書店はおおむね善戦
イギリスではコロナウイルス変異種の蔓延により、1月5日から3度目のロックダウンが始まった。生活必需品以外の店は、書店も含めて休業を求められている。ただでさえ、イギリスには「ジャニュアリー・ブルー」、いわば1月病という表現がある。クリスマスから年末にかけての祝祭気分が終わり、まだ寒く暗い日々が続くことから、年明けには陰鬱な気分を抱える人が多い。
そんな中で、本の業界には思いがけず明るいニュースがあった。イングランドと北アイルランドの独立系書店が加盟するブックセラーズ・アソシエーション(BA)によると、2020年に50軒余りの書店が新しく開業し、BAに登録している独立系書店の総数が967軒に達した。2019年の890軒から大幅に増えている。1995年(当時は1894軒だった)から続いていた減少傾向が2017年(868軒)に底を売って以来4年連続の増加で、2013年の水準まで回復したことになる。
「ガーディアン」紙ウェブ版(1月8日付)の記事は「独立系書店がコロナに勝った」との見出しを掲げた。ロックダウンで前職の仕事が減ったことや、近所の店舗が廃業して貸しに出されたのをきっかけに、長年の夢を果たして書店を開業し、地元の人たちの支持を得て順調な滑り出しを果たした人たちの逸話を紹介している。同紙の取材にBAの代表は「パンデミックのおかげで、人生について考える人が多い。本屋の経営を魅力的だと思う人は常に一定数いるもので、人生の転機を求めて夢の実現を目指し、成功させる人はこれからもいると思う」と述べている。
ただし注意しなくてはならないのが、2020年に廃業した書店の数も44軒に達することだ。「独立系書店の総数」の増加には、未加盟だった少数の書店が加盟した動きも反映されている。ロックダウン下で、BAは規制内で営業を続けるためのアドバイスや資材の提供を行っていたので、こうしたサポートを求めて初加盟した書店も少なくない。
2020年春に行われた最初のロックダウンでは、生活必需品以外の小売店は、通販によって営業を継続するように奨励された。これを機に、小規模な書店もウェブサイトを整備してネットでの通販を始めた。さらに、本の販売サイト「Bookshop.org」は、好きな独立系書店を選んで本を買うと(ただし利用できるのは国内在住者のみ)、その店に売上金の30%が入るという画期的なシステムだ。「ロックダウン下で本を買いたいがアマゾンは使いたくない」という人々に支持を得て知名度と売り上げを伸ばした。「Bookshop.org」は書店をサポートすることを目的に、現在アメリカとイギリスで運営されている非営利法人で、書店が自店のウェブサイトからこのシステムを利用して通販を行うこともできる。今後、他の国にも拡大したい意向を示している。
昨年11月、そして今回のロックダウンでは、通販に加えてウェブサイト経由や電話・メールで注文しておいた本を店頭でピックアップする「クリック&コレクト」の販売方式も許されている。しかし今回のロックダウンでは、大手チェーンのウォーターストーンズやブラックウェルズがクリック&コレクトを休止し、独立系書店も通販のみ、あるいは完全休業に切り替えているところが少なくない。イングランドで今回のロックダウンのために休業した店には、店の規模に応じて最高9,000ポンドの一時金が政府から支給される。医療の逼迫を受けて、業界も努力を迫られ、デパートをはじめとする小売業界に「人々の不要な外出を減らすため」の自粛が広まった。
さらに、店員が感染のため、あるいは在宅学習中の子どもの世話のために働けないケースも多いとみられる。「少なくとも2月半ばまで」として始まった今回のロックダウンは学校の再開などを優先事項として徐々に解除される予定だが、書店が通常営業できるようになるにはかなりの時間がかかりそうだ。書店にとっては今が正念場といえるかもしれない。
ロックダウン下の読書生活
2020年は、読者にとっても転機の年だった。イギリスでは、春のロックダウン中に紅茶とビスケット、そして本の売り上げが目立って伸びたという。家でティータイムを楽しみながら本を読む優雅なイギリス人のロックダウン生活の実態が目に浮かぶ。3度目のロックダウンを受けて、出版社や書店はソーシャルメディアやウェブサイトを通して、さらに本を読むチャンスにしようと呼びかけている。
出版社のサイトの中では、ペンギンブックスのサイトが楽しい。作家や編集者によって、ロックダウン下の読書生活を応援するコンテンツをいち早く充実させてきた。今月は、子どもがいる作家たちによるホームスクーリングの体験談を公開した。また、昨年3月に公開した「ロックダウンでもっと本を読む方法」のページをアップデートし、休校で子どもが家にいて読書どころではないという大人のためのアドバイスも加えた。家族全員が読書する時間を設ける、大人も楽しめる優れた児童文学を読み聞かせる、またオーディオブックを活用してながら読書をするといった方法を提案している。
ブラックウェルズは学術書に強い書店チェーンだが、ウェブサイトでは現在、「コンフォート・リーズ」、つまり純粋な楽しみと満足のためのブックリスト特集を公開している。顧客向けのメールでは書店員が顔写真入りで登場し、「本を読む目的はいろいろあるけれど、どの時代も変わらないのが純粋な喜びを得るためということ。そんな目的で読書をしたいときに私たちが読む本をピックアップしてリストにしました」と説明し、「毛布にくるまって、紅茶を1杯入れて、さあ、楽しんでください!」と呼びかける。内容は、児童文学の古典E・B・ホワイトの『シャーロットのおくりもの』、カルト的人気のある1970年代のS F小説、ダグラス・アダムズの『銀河ヒッチハイク・ガイド』など、いつか読みたかった、あるいは読み返したかったポピュラーなペーパーバックスが並ぶ。
ウォーターストーンズのホームページでは、「冬の読書」と題した特集でカズオ・イシグロがデュマの『モンテ・クリスト伯』を読み返すという内容のエッセイを寄せるなど、作家たちがこの冬勧める私的セレクトを紹介している。
独立系書店も、ウェブサイトや顧客向けメールの内容を充実させている。バースの書店「ミスター・ビーズ・エンポリアム・オブ・ブックス」は現在通販のみだが、「今も店は完全に営業中」と宣言。そもそもこの書店は、膨大な本の知識をもつ書店員を揃えていることで有名だ。ふだんは、古代ローマ浴場の遺跡で知られるバースにちなんで「ブック・スパ」、つまり一対一で書店員とお茶を飲んでカウンセリングし、読みたい本リストを作っていく予約制のサービスを実施している。現在はこれのリモート版として、書店員たちがメールや電話で読みたい本を一緒に探してくれるサービスを受け付けている。また、ウェブサイトではさまざまなテーマ別の本、あるいは「最近私が読んでいる本」の数冊から10冊あまりのリストを書店員の写真と名前入りで公開し、そのリストの本を全て買うと本が15%割引になるキャンペーンを行っている。
2020年、話題を読んだ本
家でも一人でも楽しめる読書のよさを実感した人が多かった2020年、出版界では「本についての本」の静かなブームが続いた。中でも大型企画の『オックスフォード本の歴史図鑑』(The Oxford Illustrated History of the Book)は14の章に渡り、古代のクレイタブレット(粘土版)から、現代のタブレットで読む電子書籍に至る「本」の歴史を、制作、印刷、流通、読書などさまざまな角度から、豊富な図版とともに国際的な研究者が解説している。
またエッセイ『書店員の物語』(The Bookseller’s Tale)は、「サンデー・エクスプレス」紙の書評によれば「本屋を物色することが天国みたいだと思う人なら、同じ快楽を味わえる宝箱のような本」。著者のマーティン・レータムは、ウォーターストーンズで店長としての社内最長のキャリアを誇り、現在はカンタベリー店の店長を務める。35年にわたる書店員としての体験談に加えて、本にまつわる逸話と本の紹介を集めたエッセイで、イギリスの読書家から熱い支持を集めている。これらの本は、やはり、本屋で買って読みたいものだ。
そして、2020年に最も目にすることが多かった本といえば、イラストレーター、チャーリー・マックジー著の大人向けの絵本『ぼく モグラ キツネ 馬』(川村元気訳による日本語版が、2月に飛鳥新社から出版予定)。手にずっしりとくるハードカバーの装丁の本は、現代版『くまのプー』のようなお話。墨絵のような独特の画風のモノクロの絵と、少年と動物たちのシンプルな対話が続いていく。たとえば「大きくなったら何になりたい?」とモグラは聞き、「優しくなりたい」と少年は答える。もともとインスタグラムに投稿された作品に編集者が目をつけたことから実現した企画で、出版当初は2019年のウォーターストーンズ・ブックオブザイヤーに選ばれ、年末にクリスマスプレゼント需要によってベストセラーになった。コロナ危機を受けて人々の心の支えとしてブームは続き、「サンデータイムズ」紙のベストセラーリストで55週にわたり上位10位に入り、150万部あまりを売り上げた。現在、原書は版元で品切れになっている。
図書館の閉鎖を受けて、子どもたちに電子書籍を与える
一方で、本を買う余裕がない人、特に貧困家庭の子どもたちにとっては、図書館の閉鎖が大きな打撃だ。子どもの読書を促進するチャリティー団体「ブックトラスト」は昨年春のロックダウン中に、幼児と小学生のいる貧困家庭に23万7,000冊の本を寄付したが、長引くロックダウンの影響は色濃い。文化支援団体「アーツ・カウンシル・イングランド」(ACE)は1月21日、イングランドにある150の公共図書館に、電子書籍とデジタルオーディオブックの購入資金として、15万2,000ポンドを寄付すると発表した。
今年に入ってからも、出版社や作家が絵本や児童書に関連したアクティビティーを公開するなど、子ども向けに独自の活動を行っている。たとえば、2020年に最も売れた絵本作家となったジュリア・ドナルドソンは、Facebookを通して自作の読み聞かせをする動画の配信を1月下旬に始めた。教育出版社「オックスフォード・アウル」は、レベル・学年別に分類された電子書籍を無料で利用できるライブラリーを公開している。
現在イギリスの子どもたちの多くは、家庭でリモート授業を受けている。イギリスの学校には決まった教科書がないので、5歳児から始まる英語読解の授業も、読み聞かせ動画や電子書籍が教材だ。本来なら学校図書館から毎週本を借りてきて家庭で読む習慣が、すべてデジタルに切り替わっている。本屋にも図書館にも行けず、読み聞かせ動画や電子書籍が頼りという状況が、次世代の読書生活にどのような長期的影響を及ぼすのかは未知数だ。どんな媒体でも本が読める子どもを育てることが、未来の読書人を育てることにつながると期待したい。
イギリスでは、本の送り手も受け手の側も、出口の見えないロックダウンを「本のある生活」の新境地を切り開くためのきっかけにしようと、さまざまな努力を模索している。旅行も娯楽も限られている今が、本を再発見するチャンスであることは間違いない。