ブックデザインの観点から世界の出版物を見てみると、突出してオランダから優れたデザインの本が多く生み出されている。先日紹介をしたメーフィス&ファン・ドゥールセンもオランダを拠点とするデザイナーだが、彼ら以外にもイルマ・ボーム、ユースト・グルーテンス、カレル・マルテンス、スイス出身だがオランダで学びアムステルダムを拠点としていたジュリア・ボーンなど、オランダには優れたブックデザイナーたちがたくさんいる。
なぜオランダのデザイナーはブックデザインに長けているのだろうか。以前メーフィス&ファン・ドゥールセンのひとり、リンダ・ファン・ドゥールセンに聞いた話にヒントがあった。彼女は、オランダの美術学校のひとつヘリット・リートフェルト・アカデミーのデザイン学科の主任を2014年まで務めていたが、彼女に学校でどんなことを教えているのかと尋ねたことがある。彼女曰く「学校では技術的なことは教えないの。学生たちはそれぞれにテーマを設けてその研究をして、調査結果をどのように簡単に人に伝えるかという練習を繰り返して、その過程の中で学んでいく」という。この教育を経て、卒業するときには技術面に加えて、ある題材に対してコンセプトを立ててデザインをつくり出す能力が備わることになる。グラフィックデザインに限らず、オランダの表現には入念なリサーチと、その結果をスムーズに伝えるためのコンセプトワークと編集、視覚伝達方法が優れているものが多い。オランダに優れたデザイナーが多いのは学校での教育が活きた結果なのだろう。
もうひとつ、彼らはコミュニケーションの能力がとても高い。言葉の意味を理解してコミュニケーションをしているというよりも、相手が言おうとしていることを空気で理解しているような印象だ。日本人の友人とあるデザイナーのオフィスを尋ねた時に、自分たちが日本語で話していた内容をその場の空気で理解していた局面があって驚いた。これは極端な例だが、こちらが言わんとしていることを言葉以上に汲み取ってくれ、彼らの伝えようとする内容も表情やジェスチャーから言葉以上に伝わってくるような感じだった。このコミュニケーション能力の高さは、ひとつのプロジェクトを実現するうえで関係のあるクライアントや技術者たちとのコミュニケーションに活かされ、デザインプランを実現するためにクライアントを説得し、技術的に前例のない要求に対しても現場の職人たちが協力してくれるような空気を作り上げることに寄与しているはずだ。
コンセプトワークと編集力の優れたデザイナーたちが多くいるオランダで、最近面白い出版物を発表している出版社がFw:という出版社だ。デザイナーのハンス・グレメンが主宰するこの出版社の本はオランダ国内の優れたブックデザインに与えられるアワード[The Best Dutch Book Designs]にここ数年は毎年のようにノミネートし、オランダ国内での注目が高いことも伺い知れる。
『Witho Worms. Cette Montagne C’est Moi』(The Best Dutch Book Designs 受賞作アーカイブより/スクリーンショット)
ハンスは先に挙げたような、オランダの優れたデザイナーたちの特性を持ち合わせているのに加えて、ブックデザインでは印刷や製本など、制作過程で発生するそれぞれの工程にコミットしてデザインに活かすアイデアが優れている。一例を挙げると、印刷のプロセスでは以下のようなテクニックを使ったものがある――現在印刷の主流となっているオフセット印刷はシアン/マゼンタ/イエロー/ブラックの4色を使い、それぞれの色ごとに版を作って、4色が掛け合わせられることで色彩が表現されている。1つのカラー図版を印刷するために4つの印刷用の版が作られるのだが、カラー図版が印刷の工程で4つの図版に分かれることを利用して、1色抜いてみたり、違う図版用の版と入れ替えてみたりといったテクニックを取り入れる。――こういったアイデアは作品のコンセプトに寄り添って造本のプロセスを分解し、再構築しているので、作品の背景をきちんと伝える効果を生み、体裁も他では見たことがない本に仕上がっている。オリジナルの作品と本の内容が全く違ったものになっている事例もあるが、作品の意図がより伝わりやすくなっているので、印刷物になっている必然性を感じる。印刷物になるためのデザイン、印刷物にすることによって新しい表現になるようなブックデザインが、ハンスの手がけるFw:のアートブックの面白さだ。
日本のブックデザインを見てみると、インディペンデントな出版社が制作しているアートブックには面白いものが増えて来ているが、オランダのような面白いブックデザインが少ない。これは日本の書籍流通が特殊である点が大きく関与している。
海外の書籍流通は、基本的には全て買取り取引で出版社と書店が直接取引をしているケースが多く、取次業者が仲介している場合でも、各書店の裁量で書籍の取り扱いラインナップや数量が決定されている。それに対して日本の書籍流通は、ほとんどが委託取引で、取次業者を介して、取次が各書店の売上傾向から算出した冊数を取次の裁量で全国の書店に届けている。書店では届いた本を店頭に並べれば良いだけの、効率的なシステムだ。もちろん書店からの注文分を取次が届けたり、取次から自動的に送られて来た本が店の意向に合わない場合は並べずに返却することもあるが、基本的には取次が決定した配本によって成り立っている。全国に張り巡らされたこの流通網は、出版からのタイムラグを発生させずに各地へ本が届けられ、どこにいても最新の刊行物を購入できるメリットを生み出しているが、その反面でブックデザインには大きな障壁となっている。出版社は書店との直接取引でなく取次業者を介してしか読者に本を届けられず、取次業者が扱ってくれなければ作った本を売ることができない。そのため、取次業者が流通の面で敬遠するような造本、例えば変わったサイズや汚れやすい装丁などを避けることになる。結果として判型が類似したものになり、カバーにはPP加工 *1 が施されている、といった画一化を生み出してしまう。日本のブックデザインが均一的なのは、この流通面での制約が大きく関与している。
本は紙が束ねられているので、一般的な認識としては二次元の表現だと捉えられているが、紙がいくら薄いとはいっても三次元的な構造を持っている。オランダの面白いブックデザインは本が三次元であることを意識して制作されているものが多いのではないだろうか。用紙、サイズ、印刷方法、製本方法など、本を構成している要素の組み合わせかたは無限にある。オランダのアートブックは各仕様の決定を大事にして小さな差異を積み上げていった結果、装丁はコンテンツにリンクし、体裁は内容を雄弁に語るデザインになっている。現在の日本における状況では、書籍の内容を反映させたブックデザインを三次元的にしようと思っても流通の制約によって範囲が限定されてしまっていて、結果として表紙の二次元的な表現がデザインの主役になってしまうので、体裁から本の内容を伝えるには限界がある。
日本で書籍が売れない時代と言われているが、それはきっと読者の絶対数が減っているのではなく、本がマーケットに対して魅力を提案できていないだけだ。本の魅力を伝えるためにブックデザインは大きな役割を担っている。日本は、マーケットに対して本の魅力を伝えるために業界全体の構造から見直してみなくてはいけない時期に差し掛かっているのではないだろうか。
KADOKAWAが2015年4月からAmazonとの直接取引を開始したりと、出版社が従来の流通方法を見直す新しい動きも芽生え始めている。この潮流が広がり、日本でも面白いブックデザインが生まれやすい環境が整うことを期待したい。
[Art Book Publishers Catalogue:第6回 了]
注
*1│表面加工の技術。紙に薄いフィルムを圧着することで耐久性を高める加工。
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