COLUMN

古賀稔章 未来の書物の歴史

古賀稔章 未来の書物の歴史
第6回「グーテンベルクかディドロか(後編)」

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第6回
「グーテンベルクかディドロか(後編)」

[前編はこちら

 
 イギリスの出版社ハイフン・プレスの創設者ロビン・キンロスは、タイポグラフィの近代性を主題にした著書『モダン・タイポグラフィ:批評的歴史のエッセイ』のなかで、その議論の起点となる年代を1700年頃に設定している。タイポグラフィの歴史書であるにもかかわらず、グーテンベルクの時代から書き始めることをせずに、キンロスがあえて1700年頃を出発点に置いたのはなぜだろうか。
 同書の時代設定を採用するうえで、その根拠としてキンロスが言及しているのは、初期近代を中心に活字書体の歴史家として長年研究を重ねてきたヘンドリック・フェルフリートによる1978年の論文「グーテンベルクかディドロか?」である。グーテンベルクとディドロという2人の名前を並べて対比することでフェルフリートが意図していたのは、15世紀半ばから18世紀初頭に活版印刷術を作用因として起きた、知識の伝播のあり方の決定的変化を、読者に比喩的に示すことであった。この300年間のあいだに生じた「印刷革命」(エイゼンシュタイン)を理解するうえで、フェルフリートやキンロスは前者のグーテンベルクではなく、むしろ後者のディドロの側に立ち、そこからタイポグラフィの歴史を展望してみることを重視した。同論文の結論部でフェルフリートは、このグーテンベルクとディドロの両者の間におきた変化を後者の側から考える態度とは、すなわち、今日の新しい情報技術の発展の中で問題となっている「情報強者と情報弱者とのあいだの格差や、中央集権的で管理された情報(検閲、法定納本など)と、地方や脱中心化されたレベルで生産される情報(様々な政治的パンフレットや、出版の自由など)のあいだの均衡」についての問題意識につながるものだと述べている。キンロスやフェルフリートにとって、「印刷革命」の歴史を語るうえでいかなる地点に軸足を置くのかを決めることは、同時に今日の「情報革命」をどのような立場で受け止めるべきかを考えることにも通じているのである。
 前編で確認したように、グーテンベルクによって印刷術が発明された15世紀半ばの時点では、印刷術の実態は門外不出の技術として秘密裏に囲い込まれたものであった。キンロスやフェルフリートの議論において、印刷術の発明から約250年ほど経過した1700年頃に重きが置かれていることの理由は、グーテンベルクの時代に秘密とされてきた印刷の技法に関する知識を「有用な知識」として共有するための試みが台頭し始めるのが1700年頃、およそ17世紀末から18世紀前半の時代にあたるからである。それをディドロの名前を持ち出すことで、グーテンベルクと対比しているのである。
 例えば、17世紀後半から18世紀前半にかけて、印刷術の道具や技法を解説し、人々に共有するための印刷マニュアルが、次第に世に問われ始めるようになった。イギリスの印刷者、地図・地球儀製作者、英国王立協会のフェローのジョセフ・モクソンは、1683から84年にかけて世界最初の印刷マニュアル『メカニック・エクササイズ:印刷の技芸に用いられる手仕事の原則(Mechanic Exercises: Or The Doctrine of Handy Works, Applied to the Art of Printing )』を出版し、フランスにおける最初の印刷者のためのマニュアルであるマルタン・ドミニク・フェルテルの『印刷の実用科学(La Science Pratique de l’imprimerie)』は、1723年に発行されている。また、17世紀半ばから刊行されたディドロとダランベールらによる『百科全書』のなかには、G.G. バーバーの指摘によると、タイポグラフィに関する項目が90あまりも含まれており、さらに、印刷に関する180項目、製本に関する120項目、製紙に関する60項目、図書館・書籍販売についての50項目などをあわせると、驚くほど多くの印刷やタイポグラフィに関する記事が収録されているのだという。

『百科全書』  表紙[Wikimedia Commons より]

『百科全書』 表紙[Wikimedia Commons より]

 ここで注意しておくべきは、フェルフリートが立てた「グーテンベルクかディドロか?」という問いは、グーテンベルクという発明者の代わりに、ディドロという個の重要性を強調し、ディドロの名のもとに全てを帰着させようとしているわけではない、という点である。グーテンベルクとディドロとのあいだで後者の立場を重視することの真意とは、印刷術の唯一の「発明者」ではなく、むしろディドロによって象徴される印刷術の「世俗化」や「啓蒙」のプロジェクトに関わった多数の人々の役割に目を向けることにこそある。そのことは、ディドロの印刷術の「世俗化」の影に、『百科全書』の共同事業に関わった数多くの共同執筆者たちの存在が不可欠であったことからも明らかであろう。例えば、『百科全書』の「文字(Caractères)」の項目の執筆には、1737年に活字サイズのポイントシステムを提案したことで知られるタイポグラファのピエール・シモン・フルニエが関与していることが知られている。
 それと同じように、モクソンの『メカニック・エクササイズ』についても、同時代の職人的技芸の置かれていた状況を踏まえたうえで、王立協会の科学者たちとの関係も深かったモクソンが、いかなる思想的背景に立って印刷術のマニュアルを書いたのかを知らなければならないだろう。現にモクソンの名前は、王立協会の実験主任ロバート・フックの日記に何度も登場しており、フックの前で『メカニック・エクササイズ』の草稿を読みに行っていた記録も残っている。また、フェルテルの『印刷の実用科学』についても、1700年前後のフランス科学アカデミーにおける印刷術や活字の体系化・合理化の研究成果や「王のローマン体」の開発などの同時代の現象との関わりの中で捉える必要があるものだ。
 タイポグラフィの分野における「近代」という時代の幕開けを理解するために、私たちは、グーテンベルクとディドロ、そのどちらの側から歴史を捉えていくべきだろうか? 活版印刷術の歴史がグーテンベルクというひとりの発明者を出発点に始まり、中世から初期近代、近代へとただ時系列順に進み、ある年号から突如として「近代」に区分けされるようなものではない、ということは明らかなことだ。そして、キンロスやフェルフリートと同様に私自身も、ディドロの名のもとで参照されていたような多数の存在の側から歴史をのぞき込み、彼らの啓蒙のプロジェクトが、情報強者/情報弱者、中央集権/脱中心、管理/自由といったギャップやバランスのあいだで、いかなる立場から発せられたものであったのかを紐解いていく作業にこそ意味があるように思えるのだ。その「印刷革命」に関わった無数の人々の群像の歴史と向き合う作業の先には、おそらく私たちの生きる時代が直面する「情報革命」が進みつつある未来に、私たちひとりひとりが立ち向かいながら生きていくための技法が潜んでいるにちがいない。

[未来の書物の歴史:第6回 了]

参考文献:
Kinross, Robin. Modern typography: an essay in critical history, Hyphen Press, 1992/2004.
H.D.L. Vervliet, ‘Gutenberg or Diderot? Printing as a factor in world history’, Quaerendo, vol. 8, no. 1, pp. 3–28.
G.G. Barber, Bookmaking in Diderot’s “Encyclopedie” , Gregg Revivals, 1982.


PROFILEプロフィール (50音順)

古賀稔章(こが・としあき)

1980年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程在籍。研究対象はルネサンス・初期近代のタイポグラフィ、書物の文化史。2004~2009年、デザイン誌「アイデア」の編集に携わる。2011年より批評的議論のためのフォーラム「何に着目すべきか?」を協働で企画。編集した主な美術・デザイン書に『ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー Vol.1 (上)』(Walther König)、『One and three books 一つと三つの書物』(limArt)など。共訳書に『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン)。