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清水玲奈 英国書店探訪

清水玲奈 英国書店探訪
第4回 The Society Club

 INK@84

写真:清水玲奈 イラスト:赤松かおり

 

第4回 The Society Club

 

 INK@84

 

 ロンドンの中心、ソーホーの裏通りにあるソサエティ・クラブは、「文学と芸術を愛するボヘミアンたちが集うプライベートクラブ」がコンセプト。古き良きソーホーの雑多かつ自由で文化的な気質を今に伝えるスポットです。

 

ヴォルテール『カンディード』の引用をもじって「可能な限り最良の物(The best of all possible things)」を看板に掲げています。

 

 2011年創業ですが、どこか懐かしい雰囲気が漂います。かつては美容院で、その後1年間は古着屋が入っていたという建物ですが、まるで60年代からあるバーのような趣。昼間は20世紀文学を中心とした希少書・絶版書を専門に扱う古書店として営業しています。毎晩、通りに面した窓のカーテンが引かれて、ロウソクが灯されると、書店のスペースがそのままメンバー限定のクラブに変身。大きな鏡のあるバーと貴重な本に囲まれた空間で、本にまつわるイベントが開催され、ワインやカクテルを飲みながらメンバーどうしの話が弾みます。

 店主はバベット・キューリックさん。穏やかな笑顔を絶やさず、ゆっくりと言葉を選び、時折考え込むように間を開けながら話します。初対面でもほっとさせてくれて、「ソーホーの母」と呼びたくなるような人柄です。共同経営者のマイケルさんも穏やかな人。ふたりは2013年に出会ってパートナーとなり、2014年にはマイケルさんが店の運営に加わるようになりました。ふたりは20世紀初頭に文学者や芸術家たちが集ったロンドン・ブルームズベリー地区に家を見つけて一緒に暮らし、毎日店に通っています。ソファに隣どうしで座って手をつなぎ、時折見つめ合いながらインタビューに答えてくれました。

 

バベットさん(右)とマイケルさん。公私ともにパートナーで、本と愛に満ちた生活を送っています。

 

 「私たちは本屋としては新人。だから、ゆっくりと店づくりを進めてきました。店の方は、おかげさまで、徐々に熱心なコレクターの常連さんが増えてきました」とのこと。バベットさんが当初メンバーズクラブを開くことを決めたのは、本を売るだけでは難しい時代に、ビジネスとしてやっていくための選択だったと言います。ソーホーには、かつては個人経営の小さなバーやショップが軒を連ねていましたが、家賃の高騰で、次々と大企業の経営するチェーン店にその座を奪われてきました。それに、かつてはロンドン随一の書店街だったチャリングクロス・ロードをはじめ、イギリス全国で書店が次々と閉店していく様子も目の当たりにしてきたバベットさん。「ソサエティ・クラブについて一番誇りに思っているのは、小規模ビジネスでありながら、今の時代に生き残れていること。大企業の本社がコンセプトを決めて展開するチェーン店の場合、たとえばどのカフェで食べてもケーキの味は同じですし、大手出版社は売り上げが保証されているようなリスクのない本しか出しません。そんな食べ物や本に囲まれていたら、人生も平坦なものになってしまうでしょう。個人経営の店には、そして少数出版の本には、個性があり、アイデンティティーがあり、そして何よりも楽しさがあります」

 

地下にある書庫。本当に価値のある本はここに置いてあり、価値が分かってくれそうなお客さんが来ると出していきます。

 

 以前はファッション・スタイリストとして働いていたバベットさん。その頃から本が大好きで、「表紙が素敵な本」を集めていました。20世紀文学、アート、写真、ファッションの分野の蔵書は増える一方で、自宅のリビングルームには無数の本の山。「本ごと家を売りに出そうかしら」と友達に冗談で言ったら、「それなら本屋を開けば」と言われ、コレクションした本を売る古書店を開くことを長年にわたって構想していました。2010年、親しい友人でソーホーの伝説的アーティストだったセバスチャン・ホースリー(Sebastian Horsley)が、47歳の若さで過剰な薬物使用のために急逝。このことをきっかけに、「人生は短い」と実感し、ソサエティ・クラブの設立を決意したといいます。

 当初は、発案者の友人がビジネスパートナーでしたが、今では、先述のマイケルさんとともに店を運営しています。マイケルさんは、セントラル・セント・マーチンズ美術学校で美術を、ゴールドスミス・カレッジでキュレーションを学び、ヴィンテージ・ファッションのバイヤーとして活動していました。マイケルさんのアーティストとしての美的センスと鑑識眼が、本の買い付けに生かされています。

 マイケルさんは、机にうず高く積まれた大型本の山を前に、「たとえば今日リサーチしているのは」と説明してくれました。「ロンドンの風景を集めた60年代の写真集、ミッドセンチュリー家具を代表するイームズのデザインに関する本、写真家スノードン伯爵の作品集、サーカスの道化の写真集、60年代のロンドン東部イーストエンドの貴重な記録であるジョン・クラリッジの写真集などなど。どれも個性的なビジュアルが楽しめる本です。こうした本の中身まではネットでは分かりませんから、現物を見て知識を蓄えていく必要があります」。50年代、60年代の写真集や、フランシス・ベーコン、デヴィッド・ホックニーをはじめとするイギリスの近・現代アートの本は常に人気があるとか。

 

アートやファッション関係の本が充実。地下の事務室ではネットのリサーチをもとに値段付けの作業が行われていました。

 

 仕入れ先は、オークション、他の古書ディーラー、個人の蔵書の3種類。売りに出された古書を実際に手に取る作業を重ね、過去にどんな本が出版されたかというデータベースを頭の中に構築していきます。お得意さんの中には、特殊なテーマで本を収集している人も珍しくありません。たとえば、ドイツに暮らすある元弁護士さんは、「ぴんぼけのロンドンの写真」の載った本を集めているそうです。収集家たちは、本を買う際に、本の希少性、コンディションなどの情報を求め、古書店の店員さんのおかげで知識を増やしていくことになります。また、写真のコレクターやフォトグラファーが、参考資料になる写真集を求めて店を訪れることもあります。「古書を買うのは単純な消費行動ではありません。古書店の書店員には本に関する教育者としての役割が求められます」とマイケルさんは言います。

 古書を集める魅力とは何でしょう? バベットさんによれば、「いい本は、中身も装丁も美しいもの。そんな本を自分のものにすれば、いつでも何回でも好きな時にその世界を楽しむことができます。そして、同じ本も、開くたびに新しい発見があるものです。なぜなら、目は見たものをすべてキャッチするわけではないから。ビジュアル本に限らず、文学でも読むたびに違う味わいがあります。私自身、詩集や小説の初版本が大好きです」。ちなみに、店を始めたばかりのころ、バベットさんがコレクションしていた本の多くは売れてしまいましたが、とりわけお気に入りの本は手放せずまだ自宅に置いてあり、しかも本の山は再び大きくなっていく一方だそうです。

「本屋さんをやっていることで、プライベートにはどんな影響がありますか?」と聞くと、ふたりは顔を見合わせてまず10秒間くらい何も言わずに大笑いしてから、一呼吸ついて、代わる代わるこう答えました。「本屋は文字通りフルタイムの仕事」「本に囲まれて眠り、本を呼吸する日々」「休暇の時も旅先で本を探します」。

 

黒板にも週替わりで引用が登場。「笑いとは、人間の顔から冬を追い出す太陽である」―ヴィクトル・ユーゴー。

 

 最初から変わらない店の目標は、本の文化の維持に貢献すること。「私は本が大好き。そんな思いに共感してくれるみんなが何度も足を運びたくなるような場所にしたいと常に願っています」とバベットさんは言います。

 書店経営を続けるための財源として始めたメンバーズクラブ。当初、その会費はそのまま本の購入費に充てられるシステムを取っていました。でも、今ではドリンク代としてのみ使えるようにしています。今では、店の看板とスペースは共通でも、古書店とメンバーズクラブの運営は分けて考えているとか。バベットさんに、「パリやブリュッセルなどのお酒が飲める書店では、お酒を飲んだ人は本への購買意欲もそそられるらしく良く本を買ってくれるという話を聞きましたが」と尋ねると、こう説明します。「お客さんが本を買う時、じっくり選んで買うことも、そして衝動買いの場合もありますが、いずれにしても静かにひとりきりで本と向き合う必要があるということに気付きました。だから、にぎやかな社交の場であるメンバーズイベントの最中に、ついでに本を買う、なんていうわけにはいかないんです」。ソサエティ・クラブで扱うのは主に希少価値のある古書なので、お客さんも新刊書店の場合とは違い、一期一会のつもりで真剣に品定めをする傾向にあるようです。さらに、自分の蔵書を売るところからビジネスを始めたバベットさんは、本に対して特別な思い入れがあります。店の本をただ売れればいいとは考えていないようで、「特に価値のある本は、地下のオフィスにある書棚に入れておいて、特別なお客さんだけに見せる」そうです。

 開店から間もなくは、メンバーズクラブからの収入が6割、古書販売による収入が4割だったのが、今ではその割合が逆転。「古書店としての評判が知れ渡るようになり、そちらの経営がうまくいっているのはとてもうれしいことです」とバベットさんは言います。

 

 とはいえ、バベットさんもマイケルさんも、メンバーズクラブの運営にも、副業レベル以上の情熱を注いでいます。書棚で囲まれた空間は、雰囲気満点。ふと目に付いた本をきっかけにすれば、初対面のメンバー同士の間でも会話が始まります。

 今では文学にかかわる人、興味のある人たちの間で有名なスポットになり、ハニフ・クレイシをはじめとする英米の作家たちの出版記念イベントの会場としても使われるようになりました。また、オープンから数年経っておなじみさんも増えましたが、誰でも歓迎するフレンドリーで開放的な雰囲気と、民主的なメンバーズクラブであることにこだわり続けています。

 入会条件は「お酒と本、そして会話が好きなこと」だけ。メンバーとして夜な夜な集まるのは、出版関係者やジャーナリスト、台本作家のほか、作家志望の若者、学校教師、銀行のCEO、建築家、アートディーラー、ミュージシャンと、幅広い職業の人たちです。俳優のジュード・ロー、ミュージシャンのジャーヴィス・コッカーやピート・ドハーティら有名人も、会員簿に名を連ねています。「どんなセレブリティでも、ここでは自分自身になれて、他のメンバーと平等に楽しむことができるのが魅力のようです」とマイケルさん。男女の比率は半々、年代層もさまざま。50代のトレーダーのお父さんと、18歳の娘がともに参加している例もあります。マイケルさんは「若い人が来ても息苦しくないメンバーズクラブは珍しいでしょう」と誇らしげです。

 会費は年間125ポンド、27歳未満の若者と外国在住の人は75ポンド。ニューヨークやギリシャから年に数回参加するメンバーもいます。

 

ヘミングウェイ『川を渡って木立の中へ』など、20世紀小説の初版本が並ぶ文学書コーナー。

 

 バーの自慢はメンバーたちの間で「ロンドンで一番おいしい」といわれるカクテル。「ヘミングウェイのモヒート」や「フィッツジェラルドのジン・リッキー」など、文学者ゆかりのカクテルを傾けながら、ノスタルジックな雰囲気の店内で本好きの店主や作家、そして他のメンバーたちとともに語り合う。そんな親密でゆったりとしたひと時は、メンバーならではの特権です。

 毎週火曜日は「ブック・パーティー」と名付け、本をテーマにしたトークを開催。金曜日は「ポエトリー・ナイト」と題して、詩人たちが自作の詩を読み上げたり、シンガーソングライターが歌を披露したりします。ドロシー・パーカーの詩が大好きで、「瞬間を見事にとらえる日本の俳句もすばらしい」と語るバベットさんによれば、「詩は世界で最も美しいもの。魂に栄養を与えてくれます」。とりわけ大事にしているのが、文学や芸術の伝統を絶やさないために、若い作家や詩人、アーティストたちの才能を発掘し、その発表の場を提供することです。「才能ある若者たちは、私たちに大きなインスピレーションを与えてくれます。そして、彼らの存在は、未来の希望にほかなりません」。

 そして、毎月1度、月曜日にはブッククラブが開かれます。これは、新人作家を発掘することで知られている文学エージェントのクレア・コンヴィルさんが主宰しています。クレアさんが課題図書を1冊選び、1か月かけてそれぞれのメンバーが自分でその本を入手して読んでおきます。「クラスルームくらい」の大きさに40~50人くらいのメンバーが集まり、クレアさんの司会のもとで1時間半にわたり、その本について話し合います。ちょうど、学校の1クラス分のサイズ感なので、文学に詳しくない人や内気な人でも意見を言いやすく、会話が弾みます。リラックスしたオープンな雰囲気で、お酒を片手に行われる会では、内気な人も次第に自分の意見を言うことを楽しめるようになるそうです。マイケルさんによれば、「参加者は、ふだん安住しているコンフォート・ゾーンから一歩外に足を踏み出して、本について、文学について、新しい見方ができるようになります。一冊の本について気軽に意見が言えるので、読者としての自信にもつながります」。一方で、発言を強制することはなく、「黙ってみんなの意見を聞いていたい」という参加者も歓迎しています。

 

 メンバーズクラブの会費による収入は、ソサエティ・クラブが行っている出版業の資金に使われるといいます。これまで出版しているのは、新進作家の処女作や、忘れ去られた絶版の名作などの個性的な本。たとえばヴィタ・サックヴィル=ウェスト(Vita Sackville-West)(ヴァージニア・ウルフの恋人でもあった女性作家)の文章が付いた伝説の犬のポートレート写真集。「ソーホーを放浪する詩人」を自称するジェレミー・リード(Jeremy Reed)の最新の詩集など。また、クラブで開かれているポエトリー・ナイトで発表された詩や歌の歌詞の中から厳選した作品を集めた詩集も毎年出版していて、バーカウンターの左端に並べて販売しています。

 

 そして、詩集の装丁を手掛けているのは、若手グラフィックデザイナーのトムさん。トイレの壁には彼のデザインによる壁紙が張られていますし、店内には彼の版画を展示するコーナーも。本業のかたわら、3年前からソサエティ・クラブの店員として、会員リストの管理やバースタッフなど幅広い仕事をしています。「バベットさん・マイケルさんのカップルには子どもがいないのですが、僕たちにとって、まるで捨て子を拾って育ててくれているお母さんとお父さんみたいな存在。そして、ソサエティ・クラブは温かい孤児院みたいな場所です」と微笑みます。裕福なメンバーが、このクラブで出会った若いアーティストに作品を委託し、実質的にパトロンになった例もあるそうです。

 

店主2人と話すトムさん(右)。店では文学やアートを志す若者たちを積極的に応援しています。

 

 バベットさんは、「幼いころ、母がよく本を読み聞かせてくれたのが、今の私につながっている」と振り返ります。「5歳になって字が読めるようになると、自分で好きな本を好きなだけ読めるのが本当にうれしかったのを覚えています。当時私が暮らしていたロンドンのサウスケンジントン地区には書店がたくさんありましたが、今ではほとんどが姿を消しました。でも、小さなビジネスでも、私たちの店のようにどうにかやっていく方法はあるのです」。

 そんな話にじっと耳を傾けていたマイケルさんは、静かな誇りを込めて付け加えました。「ここは今の世界では貴重な文化的オアシスであり、いろんな人たちが集う民主的な場所。ここに足を運んでくださったお客さんは、インスピレーションを受けて、文化的な刺激をもっと受けたいと思うようになる。そして、またソサエティ・クラブに夜な夜なやってくるのです」。

 

 

[英国書店探訪 第4回 The Society Club 了]

 

The Society Club Soho
12 Ingestre Place
London W1F 0JF
+44 20 7347 1433
http://www.thesocietyclub.com/
月~土 11:00~18:00 日休
開店 2011年
店舗面積:約50㎡
本の点数:約3000点


PROFILEプロフィール (50音順)

清水玲奈(しみず・れいな)

東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英。通算10数年のパリ暮らしを経て、現在はロンドンを拠点に取材執筆・翻訳・映像制作を行う。著書に『世界の夢の本屋さん2・3』『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』など。作家 辻仁成主宰のウェブ媒体 「Design Stories」でエッセイ連載中。