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冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス
第3回 独立系書店の苦悩(英国の場合)

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第3回 独立系書店の苦悩(英国の場合)

▼大型書店で日常化する本の値引き販売

 英国出版界でこの秋の話題作といえば、なんといってもフィリップ・プルマンの新作“La Belle Sauvage”でしょう。

Penguin Booksのサイトより(スクリーンショット)

Penguin Booksのサイトより(スクリーンショット)

 《ライラの冒険》シリーズ(大久保寛訳/新潮文庫)の続編で、今回も《The Book of Dust》と題した3部作になることが発表されています。
 シリーズ1作めの『黄金の羅針盤』は映画化もされましたが、原作は読者の世界観を揺るがす、画期的な作品でしたから、ひさしぶりの続編に、期待が高まりました。

 これに関連して、イングランド中部の街ケニルワースの独立系書店がブログで「単行本のフィクションについて話そう」と題し、新刊の値引き戦略について問題提起をしています。

 この「独立系(インディペンデント)」書店とは、いわゆるチェーン店とはちがう、個人資本などで経営している書店という意味ですが、小規模であるために大きな問題をかかえているというのです。

 有名作家の新作が出ると、ネット書店やチェーン店では、大幅な値引きをして売るのがふつうです。
 たとえば、『ハリー・ポッターと呪いの子』でいうと、英国の出版社がつけた価格は20ポンドなのに、売り値は9.99ポンド。つまり、ほぼ半額で売られているというのです。
 多くのベストセラーは、おなじような値引きをされているのだそうで、いくつか見てみると、たしかにそうなっていました。
 ネット書店やチェーン店では、当初から相当な数が売れると見こめる本については、大きく値下げしても累計すればそれなりの儲けが出るし、ついでに他の本を買ってもらえる需要も見こめ、さらには自社サイトを見たり店に足を運んでくれたりする読者をつなぎとめることにも意義があるので、このような安売りをしても元が取れるという計算なのでしょう。

▼独立系書店の生きる道

 しかし、独立系書店では、そうはいかないのです。
 日本以外では、書店は自分たちで商品を仕入れるのが基本ですから、当然ながら、商品が売れ残るというリスクをかかえています。
 単行本は、価格が高いぶん、売れなかったときの損失も大きくなります。
 そうなると、いくら売れ線の商品だからといって、大量に仕入れるなどということは、そうそうできません。
 とくに、ハードカヴァーの高価な単行本だと、売れ残ったときの痛手がよりきびしいものになります。
 したがって、数を仕入れられないとなると、利益を考えれば大きな割引もしにくく、結果的に、大手のように半額などという思いきったセールスはできず、そうなれば客はますます、より安いチェーン店やネット書店で買うようになってしまいます。
 ニワトリが先かタマゴが先か、みたいな話ではありますが、ともかくベストセラーに関しては、独立系書店は圧倒的に弱い立場にならざるをえないわけです。

 そこで彼らは、そういったブロックバスター商品にはとらわれない、と主張します。
 売れ線の本をめぐって大手と勝負をすることは、価格競争ができないうえに売れ残りのリスクをかかえる可能性があるので、無理。
 それなら、むしろ大手が見のがしている、よりおもしろく、より美しい中小出版社の本を探して読者に紹介することこそが自分たちの仕事なのだ、というのです。
 これは、読者との距離が近く、特徴を持った目利きのバイヤーがいる独立系書店だからこそできる販売戦略でもあり、すなわち、自分たちなりのビジネス・チャンスを積極的に探って出てきた方向性なのです。
 そういった道を選ばざるをえないともいえますし、それができる条件が整ってもいるともいえるでしょう。
 そのようないい本をすすめてくれる書店だということで、結果的に読者の評価が高まり、また店で買い物をしてくれる、という循環を目指すというわけです。

▼本の適正価格は

 しかし、ひと握りのベストセラーならあきらめもつくけれど、フィリップ・プルマンの新作となると、事情がちがってきます。
 彼は時代を代表する重要な作家だし、その新作ということで自分たちも期待をかけているのに、それを前面で売ることができない、ということに、彼らは書店として不条理さを感じます。
 そして、そもそもの前提に疑問を呈します。
 版元が20ポンドで売ろうとする本が、半額以下の9.99ポンドで売られるということ自体、どこかおかしくはないだろうか、というのです。
 もしかしたら話は逆で、出版社が設定した20ポンドという値づけが、じつは実態とかけ離れていて、本の適正価格は、最初から9.99ポンドではないのか、と。

 そこで彼らは、もうひとつの例を出します。
 近年の英米でのベストセラー、ポーラ・ホーキンズの『ガール・オン・ザ・トレイン』(池田真紀子訳/講談社文庫)です。

Penguin Booksのサイトより(スクリーンショット)

Penguin Booksのサイトより(スクリーンショット)

 この本は、当初は12.99ポンドで発売され、やがて記録的な大ヒット作になりました。
 ここまではいいのですが、さて、満を持して出版された彼女の新作“Into the Water”に出版社がつけた価格は、(やはり)20ポンド。
 そして大手チェーンやネット書店では、(やはり)9.99ポンドで売られているのです。
 問題は、『ガール・オン・ザ・トレイン』の価格が12.99ポンドだったということです。そのおなじ著者の作品が、ベストセラー作家になったあとでは、20ポンドで発売されたのです。
 彼らの疑問も、ある程度の説得力を持ってきませんか。

 この問題には、フィリップ・プルマン自身が積極的な発言をしています。
 彼は、独立系書店の側の立場を擁護しています。

(His Dark Amazon[※《ライラの冒険》の原題「His Dark Materials」のもじり]:フィリップ・プルマン、書店を守るよう歯止めを求める)

 じっさいのところ、英国の独立系書店の数は年々減少しており、この10年で6割に減っているとのこと。
 プルマンはこういった書店を尊重するとし、サポートを表明しています。
 しかし、本の値づけをするのはあくまで出版社であり、書店です。
 作家自身の発言だけでは、残念ながらこの状況は変えられないようです。

[斜めから見た海外出版トピックス:第3回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

冨田健太郎(とみた・けんたろう)

初の就職先は、翻訳出版で知られる出版社。その後、事情でしばらくまったくべつの仕事(湘南のラブホテルとか、黄金町や日の出町のストリップ劇場とか相手の営業職)をしたあと、編集者としてB級エンターテインメント翻訳文庫を中心に仕事をし、その後に法務担当を経て、電子出版や海外への翻訳権の輸出業務。編集を担当したなかでいちばん知られている本は、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(門田美鈴訳)、評価されながら議論になった本は、ジム・トンプスン『ポップ1280』(三川基好訳)。https://twitter.com/TomitaKentaro


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La Belle Sauvage: The Book of Dust Volume One (Book of Dust Series)

Philip Pullman (著)
ペーパーバック: 560ページ
出版社: David Fickling Books
言語: 英語
ISBN-10: 0857561081
ISBN-13: 978-0857561084
発売日: 2017/10/19