユニークな本屋さんが各地で新たに誕生し、人気を呼んでいます。その結果、紙の本の売り上げも上昇中。「やっぱり本と本屋さんが好き」なあなたなら見逃せないイギリスの最新状況を探ります。

 

[英国出版事情(3/3)開始]

1/3「本の未来を先取りするロンドン」

2/3「「本のショーウインドー」と化した書店の危機」

 

大手広告代理店がバックアップ、「本屋で本を買おう」キャンペーン

 

 ブックス・アー・マイ・バッグ(Books Are My Bag)、略してBAMBは、イギリスとアイルランドで行われている「本屋で本を買おう」と呼びかけるイギリス史上最大のキャンペーン。ブックセラーズ・アソシエーション(Book Sellers Association)と、パブリッシャーズ・アソシエーション(Publishers Association)(イギリスの出版社で構成する協会)の共同企画で、大手広告代理店M&Cサーチが運営を手掛けています。

 

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ブックス・アー・マイ・バッグのインスタグラムに登場している著名人たち

 

 キャンペーンの名前は英語のくだけた表現で「本が私の好きなもの」の意味。2013年4月のロンドンブックフェアでローンチされ、モデルやシェフなどの有名人が、Books Are My Bagと書かれたブックトートを持った写真をソーシャルメディアに次々とアップ。これが話題になり、広く知られるようになりました。2016年はシェイクスピア没後400周年を記念してその肖像画をあしらったデザインや、子ども用に90周年を迎えた「くまのプーさん」の絵柄のブックトートを販売しました。また、イギリスを代表する現代アーティストで、華やかな女装でも知られるグレイソン・ペリー(Grayson Perry)によるオリジナルのイラストのブックトートも売られています。

 

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書店の店内に掲げられたブックス・アー・マイ・バッグの旗

 

 本を読もう、買おうと呼びかけるだけではなく、リアルな人との出会いや、地元の商店を支えることの大切さを訴えていることが、成功の秘訣のようです。著者イベントのほか、作家が地元の好きな書店を紹介する記事をウェブサイトに掲載するなど、著者たちも積極的に協力しています。立ち上げから3年半でさらに盛り上がりを見せていて、キャンペーンの一環として、2016年10月8日には初めて「ブックショップ・デー」を開催。独立系書店も大手チェーン書店も含め、イギリス各地の1000軒の書店が参加し、店のウインドーで人気イラストレーターが絵を描くイベントが行われたり、作家が愛顧する自宅の近所の書店でサイン会をしたり。また本を買ったお客さんにブックトートから秋の果物までさまざまなプレゼントをするなど、さまざまな趣向で書店に人を呼び込むイベントを行い、各書店からは「売り上げにつながった」という評価が出ています。

 また11月最後の週末にはクリスマスシーズン本番の到来を告げるイベント、シヴィライズド・サタデー(Civilised Saturday=文明的な土曜日)を開催。11月最後の金曜日を指すブラック・フライデー(暗黒の金曜日)をもじった命名です。ブラック・フライデーは、家族や親せきに配るクリスマスプレゼントの買い物に誰もが大きなストレスを感じるシーズンの幕開けを意味し、近年ではデパートからアマゾンまで、様々なショップが「ブラック・フライデー・セール」を行って、買い物客を呼び込みます。シヴィライズド・サタデーは、そんな中で「心穏やかに過ごし、地元経済に貢献しながら気の利いたプレゼントを見つけるなら本屋さんへ」という趣旨のイベントです。2015年に「売り上げ増につながった」という評価を受けて開催された第2回の2016年は、新たに大人向け・子ども向けの各部門で独自の文学賞を設立し、サイト上で投票を呼び掛けました。この結果はシヴィライズド・サタデーの2日前に発表され、プレゼント用の本選びの参考にしてもらうという趣旨です。

 

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シヴィライズド・サタデーを知らせるウインドー

 

 当日は、参加する各書店の裁量で、地元の作家によるサイン会が行われたり、ワインやお菓子が振る舞われたりしました。たとえば南ロンドンの書店、ダリッジ・ブックスでは、地元商店街の協力で、子どもたちが町内のあちこちの商店に隠された絵本『コニー・キャロット』(Connie Carrot)の主人公を見つけるというキャラクター・ハンティングのイベントが行われました。また、店内ではクリスマスプレゼント向けの本をピックアップして平積みにしたコーナーがあちこちに設けられ、本に添えたいクリスマスカードも販売。お菓子作りの得意な店員が焼いたブラウニーやプロセッコが振る舞われ、午前中から買い物客でごった返すにぎわいでした。

 

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ダリッジ・ブックスではシヴィライズド・サタデーの当日、買い物客にプロセッコが振る舞われた

 

 

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ダリッジ・ブックスでイベントのテーマになった『コニー・キャロット』。にんじんの栄養を楽しく解説する食育絵本

 

 前述のアーティスト、グレイソン・ペリーはキャンペーンのウェブサイトに、こうした活動の趣旨を要約するようなメッセージを寄せています。

 「地元の本屋さんに行きましょう。本好きは、いい人たち。それに、本屋さんは、本を買うだけではない場所になっています。様々な小さなコミュニティーで、同じような考え方の人たちが集まる社交の場として、かけがえのない役割を果たしているのです。でも、本を買うのも忘れずに!」

 

未来の読者を育てる努力

 『不思議の国のアリス』や『熊のプーさん』、『ドリトル先生』シリーズなど、数多くの児童文学の傑作を生み出してきたイギリス。そして20世紀の末に起きた「ハリー・ポッター」シリーズの大流行は、子どもだけではなく大人の読者にも広がり、イギリスのみならず世界的に児童書への興味を高めるきっかけになりました。

 そして、子どもの頃に読書や本屋を訪れる習慣をつけることが、本の業界にとっては、未来の顧客を育てることにもつながります。それに、親たちは子どもの本には財布のひもが緩むものらしく、本全体の売り上げの3割を児童書が占めています(1)。そこで、新しく誕生している独立系書店の多くが、店内に子どもの本のコーナーを広くとり、お絵かきコーナーなどの遊び場を作るなどの工夫をし、読み聞かせや絵本にちなんだ工作教室などの子ども向けイベントを多数行っています。前出のブックス・アー・マイ・バッグでも、オリジナルのブックトートを子ども向けに作り、文学賞では子ども部門を設けるなど、子どもを対象とした活動に力を入れています。

 また、子どもを主な対象とするリーディング・フォー・プレジャー(Reading for Pleasure=楽しみのための読書)という大規模な活動が、パブリッシャーズ・アソシエーションの主催で行われています。「複数の研究によれば、楽しみのために読書をする子どもは、言葉の能力だけではなく数学の能力も優れている。またこうした基礎科目の学力向上が、長期的にイギリス社会と経済に貢献する」と説明。「親の階層や教育レベル以上に、本好きかどうかが、子どもの成績を左右する」とのこと。トドラー(よちよち歩きの幼児)からティーンエイジャーまで、学校と家庭の双方で子どもたちが読書を楽しめるような環境づくりを促すべく、子どもの読書を推進する様々なNPOなどのチャリティー活動に協力しています。

 具体的には、たとえばゼロ歳、3~4歳、4~5歳の3回にわたって年齢にふさわしい絵本を無料で贈る活動が、NPOブック・トラスト(Book Trust)とのコラボレーションで行われています。一緒に絵本を読むクマの母子がトレードマークで、子どもの定期検診時に、それぞれの年齢にふさわしい絵本数冊が、地域のヘルスビジター(保健士)を通して、全員に手渡されます。

 

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親子で本を読むクマが目印の「ブックトラスト」の運動。すべての子どもに絵本が無料で配られる

 

 さらに、毎年3月の第一木曜日にはワールド・ブック・デー( Word Book Day )を実施。イギリス国内の子どもの数に相当する1250万枚の1ポンド分のブックトークン(図書券)を、学校を通して配布。これを本屋さんに持っていくと、このイベント用に毎年指定される本と交換するか、それ以外の本やオーディオブックの支払いの割引券として使えるという仕組みで、「子どもを連れて地元の本屋さんを訪れよう」と、教師や親、保護者に呼びかけます。

 このほかにも、移民が多く社会的格差の大きいイギリスならではの活動として、英語の苦手な子どもを対象にした読み聞かせ活動、ビーンズトーク( Beanstalk )があります。イングランド全域で、職員100人とボランティア3100人が、各地の学校に赴いて一対一で本を読み聞かせる活動を実施しています。「Read, Grow, Succeed(読書をして、成長し、成功しよう)」がスローガン。子どもの読書力を鍛えることが学力の基礎となり、ひいては社会人としての成功につながるという考え方が、ここでも打ち出されています。

 また、民間の教育出版社スコラスティック( Scholastic)は、イギリスとアイルランドの各地の学校で「ブックフェア」と題した本の展示即売会を年間13000件開催、400万人以上の子どもたちに本を届けています。移動できる陳列台に、200タイトルほどの本の表紙を見せて展示販売。学校側は協力料として、手数料や無料の本を受け取るというシステム。学校で行われるこうした「ブックフェア」は、ほかの業者も含めて近年増加しています。

 

「読書好きのイギリス人」――まだある開拓の余地

 未来の読者を育てるうえで、教育が必要なのは子どもではなく、むしろ大人の方かもしれません。全体としてイギリス人は読書好きで本をたくさん買っているのは確かですが、その陰で、本を全く読まない・買わない人もかなりの数いるという現実があるのです。

 国内に住む成人の6人に1人が「本を読むことに困難を覚えている」といいます。消費者全体のうち、本を買う人の割合は67%にすぎません。毎週1冊以上紙の書籍を読む人は59%、電子書籍を読む人は31%(2)という数字は、裏返すとかなりの人が(あまり)本を読まないということを物語ります。

 このため、「いかに幅広い人たちに本の世界に親しんでもらうか」が、出版社や書店の大きな課題となっています。本を読む習慣のない大人向けにも読書の楽しさを伝える活動としては、チャリティー団体リーディング・エージェンシー(Reading Agency)によるクイック・リーズ( Quick Readsがあります。2006年以来、親しみやすく短時間で気軽に読み切れる本を100タイトルあまり出版。移民で英語の能力を十分に持たない人、忙しくて読書の習慣を失ってしまった人など、幅広い層を読者層に取り込むことを目指しています。

 書店に行く習慣の少ない低所得者層もよく利用するスーパーマーケット、テスコやアスダでは、大幅に値引きした大衆的なペーパーバックが大量に売れています。このことにヒントを得て、出版社のハーパーコリンズ(Harper Collins)は2007年、主にスーパーマーケットで販売する大衆小説のブランド、エーヴォン(Avon)を創設。新たな読者を開拓するこの試みは、電子書籍でも売り上げを伸ばすなど成功しています。

 

 

 世界に誇る文学史を持ち、現代も世界一の本の輸出大国のイギリス。国内では、電子書籍の普及、デジタル化によるセルフパブリッシングの活発化など、本をめぐる歴史的展開を先取りしてきました。本を読むという習慣、書店に足を運ぶという習慣を現代にふさわしい形で呼び戻すための試みは、日本の出版不況を危ぶむ私たちにも参考になりそうです。


1)「Nielsen Book Research in Review 2015」

2)Inside Book Publishing, Giles Clark, Angus Philips, 5th Edition, Routledge, 2014


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

ジャーナリスト。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。ロンドンとパリを拠点に、執筆、翻訳、映像制作を行う。著書に『世界の夢の本屋さん2』『世界の夢の本屋さん3』『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』(いずれもエクスナレッジ)などがある。