作品の価値は誰が決めるのか?
――映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』
ジョン・マルーフ監督インタビュー
インタビュー・テキスト:小林英治
シカゴに住む青年が近所の競売所のオークションで手に入れた、大きな箱一杯のネガフィルム。ブログにアップするやいなや爆発的な反響をもたらしたそれらの写真を撮影した、ヴィヴィアン・マイヤーとは何者なのか? 乳母として働いていた生前の彼女を知る人物の証言から明らかになる驚くべき事実と、新たに浮かび上がる謎。映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』は、一人の女性をめぐるスリリングな謎解きの物語であると当時に、アーティストの評価や作品の価値は誰が決めるのか問う、優れたアートドキュメンタリーでもある。ヴィヴィアンのネガの発掘者であり、ドキュメンタリーの共同監督を務めたジョン・マルーフに、Skypeで話を聞いた。
価値を認めたオンラインでのバイラルな反響
―――ヴィヴィアン・マイヤーのネガフィルムは、執筆していたシカゴの歴史の本の資料として入手したそうですが、写っている約半世紀前のシカゴの街の様子を見て、まず最初にどんなことを感じましたか?
ジョン・マルーフ(以下JM):街にいる人が、新聞を読んだり、会話をしてたり、子どもたちが外で遊んだりと、1950~60年代にできあがったアメリカのライフスタイルがたくさん写っていると思いました。今このように街でスナップを撮っても、みな下を向いていて携帯をいじってますよね。50年後に見たら、誰もが携帯電話に執着していた時代だと思うかもしれません。
―――それらの写真が「作品」としての価値があるものだと気づいたのはいつからでしょうか? 入手した2007年当時は、彼女についての情報は一切なかったようですが。
JM:はい。Googleで名前を検索しても1件もヒットしませんでした。結局、当初の目的で写真を使うことはなかったんですが、気になる写真だったので捨てなかったんです。それから2年くらい経って、一体これはどうしたものだろうと、試しに200枚ほどスキャンしてブログにアップし、フリッカーにもリンクしたら、あっという間に大きな反響があったんです。それがある種の信用になって、手元にあるのは重要な作品であるということが理解できました。その時に改めて名前を検索すると、彼女が亡くなったこと伝えるほんの数日前の死亡記事が見つかりました。
―――最初の展示を美術館やギャラリーなどではなく、地元のカルチャーセンターで開催したのはどうしてですか?
JM:ギャラリーや美術館に問い合わせても、まったく相手にされなかったんです。それで、これは自分でやるしかないと、カルチャーセンターに行って展示プランを応募したんです。オンラインでバイラルに彼女の写真が広まったことが、企画の賛同を得る後押しになりました。結果的に、展示はセンターで史上過去最高の入場者数を記録して、大手メディアにも取り上げられ、世界中で彼女が知られることになりました。
セルフポートレイトが意味しているもの
―――彼女の写真は独学だったようですが、何か手本にしていたものがあったと思いますか?
JM:彼女のお手本は新聞です。部屋に大量に溜め込んで毎日スクラップをしていたわけですけど、彼女が興味を持っていたのはただのニュースではなく、何かストーリーを語ってくれるものでした。それも犯罪であるとか、グロテスクな事件、人間の愚かさが露呈したような記事といったものでした。
―――つまり、ヴィヴィアンも1枚の写真からストーリーが感じられるものを撮っていたと。
JM:そうですね。彼女の写真はたくさんのストーリーを語っています。彼女はカメラを首からぶら下げながら、世話をする子どもたちの散歩を名目にして、小説家のようなアプローチで街や人間を見つめていたんだと思います。
―――最終的にあなたが集めたヴィヴィアンのネガは10万枚以上あったようですが、未現像フィルムもたくさんあると聞いています。
JM:まだ未現像の35ミリのカラーフィルムが600ロールあります。カラーは主に80年代から90年代に撮影されたもので、主にライカを使用していたようです。
―――ということは、今まで紹介されている写真とは違った作風のものがあるかもしれませんね。
JM:はい、確実にそうだと思います。
―――彼女は、鏡やガラスに写った姿や影を撮ったセルフポートレイトをたくさん残していますが、それには何か意味があると思いますか?
JM:ヴィヴィアンが生前どこにも作品を発表しないまま、なぜあのように大量の写真を撮っていたのかという疑問がありますが、映画の中で出てくる手紙の存在と同様に、セルフポートレイトは彼女が自分をアーティストとして考えていたということの証拠であると思います。アーティストというのは、見られることを前提に作品を作るものです。
―――あなたのこれまでの活動によって、ヴィヴィアン・マイヤーは歴史に名が残る存在になったと思いますが、ここまで尽力するあなたの情熱はどこからくるものですか?
JM:やっぱり、本当にたくさん人のから、作品に対しての非常にポジティブな反応が寄せられたことですね。もし僕が一生懸命努力しても、観客が見たいと言ってくれなければ、これほどまで動けなかったかもしれません。
―――不可能なことですが、もし今ヴィヴィアンに会えたとしたら、何を伝えたいですか?
JM:僕が彼女の作品でやっていることを説明して、アートの世界に僕を呼び戻してくれたことに感謝します。僕はアーティストと自覚して育ちながら、彼女の写真に出会う前には、生活のために不動産ビジネスの世界にどんどん引き込まれていました。そこから、彼女の作品とさまざまなメディアを通じて、間接的にでもアートに係わることができ、ドキュメンタリー映画の製作にまで至ったのは、彼女のおかげだと思っています。
[作品の価値は誰が決めるのか? 映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』監督インタビュー 了]
2015年10月10(土)よりシアター・イメージ・フォーラムほか全国順次公開
2013年/アメリカ映画/83分/原題 “Finding Vivian Maier”
提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム
http://vivianmaier-movie.com/
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