COLUMN

古賀稔章 未来の書物の歴史

古賀稔章 未来の書物の歴史
第9回「文化遺産と核廃棄物」

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第9回
「文化遺産と核廃棄物」

 
 1970年に「人類の進歩と調和」をテーマに大阪で開催された日本万国博覧会を記念して、毎日新聞社と松下電器産業株式会社は、5000年後の未来、すなわち西暦6970年に開封される約束のタイムカプセルを製作した。それ以来、40数年を経過した現在に至るまで(もちろんこの先も)、大阪城公園旧本丸跡の地中15メートル深くの粘土層には、ステンレス鋼の埋設管と3層のコンクリート保護体に包まれたタイムカプセルが埋設されている。このタイムカプセルには、人類の「文化遺産」を後世へと伝えるため、赤堀四郎(元理化学研究所理事長)選定委員長のもと、厳正な選考プロセスを経て、現代の文化を代表する物品や記録など計2,098点が収蔵された。
 とりわけ興味深いのは、その収蔵品のひとつとして、選定委員の理論物理学者・伏見康治の発案から、特別に開発・製作されることになった「プルトニウム原子時計」である。このプルトニウム原子時計は、原理的には、5000年先の未来まで「稼働」をすることができるのだそうだ。つまり、このタイムカプセルの埋設地の地中深くでは、人類の文化遺産として保管された収納品とともに、日本最初の国産原子炉JPR-3の使用済み燃料の再処理によって抽出された1グラムのプルトニウム239が、いまもα粒子を放射して、半永久的に時計の針を、静かに動かし続けているのである。
 この大阪万博のタイムカプセルの事例が伝えているのは、後世の人々へと守り伝えるための人類の文化遺産の保全と、いやがおうでも後世にわたって存続を続けてしまう放射性有害物質との組み合わせが、半恒久的に時を越えて残ることを想定した「タイムカプセル」という収蔵条件下においては、なんとも奇妙な相同関係を結んでしまっている、ということである。
 
 文化的記憶について論じた著書『想起の空間』のなかでアライダ・アスマンは、その両者の相同関係を指摘する際に、ドイツ連邦共和国の「国民の文化遺産」が保管された、ある貯蔵施設を例に挙げている。聖バルバラにちなんで「バルバラ・ストーレン」と呼ばれ、連邦内務省市民保護・災害支援オフィス(BKK)の管理下に置かれているその地下施設は、フライブルク近郊のオーバーリートの、いまは使われなくなった銀山の廃坑に位置している。ドイツの暗い森の深くに、ひっそりと現れるトンネルの入口には、1954年に採択された「武力紛争の際の文化財の保護のための条約」(ハーグ条約)に基づいて、そこが「特別保護」の対象となる文化遺産であることを示す、幾何学的な濃いブルーのマークが掲げられている。その貯蔵施設のなかには、地下約400メートルの堅い花崗岩層に守られて、鉛で密封された特殊鋼のコンテナに入れられて、美術館やアーカイブから集められた、なんと約9億万枚のマイクロフィルムが貯蔵されているのだ。

[Wikimedia Commons より]

バルバラ・ストーレン[Wikimedia Commons より]

 ドイツ国内において、考えうるかぎり最も安全な環境下に置かれ、厳重に管理・保護された「国民の文化遺産」の貯蔵施設は、まるで核廃棄物の処理場かと見まがうほどにその貯蔵条件が似ている、とアスマンは両者を対比している。そして、この文化遺産と核廃棄物の両者に相通ずる共通点、すなわち、時間へとあらがう「持続性」を分析するうえで、アスマンが主要な理論的参照源として引いているのは、フランスの哲学者ジャック・デリダが80年代後半に発表した「生物分解性 ―7つの日記の断片」と題されたテクストだ。
 生物分解性(Biodegradables)という、あまり聞き慣れない廃棄物処理の用語を使うことによって、デリダは、肥料のように有機的に土壌へと吸収・分解されることなく、時間に抗って長期間にわたって残存する核廃棄物になぞらえながら、テクストの「持続性」についての議論を展開している。例えば、デリダは次のように言う。

     テクストは(…)吸収もしくは生物分解できるものであってはならない。(…)テクストは分解に――決して永遠にではないが、それでも長い間、あらがうことができる。廃棄物、例えば核廃棄物と「傑作」のあいだには、謎に満ちた類似性がある。

 では、ここでデリダが言っているように、テクストが核廃棄物のごとく、長期間にわたって分解に抗うということは、どういうことだろうか。
 もっと身近な体験に置き換えてみよう。例えば、おそらく読者のなかには、各々の過去の読書遍歴のなかで、簡単にわかったり、即座に消費されるような文章が、記憶からするりと消えてしまうのにひきかえ、完全に理解はできないにもかかわらず、妙に心に残り続けてしまうような類いの本や、何度読んでも再び読み返し、その度に発見があるような大切な本が、それぞれに思い当たる人も多いのではないだろうか。とりわけ、「傑作」や「古典」と評されるようなテクストからは、いくら時代が移り変わろうとも、読むたびごとに、また読む人ごとに、異なる教えや意味が見出されてきた。そのことをデリダはこうも言っている。「受け入れられないために忘れ難く、解釈によってくみ尽くすことのできない意味を産出することができ」るのがテクストであると。この核廃棄物と傑作の類似性によって、デリダは、単に理解し、学び、知識を得るような読み方にあらがうような、「抵抗力」を孕んだ、分解・吸収されることのない「生物分解不可能な」読みを可能にするテクストこそが、長期間にわたる持続性を持ちうるのだ、と指摘しているのであろう。
 
 「生物分解不可能な」核廃棄物は、自然界の物質の分解・吸収の生態系(ecosystem)の外に位置するもののことである。その核廃棄物をテクストに、自然界をメディア環境に置き換えてみるならば、私たちの日常をとりまく第二の自然とも言えるメディアのなかで、毎日のように膨大に産出されつづけている情報としてのテクストと、その流通と蓄積と廃棄の連鎖のサイクルのことを「テクストの生態系」と捉えることができる。そのテクストの生態系に吸収・分解されてしまうことなく、常に外部にあって、「生物分解不可能な」物質としての性質をもつテクストこそが、私たち自身の属している現代の文化が真に直面すべき問題を扱い、そして、その文化にあらがう抵抗力を秘めた批評となりうるのではないだろうか。そして、この「生物分解不可能な」性質は、なにも「傑作」だけに当てはまるものではないはずだ。例えば、容易に言葉にして伝えられないような体験をした個人が、その重い口を開き、どうにかして他者に語り伝えようと、ぽつりぽつりと紡ぎ出す不器用な言葉であったとしても、その小さき声のなかに確固たる抵抗力が秘められていることがあると私は思う。そのような抵抗を秘めたテクスト以外は、読んでも何も残らない。

[未来の書物の歴史:第9回 了]

参考文献:
・『タイム・カプセルEXPO’70記録書 ―1970年から5,000年後へのメッセージ』松下電器産業株式会社、1975年
 同書の内容に基づいた情報が、同社のホームページの以下URLで公開されており(2014年9月27日最終アクセス)、タイムカプセルの収蔵品リスト等もみることができる。http://panasonic.co.jp/history/timecapsule/overview/index.html
・(株)松下テクノリサーチ技術部「タイム・カプセルEXPO’70の開封」Journal of Surface Analysis, Vol.8 No.1, pp.70-75.
 この報告によれば、2000年にタイムカプセルを点検のため開封したときは、このプルトニウム原子時計の表示が狂っていたという残念なオチがついている(次回の開封は2100年を予定している)。
・アライダ・アスマン著、安川 晴基訳『想起の空間―文化的記憶の形態と変遷』水声社、2007年、pp-413-418.
・「バルバラ・ストーレン」については、以下を参照。
Protection of Cultural Assets in the Event of Armed Conflict
http://www.bbk.bund.de/SharedDocs/Downloads/BBK/EN/booklets_leaflets/Flyer_Protection-Cultural%20Property.pdf?__blob=publicationFile
・Jacques Derrida, Peggy Kamuf(Tr.)“Biodegradables – Seven Diary Fragments”, Critical Inquiry, Vol. 15, No. 4 (Summer, 1989), pp. 812-873.
 アメリカの批評誌「クリティカル・インクワイアリ」に発表されたこのジャック・デリダのテクストは、戦時中のジャーナリズムのなかでの言動を批判されたポール・ド・マンを擁護する立場から書かれたものであることは広く知られている。


PROFILEプロフィール (50音順)

古賀稔章(こが・としあき)

1980年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程在籍。研究対象はルネサンス・初期近代のタイポグラフィ、書物の文化史。2004~2009年、デザイン誌「アイデア」の編集に携わる。2011年より批評的議論のためのフォーラム「何に着目すべきか?」を協働で企画。編集した主な美術・デザイン書に『ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー Vol.1 (上)』(Walther König)、『One and three books 一つと三つの書物』(limArt)など。共訳書に『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン)。


PRODUCT関連商品

『想起の空間―文化的記憶の形態と変遷』

アライダ・アスマン (著), 安川 晴基 (翻訳)
単行本: 575ページ
出版社: 水声社
発売日: 2007/11