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英国出版事情 (2/3)「本のショーウインドー」と化した書店の危機

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読書家が多いイギリスは、電子書籍やネット書店の普及も早く、近年、大小の本屋さんが次々と消えていきました。ところが最近になって、ユニークな本屋さんが各地で新たに誕生し、人気を呼んでいます。その結果、紙の本の売り上げも上昇中。「やっぱり本と本屋さんが好き」なあなたなら見逃せないイギリスの最新状況を探ります。

 

[英国出版事情(2/3)開始]

1/3「本の未来を先取りするロンドン」

3/3「大手広告代理店がバックアップ、『本屋で本を買おう』キャンペーン」

 

「本のショーウインドー」と化した書店の危機

 

 イギリスで、書籍販売のマーケットにおける書店のシェアは、アマゾン(Amazon UK)に押され続けています。2015年もインターネット通販で本を買う人は着実に増え続け、売り上げ部数は1億7600万部(前年比10%増)、総額10億1100万ポンドの売り上げ(同11%増)を記録。書店の売り上げは横ばいで、1億800万部(増減なし)、8億3800万ポンド(1%増)でした。

 一方で、スーパーなど他業種の店の売り上げは部数で4%減、売上総額で2%減。インターネット通販の売り上げは全体の部数の5割、売上総額の45%を占めています(1)

 ちなみに日本では、2015年の販売額は、書店が64.5%、ネットは増加傾向にあるものの9.6%にとどまります(2)

 インターネット通販を利用する理由としては、「価格」「便利さ」「品ぞろえの良さ」を挙げる人が多く、一方の大手チェーン書店は「便利さ」が好まれています。

 一方で、イギリスの新しい傾向として、「本のセレクトが良いこと」を理由にあえて独立系書店で買い物をする人が、近年増え続けていることが挙げられます。「店頭で、知らなかった魅力的な本に出会え、あるいは読むべき本であることに気づいていなかった本を再発見できる」というリアルな店舗ならではの良さが、今見直されているのです。そして、ネットとは価格競争で太刀打ちできない現状の中、こうした期待に応えられる店だけが生き残り、あるいは新たに誕生するという時代になっています。

 

 イギリスでは1980年代以降、書店をめぐって激動の時代が続いてきました。

 今でこそ、イギリスでは本の価格は自由競争になっていて、アマゾンではほとんどの本が書店よりも安く買えますが、かつては日本の再販制度のような協定「NBA(Net Book Agreement)」がありました。19世紀末に定められた「本を出版社が決めた定価で販売しなくてはならない」という協定により、日本と同様、長い間定価販売が行われていたのです。

 しかし1980年代以降、大手書店チェーン数社が乱立して公然と値引きを始めるなど反発の動きが高まり、1995年には政府が違法との判断を司法に求めて事実上崩壊、1997年に正式に廃止されました(たとえばフランス政府が文化の保護のために国内の出版社や書店を優遇し、本の定価販売を義務付けているのとは対照的です)。

 こうして、1990年代末には、NBA協定の崩壊で本格化した価格競争により、大手チェーン書店が中規模のチェーンを吸収しながら、ハイストリートと呼ばれる各都市の目抜き通りに店舗を増やしていきました。何フロアにもわたる広い店内に5万~8万タイトルをそろえ、精算前の本も読めるコーヒーショップを設けたアメリカ式の超大型書店が誕生。1998年にはオクスフォードストリートに、今はなきアメリカ資本ボーダーズBordersの大型店、1999年にはロンドン中心部のピカデリーにウォーターストーン(Waterstones)の旗艦店がオープンしました。このあおりで、ロンドンをはじめとするイギリス全国で、中小の書店は次々と閉店していきます。

 

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イギリス全国に280店舗を展開するウォーターストーンズ

 

 しかし、やがてアマゾンの台頭を受けて2009年にボーダーズが閉店(2011年にアメリカでも廃業)。ウォーターストーンズも2011年と2013年、いくつかの店舗を閉じてチェーンを縮小しました。

 書店やアマゾンのほかバーゲン書店、スーパーマーケットも参入する激しい競争の末に、イギリスは世界一、本の値引き率が高い国になりました。本には今も、出版社による希望小売価格が表示されています(本によってはイギリス国内のポンド価格だけではなく、アメリアやカナダ、オーストラリアなど、他の国の価格も表示されていることもあります)が、最終的に消費者に渡る際の販売価格は、平均で小売希望価格よりも20数%低くなっています。

 本は出版社から仲介業者へ、または書店へ直接、販売されます。その際の契約内容は本の性質などによりまちまちですが、典型的には出版社は希望小売価格の4割ほどで本を書店に販売し(そして各書店はそれぞれの判断で販売価格を決める)、また売れ残った本は一定の期間を経れば返品して(アカウントにクレジットの形で)払い戻しを受けられるという条件です。中には書店買い取りという契約が結ばれることもあり、その際はより安い価格で卸されます。

 大手出版社の本を大手書店やスーパーマーケットが仕入れる場合は、出版社から直接本を買い入れます。本屋の売り上げのほとんどが店の入り口近辺の本に集中し、新刊本のリサーチに書店を利用人して結局ネットで注文する人も、その辺りを主にチェックすると言われています。有名作家のフィクションや、話題の人の自伝エッセイなどは、書店の入り口に近い場所に平積みにすることを条件に出版社から大量に安い価格で買い入れたり、著者イベントを店内で開く経費を出版社側に負担してもらったり、といった「持ちつ持たれつ」の契約内容になります。

 アマゾンの場合は通常、紙の書籍で4割、消費税の課税対象となっている電子書籍の場合で35%の買い取り価格を出版社に提示するといわれています。

 大型書店を全国の都市に展開する大手チェーン、ウォーターストーンズの場合、大手出版社の本に関しては基本的に仲介業者を使いません。2009年には、自社の流通センターをバートン・アポン・トレントに開設しました。買い付けは本社のバイヤーが、出版社の営業担当者やアカウントマネージャーがプレゼンするタイトルの中から一括して行い、本は出版社から流通センターに運び込まれ、そこから全国の店舗に出荷されます。詩集や専門書など小さな出版社の本については例外で、仲介業者から本を買い付けます。

 駅や空港、高速道路のサービスエリアとイギリス全国のハイストリートにイギリス最多の1200店舗あまりを展開しているWHスミス(WH Smith)も、スウィンドンにある本社で一括して出版社から直接買い付けを行い、自社の倉庫を通して全国の店舗に出荷しています。本社のマーケティング部門では、出版社の営業やマーケティングの担当者とも協力しながら、広告や店内のプロモーション、著者サイン会などを企画します。

 イギリス国内で当初、倉庫スペースを節約するため仲介業者を使っていたアマゾンは、2013年までに自社倉庫をイギリス国内8カ所に設立し、より迅速な配達を実現しました。

 独立系の書店の場合、また大手書店でも小規模の出版社の本については、ホールセーラー(wholesaler)と呼ばれる仲介業者が使われるのが一般的です。

 ホールセーラーは大手2社がほぼ独占。最大手でイーストボーンにあるガードナーズ・ブックス(Gardners Books)は、40万タイトルあまりをそろえ、ウォーターストーンズは小規模の出版社の本をすべてここから買い付けています。ノリッジにあるバートラム・ブックス(Bertram Books )は、20万タイトルあまりを常備。これらの仲介業者は小規模の出版社の情報提供も行って流通を促す役割も果たし、また付加サービスとして電子書籍のデジタル倉庫の機能も提供しています。

 

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ガードナーズ・ブックスはホールセーラー最大手で、イギリス全国の書店に中小の出版社の本を納入している

 

 1980年代以降、ホールセーラーは本の流通システムのスピードアップに努めて顧客を増やしてきました。かつての独立系書店は、無数の出版社それぞれから送られてくるインボイスの処理に労働力を割かれ、また出版社の倉庫からの出荷は時間がかかることが多く、迅速な取り寄せは不可能で、これも客離れを招いていました。ホールセーラーは書店へのサービスを向上させるべく、インボイスのシステムを単純化させ、オンラインでそれぞれの本に関するマーケティング上の情報提供や買い付けのアドバイスまでも行うようになりました。

 注文はもちろんオンラインで受け付け、翌日には書店に届けます。独立系書店にとって、ホールセーラーは自社倉庫代わりの役割を果たし、不可欠の存在となりました。さらに、書店以外で本を売る小売チェーンやスーパーマーケットや、以前は限られた業者が納入していた学校図書館にも参入、またイギリス国外の書店への輸出も行っています。

 本の表紙のバーコードをレジでスキャンすることにより、本が売れるごとに情報が収集できるEPOSシステムの普及によって、書店は店舗のスペースを有効利用するため、出版社に対して、より少量の注文をより頻繁に行うようになりました。その結果、出版社も在庫管理を効率的に行えます。それでも、売れ残った在庫は書店から出版社に返品できるという契約内容が一般的なので、出版業界の制作費の2割が、売れ残りの本の処理に充てられています(3)

 イギリスでオンライン書店といえば、アマゾンがほぼ独占してきました。電子書籍と紙の書籍の双方で利用者の多いアマゾンでは、定価より安く買えるので、書店で見た本をアマゾンで注文するという人が少なくありません。書店のオーナーや書店員さんと話をするたびに、「書店のショーウインドー化」を危ぶむ声は、頻繁に聞かれます。

 イギリスの書店チェーンの大手2社、WHスミスやウォーターストーンズでは、平積みにされたフィクションのペーパーバッグを中心に「2冊目が半額」などの割引をほぼ常時行っているし、大手スーパーマーケットのテスコやアスダは大衆的なベストセラー本を中心に、時に半額以下という大幅の値引きを行っています。大量仕入れや店頭での販促、また書店の場合は広い店舗スペースを利用したブックイベントと引き換えに、低価格で仕入れているからこそ、大幅な割引は可能になります。

 

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WHスミスの店内のあちこちには「2冊買うと2冊目は半額」セールコーナーが

 

 この結果、ベストセラーの場合、スーパーマーケットやアマゾンでの小売価格が、仲介業者から独立系書店が買い入れる際の価格を下回るという事態も生じます。独立系書店がニッチなセレクトや、リアル店舗ならではの魅力で勝負しなくてはならない大きな理由が、ここにあるのです。

 1990年代半ばからの10年間、毎週1軒のペースで書店が消え、イギリス国内ではパブに続いて閉業の多い業種といわれてきました。1997年には1800軒あまり、2007軒には1400軒あまりあった独立系書店は、2014年には1000軒を割り込みました。独立系書店のシェアは減り続け、2012年には本の売り上げ全体の3%にまで落ち込んでいます(4)

 

独立系書店のリバイバル

 しかし、最近になって、この流れに確かな変化の兆しが見えてきました。

 「ガーディアン」のニュースサイトが伝えるところによると、Nielsen Book Researchの調査で、2016年上半期には、イギリス人は7800万冊あまりの本を購入。これは前年上半期に比べて400万冊の増加で、売上額では9%あまり増えました。これは、過去10年で最も良い数字で、しかも、電子書籍よりも、紙の書籍の方が売り上げの伸びが顕著です(5)

 そして、こうした変化を支えているのが、リアル書店の努力だと言われています。イギリスとアイルランドの4000軒の書店が加盟する協会(1858年設立)ブックセラーズ・アソシエーション(Book Sellers Association)によると、電子書籍やアマゾンの利用者の増加にもかかわらず、今も56%のイギリス人が、書店の店頭で本を買う決断をしています(6)。街から大小の本屋さんがみるみる消えていった後、「良い本屋さんを訪れることを楽しみたい」という一定数のイギリス人の期待に応えるべく、新たな独立系書店が次々と誕生し、成功を収めているのです。

 価格では一切勝負せず、成功を収めた独立系書店のパイオニア的存在が、ロンドンのドーント・ブックス(Daunt Books)です。1990年ロンドンのメリルボーンに創業、その後ロンドン市内5カ所に支店を展開していて、ロンドナーで知らない人はいない有名書店です。ドーント・ブックスのファサードを描いたオリジナルのブックトートも人気で、ロンドンの町を歩いていて、提げる人を見かけない日はないほど。

 深い緑色をテーマカラーとし、ウィリアム・モリスのファブリックを使い、オークの書棚や家具でまとめた店内は、美しく居心地が良く、まさに理想の本屋さん。古めかしいウインドーは季節ごとに彩られ、店内には生花が飾られています。

 

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生の花がいつも飾られているドーント・ブックスの店内

 

 店内の本の置き方は、ジャンルを横断する国・地域別の棚がユニーク。たとえば、日本の棚には夏目漱石や村上春樹の小説から、京都の庭園の写真集や家庭でできるすしの作り方のレシピ本、ロンリープラネットシリーズの日本のガイドブックまで、日本に関するありとあらゆる本がそろいます。新刊書ばかりではなく、1年以上前に出たバックリストと呼ばれる本でも良い本は置くという方針で、きめ細やかに構成されたセレクトは、長時間見ていて飽きることがありません。そして、書店員は、待遇のよさと、能力によって昇進できるシステムでやる気を高められていて、優秀かつフレンドリー。おなじみさんと会話をする風景が良く見られます。

 2013年にはアマゾンの非人間的で劣悪な労働条件が批判され、同じ年に脱税問題についての報道も相次ぎました。これが大きなきっかけとなって、「私はアマゾンではなく、素敵な本屋さんで本を買いたい」という人が増え、またそうした書店を愛用することが一種のステータスにもなりました。

 そして、2013年の調査(Mintel)では、ウォーターストーンズで本を買う人の66%、独立系書店の顧客の61%がアマゾンでも本を買っています(7)。アマゾンの便利さや価格の安さも、本屋の店頭で出会った本を買う楽しさも、両方楽しむというのが、本をよく買う層の消費行動です。

 そんななか、2016年7月16日付のガーディアン(Guardian)や、2016年10月4日付のメトロ(Metro)の各ニュースサイトに掲載されたのが、「独立系書店のリバイバル」を伝える記事。また、ブックセラーズ・アソシエーションのサイトも、「付加価値のある書店」と呼ばれるサイドビジネスを行う書店が次々と開店し、成功している現象を取り上げています(8)

 実際に、2016年のロンドンだけでも独立系書店の開店が相次ぎ、いずれもカフェやワインバー、それに子どもの読書コーナーなどを併設し、イベントを行い、地域性や親しみやすさを売りにしているのが特徴。勤務先や家が近い人だけではなく、遠くからでも「わざわざ行きたい本屋さん」として話題を集めています。

 2月には東ロンドンに本格派のコーヒーや地ビール・ワインが飲めるバーを併設したバーリー・フィッシャー・ブックス(Burley Fisher Books)がオープンし、好調を受けてイベントスペースを確保するために拡大しました。

 同じころシティのはずれの工場跡にオープンしたリブレリア(Libreria)は、元キャメロン首相官邸のブレインが創業した硬派な書店で、選書は棚ごとに有名作家や文芸誌の編集長らに一任。店内では携帯電話禁止、書棚と鏡で壁を埋め尽くした印象的な店内には、ウイスキーバーが設けられ、イベントの際にオープンします。

 

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細長い店内の壁を書棚と鏡で埋め尽くしたリブレリア

 

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リブレリアの店内には居心地の良い読書スペースも

 

 10月には西ロンドンでW4ラヴ・ブックス(W4 Love Books)というユニークな名前の書店が開業。W4は郵便番号で、店のあるチジック地区を差し、地元の本好きが集まる場所にしたいという店主の思いが込められた命名です。犬の散歩のついでに来られるよう、店先には犬用の飲み水を入れた皿が置いてあるほか、子どもがお絵かきを楽しめる机や黒板のある遊び場も充実しています。好評を受けて、南ロンドンにも同様の店名の書店を開きたいと、オーナー店長は意欲的です。

 

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ロンドン西部にオープンしたばかりの独立系書店W4ラヴ・ブックス

 

 また2015年12月に北ロンドンに作家とアーティストが創業したインク@84(Ink@84)は、クリエイティブ・ライティングの講座や、新刊書にちなんだ子ども向けのアトリエ、また毎週金曜日には世界の映画を上映するフィルムクラブを主催し、地域のコミュニティーセンターのように親しまれています。

 新時代にふさわしい独立系書店は、ロンドンだけではなく地方都市や小さな町でも誕生しています。たとえばノーサンバーランド州ヘクサムのコギト・ブックス(Cogito Books)(2001年創業)、オクスフォードシャー州チッピングノートンのジャフェ&ニール・ブックショップ&カフェ(Jaffé and Neale – Bookshop & Café)(2006年創業)、バースのミスター・ビーズ・エンポリアム・オブ・リーディング・ディライツ(Mr B’s Emporium of Reading Delights)(2006年創業)は、大手書店の書店員や弁護士などさまざまなキャリアを持つ気鋭の店主たちがソーシャルネットワークも活用して活気ある店づくりに成功。マスコミにもたびたび登場し、地元の人たちだけでなく、旅行客をも惹きつけるようになりました。ジャフェ&ニールの店主は、2016年10月に2店目となるストウ・オン・ザ・ウォルド店をオープンさせたほか、ブックセラーズ・アソシエーションの主催による書店開業のための定期講座の講師も務めています。

 成功している独立系書店は、「本屋は、電子書籍やインターネットを利用できないような、時代に取り残された人たちを対象にしている」というイメージを払拭するべく、ソーシャルメディアを積極的に使い、自分たちのウェブサイトを通した通販や、電子書籍の販売にも力を入れています。さらに、グローバライゼーションの波に対抗し、「地元経済の活性化やコミュニティーの結束を高めたいという社会的な意識を持つ消費者は、町の本屋さんを応援しよう」とも訴え、支持を集めています。

 書店どうしが互いに協力し合い、人々を本屋に呼び戻そうというコラボレーションも活発です。チェーン書店も参加する大規模な書店活性化キャンペーン「ブックス・アー・マイ・バッグ」(Books Are My Bag)が長期的に行われており、例えばその一環として、2016年6月18日から8日間、イギリス全国の独立系書店が共同で初の「独立系書店週間」(Independent Bookshop Week」を開催しました。

 

激動の時代を経た大手チェーン書店の努力

 近年人気を復活しているのは独立系書店だけではありません。

 ウォーターストーンズに比べて大衆的で小規模の書店を展開し、イギリスで最も店舗の多いチェーン書店が、チェーンがWHスミス。1792年に新聞店として創業し、現在は空港や駅、高速道路のサービスエリアなどに600カ所、それにイギリス全国のほとんどの都市のハイストリート600店舗あまりを持ち、イギリス社会の日常に溶け込んでいます。とくに駅や空港、高速道路の店舗では、本だけでなく新聞・雑誌・食品・飲料などの売り場も広く、親しみやすい雰囲気です。客層は多岐にわたり、とりわけ5~15歳の子どもを連れた親が多いとされています。空港や駅の店舗では、ガイドブックのほか短時間で読める本をそろえるなどの工夫をしています。都市の店では電子書籍の端末Koboも販売。あまり知られていませんが、WHスミスは1995年にイギリスで初めて本格的にインターネットを使った本の通信販売を始めた会社でもあります。現在も、自社のウェブサイトで本を予約して店舗でピックアップできる「クリック・アンド・コレクト」サービスや、電子書籍のコンテンツ販売にも力を入れています。

 

 WHスミスに比べて店舗数は少ないものの、大規模で本格的な書店を全国に展開し、イギリスを代表する書店チェーンであるウォーターストーンズは、1982年創業。1980年代には当時ライバルだったディロンズ(1932年創業)と熾烈な競争を繰り広げました。1995年にディロンズが、1998年にウォーターストーンズがHMVに買収され、ディロンズ、および中規模の書店チェーンだったオッタカーズ(1987年創業)と統合されました。1999年、ピカデリーにオープンした旗艦店は、元デパートのアールデコ建築に設けられたヨーロッパ最大の書店です。

 1990年代末以降のウォーターストーンズは、店頭に行くと大衆的なベストセラーばかりが目立ち、利幅の多い文具・ギフト用品を多く置く荒っぽい経営方針でした。ウォーターストーンズの典型的な客層は男性、中流から上流階級で世帯収入5万ポンド以上と分析されています。こうしたコアな客層を中心に客離れが進んだ結果、2011年には経営破たん寸前の状態に陥りました。この窮地を救ってウォーターストーンズを買収し、大改革を行ったのが、ロシア人の実業家、アレクサンダー・マムートです。そんなわけで、ウォーターストーンズのピカデリー旗艦店の1階には、大きなロシア語本売り場があります。

 そして、マムートに抜擢されたのが、独立系書店のリバイバルを決定づけた前出の「ドーント・ブックス」の創業者、ジェームズ・ドーントでした。ドーントの就任後、店は目に見えて変わりました。一言でいえば、まるでドーント・ブックスを広くしたような素敵な本屋さんになったのです。店内ではBGMをやめて静寂が流れる空間とし、花を飾り、ゆったりとしたソファを配し、また近年閉店した町の書店から優れた書店員を雇い入れて、その地域にあった選書を任せ、広いスペースを生かして小規模の出版社の本も積極的に置くようになりました。ハードバックもペーパーバックもそろえ、新刊書だけではなくバックリスト・タイトルも豊富に置いているのもドーント・ブックスと同じ。店の規模により3万~20万タイトルで、幅広い品ぞろえが特長です。

 

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人通りの多いロンドンの中心にあるウォーターストーンズのピカデリー旗艦店

 

 1990年代末以降閉店した独立系書店の優れた書店員を雇い入れ、彼らに選書を任せて、詩集や長い間絶版になっていた小説などの本を小さな出版社から仕入れて店頭に置く試みに力を入れ、こうした分野の売り上げを伸ばしています。さらに、ピカデリー旗艦店はロイヤル・アカデミー美術館に近いことから、美術書コーナーはヨーロッパでも有数の規模を誇り、地元のイギリス人はもちろん、中国人をはじめとする旅行客が大量に本を買っていく姿も見られます。同美術館とのコラボによるアート講座などのイベントも行われています。また、かわいらしく飾り付けられた子ども向けのフロアでは、毎週読み聞かせを行っています。こうした改革がマスコミで大々的に報道され、口コミもあり、離れていた顧客を呼び戻しました。またWHスミスと同様、インターネットで予約した本を書店店頭で引き取れる「クリック・アンド・コレクト」のサービスも人気です。

 かつては「金の権化」とアマゾンを非難していたドーントですが、2012年には電子書籍の分野でアマゾンとの提携を発表。店内でキンドルを販売し始めたものの、ドーントによると「結局ほとんど売れていない」(9)ことから、2015年には都市以外のほとんどの店舗からキンドルの売り場を撤退させ、その分ハードバックとペーパーバックの書籍の売り場を広げました。

 ドーントの功績で、ウォーターストーンズの業績は、2015年には経済危機以来、初の黒字に転じました。2011年当時270あったウォーターストーンズの店舗は、一時期170ほどにまで減らされましたが、現在はおよそ280店舗をイギリス全国に展開しています。

 イギリスでは、アマゾンだけではなく、独立系書店も、大手チェーン書店も、それぞれ違った強みを追求して、本の消費者の取り込みに努め、成果を上げています。本を買うのが好きなイギリス人にとってはますます恵まれた環境が実現し、それが本の売り上げの増加にも結び付いているのです。次回は、さらに新たな読者を開拓するための業界の試みを紹介します。

 

[英国出版事情(2/3)了]


1)「Nielsen Book Research in Review 2015」

2)「日販 営業推進室 書店サポートチーム「出版物販売額の実態 2016

3)Inside Book Publishing, Giles Clark, Angus Philips, 5th Edition, Routledge, 2014

4)同上

5)『ガーディアン紙』2016年7月16日付

6)Booksellers Association

7)Inside Book Publishing, Giles Clark, Angus Philips, 5th Edition, Routledge, 2014

8)『ブックセラー』2016年5月12日付

9)『ガーディアン紙』2015年10月7日付


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英。10数年のパリ暮らしを経て、ロンドンを拠点に取材執筆・翻訳・映像制作を行う。著書に『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』など。『人生を変えた本と本屋さん』『タテルさんゆめのいえをたてる』など訳書多数。ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」。http://reinashimizu.blog.jp