INTERVIEW

edition.nord 秋山伸+poncotan 堤あやこインタビュー

poncotan 堤あやこインタビュー:縁がつながる“小さな場所”
「出産をすると別の次元に移行するように思います。」

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建築系の書籍や美術展の広報グラフィック、カタログなど、先鋭的かつ柔軟なアプローチでデザインワークを展開したデザイン事務所「schtücco(シュトゥッコ)」の秋山伸は、公私共にパートナーの堤あやことの第一子誕生を契機として2010年末に事務所を解散。拠点を新宿から、秋山の故郷の新潟県南魚沼市に移し、デザインと出版を行う「edition.nord(エディション・ノルト)」として活動を新たにした。そして2014年、同じく南魚沼市に堤氏がギャラリーを併設した雑貨店「poncotan(ポンコタン)」をオープン。まずは秋山氏に「edition.nord」の活動の近況を伺い、堤氏にはponcotanを始めるに至った経緯や運営について伺った。

【以下からの続きです】
[Side A:秋山伸氏へのインタビュー]
1/5:「今は雑用と子育てと仕事をなんとかやりくりしながらやっている、という感じです。」
2/5:「『デザインと畑仕事と子守と車の運転』という、通常では考えられない内容でインターンを募集したんです。」
3/5:「デザイナーとして、出版社として、今後どのくらいの規模の仕事に対応していくか。」
4/5:「私たちが写真に選んでいる表情は、人間の表情のほんの一部なんだなって思います。」
5/5:「製本のアイデアも一つのデザインの知的財産であることを示すために。」

[Side B:堤あやこ氏へのインタビュー]
1/4:「poncotanは、アイヌの言葉で『小さな場所』とか『小さな集落』という意味があるんです。」
2/4:「住み始めた当初は、いろんな若者が出入りをして何をしてるんだろうって、きっと奇妙がられていました(笑)。」

出産による変化

──新潟に移られてから4年くらいになりますが、新宿の頃と比べて、仕事のスタイルは変わりましたか。

堤:私のかなり個人的な話でもよいですか。

──はい、もちろんです。

堤:新宿に「schtücco」として事務所を構えていた頃は秋山のサポートという形で働いていたのですが、出産をしてからは育児に専念していました。育児が落ち着いた頃に仕事に戻ろうと安易に思っていたのですが、実際に仕事に復帰してみたら集中力がとても落ちていることに気がつきました。全然仕事のペースが掴めなくて「なんだろう、この感覚……」という感じで。体力的にもかなり消耗していることに気がつきました。出産経験のある周りの人に話したら、女の人は出産をして身体が元に戻るのに3年くらいはかかると言われました。元に戻るというのは体力的な意味でです。

堤あやこ氏

堤あやこ氏

──その後はいかがでしたか。

堤:たしかに段々体調はよくなったのですが、私としては、身体が元に戻ることはないような気がしています。元に戻るというよりは、出産をすると別の次元に移行するように思います。まるで変態動物のように。人間の子どもはある意味変態して生まれてきますが、母の身体も出産とともに変態すると感じました。大きな変化には大きなエネルギーが必要となるので体力や集中力とか、あらゆるものが消費されたのだと思います。しかしともかく、3年くらいは様子を見ようと思ったのですが、その前に次の子が生まれたのでまた振り出しに戻りました(笑)。今は体力も回復しつつあるのですが、edition.nordの出版業務は手伝いますが、集中力を必要とするデザインの仕事はもう向いてないかなと思っています。ここ最近は保育園に子どもを預けられるようになって時間にも余裕ができて、自分でも何かをやってみたいという気持ちが芽生えてきたので、この場所を借りることになったのはよいタイミングでした。なので新宿時代とは身体が変化して働き方もまったく変わりました。

──環境の変化というより、出産というご自身の変化が大きかったわけですね。以前からお店をやってみたいと思われていたのですか。

堤:昔、映画館で働いていたので、いつかまた接客業をやってみたいという気持ちはぼんやりとはありました。ただ、なんせのんびり屋なので、バリバリと働くのは自分には向いていないとも思っていて。なので、今みたいな感じで、たまにお客さんがポツポツと来るくらいの接客業が自分には向いているんじゃないかと思っています。お店もお店なりの苦労はありますが、自分のペースで進められるところが気に入ってます。

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──お店を始めてみて意外な発見などはありましたか。

堤:こういう場があると、有本さんのように作家が滞在して制作してくれることもあるわけですよね。うちはいつも昼ご飯と夜ご飯は、インターンと順番で作って、みんなで一緒に食べるんですが、今回は有本さんにもうちまで来てもらって一緒に食事をしまして、私が子どもの迎えなどで忙しそうにしていたら、有本さんがご飯を作ってくれたこともありました(笑)。そういう、場があることで、展示以外の繋がりみたいなものが生まれてくるというのは、とても面白いし貴重な体験だと思います。その場所で偶然起きる出来事をなるべく受け止めたいといつも思っています。

──大阪のPANTALOONでの展示も、展示という一時的な場所が生まれたことによって、人が訪ねてきたり、ゲストを招いてトークが行われたりしました。きっと、そういう機会がないと話されなかったようなことも、話されただろうと思います。ある場所をきっかけに、いろんな人たちのいろんなアクションが引き起こされる。poncotanも、時間差で起きたアクションのひとつ、というような気もします。

poncotanでは展示作家の有本ゆみこさんのグッズや本も販売していた

poncotanでは展示作家の有本ゆみこさんのグッズや本も販売していた

キラメキSHOP

──展示スペースに並んでいるのは有本さんの関連商品ですよね(※前ページ参照)

堤:はい。作家の商品は展示スペースで販売していて、奥の部屋の押し入れが、本と雑貨を販売する「キラメキSHOP」です。上段にはedition.nordの出版物、下段には小さな雑貨類とZINEが並んでいます。

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本と雑貨を販売するスペース「キラメキSHOP」

本と雑貨を販売するスペース「キラメキSHOP」

──ちなみに一番最初に取り扱った商品は何ですか。

堤:大好きな河井美咲さんのZINEです。

──どれもハンドメイドで1点1点表情が異なっています。むしろ、作品に近いですね。

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堤:チベットやスイスなどの旅先で撮った写真や集めた紙ものと、河井さんの絵との共演です。河井さんはアメリカを拠点に活動していて、ペインティングや立体のオブジェも作っているアーティストです。

──河井さんの本には、edition.nordからのリリースもありますね。

堤:河井さんのドローイングが気に入っているので、『えんぴつ体操』というドローイング集を出しました。まさに体操をするように毎日ドローイングを描いているそうです。実は、同じような感覚でZINEも作られているんじゃないかと思っています。体操するようにZINEを作る、なんだかいいですよね。描かずに、作らずにいられないエネルギーを感じます。『えんぴつ体操』は表紙が8種類あるのですが、書店で全部を並べてくれることはないので、ここで密かに並べていますが圧巻です(笑)。

──商品はどのように仕入れるのですか。

堤:The Tokyo Art Book Fairで仕入れたりもしますが、いろいろです。最近仕入れたのはこれです。

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 何だかわからないからみんな手にとらないんですけど色を塗ったカラフルなお米の小さな万華鏡です。

──たしかに言われないと万華鏡だと気がつかないですね。

堤:edition.nordの本を卸しているナイスショップスーという大阪のお店が作っています。京都のモアレというお店で発見して紹介してもらいました。

──となりの「シノノメ荘」という部屋は?

堤:ここがインターンの宿泊部屋で、有本さんが滞在制作したときはこの部屋を使ってもらいました。インターンがいない時期は、ゲストハウスとして利用いただけます。近くに温泉の銭湯もあります。

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4/4「『場所』が媒介してつながりを、そして新たな偶然的展開を生み出しているのだと思います。」に続きます
(2015年5月9日、poncotanにて)

●聞き手・構成・撮影:
戸塚泰雄(とつか・やすお)

1976年生まれ。nu(エヌユー)代表。書籍を中心としたグラフィック・デザイン。
10年分のメモを書き込めるノート「10年メモ」や雑誌「nu」「なnD」を発行。
nu http://nununununu.net/


PROFILEプロフィール (50音順)

堤あやこ(つつみ・あやこ)

新潟県南魚沼市にある雑貨店兼ギャラリー「poncotan」オーナー。2010年末、スタッフとして勤務していたデザイン事務所schtüccoの解散と第一子出産を経て、秋山伸とともに東京から新潟に移住。2014年にponcotanをオープン。業務用ミシンを用いて製本を行うユニット「チクチクラボラトリー」としても活動する。 http://poncotan.org/

秋山伸(あきやま・しん)

90年代半ばから,美術・建築の書籍や展覧会のデザインを数多く手がける。2010年末に東京の事務所schtüccoを解散し、新潟の豪雪地帯に移住。2011年より自社の出版レーベルedition.nordをベースにソロ活動を開始。 最近の仕事に、「鈴木理策写真展 意識の流れ」「大竹伸朗展 ニューニュー」などの公式展覧会カタログや、伊丹豪『this year's model』(RONDADE)など。 http://editionnord.com/


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大竹伸朗展ニューニュー

大竹伸朗 (著), 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 (著)
大型本
出版社: ソリレス書店
言語: 英語
発売日: 2015/03