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古賀稔章 未来の書物の歴史

古賀稔章 未来の書物の歴史
第4回「自然という書物(後編)」

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第4回
「自然という書物(後編)」

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 英国BBCで2013年の夏に放送されたラジオシリーズ「科学の7つの時代」の第1話で、ロバート・フックの伝記の著者リサ・ジャーディンは、ロンドンに住む人なら馴染みの深い「ロンドン大火記念塔」(通称モニュメント)の話題から番組をはじめている。1666年9月2日の日曜日、パン屋のかまどから出火した火の手は4日4晩にわたってロンドンの市街の大部分を焼きつくすほどの大災害にまで広がった。その未曾有のロンドン大火からの復興を記念したモニュメントを、建築家クリストファー・レンとともにデザインした人物こそが、ロバート・フックその人であった。フックとレンは、ロンドンの再興を実験科学によってリードする、という彼らの信条を表したシンボルとして、高さ61メートルのモニュメント自体を、一種の「超巨大な科学器具」にしたてあげた。実はこのモニュメント、単なる塔ではなく、天頂儀として使われることや、重力や振り子の実験の場所になることを想定されていたのだ。英国王立協会の実験主任として、科学装置の実演やデモンストレーションを執り行い、専門知識を人々の眼のまえでわかりやすく可視化してきたフックにとって、ロンドンの再建計画という重大な責務を担うなかで、都市空間で公衆の面前に日々触れることになるモニュメントに、ちゃっかりと壮大な仕掛けを組み込んだことは、まさに面目躍如であっただろう。

ロンドン大火記念塔(Wikipedia: Monument to the Great Fire of London より)

ロンドン大火記念塔(Wikipedia: Monument to the Great Fire of London より)


 空気ポンプや望遠鏡、気圧計、温度計、湿度計といったさまざまな実験・測定器機の制作者・改良者として知られるフックにとって、その名前を世に知らしめることになった科学器機といえば、もちろん「顕微鏡」である。大火が起こる前年に出版されたフックの著書『ミクログラフィア』は、ハエの眼、タイムの種子や、印刷されたピリオド、髪の毛などを、顕微鏡で拡大して覗きこんだミクロの世界が、大判の美しい絵とともに描写された画期的な書物であった。その観察と記録において、フックが重視していたのは、ひとつには、人間の感覚器の欠陥を科学器機によって補うことによる視覚の拡張であり、もうひとつは、こうした実験のための科学器機の制作や観察対象を描写するスケッチの作業などで求められる精緻な手作業であった。このことを端的に言い表したのが、同書の序文における次の言葉である。曰く、彼の『ミクログラフィア』は、

    事物を調べ、それらのあるがままの姿を記録するためには、想像力の強さ、方法の正確さ、熟考の深さではなく(中略)、むしろ誠実な手と忠実な目が必要とされることを示そうとするものである。

 これは「自然という書物」に書かれた自然界の微細な文字を、おのれの実験器具と観察眼をもって読み解いてみせたフックによる、一種の態度表明としても理解できるだろう。ここで私にとって興味深いのは、フックの言う「誠実な手と忠実な目」とは、その一方をなす「手」の領域、すなわち「手仕事」という職人的な技芸の領域を抜きには成立し得ないものである、という点である。
 リサ・ジャーディンは先のラジオ番組のなかで、17世紀の実験や科学器機による知の世界が職人的手仕事によって支えられていたという側面を念頭に置いて、それをニュートンの「私がさらに遠くまで見ることができたとすれば、それは巨人たちの肩の上に立っていたからだ」という言葉に対する、新たな解釈へと結びつけている。ジャーディンによれば、ニュートンが乗っていた「巨人たち」とは、過去の賢者たちの学問的蓄積のことを指しているというよりも、むしろ当時の実際の状況に即して考えれば、17世紀の科学的知識の基盤を支えていた同時代の科学器機の製作者たちや職人(アルチザン)たちのことを指すものと理解するべきである、と言うのである。ニュートンは、万有引力の法則を証明する「計算」を行ったことによって、単なる計算屋としてではなく、結果的には、科学の歴史に偉大なる発見者としての名声を残すことになった。しかし、そもそもニュートンの成し遂げた計算は、何も根拠のないところからいきなりポンと湧いて出てくるようなものではないはずだ。かの有名なリンゴのエピソードすら、真実からほど遠いものだったりもする。ニュートンの計算が成り立つためには、彼と比べてほぼ無名と言ってもいい職人たちのつくる各種の科学器機や、実践的な観測者や数学者たちによって集められたデータの蓄積を存分に利用することが必要不可欠であったのだ。もしも彼らの存在がなかったとしたら、ニュートンが「さらに遠くまで見る」こともかなわなかったはずだろう。
 そして、私が関心を持っているのは、巨人たちの肩の上に立つことで、発見者として歴史に名を残したニュートンのようなヒーローの側ではなく、フックの言うような「誠実な手と忠実な目」をもった、無名の職人や機械工たちの手仕事の世界のほうなのである。そうした英雄的な発明者たちの名前とともに語られる歴史の背後で、私たちがしばしば見落としがちなのは、彼らを背後で支えていたであろう無名の職人たちが、同じ時代を確かに生きていたという証しである。そのような歴史の影に置き去りにされた人々の声や手仕事の記録を、私たちはどのように忘却の彼方から拾い上げることができるのだろうか。そして、このことは科学の歴史のみならず、書物や印刷術の歴史について論じる際にも同じように当てはまるのではないか。
 活版印刷術の歴史を語るとき、おそらく多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、その発明者として広く知られるヨハネス・グーテンベルクの名前だろう。しかし、近代科学の確立をニュートンの名に帰すことによって見落とされる無名の「巨人たち」の存在がいたのと同じように、活版印刷術の歴史を、グーテンベルクというひとりのヒーローの名のもとで、彼の発明を出発点に15世紀半ばから語り始めるお約束の常套句に、私はどこかで疑問を抱かずにはいられないのである。ここで注意してもらいたいのは、私は何も活版印刷術の発明者がグーテンベルクであることを疑問視しているわけではない、ということだ。どうも気にかかる理由は、やはり無名の人々による手仕事の世界が呼んでいるからのようである。だとすると、まず目を向けるべきなのは、その「誠実な手と忠実な目」をもって、無名の人たちが操作してきた様々な器機や装置、彼らの身体に習得されていた技芸、彼らが印刷物の余白で発した小さな声が、いかなるかたちで残されてきたのか、という問いなのである。

[未来の書物の歴史:第4回 了]

参考文献:
リチャード・S. ウェストフォール(田中 一郎, 大谷 隆昶訳)『アイザック・ニュートン I』平凡社,1993年
ロバート・K・マートン(森 東吾ほか訳)『社会理論と社会構造』みすず書房,1961年
Robert K. Merton, On the Shoulders of Giants: A Shandean Postscript : The Post-Italianate Edition, University of Chicago Press, 1993.
金子務『オルデンバーグ―十七世紀科学・情報革命の演出者』中央公論新社,2005年
中島秀人『ロバート・フック ニュートンに消された男』朝日新聞社,1996年
中島秀人『ロバート・フック』朝倉書店,1997年
ロバート・フック(板倉聖宣,永田英治訳)『ミクログラフィア―微小世界図説』仮説社,1984年
スティーヴン・シェイピン(川田 勝訳)『「科学革命」とは何だったのか―新しい歴史観の試み』白水社,1998年
エンゲルハルト・ヴァイグル(三島 憲一訳)『近代の小道具たち』青土社,1990年
スヴェトラーナ アルパース(幸福輝訳)『描写の芸術―一七世紀のオランダ絵画』ありな書房,1995年


PROFILEプロフィール (50音順)

古賀稔章(こが・としあき)

1980年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程在籍。研究対象はルネサンス・初期近代のタイポグラフィ、書物の文化史。2004~2009年、デザイン誌「アイデア」の編集に携わる。2011年より批評的議論のためのフォーラム「何に着目すべきか?」を協働で企画。編集した主な美術・デザイン書に『ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー Vol.1 (上)』(Walther König)、『One and three books 一つと三つの書物』(limArt)など。共訳書に『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン)。