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古賀稔章 未来の書物の歴史

古賀稔章 未来の書物の歴史
第8回「1万年後とコミュニケーションする方法」

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第8回
「1万年後とコミュニケーションする方法」

 
 もしあなたが、1万年後という遥か未来を生きる後世の人々に宛てたタイムカプセルのなかに、メッセージを残せる権利を得られたとしよう。自分がこの世に生きていたことの証しを書き残した記録を、できるだけ永続的なかたちで未来に残すために、あなたはどのような筆記用具や記録媒体を選ぶだろうか? 和紙に墨を選ぶという人もいるかもしれないし、あるいは、ロゼッタストーンのように石碑に彫るという人もいるだろう。
 時間を越えて過去の経験や思想を伝達するために、人類はこれまでさまざまな記号体系やメディアや技術を発明してきた。とはいえ、祖父母くらいの年金世代と現代の若者たちとを比べてみれば明らかなように、使っている話し言葉やメディア、文化的なコンテクストは、世代間で異なっている。たかだか数世代ですら会話が成り立たないほどに違っているのだから、遠い未来、何百世代先の知的生命体(もはや人類ですらないかもしれない)が、どのような書記言語を介して読み書きを行っているのかなど、まったく予測不可能なことくらい、誰にでも想像できるだろう。そのような難しい条件のなかで、人類が発明してきたコミュニケーション手段のなかから、1万年後の受け手にメッセージを確実に判読してもらうための最も相応しい手段をひとつ選ぶとしたら、はたしてそれは何になるのか。

 これと似たような問題を実際に真剣に考えたのが、アメリカの記号学者トーマス・シービオク(Thomas Albert Sebeok)である。しかし、彼の目的は、個人の生きた証しを永遠に残すことにあるのではなく、1万年後も続いてしまうほどの「危険」を後世の人類に警告するためであった。より具体的に言うと、シービオクに突きつけられたのは、アメリカ合衆国の核廃棄物貯蔵庫に隔離された放射性廃棄物へ、将来にわたって人間が接近することを防ぐための対策として、その核廃棄物が危険だということを、1万年後の世代に伝達できるような何らかの永続的な記号体系を考案せよ、という困難な要求であった。1984年に発表された技術報告書「1万年に橋かけるコミュニケーションの方法」のなかで、シービオクはこの課題への彼自身のいくつかの勧告を示すとともに、興味深い提案をしている。
 彼が導き出した結論はいたって明解、「1万年後にも絶対安全な方法などは考えられない」というものであった。なぜなら、あらゆる自然言語、人間の情報システムは、時の変化に抗うことはできないからだ。そこで代わりに彼が提案しているのは、物理学者、放射線医学の専門家、文化人類学者、言語学者など、あらゆる分野の専門家たちから構成される委員会――彼はそれを「原子力司祭団」と呼んでいる――のような仕組みだ。この原子力司祭団とは「政治的風潮から比較的独立し、会員を自ら選び、民間伝承的な性格のものを含めて必要と思われる強制手段を行使することができる委員会」であり、この委員会によって情報伝達の一種の「リレー・システム」を構築することをシービオクは強く勧めているのである。たとえ、1万年後も伝わるような単一の記号体系が存在しなかったとしても、3世代先くらいまでが理解できる記号体系でメッセージを世代から世代へリレーしていけば、いつの日か300世代に相当する1万年後にまで伝わるはずだ。シービオクが、ひとつの記号体系や伝達手段などではなく、「原子力司祭団」のような、比較的短いタイムスパンでメッセージの再コード化を繰り返していくための機構(メカニズム)を提案したことは示唆的だ。

 シービオクの「原子力司祭団」という提案は興味をそそられるものには違いないが、現実的に、どのような標識をデザインすべきか、という観点ではあまり役に立つものではない。実は同時期に、シービオク以外にも放射性廃棄物の貯蔵やその危険性についての議論は盛んに行われていた。その代表的なものとして、NUS社のアブラハム・ヴァイツベルク(Abraham Weitzberg)による『廃棄物貯蔵庫の知識を永続させるための既存の制度の拡張』(1982)、社会心理学者パーシー・タネンバウム(Percy Tannenbaum)の『300世代を越えるコミュニケーション』(1984)、コンサルティング会社のアナリスト,マウリーン・カプラン(Maureen Kaplan)の『貯蔵庫の標識デザインの基礎としての考古学的データ』(1982)などがあげられるだろう。これらの中でも、マウリーン・カプランの報告書については、ケヴィン・リンチの『廃棄の文化誌』で紹介されていたことで知ったのだが、カプランが披露しているのは、より標識としての実際の機能をかねそなえた提案だ。
 なんとカプランは、廃棄物の貯蔵場所を示す方法として、ストーンヘンジを建立することを推奨しているのである。もちろん、この考古学的な事例に眼を向けた奇抜な提案は、けっして安易なものではなく、ピラミッドやナスカの地上絵、サーペントマウンド、万里の長城、アクロポリスについても入念に検討をかさねたうえでたどり着いた結論なのだそうである。具体的には、廃棄物の貯蔵場所周辺の土地に、安定のため先細りにした巨石の一枚岩を、地下1.5メートルまで埋め、地上6メートルにわたって建ち上げる。そして、その巨石には、「危険、放射性廃棄物、ここを深く掘るな」というメッセージが英語、フランス語、アラビア語、スペイン語、ロシア語、中国語で表記され、さらにピクトグラムも用いられる。雨風にも強く、メンテナンスもいらないことは、すでにイギリス南部に紀元前2000年から存在している古代遺跡ストーンヘンジによって立証済み、というわけである。このストーンヘンジを用いるという提案は、彼女が別の論文で使っているフレーズを借りるならば、「未来を守るために過去を使う」という発想に基づくものと言えるだろう。

[Wikimedia Commons より]

Wikimedia Commons より]

 このカプランによるストーンヘンジ案は、単に奇抜な案のようにも受け止められるが、実はここには興味深い問題提起が内包されているのではないだろうか。つまり、この「核廃棄物」と「ストーンヘンジ」という組み合わせに顕著にあらわれているのは、有害な核廃棄物と文化的記念碑/有形文化財とのあいだに見出される構造上の相同関係――文化財も核廃棄物も後世にわたって永続的に残されていくべきもの――という共通の特徴なのである。そこで次回は、この両者の類似性について指摘したアライダ・アスマンの議論を参照してみることにしよう。

[未来の書物の歴史:第8回 了]

参考文献:
シービオク『自然と文化の記号論』池上嘉彦編訳、勁草書房、1985年
Thomas A Sebeok, Communication Meamres to Bridge Tm lVlillennia, (Columbus OH: Office ofNuclear Waste Isolation, Battelle Memorial Institute, 1984)
http://www.osti.gov/bridge/servlets/purl/6705990-CXADJt/6705990.pdf
ケヴィン・リンチ『廃棄の文化誌』工作舎、1994年
同書におけるマウリーン・カプランのプランの紹介は、ニューヨーク・タイムズ紙の下記の記事を参考に書かれている。
ジュディス・ミラー「核物質の埋葬された土地周辺の危険性について」1982年11月25日
http://www.nytimes.com/1982/11/25/us/on-warning-posterity-about-a-nuclear-tomb.html

この核廃棄物にまつわる議論に焦点をあてた興味深い研究として、ピーター・C. ファン・ヴィク『危険のしるし:廃棄物、トラウマ、格の脅威』を挙げておく。
Peter C. Van Wyck, Signs of Danger: Waste, Trauma, And Nuclear Threat, University of Minnesota Press, 2004
http://ja.scribd.com/doc/200592478/Theory-Out-of-Bounds-Peter-C-Van-Wyck-Signs-of-Danger-Waste-Trauma-And-Nuclear-Threat-University-of-Minnesota-Press-2004
同書の著者が福島についてコメントを寄せているページはこちら。
http://www.uminnpressblog.com/2011/04/japans-fukushima-nuclear-crisis-is.html

また、現在に至るさまざまな文献の情報がまとまったものとしてOECD放射線廃棄物管理委員会による以下の文献目録が有益であった。
Preservation of Records, Knowledge and Memory Across Generations
http://www.oecd-nea.org/rwm/docs/2011/rwm2011-13-rev2.pdf


PROFILEプロフィール (50音順)

古賀稔章(こが・としあき)

1980年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程在籍。研究対象はルネサンス・初期近代のタイポグラフィ、書物の文化史。2004~2009年、デザイン誌「アイデア」の編集に携わる。2011年より批評的議論のためのフォーラム「何に着目すべきか?」を協働で企画。編集した主な美術・デザイン書に『ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー Vol.1 (上)』(Walther König)、『One and three books 一つと三つの書物』(limArt)など。共訳書に『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン)。