COLUMN

古賀稔章 未来の書物の歴史

古賀稔章 未来の書物の歴史
第7回「エイリアンとアトム」

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第7回
「エイリアンとアトム」

 
 本連載ではここまでの6回を通じて、書物や視覚的コミュニケーションの歴史を紐解きながら、例えば、4万年後の宇宙人へ送った書物のページや、われわれの死後に残るテキスト、「巨人の肩の上に立つ」というフレーズ、といった幾つかの題材を取りあげてきた。これらの題材に関する議論から、この連載における継続的なテーマとして浮かびあがってきたのは、時間を越えて後世まで残るものとは何か、それを誰がどのように残してきたのか、という問いであった。
 この「残るもの」とは何か、ということを考えるにあたって、ここであらためて連載初回に掲げていた仮定へと立ち戻っておこうと思う。本連載の第1回目で私は、「印刷革命」と「情報革命」の時代、そのふたつを行き来しながら議論をすることで、両時代を橋渡しする連続する問題を見出すことができるのではないか、という仮定を掲げてみた。しかし、そうは言ってみたものの、実際に昨年末までの議論のなかでは、おもに前者の印刷革命の時代ばかりに眼を向けていたため、残念ながら両時代を往復するという当初の目標は、ほとんど果たされてこなかった。そこで新年を迎えたこのタイミングで、気分を新たに切りかえ、後者の情報革命の時代へと軸足を移し、「残るもの」という問題についての議論をさらに進めていきたい。

 連載初回で取りあげた、惑星探査機ボイジャーに搭載されたゴールデンレコードに具現化されているように、20世紀に始まる情報革命の時代において、永続的・普遍的なコミュニケーションのための形式を考えることを人々に要請したのは、宇宙開発という人類未踏の領域の台頭であった。
 例えば、1959年にジュゼッペ・コッコーニとフィリップ・モリソンは、科学雑誌『Nature』の誌上で、地球外知的生命体とのあいだの電波を用いた通信の可能性に言及した論文「星間通信の探索」を発表している。また、その翌年の1960年には、オランダの著名な数学者でユトレヒト大学教授を務めたハンス・フロイデンタール博士が『リンコス:宇宙交流のための言語のデザイン』のなかで、地球上のいかなる自然言語や統語構造に精通していなくても理解できるような宇宙語「Lincos」(Lingua Cosmicaの略称)を提唱した。さらに、これらの論文に先駆けて、イギリスの科学者ランスロット・ホグベンは、1952年にイギリスの惑星間協会における発表で、「アストラグロッサ」と名付けた惑星外とのコミュニケーションのための文法を提案している。

ホグベンの「インターグロッサ」の解説に用いられたオットー・ノイラートのISOTYPE

ホグベンの「インターグロッサ」の解説に用いられたオットー・ノイラートのISOTYPE

 このホグベンの天体語「アストラグロッサ」は、それ以前から普遍的なコミュニケーションの形式の開発に積極的に取り組んできたホグベンにとって、彼の主要な関心の延長線上に位置づけられるものであった。例えば、ホグベンは1943年の著書『インターグロッサ(国際言語)』で、国際絵ことば「ISOTYPE」の考案者オットー・ノイラートによる図版を大々的に用いながら、国際的に通用する人工言語の草案について論じている。また、戦後においても、人類のコミュニケーションの発達の歴史を論じた『洞窟絵画から連載漫画へ』(1949年)を始め、マリー・ノイラートとの協働作業を通じて、絵ことばを活用した数多くの教育啓蒙書や科学絵本を出版している。ホグベンが自著などで、こうした国際的なコミュニケーションのための共通語として考案された、視覚的なISOTYPEや絵ことばを積極的に用いたことの背景には、第二次大戦後の世界秩序のなかで、国境や言語の違いを越えて人々のあいだに相互理解を形成することこそが、人類にとっての喫緊の課題である、というホグベンの危機感があった。そうした差し迫る危機意識は、ホグベンが「アストラグロッサ」の冒頭部において、次のように述べていることからも明らかだ。
 

    私たち自身の生きる惑星上に、法と秩序を保証するための世界政府の体系を人類が設立するまでは、原子力時代において人類が種として持続的に生き残ることについて、思慮深い者であれば何人たりとも、予後の明るい見通しを抱くことなどできない。第3次世界大戦への岐路に立つなかで、宇宙の私たちの隣人たち(もしそのような天体があるとすれば)とのコミュニケーションの確立か、惑星間旅行による存在可能性の検証へと望みをかけることの正統性を証明すれば、人々は近代科学の更なる進歩を、少しばかりの自信をもって予測することができるだろう。

 惑星外とのコミュニケーションや惑星間旅行の可能性について論じるうえでの前提として、ホグベンがこの引用箇所において示したのは、「原子力時代」の到来と、原子力時代の幕開けにより「人類が種として持続的に生き残ること」という、第二次世界大戦後に浮き上がってきた、ふたつの危機への意識である。つまり、地球の外に知的生命体が存在していることの検証や、エイリアンとのコミュニケーションへの要求の背後には、原子力時代以降に人類という種や、人類の文明が地球上に「残る」ことの持続可能性、という問題意識が横たわっていると言えはしないだろうか。そして、このような文明の持続可能性という問題意識は、ボイジャーのゴールデン・レコードの制作に携わった天文学者カール・セーガンが提唱している、核戦争後の地球規模の環境変動に関する「核の冬」という議論にも共通して見出せるものだし、あるいは、宇宙の知的生命体の分布を推定するための「ドレイクの方程式」(1961年)のなかに、星間通信を行うような技術文明の推定存続期間の値が「1万年」と設定されていることなどにも、同様の問題意識があらわれているように思う。
 このように宇宙開発という領域において行われた、ホグベン、コッコーニ&モリソン、フロイデンタールらの普遍的なコミュニケーション形式の探求は、地球“外”の生命体との交信を想定していたものにはちがいないが、それらの試みが生まれてきたことの要因のひとつには、地球“上”に原子力時代が幕開けしたことによって「人類の存続可能性」という問題が現実的課題として浮上してきたことがあったのだろう。
 その一方で、原子力開発という領域のなかにおいても、同じように「1万年」という長いタイムスパンを前提に、地球上の遥か未来の人類を相手にしたコミュニケーションの形式について考えなければならない必要性が生じていた。その議論の要請は、核廃棄物の半永久的な貯蔵という問題に端を発するものであった。そこで次回は、この核廃棄物の半永続性の問題について、記号学者トーマス・シービオクが報告書「一万年に橋かけるコミュニケーションの方法」のなかで展開した興味深い議論を参照しつつ、さらに検討を加えていこう。

[未来の書物の歴史:第7回 了]

参考文献:
「星間通信の探索」の邦訳 - http://th.nao.ac.jp/MEMBER/tanikawa/list15/list151.html
Hans Freudenthal, Lincos, Design of a Language for Cosmic Intercourse Part I, North-Holland Publishing Company, 1960.
Lancelot Hogben, “Astraglossa: First Steps in Celestial Syntax” in Journal of the British Interplanetary Society, Vol. 11, No. 6, November 1952, The British Interplanetary Society,
Lancelot Hogben, Science in authority, W. W. Norton, 1963.  - https://archive.org/details/scienceinauthori000812mbp
Lancelot Hogben, Interglossa: a draft of an auxiliary for a democratic world order, being an attempt to apply semantic principles to language design, Penguin books, 1943.


PROFILEプロフィール (50音順)

古賀稔章(こが・としあき)

1980年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程在籍。研究対象はルネサンス・初期近代のタイポグラフィ、書物の文化史。2004~2009年、デザイン誌「アイデア」の編集に携わる。2011年より批評的議論のためのフォーラム「何に着目すべきか?」を協働で企画。編集した主な美術・デザイン書に『ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー Vol.1 (上)』(Walther König)、『One and three books 一つと三つの書物』(limArt)など。共訳書に『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン)。