COLUMN

古賀稔章 未来の書物の歴史

古賀稔章 未来の書物の歴史
第1回「4万年後のエイリアンに送る書物」

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第1回
「4万年後のエイリアンに送る書物」

 
 2013年9月12日、米航空宇宙局(NASA)は、惑星探査器ボイジャー1号が人工物として初めて、太陽圏を越えて恒星間空間へと到達したことを公式に発表した。ボイジャー1号は1977年に打ち上げられてから35年を経て、今や地球の188億キロ彼方で航海を続けているが、それでも太陽系以外の別の恒星に近づくまでには、さらに、あと約4万年を要するのだという。
 4万年という果てしない長さの時間をぼんやりと想像しながら、私は改めて、ボイジャー1号に搭載された「ゴールデンレコード」と呼ばれる、一種のタイムカプセルに思いをはせていた。遙か遠い未来に出会うかもしれない地球外知的生命体へと宛てた人類からのメッセージとも言える、その投瓶通信の中には、不思議なダイアグラムの刻印された金色に輝くアルミニウム製の円形容器に包まれて、12インチのレコード盤と再生用の針とが収められている。「地球の音」と題された金メッキの施された銅製のレコードには、地球上の生命と文化の多様さを伝えるために、さまざまな自然界の音源、各時代や地域の音楽、日本語を含む55カ国語による挨拶の声などが録音されているほか、アナログ形式にコード化された115枚の画像が記録されている。とりわけ私にとって興味深く感じられたのは、その膨大なイメージのなかの1枚として、ある1冊の書物の見開きページをクローズアップで切り取った写真が選ばれていたことだ。

 ボイジャー1号に積まれている1枚の書物の写真に、私は次のような問いを抱いた。もし仮に、これまで書物を一度も見たことのない(例えば、地球外生命体のような)相手に対して「書物とは何か」を説明することを目的に、古今東西の書物の中から1冊を選んで示すとするなら、はたして何を選ぶべきだろうか、と。
 人類がつくりだしてきた数え切れないほどの書物のなかから1冊を選ぶという困難な問いへの答えとして、例えば、1455年頃に活版印刷術を用いて世界で初めて印刷された聖書『グーテンベルク42行聖書』を思い浮かべる人もいるだろう。あるいは、書物の作り方や道具、その歴史に関する項目を図版入りで記載したディドロとダランベールの編纂による『百科全書』を候補に挙げる人もいるかもしれない。
 しかし、「書物とは何か」を、ただ1冊によって代表させるための書物を選ぶためには、まず、前提となる何らかの判断基準を、すなわち、私たちが何をもって「書物」と呼んでいるのかを、もう少しはっきりさせておくべきだろう。つまり、私たちが「書物」と捉えているものとは、一体どのような内容と物質的特性を備えているのかを問うてみることが必要なのではないだろうか。
 ここでいま一度、「ゴールデンレコード」に収録された書物の写真を具体的に見てみることにしよう。
 その写真に写し出された書物の見開きの左ページには、クリーム色をした用紙に、黒いインクで英語の文章がローマン体活字で組まれており、各行末はハイフネーションが施され、綺麗に揃えられているのが見て取れる。一行目の上には大文字で書籍のタイトルを示した柱が配され、本文の左側には余白が十分に設けられている。一方で、右ページに目を向けると、そこには口絵の図版が示されており、ページ中央には地球を表していると思われる円形の天体が描かれ、その周囲には、北極付近に描き加えられた高い山の頂上から砲弾を発射した場合に、その速度に応じて砲弾の軌道がより遠くまで伸びていくことを説明するための線や符号が記されている。その口絵の下には「Page 6」と印字され、ページの右上をつまんでめくろうとしている指先の近くには、次のページを示す「7」というノンブルの数字が見えかかっている。
 1枚の写真から観察され得るこれらの手掛かりから推定すると、写真のなかに示された書物は、おそらく、アイザック・ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』(通称、プリンキピアとして知られている)の第3巻をなす「世界体系」の英語版として、彼の没後の1728年にロンドンにおいて翻訳出版された『世界体系についての試論(A Treatise of the System of the World)』からの一見開きではないだろうか。つまり、太陽系を飛び出していった宇宙探査機に搭載された、地球外知的生命体にとって初めて目にするであろう、唯一にして最初の書物のページの見開きには、ニュートンが世界体系を説いた書物のなかでも、とりわけ、物体が地球外へと越え出ていけることの可能性を仮説として提示した見開きページが選ばれているのである。
 このゴールデンレコードにおける、地球外生命体に見せるための1冊の書物の選択は、次の2つのことを私たちに示唆している。まず、第一に、18世紀の初頭のロンドンで印刷されたニュートンの書物は、今日の私たちが書物と捉えているものとそれほど変わらない外観的な諸要素――余白や行末の処理、柱やノンブルなど――をすでに兼ね備えていたということ。そして、第二には、その書物の見開きの写真は、書物の物質的形態を示すことを目的にした画像であることに加え、そこに写り込んだ本文と口絵によって表された内容それ自体が伝えるメッセージに基づいて、つまり、ニュートンをはじめとする当時の科学者たちから現代にまで受け継がれてきた、ある世界認識のあり方そのものを提示しようと意図したものであった、ということだ。
 ここから次のように仮定してみることはできないだろうか。ニュートンの書物の刊行された科学革命の時代と、ゴールデンレコードの制作された宇宙開発と情報革命の時代とのあいだには、書物の外観においても、また、その内容の伝える世界像においても、その両者を橋渡しする何らかの連続する問題を見出すことができるのではないか、という仮定である。
 そこで、これから続く連載において私は、この二つの時代を前後しながら、書物の歴史とこれからの姿を展望してみたいと思う。私たちが「書物」と捉えているものとは何かを理解するためには、現在生じつつある急速な変化ばかりを追い続けるのでなく、過去をゆっくり振り返ってみることも有益なはずだ。
 惑星探査器ボイジャーは、常に前へと向かい航海を続けながら、人類がこれまで見たことのなかったような鮮明な天体の写真を数多く地球に送り届けてきた。そのボイジャーが、後方を振り返って、太陽系の外から太陽系の惑星を撮影したことがあった。その一連の写真のなかに写りこんだ地球の姿は、輪郭のぼやけた、ほんの小さな点ほどのイメージにすぎないものだった。印刷術の発明以降に出版された、星の数ほど存在する書物の歴史を振り返り、過去のなかに新しさを見出そうとする作業とは、おそらく、広大な宇宙に浮かんだ、曖昧でおぼろげな小さな点に目を凝らすような作業と似ているのではないだろうか。たとえそうだとしても、4万年後の遠い未来を見据えながら、後ろを振り返ってみることで、未来の書物の歴史のかすかなイメージが、暗闇の中に立ち現れてくることを期待しつつ、ゆっくりと出航してみようと思う。

[未来の書物の歴史:第1回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

古賀稔章(こが・としあき)

1980年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程在籍。研究対象はルネサンス・初期近代のタイポグラフィ、書物の文化史。2004~2009年、デザイン誌「アイデア」の編集に携わる。2011年より批評的議論のためのフォーラム「何に着目すべきか?」を協働で企画。編集した主な美術・デザイン書に『ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー Vol.1 (上)』(Walther König)、『One and three books 一つと三つの書物』(limArt)など。共訳書に『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン)。